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それぞれのクラスでは……

 期末試験が終わると、他の高校と同様に魔法学院でも学科の授業は殆ど行われなくなる。


 反復しなければならない基礎実習と専門実技は相変わらず1日おきに組まれているものの、学科の時間で埋まっていた授業時間帯にポッカリ穴が開く形となる。


 普通の高校生ならば友達と一緒にゲームセンターに繰り出したり、カラオケボックスで盛り上がって時には意中の異性と少しでも近付きになりたいと、遊び優先の計画を立てるであろう。


 だがここ魔法学院では少々事情が異なっている。


 実力本位でクラス分けすら成績順に並べられる当学院では、殆どの生徒がライバルよりも一歩でも二歩でも前に出ようと必死なのである。努力を怠った生徒、もしくは努力をしていても実を結ばない生徒は、否応なく下のクラスに落とされる。


 また、たとえ底辺と見做されているEクラスの生徒であっても、ひとつでも上に這い上がろうと目の色を変えている。期末試験が終わったからといって羽を伸ばしていては、その間にライバルに追い越されてしまうのだ。むしろ試験によって自らの立ち位置が改めて確認できた分だけ、次の新たな目標に向かって日々精進していこうと気持ちを新たにしているはず。


 た、たぶん…


 でもあのメンツが果たして…


 ゲフンゲフン! 一応そういうことにしておこう。


 このようなシビアな環境の中で、Eクラスではホームルームの前に学科テストの最後の答案が生徒に返却されていた。


 

「お兄様、試験の結果はいかがでしたか?」


「桜、全科目50点以上をクリアしたぞ」


 隣の席から話しかけてきた妹に向かってグッととサムアップして聡史が返事をする。机上に置いてある数学の答案には67点と記載されている。



「よかったですわ。これで大手を振ってダンジョンに入れますわね。私もひとまず最低限の点数は確保いたしましたし」


 桜の答案は78点であった。この娘、意外とやりおる! 2か月間の授業を全く受けていないブランクがあっても知力100は伊達ではない。時折頭の使いどころをウッカリ間違えるだけなのだ。



「桜ちゃん、お兄さん、結果はどうでしたか~?」


 そこへ、ニコニコ顔の明日香ちゃんがやってくる。この様子だと、どうやら彼女も無事にクリアしたよう。



「おや、明日香ちゃん、私もお兄様も全科目50点以上という目標を達成いたしましたわ」


「よかったですよ~。私も無事に合格ラインギリギリセーフです。全科目50点~55点の範囲にきっちりと納めました」


「合理的か。もっと点数を取ってもいいだろう」


 久方ぶりの聡史のツッコミが冴え渡る。クラス中に聞こえる大声に、他の生徒全員が「またやってるよ」という呆れた表情で3人を見ている。



「お兄さん、お言葉を返すようですが、私は無駄な努力はしたくないんですよ~。ただでさえ桜ちゃんにシゴかれて色々大変なですから、学科の授業くらいは息を抜きたいんです」


「明日香ちゃん、学科は体を休める時間ではないと何度言えばわかってくれるんですか?」


「これが私の生きる道ですよ~。誰にも邪魔させません」


「自分で邪魔をしているんだろうがぁぁ」

 

 誰が何と言おうとも、明日香ちゃんは己の進む道を譲ろうとはしない。「そんなに胸を張って誇らしそうな表情をしていないで、もうちょっと頑張ろうよ…」という生暖かい眼差しをクラスの一部生徒から向けられても、一向に気にしていなかった。



 そんなこんなで聡史たち3人が取り敢えずは安堵の表情を浮かべる横では、頼朝たち自主練一派が真っ暗な表情をしている。殊に頼朝は23点と書かれた数学の答案を握り締めて、茫然自失の有様。



「迂闊だった… 実技能力が向上したのが嬉しくて試験期間中も自主練をしていたのが、思わぬ落とし穴だったか…」


「当たり前だろう。俺と桜でさえ試験の三日前から自主練を強制自粛させられていたのに、お前たちは何をやっているんだ?」


 もちろん聡史たちに強制自粛をさせたのは、他ならぬ美鈴であった。彼女が強権を発動しなければ、聡史たちも彼らと同じ立場であったかもしれない。


 大雑把に言って、これが底辺Eクラスの実態。男子で魔法が使用できるのは聡史だけ。全員が単純肉体労働者… 別名〔肉の盾〕とも呼ばれている何とも不遇な存在。


 もうちょっと頭を使えば楽になる場面でも、気合と体力頼みで強硬突破しようとするおバカ揃いである。揃いも揃ってFランクの頭脳の持ち主なので、学問に頭を使おうとは、これっぽっちも考えない脳筋集団であった。まだ桜のほうが、ある意味でまともに話が通じるかもしれない。


 もちろんごく少数、それなりに勉強も頑張っている生徒もいるにはいるのだが、クラス全体の流れはこんな感じが多数派を占めている。


 さすがに女子はここまでヒドくはないと彼女たちの名誉のためにも一応弁解しておく。実際には他のクラスに比べて惨憺たる有様なのだが、あまりこの場でぶっちゃけると読者が幻滅を抱く可能性がある。


 せっかくダンジョン管理事務所から渡された懇切丁寧にルートが書き込まれている地図を誰一人読み取れないとか…


 ダンジョン地図ならまだしも、街中でのスマホのルート案内すらわからずに、つい道行く人に目的地までの行き方を聞いてしまうとか…


 せっかく誰かに道順を聞いても、曲がる方向を間違えてさらにドツボに嵌るとか…


 半数が分数の計算が結構怪しいとか……


 

 要するにごく少数を除くほぼ全員が、この底辺クラスに集まるべくして集まっている。テストで半分以上をマークした明日香ちゃんが実はかなり尊敬されてしまうという、クラス全体が実に悲しいレベル。


 実技は訓練次第で差を埋めることができても、生まれ持った頭は取り替えない限りはどうにもならないような気がしてくる。もちろん一念発起して勉学に真剣に取り組めば、おそらく結果は違うのだろう… しかしどちらかというと男女とも本能優先で生きているので、中々真剣に将来を見据えようという生徒は数人しか見当たらない。


 東先生はよくぞこんなクラスを受け持っている。年齢とともにやや寂しくなりがちの頭皮が、ますます元気を失っていくのではないだろうか?



 


   ◇◇◇◇◇





 ところ変わって、こちらはハイソサエティーなAクラス。どこかの底辺クラスとは違って学科試験のクラス平均得点が80点オーバーという、実技だけではなくて頭脳まで優秀な生徒の集まりである。


 その分だけ、Eクラスのような友情や義理人情に厚い生徒は存在せず、利己主義の塊と呼べるようなある意味選民意識に凝り固まったエリート集団であった。


 なまじっかステータスに記載されている初期能力が高かったばかりに、自分は選ばれた人間だと勘違いしている生徒が男女とも大半を占めている。


 その中にあって、美鈴やカレンは数少ない例外といえるであろう。彼女たちは自らの能力にけっして慢心せずに、さらなる向上を目指している。それだけではなくて、誰からの意見やアドバイスでも受け入ようとする謙虚さも持ち合わせているのだった。



 ところでAクラスにおいても、期末試験で美鈴が公開した魔法は注目の的であった。日本では誰も実現していない超級魔法を完全な形で披露したのだから、当然クラス内で美鈴の評価は爆上がりしている。


 そうなるとこれまで誰からも顧みられていなかった美鈴を、何とかして自分たちに取り込もうという動きが活発化してくる。これまでは生徒会活動のためフルにダンジョンに入っていられないという理由でどこからも声を掛けられなかった美鈴であるが、誰しもがあの能力を見たら自分たちのパーティーに欲しくなってしまうのは当然の流れ。


 ホームルームが始まるのを席で待っている美鈴の元に、遠藤明が自信満々な表情でやってくる。彼は入試席次第5位で、今回の実技試験でもそこそこの威力のファイアーボールを披露していた。また彼が所属するのは、勇者である浜川茂樹たちに次ぐクラス内では有力なパーティー。



「西川さん、よかったら僕たちのパーティーに正式メンバーとして加わらないかい? 君が加入してくれたら、僕たちはいよいよ2階層にチャレンジしようと考えているんだ」


 遠藤がこれだけ自信たっぷりな表情をしているのは、美鈴がAクラスのどのパーティーにも所属していない点と、2階層にチャレンジするという殺し文句であった。まだこのクラスで… というか1年生で2階層で活動していると広く知られているのは、浜川茂樹が所属するパーティーのみ。だからこそ遠藤はこの魅力的な提案に美鈴が飛びつくであろうという、全く根拠のない自信を持っている。



「勧誘してもらえるのは嬉しいんですが、私が所属するパーティーはすでに決まっています。管理事務所でもメンバー登録してありますので、今から変更する考えはありません」


 一応の礼儀を弁えてはいるが、美鈴の口調はこれ以上ないほどキッパリと遠藤の申し出を撥ね付けている。聡史から離れるなど、今の美鈴にとって論外のさらに外であった。



「西川さんが登録したというのは、もしかしてあのEクラスの生徒が中心のパーティーのことかな? もしそうだったら、今から僕たちのところに加わることを勧めるよ。所詮はEクラスなんだから、西川さんの能力が宝の持ち腐れだ。その点僕たちと一緒なら、君の力を存分に発揮してもらえるからね」


 遠藤の言い草に、美鈴の内心では「わかってない。こいつ全然わかってない!」という哀れすら催す感情が立ち込めてくる。だが美鈴はこうも考える。「あまりにも高い山の頂など、凡人には如何ほど高いのか理解が及ばないのだ」と、なんだかちょっと哲学的に。


 実際に聡史と桜の戦闘を間近で垣間見た美鈴でさえも、あの二人がどこまで強いのかなど判断がつかない。遠藤の言い分に凡人の悲哀を感じたのは「あの二人に比べたら自分自身も限りなく凡人」と、美鈴が自覚しているせいに違いない。だからこそ美鈴は生来の人の好さで、遠藤の主張をまるっきり否定するわけにもいかなかった。もし聡史たちと出会っていなかったら、自分もそのような思考に陥っていた可能性があったと気が付いている故に…



「遠藤君の言いたいことはよくわかっています。ですが私は所属パーティーを変更する気持ちはありません。今後このような勧誘をお受けしても私の気持ちは変わりませんので、どうかご了承ください」


「わ、わかったよ。あとから後悔しても知らないからな」


 結局美鈴の丁寧な断りのセリフは「遠藤君のこと嫌いじゃないけど、ゴメンナサイ(棒)」と同義語であった。受け取り方によっては最も傷付く断られ方といえよう。美鈴が遠藤の心情を慮ったばかりに結果的に彼を深く傷つけている。美鈴には悪気はない。むしろ可能な限り遠藤にやさしい口調で断ったつもりでいる。


 美鈴に相手にされなかった遠藤は「一体なぜだ?!」という、いまだに理解不能といわんばかりの表情で自分の席へと戻るしかない。プライドが相当ズタズタにされている様子が誰の目にも明らかであるのに、遠藤自身はその内心を周囲に悟られてないと勘違いしている模様。クラス全体の得も言われぬ生暖かい視線を一身に受けながら、彼は席に着いてホームルームを待つのだった。

 


 午前中の基礎訓練と専門実技実習が終わり、昼食兼昼休みの時間となる。1年生のどの生徒もなるべく早めに昼食をとって、午後は少しでも早くダンジョンへ向かおうと準備をする。


 Aクラスでは、ロッカーに仕舞っておいたスポーツバッグからヘルメットとプロテクターを取り出して体に装着しようとするカレンがいる。他の生徒も大体彼女と同様に装備や武器の点検を開始している。



「神崎さん、今日は僕たちのパーティーに所属してもらうから、いつものようによろしく頼むよ」


 そこに現れたのは、どんな巡り合わせだかまたもや遠藤明。カレンダーに記載された順番では本日は彼のパーティーにカレンが所属する日なので、リーダーとして確認に訪れたよう。



「ああ遠藤君、ゴメンナサイ。今日から他のクラスの人たちとパーティーを組むから、このクラスの人たちとはもう一緒に行動できなくなりました」


「そ、そんな… 回復担当の神崎さんがいなかったら、もしもの時にどうすればいいんだ?」


「今まで順番で私がいないことのほうが多かったはずですから、最初からいないつもりでどうか頑張ってください」


「神崎さん、ちょっと待ってくれ!」


「急ぎますので、悪しからず」


 こうして遠藤は、教室を出ていくカレンの後姿を茫然と見送るしかなかった。全身が燃え尽きた真っ白な灰になって、口から白い何かが出掛かっている。あまりにも哀れ過ぎて、その姿はクラスの同情を… 全然集めなかった。


 女子たちは、遠慮なしに遠藤に指をさして声をあげて笑っているし、男子は「俺たちの順番じゃなくてよかった」と胸を撫で下ろしている。


 この出来事がきっかけで翌日からAクラス内で遠藤のあだ名が広まっていった。



 〔1日に2回フラれた男〕


 当然この噂は尾ひれがついて、他のクラスにも広がっていくのであった。

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