307 学院で待っていたのは…
夏休みを終えて聡史たちが学院に戻ってみると……
1週間の実家滞在を終えて、聡史たちは魔法学院へ戻っていく。その別れ際…
「母さん、くれぐれも体を大事にして元気な兄弟を生んでくれよ。何かあったら連絡してくれ」
「お母様、早く赤ん坊の顔が見たいですわ。何かの際には私が走ってでも駆け付けますから」
「二人とも、そんなに心配しなくても大丈夫よ。時々お婆ちゃんも手伝いに来てくれるし、お父さんだって早く帰ってきてくれるから」
「親父は早く帰ってきても、家事の面では何も役に立たないだろう」
「近くにいてくれるだけでいいのよ」
「お父様にはこれからもっと家事を手伝わせるといいですわ」
「桜、お前が言うことじゃない。自分の立場がちっともわかっていないようだな」
「はて、何のことでしょうか?」
結局この1週間、実家の家事をほとんど手伝わなかった桜が何か言っている… そんな表情を取り巻く面々は浮かべている。それはいいとして、ここで美鈴とカレンもご挨拶。
「オバ様、お世話になりました」
「いいのよ、時間があったらいつでも来てね」
「お母様、とっても楽しい4日間でした」
「美鈴ちゃんとカレンさんだったら、もっと長く泊まってもらいたいくらいだわ。帰ってしまうのが残念なくらいよ」
「次は赤ちゃんが生まれてから顔を出しますね」
「子育ての苦労とかも教えてください」
「ええ、そうね。3か月くらいで首が据わってくるから、そうしたら抱っこもできるわよ」
美鈴とカレン、どうやら将来に備えて聡史の母から子育てのイロハを教えてもらおうという魂胆らしい。誰の子供を産むつもりかと訊かれたらおそらく二人の意見は一致するはずだが、ここでその名前を明かすのは野暮というもの。それよりも今のうちから母親の好感を得るという点では、この二人は満点の出来栄え。
「それじゃあ母さん、元気でな」
「メールしますわ」
こうして聡史たちは実家を離れていった。駅で明日香ちゃんとクルトワを待ち合わせしてそのまま魔法学院に向かう。もちろん夏休みの間デザート食べ放題だった両名は、休み中の生活態度に関して桜から散々小言を浴びせられたのは言うまでもなかった。ああ、学も一緒と付け足しておく。ついつい忘れるところだったが、彼はもしかして今回の帰郷において最大の功労者かも知れない。
◇◇◇◇◇
西の空が夕日に赤く染まる頃、聡史たちは学院に到着する。
「まだ生徒の姿が少ないな~」
「明日辺りから本格的に戻ってくるんじゃないのかしら。ウカウカしているとあっという間に模擬戦週間が始まるし」
校内における大々的な模擬戦トーナメントの開始は本年度も8月16日と決まっている。したがって8月の第1週目にはほとんどの生徒が学院に戻ってトーナメントに向けてトレーニングを開始する予定。だがこの日までに戻ってきた生徒は全体の3分の1程度。美鈴の言葉通り、明日辺りから本格的に生徒が集まってくるのだろう。
そのまま校舎の前を通り過ぎて特待生寮がある管理棟に向かって進むと、1階の食堂出入り口の前にポツンと立っている人影が。近付いてよくよく見ると、どうやら見覚えのある人物に間違いなさそう。
「美咲、こんな所で何しているんだ?」
「クックック、悠久なる大魔導士がわざわざこうして同胞の帰還を迎えてやろうとしておったのに、そなたには我の寛大なる計らいがわからぬと見えるな」
「そうだったのか、わざわざ出迎えてくれてありがとうな。夕食まで時間はあるか?」
コクコク
「じゃあ俺たちの部屋で時間を潰して、そのあと夕食にしよう」
喋っている内容からして、そこに立っていたのは美咲だとわかってもらえるだろう。実は美咲、そろそろ聡史たちが学院に戻ってくるだろうとソワソワしながら、昨日の午後からちょくちょく食堂に顔を出したり第3訓練場に足を運んだり、そして夕暮れ時には食堂の前で待っているといった行動を取っていた。見ようによっては大変イジらしいが、一歩間違うとストーカー呼ばわりされかねない。
ちなみに本日の美咲の衣装であるが、水色のワンピース姿。これは夏休みに入る前に美鈴たちと一緒に出掛けた際にコーディネートされた一着。聡史を出迎えるにあたって美咲なりに勝負服を選んで着ているようだ。だが一点だけ見逃せないのは両手に嵌めた指抜きグローブ(意味をなさない魔法陣の刺繍入り)。聡史からもらった大切な厨2アイテムということで美咲自身肌身離さず着用しているが、ワンピースとのマッチングにおいてとても残念なことになっている。
ところで美咲だが、彼女は今まで特待生寮に足を踏み込んだことがなかった。一応聡史や美鈴から話は聞いているものの、学生寮に毛が生えた程度と油断していた。
「さあ、入ってくれ」
「歓迎しますわ」
聡史兄妹に続いて特待生寮に入る美咲。玄関から一歩入って内部の景色が目に飛び込んだ途端に声を上げる。
「はアあぁ~? こ、こ、こんな部屋が…」
「なにを素っ頓狂な声を出しているんだ? そんなに大した部屋じゃないぞ」
素に戻ってしまったと気付いた美咲はすぐにキャラ変更。
「クックック、この悠久の大魔導士をもてなすには、まこと相応しき部屋よ」
ペシッ
「痛~い」
「そういうのはもういいから」
聡史に頭をはたかれて涙目の美咲だが、久しぶりにいつもの挨拶代わりのお約束が出来てなんだか嬉しそう。色々とコジらせているだけに、この娘はどうにも素直な愛情表現というか、好意の表明が苦手で、ついつい厨2言語に逃げてしまう。
「ソファーでくつろいでいてくれ。ちょっと荷物を片付けるから。ああ、飲み物は勝手に冷蔵庫から取り出していいぞ」
コクコク
聡史に言われた通りに美咲はソファーに腰掛けるが、なんだか落ち着かない態度で部屋の中をキョロキョロ見回している。贅沢なまでに広いリビングとちょっとした料理が作れそうな簡易キッチン、もちろんバストイレ付きで寝室が3部屋。特待生寮というのはこんなに豪華なのかという驚きで目を見張っている。
「美咲、何をそんなにキョロキョロしているんだ?」
フルフル
「飲み物はアイスコーヒーでいいか?」
コクコク
大急ぎで荷物を片付けてリビングに戻ってきた聡史。だが彼が声を掛けても美咲は声を出さずに首を振って返事をしているばかり。
「どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「へ、へ、部屋がすごい」
「ああ、この部屋にビックリしていたのか。特待生の特権だな。ところで美咲は実家に帰ったのか?」
フルフル
「えっ、ということは伊豆から戻ってきてからずっと学院にいたのか?」
コクコク
話題が変わった途端に、美咲は再び声を出さなくなった。どうやら何らかの事情がありそうだと聡史は睨んでいるが、ここで無理やり聞き出すのもどうかと考えて至極やんわりと…
「もしかして家に帰りたくなかったのか?」
コクコク
「そうか… 美咲に何か事情があるとは知らずに、俺たちだけで家に戻ってしまってすまなかった」
フルフル
伊豆の旅行であんな出来事があったのに、その美咲を放置したまま実家に戻ってしまった自分を聡史自身悔いる気持ちが強い。てっきり美咲も実家に帰ると思い込んでいて何も話を訊かなかった結果、現在こうして美咲を辛い立場に追い込んでいるのでは… そんな考えが聡史の脳裏に過っていく。
「無理しなくていいんだ。取り残された気持ちになって寂しかったんだろう」
聡史の言葉を聞いた瞬間、美咲の瞳から涙が溢れ出す。両手で顔を覆って、その指の隙間からポタポタと涙が零れ落ちていく。聡史は美咲の正面に座っていたが、静かに隣に席を移して彼女の頭をポンポン。美咲の気分を落ち着かせようという気遣いを見せる。
「泣きたい時は泣けばいい。美咲が孤独だった時間は終わったんだ。今は隣に俺がいる」
コクコク
顔を覆いながらも頷く美咲。なおも頭をポンポンしながら、聡史は無言で美咲が落ち着くのを待っている。やがてしばしの時間の後に、美咲の涙はようやく止まった。
「顔を洗ってくるといい。洗面所はこっちだ」
聡史がタオルを手渡して案内すると、美咲は素直に付いてくる。彼女が洗面所のドアの向こうに姿を消すと、聡史はソファーに座り直す。ちなみにこの時桜は寝室に荷物を置いた途端に部屋を飛び出している。おそらく明日香ちゃんの説教の続きをしに行っているのであろうが、ともかく今は不在だ。
タオルで顔を隠しながら戻ってきた美咲。どうやら不意に大泣きしてしまって戸惑うと同時に一抹の恥ずかしさも感じているよう。彼女はそのまま聡史の隣に腰を下ろす。今の情けない自分を正面から見られるのは抵抗があった。
「話したくなったら話すといい。俺は黙って聞いてやる」
「そ、そ、その… 実はウチの親は、私が引き籠ったり保健室登校するのが気に入らなくて…」
どうやら美咲の両親は世間体を気にして普通に学校にいけない美咲を責めていたらしい。その結果美咲は、家でも学校でも居場所がなくなって余計に苦しかったそう。
「で、で、でも、保健室の先生が全寮制の魔法学院があるって教えてくれた」
その当時美咲が最も信頼を寄せていたのは、保健室登校していた彼女をなにかと励ましてくれた養護教諭。どこにも居場所がない美咲は「全寮制」という言葉に動かされて魔法学院を受験し、その結果高い魔法適性が認められて入学に至っている。
ちなみに彼女の厨2病だが、引き籠もっていた間のアニメの影響が大きいのは言うまでもないが、入学した当初イジメられないように自分を大きく見せようとハッチャケた結果でもある。そのおかげでクラスの生徒から痛い子を見るような視線を向けられて、聡史と出会う前はポッチ生活を余儀なくされていた。
美咲からの告白を聞いて、聡史はつい先日母親と交わした話を思い浮かべていた。ソファーでくつろぎながらお腹に手を当てて何気なく母親が口にしたのは…
「聡史、覚えておきなさい。子供っていうのは親が正しい愛情を注げば注ぐほど強く育ってくれるのよ。だから今お腹の中にいるこの子たちが強く元気に育ってくれるために、私はいっぱい愛情を注ぐつもりなの。でも桜だけは愛情を注いだ結果強くなり過ぎてしまったわね。それはちょっと失敗だと思っているわ」
なるほど… 聡史には今更ながらに両親から愛情をもって育てられてきた自分という存在が身に染みている。翻って美咲はといえば、どうやらその話から窺うに親の愛情を十分に感じないままここまで来てしまったよう。ではどうすればよいのか… その具体策については聡史の頭では妙案が思いつかない。その代わり今聡史が美咲に抱いているのは、親鳥が翼を広げてその下にひな鳥を匿うかに似た感情。ならばその感情に従うしかなかろうと決断する。
「美咲、安心していい。お前が辛い時はいつでも傍にいてやる。なんでも話を訊いてやるし、納得するまで頭をポンポンしてやる。辛かったら好きなだけ甘えていい」
コクコク
「ただし甘やかすだけではないぞ。美咲がひとりで自分の道を歩んでいけるように、時には厳しくすることもある。こんな俺と一緒にいたいのかどうか、お前の言葉で聞かせてくれ」
聡史の思い切った発言に、美咲はどう答えればいいのか躊躇う表情に。そして…
「こ、こ、言葉にするのは苦手だから…」
美咲はゆっくりと聡史の体に両腕を回して自分の体を寄せていく。そのままギュッと抱き着くと、顔をやや上に向けながらゆっくり目を閉じていった。聡史の唇が美咲の口元にそっと寄せられて、しばらく二人が動かずにいる。
特待生寮には何も音が聞こえないひと時が流れる。その時…
ピンポ~ン
ドアのチャイムが鳴って、二人は現実に引き戻されて慌てて体を離す。聡史が玄関に出てみると、デビル&エンジェルのメンバー+クルトワが勢揃い。
「お兄様、そろそろ夕食の時間ですわ」
「ああ、そうだな。今日は美咲も一緒に夕食を摂ろうと思って待っていたんだ」
「そうでしたか。さあさあ、早くいきましょう。ああ、私はポチタマを呼んできますから、先に参りますわね」
まったく何事もなかったいつもの雰囲気で聡史を迎えに来た一行。幸いたった今までこの部屋で何が行われていたか気取られる気配はない。ということでいまだ目がやや赤い美咲も連れだって全員で食堂に向かう。いつもの席に座ろうとカウンターの近くに歩いていくと…
「師匠、久しぶり~」
声の方向に聡史が目を遣ると、美晴が大きく手を振って出迎えている。その周りにはブルーホライズンが全員お揃いで小さく手を振る姿が並ぶ。
「美晴たちはいつ戻ってきたんだ?」
「私たちは昨日全員集合したんだよ。なにしろ校内トーナメントが近いからね~。今年はまず校内でしっかり成績を残してから八校戦に臨みたいんだ」
「そうか、気合いが入っているな」
「師匠、もちろんだよ。今年はウチのメンバーから優勝者を出すからね」
「ああ、応援しているぞ」
言われてみればブルーホライズンは八校戦で優勝はしたものの、いまだ校内トーナメントではこれといって目立った成績を残していない。今回は個人戦でも上位を目指して、昨日から早速訓練を開始しているらしい。
ブルーホライズンが座る席の向こう側には頼朝たちの姿もある。どうやら彼らも今年はトーナメント上位を狙っている様子。
「おう、聡史じゃないか。元気そうだな」
「ああ、頼朝たちも。それよりもずいぶん集合が早いんだな」
「当たり前だ。グズグズしていたらボスからドヤされるだろう。一昨日から全員集まって訓練を始めているぜ」
「そうか、今年はいい成績を残せるように頑張ってくれ」
「ああ、任せておけ」
やはり話題は開催まで2週間を切った校内トーナメントで持ち切り。方々に挨拶をした聡史が遅れて席に着くと、ポチタマを率いた桜がやってくる。
「皆様、遅くなりましたわ。それよりも校内トーナメントの開催要項が食堂の掲示板に張り出してありました。あとで確認してみましょう」
「そうだな」
こうしてめいめいがカウンターで好きなメニューを受け取って夕食が始まる。今日に限って美咲はカレンから席を譲られて聡史の隣に。ついさっき大泣きしたものの、聡史の励ましのおかげですっかり立ち直っている。というよりの優しいキスが一番の薬だったかも。
桜の両脇には天狐と玉藻の前の姿が。キツネうどんを食す天狐と食事よりも先にいきなり大福を頬張る玉藻の前だが、久しぶりに主の姿に出会えて何とも嬉しそう。こうして和やかに食事は過ぎていく。
「それじゃあ、トーナメントの開催要項を見に行くか」
「そうね。レギュレーションが大きく変更になっているから、今のうちにしっかり確認しておいた方がいいわ」
美鈴は非常勤とはいえ生徒会に所属しているので、今回のレギュレーション変更を事前に知っている。掲示板に張り出されている要綱には、まず昨年度との変更点が記載されていた。その主な内容は以下の通り。
・魔法部門と全学年トーナメントの廃止
・1~3年生においては、格闘部門の個人戦のみを実施
・チーム戦トーナメントの導入
・その他の参加条件等
魔法部門の模擬戦は、ここ最近魔法の威力が急激に向上したため十分なな安全が確保できないという理由から廃止された。代わって競技形式でより安全に生徒の魔法の技量を計る方式が採用される。具体的に言えば美鈴が構築したゴーレムを用いた訓練がそのまま競技に採用された形で、個人で何体倒せたか、もしくはすべて倒すまでのタイムで競う形となる。
全学年トーナメントの廃止は、チーム戦を採用したので時間が足りないという理由から。個人戦よりもチーム戦をより重視する運営側が検討を重ねた結果であった。
それから参加条件であるが、特待生は個人戦から除外された。1回戦で桜や聡史と対戦する一般生徒には絶望しかない… そんな不幸な例を回避するためというのが主たる理由。したがって今回から聡史たちが参加可能なトーナメントはチーム戦のみとなっている。
「やりましたよ~。これで堂々とサボれます」
「明日香ちゃん、ダイエット作戦がそれまでに終わっているといいですわね~」
昨年のトーナメントには苦い想い出しかない明日香ちゃんは、今回の変更に諸手を挙げて賛成を示している。だが、そんな調子のいい友人を放置しておけない桜がしっかりと釘を刺す。いや、脳天を貫くばかりの勢いかも。
そんな妹たちをよそに、聡史はというと…
「そうか、俺たちはチーム戦の出場だけか。まあその分、クラスの連中や後輩たちのフォローに回ればいいか」
「そうね、私はゴーレムの準備があって忙しいけど、余裕があったら手伝うわ」
「色々と変更になっていますけど、やっぱり八校戦も同じような形式で競うのでしょうか?」
「ええ、今回からすべての魔法学院で校内トーナメントの形式が統一されているのよ。したがって八校戦も同様の形で実施されるはずよ」
こんな話をしつつ、この日は終わりを告げていくのであった。
◇◇◇◇◇
こちらはアライン砦。ダンジョンの最下層を経由してジジイがやってきた異世界の地。自衛隊の駐屯地に連れてこられて重要施設以外の通行パスを受け取ったジジイだが、特にこれといった事件は発生せずに暇を持て余してその辺をブラブラしている。
たまたま散策する経路であった駐屯地の車両基地では、数台の装甲車が出動の準備中。もちろんこんな光景をこのジジイが見逃すはずはない。
「これから見回りかのぅ?」
「いえ、北西の森にオーガの集落があるという村人からの通報がありまして、これから討伐に向かいます」
「ほうほう、面白そうじゃのぅ。ワシも連れていけ」
「いえ、民間人の方は危険ですので」
「何を言うか。オーガというのはだんじょんで出てきた赤鬼であろう。あんなモノが何千体いようがたやすいわい」
横文字に弱いジジイだが、さすがに学から教えてもらった魔物の名称はしっかりと覚えているよう。感心感心。
「しかし…」
「野村兵曹、ご同行願うぞ。なにしろダンジョン攻略者の本橋氏だ。お力添えを願えれば我らの行動は格段に楽になる」
ここで今回の作戦隊長が許可を出す。実は幹部の人間は駐屯地司令官から「あのジジイが暴れ出さないように適当にガス抜きさせろ」という秘密の指令を受けていた。
「ほほう、話の分かる御仁がいてよかったわい。軽い運動替わりじゃ、さあさあ出掛けるぞい」
誰からの指図もないまま勝手に装甲車に乗り込んでいくジジイ。勝手気ままな性格をこの異世界でも存分に発揮している。
装甲車5台に分乗した作戦部隊が駐屯地を出発して、北西方面へと向かっていく。途中でオーガの集落を発見した村人に事情聴取を行って道案内のために同行させる。村からさらに北に進んだ場所まで来るとこれ以上車両では進めないので、留守を守る1個小隊を残して一行は森の中に分け入っていく。小銃をぶら下げた隊員が周囲に視線を配りながら緊張した表情で進むのに対して、ジジイはいつもの袴姿で雪駄履き。この温度差は一体なんだろうか…
「そちらではないぞ。こっちの方向じゃよ」
磁石で確認しながら森の深部に歩を進める隊員だが、ジジイの気配察知はとうにオーガの集落の位置を捉えているよう。道を逸れそうになると、こうして指示を出して方向の修正を加えている。
「そろそろ赤鬼共がウロつくようになるゆえ、気配を先に掴むんじゃぞ」
「は、はい、了解しました」
この時点ですでにジジイが完全に部隊の主導権を握っており、隊員たちはその命令に粛々と従うのみ。ジジイの言葉通り、森のあちこちにエサを求めてうろつくオーガの姿がちらほらと確認できる。もちろん発見次第に射殺の命令が出ているので、隊員の小銃で矢継ぎ早に処理していく。
そして一行はついにオーガの集落の入り口近くまで辿り着いた。木陰から様子を窺うと、確かに100体以上のオーガが群れ成している。
「よろしい、ここから先はワシに任せるがよい」
「しかし危険では?」
「危険などあるか。まあ見ておくがよいぞ」
と言い残してジジイはさっさと集落に踏み込んでいく。自衛隊員もさすがにジジイをひとりで行かせるわけにはいかないので、やや距離を置いてその後を追う。
ウガアアァァァァ
突然一帯に響き渡る特大の咆哮。ジジイの姿に気が付いたオーガが群れに警告を発する声であろう。威嚇するように叫び声を上げつつ、オーガは次々にジジイの前に集結してくる。そして数体が一斉にその巨体に見合わない俊敏な動きで飛び掛かってきた。
「ガハハハハ、遅い遅い、そのような動きではただの的にしかならぬわ」
もちろん接近してくるオーガには容赦ないジジイの張り手が見舞われる。別名超音速ロケット発射装置だ。ジジイの一撃を食らったオーガはその巨体丸ごと吹き飛ばされて、やや離れた群れのど真ん中に突っ込んで阿鼻叫喚の地獄絵図を出現させる。
「ほれほれ、もっと気合いを入れんか」
なおも繰り出されるジジイの張り手によって、オーガの集落は被害甚大。吹き飛ばされた仲間の余波であっという間に死体が折り重なる惨状を呈する。
ウゴゴガアァァァ
今度は手に剣や盾を持った戦士クラスが登場してきたが、ジジイにとってはただの微差。片っ端からミサイルに変わって群れの方向に撃ち出されていく。この光景を目撃した隊員たちは…
「おい、あれはヤバすぎないか?」
「まさか味方の体が凶器になって自分に飛んでくるなんて…」
「あのジイさん、ダンジョンを3日で攻略したと言っていたが、絶対ウソじゃないよな」
「信じるしかないだろう。あの暴れっぷりだぞ」
こんな話をしているうちに、ジジイの大暴れはさらに加速していく。ついには自分から群れの中に突入して、手当たり次第にオーガを血祭りに。ゴブリンの集落にドラゴンが現れたかのような、見事というしかない蹂躙が進んでいく。
「手応えがないのぅ。もっと気合いを入れんか」
逆にオーガに叱咤を加えるジジイだが、相手はすでに数体を残すのみ。勝敗は完全に決しているが、残っているのはオーガキングらしい。自らの群れをあっという間に惨殺されて、怒りに燃えた目でジジイを睨み付ける。
「ほう、多少は骨がありそうじゃな。掛かってくるがよかろう」
ウガガガガガガァァァァ
怒りに燃えながら剣を振り上げて襲い掛かるオーガキング。だがジジイはその剣をヒョイと避けると絶妙なタイミングで足を払う。もんどりうって顔から地面に突っ込んでいくオーガキングだが、ジジイの追撃が入る。
バキっ
雪駄履きの右足がその肩を踏みつけると、嫌な音を立ててオーガの右腕が体から引き千切られた。さらにジジイは、倒れているオーガキングの頭を鷲掴みにするとそのまま引き起こして放り投げる。頭から地面に突っ込んだオーガキングは、首の骨が折れて絶命の模様。このジジイ、やり方がムゴすぎる。
「お~い、終わったぞい」
お茶でも飲み終わったかのような至極ノンビリとしたジジイの声が響くと、木の影から隊員たちがわらわらと出てくる。全員顔を引きつらせている様子からして、ジジイの蹂躙振りが相当精神に来ているよう。だが集落討伐はこれで終わりではない。
「まだ息が残っている個体にはトドメを刺して、死体は積み上げて焼却しろ」
「「「「「はっ」」」」」」
精神的に込み上げるモノはあっても、そこはダンジョン訓練も受けている精鋭部隊。キビキビと動き出して命令を実行。やがていくつかに積み上げられたオーガの死体に灯油をかけて火が点けられる。こうして骨と灰にしておかないと森に潜む魔物のエサとなって、却って別の魔物を増やしかねない。
「よし、片付け完了。撤収するぞ」
「「「「「了解しました」」」」」」
こうして討伐部隊は任務を終えて帰投する。
「ヤレヤレ、良い気晴らしが出来たわい」
オーガの集落をひとりで全滅させておいて「気晴らし」とのたまわくこのジジイの神経は如何ほどのものだろうか? 今回オーガたちにとって最大の不幸は、たまたまこのジジイが同行したことに違いない。不運なオーガたちに合掌。
このところ美咲が突出する勢いで聡史と親密になりつつあります。美鈴とカレンは黙って見ているのか。さらには異世界でちっとも大人しくしていないジジイの処遇は…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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