311 山中の探索
アライン砦でジジイと再会した聡史たちは……
聡史たちがジジイと再会を果たした翌日、さっそく兄妹はアイテムボックスに収納した補給物資の引き渡しに取り掛かる。今回も膨大な量に及んでおり、食料品や燃料をはじめとして武器の修理パーツや衣料品等の生活必需品までコンテナを次々に取り出してはチェックリストと照らし合わせて認め印をもらうという手順で進められていく。
兄妹が荷下ろしで汗を流している間に美鈴といえば、砦の内部に複数の万能シールドを創り出している。これは崖から降りてくるアリたちの対策で、シールドで囲うことによって建物脇の通路を遮断して一直線に広場まで誘導していくための方策。然る後に彼女の魔法で処理すれば、アリたちがどれだけ集まろうとも手早く簡単に殲滅が可能となる。例えてみれば、魔法によって形作られた大掛かりなアリンコホイホイとでも言えばいいのだろうか。
美鈴のおかげで隊員たちは連日の緊張感から解放されて日常の業務に戻っている。このアリンコホイホイさえあれば1匹も取り逃がすことなく一瞬で討伐可能なので、ギガント・ファイアーアントの群れは砦に脅威をもたらす可能性が無くなっていた。
「西川少尉のおかげですよ」
「まさかこんな手軽に厄介なアリ共を討伐できるとは思わなかったな」
「少尉はやはり魔法の天才だな」
隊員たちの間にこんな遣り取りが交わされている。例の大群襲来からほぼ1週間に渡ってアラインに駐屯する自衛隊員を悩ませていたギガント・ファイアーアントへの備えがあっという間に出来上がったのだから、彼らが感謝するのも当然の話。砦に侵入してくるアリたちを1箇所に押し込めてある程度数が集まった段階で一気に重力魔法で押し潰してしまえば、1発の銃弾を消費することもないうちに討伐完了となるのだからさもありなん。
このような感じで3日が経過して、ようやく物資の引き渡しが完了する。この頃にはアラインに駐屯する交代要員も全員集結しており、部隊ごとに業務の引継ぎなどが行われている。新たに赴任した隊員たちは初めての異世界での生活にやや緊張した面差しで、そして長きに渡ってこの地で活躍した隊員たちはようやく日本に戻れるという喜びにあふれる表情で粛々と引き継ぎ業務をこなす。今回帰国の途に就けるのは第1陣でこちらに赴任した隊員の約半数となっており、残りの半数はあと3か月異世界での生活を続けなければならない。その点に関して帰国の選に漏れた隊員たちは日本に戻ってから2階級特進というご褒美が用意されている。この異例とも呼べる措置のおかげで、彼らも不満を漏らさずに異世界での業務に邁進している。
そんな折、アラインで収納物品の引き渡し終えた三人が食堂で話し合いを始めている。
「二人とも物資の引き渡しお疲れ様だったわね」
「毎度のことながら品目が多すぎて大変ですわ」
「美鈴はアリを引き寄せる罠を構築したんだろう。効果はどうなっているんだ?」
「罠なんてそんな大層なものではないわ。アリたちが真っ直ぐに広場に集まるように脇道をシールドで遮断しただけよ」
「でも隊員の皆さんが手放しで褒めていたぞ」
「一度入り込んだら二度と戻れないようにひと工夫したから、その点は褒めてもらって嬉しいわね」
大魔王様からしたらこの程度のお仕事は造作もないのであろう。美鈴的にはそんな表情を浮かべている。ここで聡史が話題の転換。
「桜、王都に届ける物資はアイテムボックスに残っているか?」
「お兄様、私が収納した物品は全部アライン向けでしたので、すっかり空になっていますわ」
「そうか、だったら都合がいいな。王都へは俺がひとりで向かうつもりなんだが、二人はここに残ってもらえないか?」
「あら、私も聡史君と一緒に行きたいんですけど」
「美鈴はアリ対策でここにいないと不味いだろう」
「お兄様、私も居残りですの?」
「桜はジイさんをが何か仕出かさないようにしっかり監視してくれ」
「自信がありませんわ」
あの桜をしてここまで言わせるとは、ジジイがいかに危ない人間かお判りいただけるだろう。聡史としてもダメで元々という気持ちで桜に頼んでいるだけで、あのジジイが本気で動き出したら桜でも止めるのは不可能と最初からわかっている。
「仕方ないわね。私たちはここで留守番をしているわよ」
「お兄様、王都であまり鼻の下を伸ばさないようにお気を付けください」
こんな感じで桜にガッツリ釘を刺されて、さらに美鈴からのジトーっとした視線を浴びつつ、この日の午後聡史はヘリで王都に向けて飛び立っていくのであった。
◇◇◇◇◇
昼食を終えて聡史が飛び立っていくのを見送った桜と美鈴は司令官室に呼び出されている。二人が出向くと、室内には上機嫌の司令官と参謀の姿。言われるままにソファーに腰を下ろすと、さっそく司令官が話題を切り出す。
「楢崎桜中尉並びに西川美鈴少尉、この度の物資の補給及びギガント・ファイアーアント対策について本当にご苦労だった。駐屯地の全員を代表してお礼を述べさせてもらうよ」
「任務に従ったまでですわ。それよりも手のかかる祖父を預かっていただいて、私からもお礼を言わせていただきますの」
「いやいや、本橋のご隠居に関しては我々はお世話になりっ放しだよ。あの並外れた戦闘力は様々な場面で大いに役立っていただいた。民間人でありながらあれほどの驚異的な能力を持っているとは、さすがはダンジョン攻略者だ」
「お恥ずかしいですわ。ともあれ祖父は私たちの帰国と一緒に首に縄を着けてでも連れ戻します」
「そうなのか。あのご隠居は若い隊員たちからすっかり慕われていてね~、中には武術の指導を受けている者までいるそうだよ。帰国されると聞いて、なんだか寂しい思いに駆られるよ」
「そのように言っていただけると助かりますわ」
司令官との儀礼的な会話が終わると、ここで参謀が口を開く。
「桜中尉と西川少尉は魔物に関する造詣が深いと伺っておりますが、いかがでしょうか?」
「たぶん他の方々よりは多くの魔物を見てきているのは事実ですわ」
「実はギガント・ファイアーアントに関する私たちの見解を聞いていただきたいのですが」
「構いませんわ」
「10万規模の大きな群れが砦を襲った後も現状のように毎日数百から千体の小規模な群れが来襲しています。我々はこの現象を卵を産んでいる女王アリが存在しており、孵化した個体が行動可能になり次第順次山から下りてきていると考えております」
「フムフム、あり得る話ですわね~」
「よってこのアリに対する抜本的な対策は、巣を発見してそこにいるでろう女王アリを討伐することに尽きると考えております。この点に関して、桜中尉と西川少尉からご意見やアドバイスをいただきたい」
「話は分かりましたわ。要はアリの巣を発見して女王アリをブッ殺せばいいんですね」
「桜ちゃん、モノの言い方」
思わず美鈴からのツッコミが入っている。どうやら「ブッ殺す」という部分に、ジジイ譲りの桜の危ない考え方が垣間見えたせいであろう。だが桜は美鈴の声などサラッと聞こえない風で流す。しかもそれだけではなく…
「その仕事は私と美鈴ちゃんで請け負いますわ」
「中尉、本当ですか?」
「お任せください。山中のアリの巣をきれいさっぱり消し去って差し上げますの」
「桜ちゃん…」
こんなとんでもないミッションを安請け合いする桜。横に座る美鈴は天を仰いで「やっぱりこうなったか…」という表情。こうなると聡史から依頼されていたジジイの監視どころではなくなっている。祖父が祖父なら孫も孫。やはり体に流れる血は争えない。
「いやいや、これは司令部としても本当に助かります。実績においては並ぶ者がいないお二人に乗り出していただけるとは、これはもう解決したも同然ですね」
「まったく問題アリませんわ。ついては少々手配してもらいたい事柄がありますの。まずは今からダンジョンに出向きますから、ヘリで送迎したいただきたいですわ。あとは…」
「承知いたしました。ヘリは30分後には飛び立てるように手配します」
「お願いしますわ」
こうして美鈴の意向などきれいさっぱり無視して、桜は如何にも話をまとめ上げた風のドヤ顔を浮かべながら司令官室を退去する。ヘリポートに向かって歩きながら、不安げな表情の美鈴が桜に…
「桜ちゃん、あんな簡単に引き受けて本当に大丈夫なのかしら?」
「美鈴ちゃん、お忘れですか? 子供の頃の私はカブトムシからゴキブリまで、ありとあらゆる虫を捕獲した実績があります」
「子供の虫取りとは違うのはわかっているかしら? それにゴキなんか捕まえて何をしていたのよ」
「お友達の家に出没するゴキを駆除してお駄賃をもらっていましたの。それからカブトムシやクワガタは店に卸して小遣い稼ぎですわ」
どうやら桜は小学生の時分から依頼を受けて金を稼ぐ、いわば冒険者稼業に精を出していたらしい。これが虫の段階で収まっていたらまだ可愛いほうで、実はマムシやムカデを捕まえてはジジイの口利きて業者に卸していたという驚くべき過去がある。
「だからって、今回は広大な山の中のお話よ。どこにアリの巣があるのかさえ分からないんだし」
「美鈴ちゃんは全然わかっていませんね~。この桜様は虫の生態なら誰よりも詳しいですわ。そうですね~… 例えるなら〔ムシクイーン〕とでもお呼びください」
「何に例えているのよ。関係各所に波紋を投げかけるネーミングじゃないの」
「キングにしなければ問題ありませんの」
「ネタ元をバラすんじゃないわよ。せっかく人がオブラートに包んだのに、まるっきり努力が無駄じゃないの」
こうして二人で歩いているが、つと桜が何かを思い出したように美鈴に提案する。
「美鈴ちゃんはそろそろアリの駆除をする時間では?」
「まだそんなに集まっていないんじゃないかしら。それがどうしたの?」
「いえ、ダンジョンにはオークの肉を集めに行くだけなので、わざわざ美鈴ちゃんが同行しなくても大丈夫ですわ」
「オークの肉ですって? 何に使うのかしら?」
「まあ、それはお楽しみですの。美鈴ちゃんは2~3日戻らなくてもアリを捕まえる罠が大丈夫なようにしておいてもらえますか?」
「それは簡単にできるから別にいいけど、桜ちゃんは何を企んでいるのかしら?」
「それは実際にアリの巣を見つける際に説明しますわ。それでは行ってきますの」
と言い残して、桜はエンジンを始動したヘリに乗り込んでいく。なんだかひとりで取り残されたような気分の美鈴だが、機上の人となった桜を見送るしかないのであった。
◇◇◇◇◇
翌日の朝一番で、桜は美鈴と共にヘリポートにやってきている。この日は天気も上々で、これから山に入るには絶好の日より。だが、そこに呼ばれてもいないのに招かざる客がやってくる。
「桜、これからどこに出掛けるのかのぅ?」
「お、おジイ様…」
今回のミッションにジジイが首を突っ込んでくるとややこしくなるだけに、桜は敢えて何も言わずに出発するつもりであった。だがどこから嗅ぎ付けたのかジジイが二人の前に現れる。この想定外の成り行きに、桜の額から汗がダラダラ流れ落ちる。
「おジイ様、ちょっとこれからお仕事ですの。ですので…」
「よろしい、ワシも行くぞい」
桜が何か言い掛けるのをぶった切ってジジイが同行を申し出ている。こんなはた迷惑なジジイを連れていかなければならないのかと桜は焦りまくるし、美鈴の視線は宙を泳ぎっ放し。だがここで甘い顔を見せるとこのジジイが付け上がってくるのは明白。何度か深呼吸を繰り返して精神を立て直した桜が…
「おジイ様、今回は自衛隊の作戦に関わりますので大人しく駐屯地で留守番してくださいませ」
懸命に言葉を選んで何とかジジイを思いとどまらせようとしている。だがここでジジイが思いもよらない行動に出た。なんと両手で顔を覆いシクシク泣き声を上げる。
「可愛い孫に見放されてしまったわい。もうワシは生きる価値がない老いぼれじゃ。こうなったら冥途の土産にあの山をきれいサッパリ叩き壊して間っ平らにしてくれる」
孫に拒絶された老人が仄めかすセリフじゃないだろうに。一応言っておくと、桜が全力を出せば一番手前にある山くらいであったら簡単に消し去るのは可能。さらにレベル3600オーバーのジジイであったら砦の西側に広がる広大な山岳地帯丸ごとローラーで均したように平らに出来るであろう。もちろんその余波で砦や駐屯地に甚大な被害が出るのは十分に予想がつく。このジジイの言い草をを目の当たりにした美鈴は…
(まさか桜ちゃんを脅迫する人間がいるなんて…)
声には出さないがジジイの手口に驚愕しつつ、同時に桜は間違いなく祖父の血を受け継いでいるんだと妙に納得している。そして当の桜はジジイの圧力に抗しきれずに…
「おジイ様、わかりましたわ。一緒に参りましょう」
「そうかのぅ。それでは参ろうぞ」
シクシク泣いていたはずがジジイの顔には涙の跡すらない。さっきまでとはケロッと態度が変わって喜色満面。その様子をを見た桜は心の中でそっと呟いている。
(実の祖父でなかったら、両手足を折って山に捨ててきたいですわ)
物騒な考えを抱いているが、桜の心情も理解してやってもらいたい。こんなワガママジジイが隣にいると、ダメとわかっていても時にはこんな気持ちになってしまうのが人間というもの。さらに調子に乗ったジジイが続ける。
「桜よ、仕事とはなんじゃ?」
「アリの巣を見つけて、女王アリを討伐します」
「ほほう、中々面白そうじゃのぅ。して、どうやって行くのじゃ?」
「こちらに乗って空から行きますの」
桜たちがいるのはヘリポート。もちろんそこにはすでにエンジンを始動していつでも飛び発てるヘリが待っている。
「なるほど、このヘルスメーターに乗っていくんじゃな」
「おジイ様、体重を計ってどうするんですか。ヘリコプターに乗るんですわ」
「うん? 細かいことにいちいち気を回すでない。さて、それでは乗ってみるかな」
ジジイは相変わらず横文字に弱い。本人は「細かいこと」と言っているが、相当大きな間違いだとどうにか自覚してもらいたいものだ。
ともあれ三人ともシートに腰を下ろして離陸を迎える。フワリと浮き上がると、徐々に高度を上げて地平が遠ざかっていく。
「フムフム、初めてヘルスセンターに乗ったが、中々の乗り心地じゃのぅ。撃墜したことは数え切れない程あるがな」
「おジイ様、近所にあるラドン温泉じゃありませんわ。ヘリコプターですからお間違えないようにお願いします。それから普通の民間人は遊覧飛行などでヘリに乗ったことはあっても、撃墜した経験などありませんから」
「そうか、割と日常的な出来事じゃったがのぅ。昔は週に一度は墜落させておったぞ」
桜の隣に腰を下ろす美鈴はジジイの武勇伝に呆れを通り越して能面のような表情。どこの世界に大魔王様をこんな顔にしてしまう人間が存在するのだろうか? もしこのジジイの他にそんな人物がいるとしたら、ぜひとも顔を見てみたいものだ。
ヘリは比較的低空でアリたちが平原に出てきたと思われる場所から辿って、徐々に木々が生い茂る山の上空へと向かっていく。アリたちの活動の痕跡を上空から発見しようと目を凝らしていはいるが、何分木々が邪魔をしてその姿を発見するのは困難な状況が続く。何回も同じ場所を旋回しつつ手掛かりを探すが、30分以上経過してもこれといった発見はなかった。ここで桜が…
「やはり地上に降りて捜索しますわ。降下の準備をお願いしますの」
「了解しました」
搭乗員が扉に手を掛けると、レシーバーを通して合図を送る。
「降下開始、降下、降下、降下」
やや開けた場所にホバーリングして、降下用のロープが吊り下げられる。だが桜はロープなど無視してそのまま空中に身を躍らせていった。高度30メートルから見事な身のこなしで平らな地面に着地する。
「おジイ様も早く降りてきてくださいませ」
「ワシ、高所恐怖症じゃからのぅ」
「グズグズしていると置いていきますわよ」
「仕方がないのぅ」
と言いつつ、ジジイも桜同様にロープなしで身を躍らせては雪駄履きでひらりと着地。何が「高所恐怖症」だ。どの口が言うか。どこにも怖がる素振りなど伺えないだろうに…
最後に美鈴が自前の翼を広げて降り立ってくる。その姿を見たジジイは…
「ほほう、嬢ちゃん。今のも魔法かな?」
「ええ、まあ似たようなものです」
ジジイに説明するのも面倒なので、美鈴は適当に流している。ルシファーさんの話をしたところでどうせ正確には伝わらないだろうし、下手をすると「ワシと戦え」などととんでもない戯言を繰り出す恐れがある。ジジイの戦闘意欲を刺激するのは厳禁なのだ。
ということで山間に降り立った三人は気配を求めて山中深くに入り込んでいく。
「こちらの方角じゃな」
桜が気配を掴む前にジジイの耳はアリが動く物音を捉えているよう。他の動物の気配が一切消えた静かな木々の間を縫ってそちらの方向に進んでいく。そのまま1時間以上歩いていくと、ようやく1体のギガント・ファイアーアントの姿を発見。どうやら砦に向かうのではなくて必死にエサになるような動物を探しているらしい。
「美鈴ちゃん、魔法で動きを止めてもらえますか。死なせないようにしてください」
「いいけど、どうするのかしら?」
「その辺はお楽しみということで」
ムシクイーン桜がそれ以上タネ明かしをする様子もないので、美鈴は何とも解せない表情で術式を構築。
「グラビティー・プリズン」
3倍の重力がギガント・ファイアーアントに襲い掛かって、その体は大地に縫い付けられたまま身動きを封じられる。桜はその個体の傍まで近寄ると、胴体に縦横1メートルほどの布を被せて外れないようにヒモで縛り付ける。さらに目の前に昨日ダンジョンで採ってきたオーク肉を放り投げるとサッと元の場所に戻って身を隠す。
「美鈴ちゃん、拘束を解いてください」
「わかったわ」
美鈴が重力魔法をキャンセルすると、そのギガント・ファイアーアントは警戒しながら周囲をキョロキョロ見回す。だが桜たちは気配を殺して木の陰にいるので気付かれることはなかった。それよりもアリの興味は目の前に置かれたオーク肉に吸い寄せられている。触角を動かしているのは匂いを判別しているのだろう。やがてエサだと認識したアリは、頑丈な牙でオーク肉を掴むと歩き出していく。
「美鈴ちゃん、おジイ様、後を追いますわ」
「何のために布なんかアリの体に巻いたのかしら?」
「万が一見失わないようにする目印ですわ。木々が生い茂る中でしたら赤が一番目立ちますから」
さすがはムシクイーン。どうやらこのままアリの後ろをついていって巣に案内させるつもりらしい。アリが動き出したのに合わせて、桜たちは慎重にその後ろを付いていく。ある程度離れていても赤い色を目印にすれば見失う恐れはない。
こうしてアリの後を歩いていくこと2時間以上、三人は崖に穿たれた穴が見渡せる場所に立っている。オーク肉を咥えたアリがこの穴に入っていったので、どうやらここがアリの巣で間違いなさそう。さらに観察を続けていると、時折アリが出入りする様子も確認できる。
「どうやら間違いなさそうですわ。踏み込みましょう」
桜を先頭にして三人はアリの巣に近づいていく。その時ちょうど巣から出てきた一体と出くわしてしまった。アリが人間の耳には聞こえない音で仲間に合図を出したのか、巣の中からまだこんなにも残っていたのかと思えるほどのギガント・ファイアーアントが飛び出してくる。
「時間が惜しいですから、美鈴ちゃんにお任せしますわ」
「ええ、グラビティー・インパクト」
砦の広場同様に、巣から出てきたアリの体は強烈な重力に押し潰されてペシャンコになる。
「フムフム、まことに良い腕をしておるのぅ」
またもやジジイが美鈴の魔法を絶賛。そのうち「ワシと戦ってみろ」などと無茶を言い出さないか気が気ではない。
「それでは内部に入りますわ」
そのまま桜が先頭に立ってアリの巣の内部へ。中は複雑に枝分かれしており、三人は虱潰しに通路を調べていく。そのまま突き当りまで進むと壁一面に作られた穴にバレーボール大の卵が保管されており、どうやらこの場所は女王アリが産んだ卵を運んで孵化を待つ部屋として使われているらしい。
「美鈴ちゃん、卵を処分してもらえますか」
「いいわ、と言ってもこんな穴倉の最奥で炎は不味いでしょうからどうしましょうか… うん、最適な魔法があったわね。ダークウインド」
美鈴の右手から目には見えないながらも闇の気配を含んだ風が飛び出していく。生物の生命力を奪って死に至らしめる闇からいずる風… これがダークウインド。まだ孵化する前のアリの卵ごときでは、この死の風に触れただけでたちまち生命力が根こそぎ奪われてしまう。
こんな調子で枝分かれする箇所には壁に目印をつけて、すでに確認済みの通路と未確認の通路を区分けしながらすべての箇所を点検していくという地味な作業が続く。時折通路を歩くギガント・ファイアーアントと出くわすが、桜がパンチ一発で叩き潰してしまうので三人の邪魔すらできない。
そしてついに枝分かれした通路の最も奥まった箇所に入り込んでいく。進むにつれて通路で警戒する護衛を務めるアリの数が増していくが、美鈴のダークウインドであっという間に倒していく。まるでアリ用の殺虫スプレーのよう。
そのまま進むと、最奥についに巨大な女王アリの姿を発見する。すでに護衛するアリたちはきれいに片付けられており、この巣に残っているのは女王ただ一体のみ。
キシャー
剥き出しの牙で威嚇するが、この程度の魔物を恐れる三人ではない。
「どれ、ワシが片付けてやるわい」
ここでついに大人しくしていたジジイが一歩前に出た。
「おジイ様、地下の通路の中ですので、下手に暴れると私たちが生き埋めになりますわ」
「桜よ、案ずるでない。ワシの技をよく見ておくがよい」
ジジイが無造作に前に進むと、女王アリはその牙で捕えようと頭をもたげる。だが正面から近付いていたはずのジジイの体は、一瞬で女王アリの側方に回り込んでその巨大な頭に手の平を添える。
「ほい、これが〔通し〕の技法じゃよ」
ほとんど力など込めてはいない。だがジジイの掌から発せられた強力な気は、女王アリの頭を貫いていった。まったく外傷などないままに、頭の内部を破壊された女王アリは力なくその巨体を横倒しにしていく。桜も不完全ながら似たような技を用いるのが可能ではあるが、どうしても力の抜き方が不十分でジジイに比べて貫通力が劣る。その点で今ジジイが見せた技は、まさに洗練に極み。どこにも無駄な力が入らず、それでいて強力な内部破壊を現実のものとしている。これには桜も脱帽せざるを得ない。
「お見事ですわ。私もまだまだ精進しないと、おジイ様には到底追いつけません」
「まあ、こんなもんじゃろうて。ワシとて孫に簡単に追いつかれるような鍛え方はしておらぬゆえな」
他の個体の3倍以上の大きさの女王アリを一瞬で倒したジジイは、こともなげな表情で戻ってくる。一見地味に映るが、武術の奥義を極めた人間のみが可能な気を相手の体内に貫通させて殺傷するとんでもない技であった。
「念のため女王アリだけは燃やしておいた方が良さそうですわ」
「そうね、出来るだけ離れてもらえるかしら。行くわよ、ヘルファイアー」
ゴウという音を立てて漆黒の炎が美鈴から放たれると、あっという間に女王アリの体は燃え尽きて灰になっていく。その様子を見届けた三人は巣の探索を終えて地上へと戻っていくのであった。
ようやく厄介なアリの大量発生が解決しました。次の舞台は王都に移る予定です。異世界のお話は次回かその次で終わって、その後は校内トーナメントの話題に移っていくのではないかと予想。この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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