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312 王都でのひと時

アラインから場所を移して、王都でのお話となります。

 日付は遡って一行が王都近くのダンジョンにやってきた翌日の話。


 ヘリでアラインに向かった聡史たちとは別に、自衛隊の車両によって王宮に移動したディーナ王女たち。自衛隊の連絡部隊から到着の旨が告げられていたので、ひと目王女を見ようと宮殿の正面に集まった高官や女官たちに大歓迎を受けて揉みくちゃにされそうになっていた。混乱を回避しようと動いた侍女たちの機転でそのまま彼女の私室に拉致同然に身柄を運ばれていく。やっと落ち着いたかとほっと息をつく暇もなく…



「王女様、お帰りなさいませ」


「日本でのご生活はいかがでしょうか?」


「何かご不自由な点はございませんか?」


「さっそくお召しかえなさいますか?」


 突然の王女の帰還に舞い上がった部屋付きの侍女たちが矢継ぎ早に質問を繰り出してきて王女が答える暇を与えない。ちなみに先程体を張って出迎えの人々を押し留めたご学友の侍女たちは余計な人間が階段を上がって王女の私室にまで押しかけてこないか監視態勢を敷いており、状況が落ち着き次第各々の家からの迎えの馬車で自宅に戻っていくだろう。



「そんなに一度に尋ねられても答えに窮します。みんなももうちょっと落ち着きなさい」


「申し訳ございませんでした。王女様のお顔を見た途端に嬉しくなってしまって」


「大変ご無礼いたしました。殿下がお元気そうで何よりでございます」


 長年王女の世話をあれこれ焼いてきた侍女たちだけに、ディーナにとっては一番気心が許せる面々。旅装を解きながらも賑やかな会話が弾んでいる。そこにドアをノックする音が…



「殿下、陛下がお会いになられたいと仰っております。ご用意が整い次第どうぞこちらへ」


「わかりました。すぐに参ります」


 すでに時間は午後に差し掛かっているので、謁見の間に通されるのだと王女は思い込んでいる。だがその予想に反して彼女は廊下の突き当りにある国王の私室に案内された。



「陛下、失礼したします」


「オンディーヌよ、よくぞ戻ってまいったな」


「ああ、我が娘の麗しい姿を何度夢に見たことでしょう。さあ、もっと近くに来て顔を良く見せてください」


 頭を下げて視線を床に落としたディーナに二人から声が掛かる。もちろんその声の主は久しく顔を合わせていない父と母、すなわちマハティール王国の国王陛下と王妃殿下の両名に相違ない。ちなみに「ディーナ」はあくまでも愛称であって、彼女の本名は「オンディーヌ」。王宮内では愛称で呼ばれることはない。 



「父上、母上、この度聡史様方がこちらに参られる所用がございまして、私たちもご一緒させていただいて戻ってまいりました」


「うむ、先程日本の連絡部隊より一報を受け取ってな、そなたにいち早く会いたいと思って首を長くして待っておったぞ」


「元気そうな顔を見て安心しました。異国の地での生活はどうですか?」


「私自身はもうすっかり慣れましたから大丈夫です。3月にあちらに渡ってからは、ずっと侍女たちの世話を焼きながら過ごしておりました」


 親子三人の話はもっぱら日本の魔法学院での生活に集中している。この国よりもはるかに安全で高い文明を誇ると耳にしてはいるものの、やはりそこは娘を案じる親心でついつい心配になってしまうのだろう。国王夫妻はディーナが日本でどのような暮らしをしているのか知りたくて仕方がない様子。つとここで王女が切り出す。



「父上、本日は謁見は予定されていないのでしょうか?」


「ハハハ、その件はまだオンディーヌの耳には入っておらなかったか。実はワシは国王を退位すると公表してな、今はそなたの兄が摂政として実際の政務に就いておる。この1年はあやつにとっては実地で政務を学ぶ修業期間だ」


 ディーナが不在の間にマハティール王国で起きた大きな出来事といえば、やはり国王の退位宣言であろう。つい先頃発表されたその内容は、1年後の5月に現国王が退位して王太子が後継を務めるというものであった。



「王女よ、何をそのように驚いているか。戦争が終結したのを期にワシは引退を決めただけ。幸いにもそなたの兄はワシよりもはるかに優秀ゆえ、安心して国政を任せられる。今は余程重要な案件でもない限りは、王太子が謁見も務めておるのだ」


「おかげで私たちはこうして戻ってきた王女といち早く会っていられるのですよ」


「そのようなお話は初耳でした。国王陛下、王妃殿下、長年私たちや国民のためにご政務をお務めになられて感謝の言葉もありません」


「我が娘にそう言ってもらえると嬉しいが、ワシは戦争において大きな敗北を喫して国を傾かせた鈍才よ。王国を立て直すには新たな才能を以って為すべしと判断して身を引いたまでのこと」


 この国王は… いやこの5百年間の代々の国王は生まれたその時点から魔族たちと戦争のさ中に置かれていた。仮にその間にひとりでも暗愚な為政者がいたら、たちまち国自体が立ち行かなくなって滅びを迎えていただろう。常に劣勢という綱渡りに近い状況を強いられながらも粘り強く戦い抜いたおかげで、この度ようやく日本という異世界の国の仲立ちを経てナズディア王国との和睦が成立していた。



「いいえ、あの時の陛下のご英断によってこの国は日本と出会いました。陛下こそが救国の名君でございます。私はそのように心の中で常に考えております」


 ディーナが言う「あの時」とは、勇者マリウスと共に彼女をダンジョンに送り出した例の一件を指している。教会からもたらされた神託に一縷の望みを託して我が娘を危険なダンジョンに送り出すというのは、国王としても断腸の思いだったに相違ない。



「ありがたいな。ただいまのそなたの言葉は退位するワシにとっては最大の餞よ。ではワシからのそなたに言葉を送ろう。今ここにいる老いぼれは、すでに国政から身を引いたただの父親に過ぎぬ。ワシはひとりの父親としてそなたの幸せを願うのみ。オンディーヌよ、そなたは自由に自らの幸せを掴むがよい」


 ここで待ってましたとばかりに王妃が口を開く。



「オンディーヌ、あなたの想い人とはその後いかがですか? 私たちも朗報を心待ちにしていますよ」


「そ、そ、そ、それは…」


 母親からドストレートに突っ込まれてディーナの顔は真っ赤っか。どう答えてよいやらと様々な思いが頭の中でグルグル状態。



「さ、聡史様とはいまだに大した進展はございませんが、必ずやお心を射止めてみせます」


「フムフム、よいよい。そのように焦るのは禁物よ。世の中には追えば逃げるものもある。焦らずにじっくりと機会を待つがよかろう」


「は、はい」


「ワシの目で見るに聡史殿は一門の人物。此度もこちらに参られておるのであったら、ワシも一目会いたいと伝えてもらえるか?」


「はい、もちろんでございます。聡史様は火急の呼び出してアラインに参られましたが、いずれ王都にも戻ってこられると思います」


「そうか、アラインへ行かれたか。聞くところによると、アリの魔物が大挙して砦に攻め込んで、ジエイタイが討伐に当たっているそう。だが聡史殿が向かったなら、もう討伐が無事に完了すると考えてよかろう」


「はい、聡史様方がいらっしゃれば必ずや解決してくださいます」


 実際に聡史はアリ退治には大して貢献していない。主にジジイと桜と美鈴の三人が関わったが、王都にいる国王たちには正確な情報はいまだ伝わっていない模様。


 その後は侍女たちによって用意されたお茶を飲みながら、しばしの間親子の歓談が続くのであった。






   ◇◇◇◇◇





 桜たちとは別れて王都にとんぼ返りした聡史。ヘリから降り立つと、その足で連絡部隊の隊長の部屋に向かう。



「失礼します。楢崎中尉、アラインより帰還いたしました」


「中尉、こちらに来て早々に苦労を掛けて申し訳なかった。それで、あちらの状況はいかがか?」


 もちろんこちらの連絡部隊はアラインとの無線通信で一応の情報は入手している。だが実際に現場を見てきた人間の証言というのはぜひとも聞いておきたいというのは当然のこと。聡史はスマホで撮影した画像を提示しながら、簡単な状況報告を行う。



「あちらの部隊の話からしますと、最初は10万単位のアリの群れが一気に押し寄せたそうです。これを殲滅して以降は、多くても千体ほどの集団が山から下りてくるという状況でした」


「そうか… アラインから弾薬の不足をしきりに訴えられていただけに、予定よりも早く貴官たちが補給物資を携えてきてくれたのは天の助けにも匹敵する。感謝してもし足りないくらいだよ」


「ありがとうございます。危機に間に合ってよかったです。それで早速ですが、こちらの連絡部隊への補給物資を早いうちに引き渡そうと思っています。さっそく今から取り掛かってよろしいでしょうか」


「おお、そうしてもらえれば助かるよ。幸い生鮮野菜などは現地調達が可能となってきたから不自由はしていないが、やはり隊員たちは日本の味が待ち遠しいようだ。彼らも喜んでくれるだろう」


「そうですね、皆さんに喜んでいただけるように食品や調味料は各種持ち込ませていただきました。隊長殿も是非とも味わってください」


「そうかね、遠慮しないでいただくとしよう」


「それでは失礼します」


「ああ、よろしく頼む」


 こうして隊長の執務室を退出した聡史。その足で補給部隊の責任者の元に出向くと、さっそく物資の引き渡しを開始。アラインに比べれば小規模な部隊とはいえ品目が多岐に渡るので、こちらも二日をかけての作業が続いた。


 連絡部隊と物資の引継ぎを終えると、聡史は装甲車に乗り込んで王宮に出向く。政府から預かっている外交文書を渡さねばならないので、本日は儀礼用の軍服を着用しての表敬訪問となる。王宮の門をくぐるとそこにはすでに軍楽隊と王国政府の高官が待ち受けており、歓迎セレモニーが執り行われる。両国国家の演奏の後、高官との握手に続いて答礼の言葉などを述べてセレモニーは終了。今回の役目を仰せつかった高官の笑顔に先導されて、聡史は賓客室に通される。


 出されたお茶を口にしながらしばらく待っていると、ドアの外の廊下から何やら物音が聞こえてくる。


 パタパタパタ


「殿下、お待ちください。そのように走られてはお行儀が」


「殿下、待ってぇぇ」


 これはいつか来た道。以前にもこの部屋で待っているといきなり飛び込んできた人物がいたような気がする。そしてドアが開くと、そこには日本で購入した膝丈のフレアスカートと薄いピンクのブラウスというこの世界では完全に浮いてしまう衣装をまとったディーナ王女の姿。



「聡史様、お待ちしておりました。ようこそ王宮へ」


「殿下、そこまで息を切らせて来る必要もないだろう」


「何を仰っているんですか。聡史様が到着したとあれば、何を捨て置いてもこうして駆け付けますから」


 勢いのままに聡史の隣に腰を下ろしたディーナ王女。開け放たれたドアから二人の侍女が慌てて飛び込んでくる。



「殿下、どうかもう少々落ち着いていただけませんと私たちが叱られてしまいます」


「そうですよ。ティーカップをテーブルに置いたと思ったらお部屋を飛び出すなんて」


「しかもどのような鍛え方をされていらっしゃるのですか? 私たちの足ではまったく追いつけませんし」


「その上やっと捕まえてみれば、すでに聡史様のお隣に腰掛けていらっしゃいます」


 王女に向かって山ほどの苦情を訴えている。聡史はその様子に苦笑を浮かべながらも、ひとまずは彼女たちを宥めにかかる。



「まあまあ、ここは俺の顔に免じて勘弁してやってもらいたい。王女殿下は常日頃熱心にご自分を鍛えていらっしゃるから、ついついその癖が出てしまったのだろう。俺は何も気にしていないから、小言はお仕舞にしてやってくれ」


「聡史様がそう仰っていただけるのでしたら…」


「殿下、王宮内は色々な目があるのをお忘れなきよう」


「ハイハイ、コンドカラキヲツケマス」


 完全に棒読みのセリフが王女の口から飛び出て、侍女たちは呆れ顔。そうこうしているうちに、案内を務める役人が入室してくる。



「聡史様… やや、なぜ殿下がこちらに?」


「私も一緒にご案内させていただきますから心配ないです。どちらに行かれますか?」


「はい、まずは国王陛下とご対面いただきまして、その後は公式な謁見となっております」


「わかりました。聡史様、参りましょう」


「ああ、よろしく頼む」


 案内係の役人を先頭にして聡史とディーナ王女、そして侍女の二人が付き従って4階の国王の私室へと向かう。先触れの声と共に一同が入室すると、国王陛下と王妃がにこやかな表情で待っている。ことに国王陛下は表情の険が取れてすっかり好々爺とした顔。国政の重責から一歩引いたおかげか肌色がツヤツヤしており、少しだけ若返ったよう。王妃は一時は心労で臥せっていたが、今はすっかり元気になって一同を出迎えている。



「国王陛下、お久しぶりです。王妃殿下、初めてお目にかかります楢崎聡史です」


「聡史殿、堅苦しい挨拶はナシでいいだろう」


「聡史様、お噂はかねがね伺っております。娘とこの国を救っていただいて、本当にありがとうございました。それから不束な娘ではございますが、どうか末永くよろしくお願いいたします」


 王妃様が思いっ切りフライングをかましている。これにはディーナ王女が両手をバタバタして焦りまくり。



「お母様、急に何を仰るのですか。聡史様にご迷惑ですから」


「えっ、だって婚約の報告でしょう」


「違います。聡史様は日本政府の使者としてお見えになっています」


「まあ、そうでしたの。私ったらすっかり舞い上がってしまって。聡史様、お気になさらないでくださいね」


 王妃殿下のお言葉に苦笑を浮かべる聡史だが、こうして徐々に外堀を埋められている感覚をヒシヒシと味わっている。背中には一筋の冷たい汗が流れているのは言うまでもない。だがいつまでもこの母娘のペースで遣り取りしているわけにもいかないので、さっそく本題に入っていく。



「陛下、日本政府から親書を預かっております。こちらでお渡しするのがよろしいでしょうか」


「ふむ、それは恐れ入る。だが今のワシは正式に退位を表明しておるゆえに、実務の大半を王太子に任せっきりの身。公式の謁見にて太子に手渡してもらえるか」


「承知いたしました。それにしても急なご退位とは、一体何がございましたか?」


「いや、なに、ようやく戦争が終結したゆえに、これからの復興は若い世代に託そうと考えたまでのこと。聡史殿もどうか王太子の力となっていただきたい」


「なるほど、そういうお話でしたか。今回日本政府からいくつかの将来的なプランを預かっておりますので、謁見後に王太子殿下に色々とご提示できると考えております」


「そうか、ぜひともよろしくお願いしたい」


 聡史は異世界に渡る前に市ヶ谷に呼び出されており、そこで岡山室長をはじめとするダンジョン対策室の面々や内閣府の高官から入念に日本政府の今後の方針のレクチャーを受けていた。その中にある提言をマハティール王国に伝えつつ、すでにアライン以北の街で開始されている住民による自治を推し進める許可を得るのも今回の訪問の目的となっている。これだけ国王をはじめとした王国政府の中枢に信用されているとなれば、許可を得るのはそう難しい話ではなさそう。


 ともあれこうして謁見の時間ギリギリまで、国王の私室での歓談が続くのであった。





   ◇◇◇◇◇





 謁見は短時間で終了した。聡史の仕事は日本の使者として親書を手渡すのが主な目的となっており、儀礼にのっとって粛々と執り行われる。最後に摂政を務める王太子殿下からの答礼の言葉でシメられて終わりのあっさりしたもの。どうやら王太子はあまりゴテゴテした儀式は苦手なようで、彼が謁見を務めるようになってからは宮廷内では「簡素化」が合言葉になっているらしい。


 ということで無事に謁見を終えた聡史は退出するが、事務官との事前の遣り取りで謁見はあくまでも儀礼的なものとして扱われており、本当の用件はそこから先であった。


 謁見終了とともに王太子の執務室に場所を移しての、より実務的かつ踏み込んだ内容の両国間の会談がスタートする。



「殿下、この度の陛下の退位に伴う新国王の誕生につきまして、日本国を代表いたしまして心から歓迎します」


「聡史殿、まだ私は王太子に過ぎない。しかも20歳そこそこの若輩者でこれから様々を学んでいく必要がある。そう手放しで歓迎せずに、足りない部分があれば遠慮なく指摘してもらいたい」


 経験不足の自らの立ち位置を素直に認める王太子の人柄は、聡史からしても大いに好感が持てる。もちろんその言葉とは裏腹に、王太子はその気になれば深慮遠謀を巡らせるだけの有能な人物だと聡史も承知している。



「まずは日本からの提言を先にお伝えしたいと考えます」


「訊かせてもらいたい」


 先も述べたように、これは「提言」とされてはいるが、マハティール王国の文化水準や社会体制を一気に百年ほど進化させるための日本の施政方針と呼べるものであった。もちろん強制するつもりはないが、受け入れてもらえるならば援助は惜しまないという、ある種の交換条件でもある。日本としてはともかく長年に渡る魔族との戦争で疲弊しきって悲惨な状態にある住民たちの生活水準を引き上げつつ、彼らに現在よりも安心して暮らせる社会が創造される一役を担おうという人道的な見地からの手助けの気持ちであった。一種の途上国援助の一環と考えてもらった方が、より分かりやすいかもしれない。



「確認ですが、この国の一般的な税率はどのくらいでしょうか?」


「貴族の所領で実際のどの程度の税率が課せられているか正確には把握できない部分はあるが、一般的に農民たちは収穫量の4~5割を収めていると聞いている」


 マハティール王国で人口の大半を占める農民は、ほとんどが上記の税を収穫時期に領主に納めている。これは自分の土地を持っている農民に適用された税率であって、土地を持たない小作民はここからさらに2割ほどの収穫を地主に収めるので、手元に残るのは全収穫量の3割程度。これはまともに収穫時期を迎えた場合で、ひとたび日照り、病虫害、日照不足なが発生すると農民の手元には収穫物が何も残らない悲惨な状況すら生じる。



「でしたら全国一律に収穫税を2割に下げましょう。それから小作料は最大でも15パーセント。それ以上の地代を取った地主は土地の没収と小作人への無料の払い下げを実施の方向で」


「簡単に言ってくれるが、そんな政策を実施したら貴族や地主から強い反発が予想される」


 王太子にとっては聡史の口から飛び出た言葉は青天の霹靂だったかもしれない。王国内に散らばる貴族領でも戦争の痛手から再建を目指している最中で、そこに以ってきて減税の要求など通るはずがないという表情に変わる。だが聡史は王太子の態度を無視して先を続ける。



「その反発を抑え込むのが殿下の仕事でしょう。現在マハティール王国は深刻な人手不足が生じています。これを解決するには10年20年単位の時間が必要となるでしょう。そんな折に農民たちの税率を下げられたらどうなるとお考えですか?」


「きっと彼らは喜んで作物を作るだろうな」


「それだけではありません。余剰の所得が得られた農民たちは子供を産んでくれますよ。そしてその子供たちが将来のこの国の担い手になってくれます。人手不足の抜本的な解消には、今から多くの働き手を生み出す政策が必要ではないかということです」


「なるほど、それは一考に値するな」


 王太子な何かを考えこむ素振り。目的はわかるが、果たしてこの提案がスムーズに貴族たちに受け入れられるか… そんなことを考えているのだろう。



「それからアライン以北の街ではすでに日本の援助で事業がスタートしていますが、将来を担う子供たちのための学校を全国に造るのはいかがでしょうか?」


「学校か… 王都にはいくつかあるし、地方では教会が子供たちに文字を教えているが、それだけでは不十分ということだな」


「不十分ですね。平民でも貴族たちと同様の教育が受けられる… そんな制度が望ましいのではないでしょうか。もちろん日本では生まれてきた子供たちが全員幅広い分野の教育を受けております」


 聡史が教育の重要性を力説している。ただし日本でも義務教育を9年間受けてきたにも拘らず、ふざけた頭の造りのEクラスの生徒たちが存在するという事実には敢えて触れないことにしている。



「もちろんこの学校制度の普及には日本政府は援助を惜しみません。可能でしたら学生寮も造って、身寄りのない子供や家が遠い生徒でも安心して学べる環境を整えたいと考えています。身寄りがない子供たちが入る寮に関しては、すでにアライン以北の街で運用がスタートしております。あと1年もすれば付随される学校の建物も完成しますので、これらをモデルにして全国的に展開してもらえるといいのではないでしょうか」


「平民にも貴族と同等の教育か… 我々の発想ではなかなか出てこないアイデアだな」


「殿下、教育を受けた人間の母数が大きくなれば、そこから排出される優秀な人物の数は比例して増大します。これまでは貴族に占有されていたこの国の政府や社会の上層部ですが、これからは平民にも大きく門戸を広げるべきでしょう。それにもう一つ我々が考える学校の役割として在籍している間に職業訓練を受講させる予定です。ある程度の技術と知識を持った即戦力が卒業後すぐに社会に出れば、その分だけ早い時期に人手不足が解消されていきます」


「学校で職業訓練を行うのか?」


 現在この国で高等教育を行う学校はほぼ貴族階級の独占といっても過言ではない。したがってその教育内容は貴族社会のニーズに合わせた礼儀作法や宗教学、それから歴史学に魔法学等々、実用的な学習内容とは言えないカリキュラムが並ぶ。聡史が言いたいのは、学校の授業の中で大工の技術を学んだり、女子ならば縫製の技術を磨いたりする場にしたいという意向。徒弟制度や母から娘に受け継がれる伝承方法が一般的なこの社会においては革新的な考え方であった。



「これらの政策は人材の育成という面で強固な社会基盤の構築に役立ちます。しかも将来の治安改善に劇的に役立ちます」


「どういう意味だ?」


「職がなくて悪さを働く人間が減るという意味ですよ。その分治安維持にかかる経費が削減できますから、長い目で見ればある程度の初期投資をしたところで元は取れます。しかも技術を手にして社会に出た人間は何らかの形で必ず納税してくれますから、長期の視点で見れば為政者側にも損はないはずです」


「日本はそのような社会体制で動いているのだろうか?」


「はい、その通りです。当然ながらより複雑な日本の社会体制の中でこの国においてすぐにでも適用可能な政策をこうして提案しております。ご理解いただけましたか」


「聞きしに勝る途方もない話だが、私がこの国を運営していく上では大いに役立った。もちろん取り組みが可能な部分から日本の協力を仰いで実行に移していくつもりだ」


「モデルケースとしてアライン以北の街に段階的にこれらの政策を実施していきますので、あちらの地域の発展具合を数年観察いただければ納得されると思います。それから殿下、私が着ている服は何から出来上がっているかご存じですか?」


「羊の毛ではないのか?」


 この世界で手に入る繊維は羊毛と生糸、麻、それからクモ型の魔物から採れる糸だけで、木綿の類はいまだ出回ってはいない。



「上着は羊毛ですが、実はこのシャツは植物からできています。来年度から日本の援助で新たな製糸工場を数か所造って、同時に原料となる綿花の栽培も行っていきたいのですが、政府としてご許可いただけますか?」


 これが日本政府が示した技術移転のガイドラインであった。つまり日本でいえば明治時代レベルの技術に関してはこちらの世界への移転が可能という結論を下していた。この世界に世界遺産に指定された富岡製糸場規模の工場を建てようという目論見と考えていただければいいだろう。この工場を模範にして、こちらの世界の近代化の道筋を示していく… このような政府の見解であった。



「もちろん許可しよう。植物から服が出来るとは興味深い。いつかこの目にしたいものだ」


「そう遠くない将来、この国の中にふんだんに出回ることでしょう。どうかその時を楽しみにしてください」


 実は日本の考え方としては、いずれマハティール王国は立憲君主制の政体を保った国家になってもらいたいという将来的な目標を堅持している。現在の貴族や王家の権限を段階的に縮小しつつ国民に基本的な人権や参政権の付与などを目指していく方針だが、これらの内容までここで明かすのは時期尚早。まずは子供たちの教育の中でこのような思想を広めていって、そこから徐々に社会体制の改革を促していく。当面は現体制のままで、半世紀程度の長い時間をかけて実現する方向で考えているらしい。


 こうして当面の政策に関して大筋で王太子からの同意を得ると、両者は握手を交わす。取り急ぎは秋の収穫シーズンが近づいていることもあって税の引き下げに関する貴族たちの同意を得る点に集中してくれるそうだ。上手くいけば今年の収穫から農民たちの手取りが倍増するかもしれない。今まで苦しい生活を強いられてきた彼らにすれば、天にも昇るような気持ちになってもらえるだろう。同時に王家への忠誠心が高まることも期待される。もし財源不足が出る分に関しては日本政府が援助すると申し渡してある以上実現される可能性は高い。


 こうしてある程度満足する回答を得た聡史は、王太子の執務室を辞していくのであった。

マハティール王国に日本の方針を伝えた聡史。次回はアラインに戻って日本に帰還するまでの話になりそう。またもやあのジジイが登場する予感…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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