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313 武の神髄

おまたせしました。舞台はアラインから……

 こちらはアライン砦。


 桜たちによって巣が全滅されて以降は、アリたちによる襲撃はほぼ終息している。女王アリがいなくなって新たな卵が生み出されなくなった結果、生き残った少数のアリたちは巣を保つという社会性の根幹が奪われて散り散りとなり、思い思いに山岳地帯の奥へと消え去っていった。これまでの1年以上に及ぶ期間、集団で外敵に対抗して他の生物を思いのままに捕食していたアリたちだが、1体ずつバラバラに行動した際の力などたかが知れている。社会性を失って単独行動を余儀なくされた今後は、いずれ他の生物や魔物のエサとなって消え去る運命が待っているに違いない。


 アリの脅威が完全になくなったおかげで砦の門は開放されて街道の往来も再開されている。約10日間の足止めを食らって砦の手前に留め置かれていた商隊はさっそく出発の準備を整えて次々に街道に馬車を乗り出していく。しばらくの間物流が途絶えていただけに、ここは儲けるチャンスとばかりに先を急いで北部の街に向かっていくのであった。


 砦のヘリポートには桜と美鈴の姿がある。つい先ほど王都へ足を延ばしていた聡史から「アラインに戻る」という連絡を受けて出迎えに来ていた。しばらく待っていると青い空の彼方からローター音が響き渡り、ポツンと黒い点のようなヘリのシルエットが映ってくる。徐々に機体の形がハッキリしてくると、あっという間に接近して無事にヘリポートに着陸する。機内から出てくる聡史に手を振る二人。



「お兄様、お疲れさまでしたわ」


「聡史君、王都はどうだったかしら?」


「二人ともわざわざ出迎えてくれてすまなかったな。王都での件は司令官への報告を済ませてからゆっくりと話すから」


「わかりましたわ。それでは私たちは食堂で待っています」


「ああ、そうしてくれると助かる。1時間もかからないだろうから待っていてくれ」


「それじゃあ、聡史君。また後でね」


「ああ」


 3日ぶりの対面はほんの短い遣り取りで終了して、桜と美鈴は司令部に向かう聡史の後ろ姿を見送りながら食堂に入っていく。時刻はそろそろ夕方を迎える頃合いだが、夕食には早すぎるので二人は紅茶を飲みながら待つことにした。


  




   ◇◇◇◇◇





「お待たせ、予想よりも時間がかかって悪かった」


「外はすっかり暗くなってしまいましたわ」


「聡史君の話は食べながら聞きましょうか」


 ということで、食事を受け取っての話がスタート。だが王都での話題を口にする前に、聡史はとあることに気が付く。



「桜、我が家のジイさんはどこに行っているんだ?」


「お兄様、それがですね~…」


「午前中のうちに装甲車に乗り込んでパトロールに出掛けたわよ」


「本当に片時もジッとしていられないみたいですわ。嬉々として出掛けていきました」


「呆れたジイさんだな。精神衛生上良くなさそうだから、俺が留守中に何をしていたのかはこの場では聞かないでおこう」


「それが賢明ですわ」


 聡史がアラインを離れている間も、ジジイは相当に好き勝手に過ごしていたよう。桜と美鈴が詳しく語りたがらない様子からして、おそらく色々とやらかしていると容易に想像がついてくる。ジジイの件はひとまず横に置いて、聡史は王都の状況を事細かに話しだす。



「まずは、現国王が来年の5月に退位すると正式に表明して、新国王には王太子殿下が即位することとなった」


「ディーナのお父様に何かあったのかしら?」


「いや、特に何もない。魔族との戦争終結を期に後進に道を譲るそうだ。そんな前提ですでに太子が摂政として実際の政務に当たっている」


「王宮の方々は納得されているのですか?」


「王位の継承はスムーズに行われているみたいだな。王太子殿下も優秀な人物だから、特に大きな反対意見も出てないそうだ」


 この件に関してはマハティール王国の内政問題なので、桜と美鈴も特に口を挟む余地はないと納得している。気になるとしたら戴冠式の折には日本政府を代表して誰かが出席するんだろうな… その程度の考えしか浮かんでいないよう。それに続いて…



「ひとまず日本政府から提案した復興案は王太子が了承してくれた。ただし…」


 聡史の口から説明がなされたのは、マハティール王国の現在の勢力図であった。王都からマルレーンの街までの一帯は王家の直轄地ということもあって国王に忠誠を誓う人々が大部分を占めている。これらの地域では、戦争が終結したこともあって新たな政策を推し進めるには障害はなさそう。もちろん日本の手によって具体的な復興策が推し進められているアライン以北の街に関しても、先々は自治州という形態で住民の手による政治が実行されていく方向で準備が進められている。


 だが立ちはだかる最大の問題は王都の西部に広がる貴族領であった。この地域は伝統的に貴族の権限が強くて王家でもその領内への介入は中々困難を極めるそう。当然ながら貴族たちは今までの特権を死守しようと動くのは明白で、日本と王太子が目指していく国政改革に対して激しい抵抗を見せるであろうという予想されるのは当然。このような大まかな説明を聡史が行うと、そこに美鈴が食い付いてくる。



「下手に改革を強行すると国を二分する可能性もあるわね」


「そうだな。今までは魔族という外敵が存在したから国が一致団結して対抗できていた。だがその脅威が取り除かれると、国内で様々な方面からより強い権力を求める勢力が出てきて内紛が勃発するのはありうる話だ」


「貴族に対する対応はどうするのかしら? 内紛を誘発するような流れは好ましくないはずだけど」


「当面は新たな政策の実行を貴族領に呼び掛けるものの、強制はしない方針で臨むということで話がまとまった」


「お兄様、ずいぶん手ヌルイんですわね~。反対する貴族を取り潰す勢いで推し進めればあっという間でしょうに」


「桜、そう無茶を言うんじゃない。王都の騎士団は現在壊滅状態なのは知っているだろう。ここで下手に貴族たちの反感を買って叛乱が起ころうものなら、鎮圧する術は今の王家にはないんだ」


「だからといって、このまま手を拱いて貴族たちの好きにさせておくのですか?」


「桜にしてはいい質問だな。貴族領に表立って手出しをしない代わりに、彼らに対する日本からの援助は積極的には行わない。すぐに結果は現れないが5年後10年後には、発展していく王都以北と旧態依然で取り残される貴族領という構図が出来上がるはずだ。その状況を目の当たりにした際に頭の固い貴族たちがどのような考えに想い当たるかを見てから対応を考えてもいいだろう」


「そうね、貴族たちをこのまま日干しにしていけば、彼らにも自ずと何が正解なのかわかってくるわね」


「まあ、そういうことかな。ともかく焦らずに時間を掛けて取り組んでいかないとならない問題だから、日本としても腰を据えて長期計画で臨んでいく方針を固めている」


「人間というのは、往々にして隣人の繁栄を羨む気持ちに陥るものよ。あまり改革のスピードが速すぎると変な形でやっかみを受けないとも限らないわ」


「その点は注意深く進めないとならないだろうな。連絡部隊が収集した情報分析によれば、現在王家と貴族領の経済力は4対6で貴族側が優位らしい。これが近い将来逆転させてさらに格差が広がれば、頭の固い貴族たちも焦ってこちらに転がってこざるを得なくなるという見通しを立てている」


「貴族たちが素直に転向するかしら?」


「そうしないと領内が立ち行かなくなるように経済的に追い込んでいくしかないだろうな。経済格差が開けば開くほど、貴族たちは王家に太刀打ちできなくなるはずだ。もっともその辺は新国王の手腕の見せ所ともいえるんだが」


 聡史の言わんとしているのは、日本が明治維新の時分に平和裏に廃藩置県を実施した例をこの世界で再現しようという思惑に相違ない。日本においては天皇家の威光という名目の元にスムーズに実施されたが、この世界では経済力を背景にしてそうせざるを得ない方向に貴族を追い込んでいく手法を用いるよう。もちろん日本がバックになって経済発展を支えるのはすでに既定路線なだけに、このような方策で貴族の力を徐々に削いで中央集権政府を樹立していくのはさほど困難ではないという見通しも報告されている。



「大体わかったわ。ところで聡史君、ナズディア王国のほうがしばらくご無沙汰なんだけど、そろそろ私が顔を出した方がいいんじゃないかしら?」


「ああ、確かに。魔族たちの動向は俺も気にはなっていたが、ついつい後回しにしてしまっていたな。校内トーナメントが終わったら顔を出してみるか」


「そうね、私から学院長に話をしてみるわ」


「ところでクルトワは一向に自分の故郷に帰りたがらないけど、ホームシックとかはないのか?」


「お兄様、クルトワさんはデザートに魂を売ってしまいましたの。魔族の国に戻ったら今までのようにふんだんに甘い物を食べられないとわかっているんですわ」


「ヒドイ理由だな」


 桜が言う通り、クルトワは日本にやってきてから一度も故郷を懐かしむ態度を見せていない。親兄弟よりも甘いデザートにすっかり心を奪われて、そのような感傷が入り込む余地がないらしい。デザート友の会の洗脳にかかって、父親である魔王の顔すら覚えているのか定かではない。



「ところでお兄様、日本への出発は明後日と決まりましたが、ディーナさんたちはいつこちらにいらっしゃるのですか?」


「明日のヘリで到着する予定だ。久しぶりに家族に会えたんだから、ギリギリまで一緒にいるつもりらしい」


「それでしたら帰還に関しては問題なさそうですわね~」


「そうだな。さて、ずいぶん長い時間話し込んでしまった。そろそろ部屋に戻ろうか」


「そうしましょう。明日も早いし」


 今後とも無事にマハティール王国の内政改革が進んでいくのかいまだ不確定な部分はあるが、学院長並びにダンジョン対策室に報告するためにこのような方向で話がまとまる。この日は日がとっぷり暮れてから戻ってきたジジイを待つまでもなく、聡史たちは各自の部屋で眠りに就くのであった。





   ◇◇◇◇◇





 翌日の昼時に、聡史たちが食事をしているとジジイが近づいてくる。



「ほほう、聡史がいつの間にやら戻っておったか」


「ジイさん、昨日はどこまでパトロールに行っていたんだよ?」


「北にある街に足を伸ばしてな、悪質な人身売買組織を摘発しておったよ」


「どれだけアクティブなんだよ。明日は日本に戻るんだから、もうどこにも出かけないでくれよな」


「つまらぬのぅ… ふむ、そうじゃなぁ~、聡史よ、午後はワシに付き合え」


「俺を付き合わせて何をするつもりだ?」


「ちょっとその辺まで散歩じゃよ。年寄りの楽しみは孫と出掛けることゆえな」


「都合がいい時だけ年寄りに化けるんだからタチの悪いジイさんだよな」


「可愛くない孫じゃな~。まあよいから後ほど門の前で待っておれ」


「ああ、わかったよ」


 こんな会話がなされて、聡史は頼んでもいないジジイとの待ち合わせをすることに。一体何の用件があるんだとやや困り顔で待っていると、ジジイがご機嫌な表情で門の前にやってくる。



「ジイさん、こんな所で待ち合わせてどこに行こうって言うんだ?」


「散歩じゃと言うておるだろうに。どれ、ちと外に出てみようかのぅ」


「それよりもなんで腰に刀なんて差しているんだ?」


「ほれ、砦の外は何かと物騒だからのぅ。用心のためじゃ」


「レベル3600の人間がなにをバカなことを言っているんだ。素手でも十分だろうに」


「か弱い年寄りゆえにな。何かあったら孫の背に隠れるとしよう。ほれ、しょうもない話をしていても始まらぬ。出掛けるぞい」


 何がしたいのかよくわからない聡史を引き連れて、ジジイは門の外に歩き始める。草原には一本道が敷かれており、時折荷物を満載した馬車が通るだけの街道を二人は散歩のようなペースで歩いていく。



「やはり年寄りには日々適度な運動が必要じゃのぅ」


「何が適度な運動だよ。どうせ昨日だって人身売買組織相手に大暴れしてきたんだろう」


「簡単な捕り物じゃよ」


 20人以上の逮捕者を出す出来事がジジイにとっては「簡単な捕り物」で済まされるらしい。この人並み外れた感性は、仮に出動したのが孫の桜でもやはり同様のセリフが出てくるはず。血の繋がりは実に恐ろしい。


 しばらく街道を北に進んで砦が遠くに見渡せる場所までやってくると、やおらジジイが聡史に向かって口を開く。



「聡史よ、そなたは子供の時分確か剣道を習っておったな」


「ああ、小学校を卒業するまで道場に通っていた」


「そうか、だがワシには腑に落ちない点がある。そなたは剣を用いるであろう。だがその技は剣道とは似ても似つかないものよ。ワシの見立てでは片手で剣を扱っておるのではないのか?」


「ジイさん、何でそんなことがわかるんだよ?」


「筋肉の付き方じゃな。ほんのわずかではあるが右手のほうが筋肉が発達しておる。それから手の平の剣ダコが左手にはない」


「見ただけでそこまでわかるなんて呆れてモノも言えないぞ」


「長く武術の道に身を置いた人間の習い癖のようなモノじゃて。目の前に腕が立ちそうな人間がおるとついついどのような武術を身に着けているか想像してしまうのじゃよ。どれ、子供の頃にしょっちゅう妹に引っ叩かれて泣いていた小僧がどこまで強くなったのか、このジジイに見せてもらえるか?」


「まさかジイさんと立ち合えっていうのか? さすがにひと捻りされるのがオチだと自分でもわかっているぞ」


「得意な得物を手に取って何度か素振りすれば十分じゃよ。ほれ、やってみるがよい」


「仕方ないな~」


 聡史はアイテムボックスから魔剣フラガラッハを取り出すと、右手一本で中段に構えてから振り上げる。そのまま斬り下ろしたり横薙ぎの動作を入れたりしながら、ジジイに素振りを披露していく。



「フムフム、どうやら西洋の剣技のようじゃな。まあ、それなりに鍛えてあって安心したぞい」


「安心とはどういう意味だよ?」


「これならばこの先多少の出来事では命を落とす心配はなさそう… まあ、大体こんな意味じゃな」


「ジイさんから褒められてのは初めてだよ」


「バカ者が! 誰が褒めておると申したか、このタワケ者」


 急にジジイの口調が厳しくなって暴風のような怒気が聡史に襲い掛かる。反射的に首を竦めてやり過ごすだけでも、聡史にはひと苦労であった。



「ジイさん、急にどうしたんだよ?」


「まだわからぬか? だからタワケ者と申したのじゃ」


 聡史にはジジイが言わんとするところがまったく理解できていない。自分の剣技がいまだ未熟な点は認めざるを得ないが「タワケ者」とまで扱き下ろされる心当たりが見当たらないよう。



「何が『タワケ者』なのかハッキリ言ってくれよ。俺には全然わからないぞ」


「だからそなたは負け犬だと申しておるのじゃ。妹に引っ叩かれて泣いていた頃からまったく成長しておらぬわい」


「いや、あの頃よりはだいぶ成長してと思っているんだけど」


「それが思い過ごしと言っておるのじゃよ。そなたの剣の一振り一振りには、迷いと諦めが綯い交ぜになった感情が籠っているわい。大方桜や一緒におった嬢ちゃん… 名は何と申したか?」


「美鈴か?」


「そうそう、美鈴嬢であったな。あの二人には到底敵わぬという諦めの気持ちがそなたの剣には見え隠れしておる。壁に突き当たって『自分はこれ以上進歩しない』などと考えておるのではないのか?」


「確かに否定はできない」


 聡史の中に時折頭をもたげてくる感情… それは妹にどうしても敵わない諦めであったり、美鈴やカレンといった人間の範疇を超えてしまった存在への憧憬やどうやっても追いつけないという達観にも似た気持ちであった。聡史としては表に出さないように努力をしていたが、どうやらこのジジイには素振りをしただけで隠れていた気持ちを読み取られたらしい。



「ふん、そのような感情はたちどころに技に出てくるものじゃ。往々にして進歩を諦めた人間は小さくまとまろうとするものよ」


「それが俺の剣に表れていたというのか?」


「然り。人間はこれ以上の進歩が望めなくなると、技の効率を追求しようとする。そなたの剣にはその傾向がはっきりと表れておるぞ」


「自分でも気づかなかった。ジイさん、俺がこれからもっと強くなっていくためには何が必要なのか教えてくれ」


「そうよのぅ… そなたはすでに多くを学んでその中から取捨選択して現在の技を築き上げておる。だがこれまでの修行の中で捨て去ったものが本当に自分に必要なかったのか、今一度振り返ってみるがよい。進歩のカギは、今自らが外部に追い出してしまったことと考えるがよかろう」


「そうか… 確かに剣の技術を身に着ける上で後回しにしたり自分に不向きだと考えて身を入れて学ばなかった教えがある。ジイさん、気付かせてくれて感謝するぞ」


「良いだろう。ではワシからひとつそなたに武術の神髄を授けてやろう。聡史よ、この世に存在するものすべてはことわりで成り立っておる。水や空気に始まって自らの体や手にする剣まで、すべてが理の内に存在しておる。したがって理を深く考えて、自らの技術に生かすのは当然と思わぬか?」


「理か… あまりに当然すぎて、そこまで考えが及んでいなかった」


「このような教えは、同じ孫でも桜や茜には通ぜぬ。あやつらは直感で全てを捉えて理に沿った動きを瞬時に起こせる天才よ。その点において聡史は間違っても天才とは呼べぬ存在。したがってその分、自らの頭で理をしっかりと考えて技を繰り出す必要がある」


「確かに、桜や茜姉さんには逆立ちしても敵わない部分があるのは自分でもわかっている」


 そう、聡史には自分が天才ではないことなど最初からわかっていた。だからこそより多くの時間を割いて剣の技術を習得してきた。振り返ってみるとついつい技術ばかりに目がいって、ジジイが言うところの「理」に適った技がしっかりと出来ているかといえば、まだまだ不十分と結論を出さざるを得ない。



「聡史よ、覚えておくがよい。理に適えばこれを〔合理〕と呼び、理がなくばこれを〔無理〕という。武術を志す者、常に合理を突き詰めるべし。合理が行きつく先には〔真理〕がある」


「ジイさん、感謝する。なんだか気持ちが吹っ切れたよ」


「そうか、ではワシの言葉を噛み締めながら、今一度渾身のひと振りをあの山に向けて放ってみよ」


「ああ、わかったよ」


 聡史はフラガラッハを今度は両手持ちにして正眼で構える。そのまま心を静めて自分の心臓の鼓動や息遣い、魔力の流れ、重心のバランス、筋肉の一筋一筋の動き… 今までなんとなくでやってきたこれらの内面にしっかりと気を配る。さらに手にするフラガラッハのバランスや切れ味を頭に描いては、自らの体と一体化するようにさらに精神を集中していく。



「これだ」


 小声で呟いた聡史がこれまで見せたことがないような安定して、なおかつ力強いフォームで振り被ると、頭上から一気に地面へと振り下ろしていく。空気を斬り裂いて突き進む斬撃は草原の草を刈り払いながらはるか遠くの山の麓まで進んで、木を数10本へし折ってようやく停止した。



「ふむ、少しは形になったようじゃな」


「ジイさん、ここまで気持ちよく剣を振り下ろしたのは初めてだった。普段はずっしりと感じる剣の重みがまったく手に伝わってこなくて、まるで腕だけを振り下ろしているような感覚だったよ」


「それが合理じゃよ。真理に至る道のまだまだ第一歩じゃ。ただいまの感覚を忘れぬようにいたすがよい」


「ジイさん、ありがとう」


 ここまでだったら「実にいい話だ」で終わるはず。だがこのジジイがこんな所で終わるはずはなく…



「聡史よ、ワシでさえも真理には程遠い。じゃがのぅ、そなたよりは少々多くの合理を学んできておる。ワシの得た合理がいかようなものかその目にするがよい」


 聡史に向かって言い放ったジジイは、山の方角を向いて腰に差してあるムラマサを引き抜く。そのまま呼吸を整えて身じろぎ一つしないままに山をキッと睨み付ける。



「ジイさん、刀は素人だろう」


「多少の修行はしておるが、まあ素人に毛が生えたようなモノじゃな」


 返事は返ってくるが、ジジイは相変わらず山を向いたまま。聡史の目に映るその姿は刀との一体化などという生易しいレベルではない。ジジイの魂があたかも刀に乗り移ったかのごとくに、完全にひとつの物体と化している。やがて…



「トウリャァァァァァァ」


 気合一閃、ジジイが刀を振り下ろすと、衝撃波を伴う斬撃は草原を真っ二つに叩き割りつつあっという間に山の麓を駆けあがっていく。そのまま峰の頂上まで達すると虚空の彼方に消え去っていき、遠くに飛行機が飛んでいくようなゴーという音が次第に遠ざかっていくだけであった。



「ジイさん、何だよ一体…」


 聡史のその言葉が終わらないうちに峰の斜面が脈打ったように揺れると、ズルズルッと頂の部分が谷間の方向に崩落していく。膨大な土砂が谷を埋め尽くして、ジジイの一撃で一帯の地形が変わり果てていた。



「まあ、山ひとつで終わればカワイイいほうであろうな」


「ジイさん、やりすぎだろう」


「聡史よ、この程度が出来ないようでは真理には辿り着けぬぞ」


「それにしても山が崩壊するなんてちょっと不味いだろう」


「構わぬよ。あの辺はアリ共のせいで動物の姿が絶えておった場所。こうして地面を掘り返しておけば、新たな生命の息吹が宿るのが早まるわい」


「それでいいのか?」


「なに、人里とは離れているゆえに問題なかろう。それよりも聡史よ、これでスナックからは脱せたようじゃな」


「熟女ママとカウンターで差し向いになってスルメと柿の種で一杯ひっかけるのか? しかも実はボッタクリ店で命からがら逃げだす絵が見えてくるぞ。正確に言うならスランプだろうが」


「細かいことを気にするでない。こうしてかわいい孫のために一肌脱いだ優しい祖父をもっと労わらぬか」


「自分よりも何万倍も強い人間を労わる方法は、まだ学校で習っていないな」


「仕方がないのぅ。砦に戻ったらワシの部屋に来い。今夜くらいは晩酌に付き合ってもよかろう」


「わかったよ、一杯だけだからな」


「孫とサシで飲めるとは、長生きはするものじゃのぅ」


「あと千年くらい生きていそうだから、今のうちに精々寿命を縮めておいてくれよ」


 この後聡史がジジイの部屋に連れ込まれて、焼酎の瓶が2本空になるまで解放されることはなかった。

さすがはジジイ、行動はブッ飛んではいても、武術に対する見方は真の達人に間違いなし。そしてジジイの騒動もようやくこれで終結して、次回から舞台は魔法学院に戻っていきます。この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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[一言]  まぁじいさんてば、”バトルジャンキー”ではあるものの、”理”というものを"感覚"ではなく"言葉"で教えられるような理知的なところもあるのですねぇ(^^;a  てっきり桜&茜のような”脳筋…
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