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306 閑話 戦闘狂の挽歌

今回で舞台が魔法学院に戻るはずが……

 聡史兄妹が帰郷して5日が経過した。この日も桜は闘武館の脳筋パーティーに付き合わされてダンジョンへ向かって不在。まあその分だけ楢崎家には静かな時間が流れている。



「母さん、洗濯物を干すくらい俺がやっておくから座っていなよ」


「聡史、そんなに人を病人扱いしないでちょうだい。あなたたちが来てから日に日に体調が良くなって、私だって少しくらい体を動かしたいのよ」


「本当に大丈夫なのか? また具合が悪くなって寝込んだりしないだろうな」


「そんなに心配しないでも大丈夫よ。あなたと桜がお腹にいた時だって、5か月を過ぎた頃につわりが収まってきたんだから」


 個人差はあるが、平均すると大体この母親くらいの時期になるとつわりが収まってくる人が多いらしい。もちろん聡史はそんな話を詳しく知っているわけではないので、まだ不安そうな表情を隠そうともしない。



「それに、そろそろあなたたちも魔法学院に戻らないといけないんでしょう。一家の主婦としていつまでも甘えているわけにはいかないわ」


「しょうがないなぁ~。じゃあ、俺が半分手伝うよ」


「そう、じゃあそうしてもらえると助かるわ」


 などと話をしつつ、母と息子は2階のベランダで手分けして洗濯物を干している。するとここで母親が…



「そういえば、聡史はまだお婆ちゃんの家に顔を出していなかったわね~。明日にでも行ってきなさい」


「ああ、そういえばすっかり忘れていた。婆さんとも約束したし、仕方がないから顔を出すかな~」


 聡史的には祖母の家に顔を出す約束は心の片隅にずっとわだかまっていた。だがあまりにも気が進まないせいでなんだかんだ理由を付けてここまで1日伸ばしにしてきていている。実家にいるのは今日を除くとあと2日なので、そろそろ覚悟を決めて訪問しなくはならないが、残された時間は決して多くはない。ここに来てやっと聡史も心を決めたようだが、幸いなことに例の怪物ジジイは異世界に出奔中で不在という点は彼の気持ちを多少なりとも前向きにしてくれるポイントといえよう。






   ◇◇◇◇◇






「それじゃあ母さん、婆さんの家に行ってくるよ」


「ええ、いってらっしゃい」


 ということで、翌日の午後から聡史たちは連れ立って祖母の家へと向かう。聡史が敢えて「婆さんの家」と発言した裏には、なるべくなら祖母以外の人間とは顔を合わせたくないという隠れた心情が窺える。


 本日聡史と一緒に外出するのは、桜、美鈴、カレンの3名。桜は道場に顔を出し、美鈴とカレンは聡史の祖母に挨拶をしに行く予定と相成っている。美鈴は小学生時代楢崎家の隣に住んでいた行き掛かり上何度か顔を合わせたことがあるし、カレンは一昨日一緒にキッチンに立って夕食の用意をした仲。



「桜、道場の人たちはさすがに今日はダンジョンには行かないのか?」


「当初は一日二日で今月分の道場の運営資金を稼いだらお仕舞という話でしたが、茜お姉さまをはじめとして他の門弟たちがすっかりその気になってしまって… 結局都合4日間連続でダンジョン詣でとなりました。さすがに他の門下生の手前そうそう道場を休みにするわけにもいきませんし、今日からお盆までの期間は全員道場で汗を流す予定ですわ」


「といっても1週間程度だろう。お盆に入ったらどうするんだ?」


「先祖供養や親戚の集まりなどそっちのけで、連日ダンジョンに繰り出すでしょうね~」


 一度覚えてしまった命懸けの実戦の味は、蜜に集るアリのように戦闘狂を引き付けてしまうのであろう。このままの勢いで放置したら、近いうちに闘武館パーティーは秩父ダンジョン最強の名を欲しいままにしてしまいそう。先日聡史が学院長に報告した際「ヤバい人間がもう一人」と伝えていたが、どうやら「もうひとパーティー」に訂正する必要がありそう。


 こんな会話をしているうちに立派な門構えの屋敷に到着。いつものように桜が勝手に通用口から入ると、聡史たちものその後に続いていく。これだけ金がありそうな屋敷なのにセキュリティーは大丈夫かと不安になってくるが、常日頃はあのジジイがいるし、他にも茜や門弟たちがいる以上今まで気にしたことはなかったそう。まあ、頷けなくもない。こんな地獄の悪鬼共が大挙して住んでいる場所に忍び込もうとする泥棒は、その後とんでもない目に遭うだろうと大方の予想はついてくる。


 桜はそのまま道場に向かって、聡史たちは母屋の玄関へ。呼び鈴を鳴らすと、奥からパタパタ響くスリッパの音。この婆様、亭主であるジジイとは正反対の穏やかな性格で、もちろん武術の心得など皆無。聡史からすると母の実家では唯一心の拠り所となる存在であった。



「おやおや、聡史じゃないかい。よく来たね~。それに可愛らしいお嬢さんが二人も来てくださって、さあさあ暑いから中に入りなさい」


「「「おじゃましま~す」」」


 長い廊下を通ってエアコンが効いた客間に通される三人。婆様が冷たい麦茶を運んでくると、聡史がアイテムボックスからサッと手土産を取り出す。



「婆さん、好物の水ようかん買ってきたよ」


「おやおや、ありがとうよ。それにしてもどんな手品なんだい? 何も持っていなかったのに急にお土産が出てきたよ」


「ハハハ、ちょっと婆さんを驚かそうと思って」


「そうなのかい。年寄りを驚かすもんじゃないよ。心臓麻痺でポックリ逝っちまうかも知れないからね。でもありがとうよ。冷蔵庫で冷やしてから後でいただこうかね」


 中々面白いリアクションをとってくれる婆様は、そのまま水ようかんを冷蔵庫に仕舞ってから戻ってくる。



「え~と、そちらのお嬢さんは小さい頃に見覚えがあるね~」


「はい、聡史君のお隣に住んでいた西川美鈴と申します。そうちょくちょくお会いしたわけではないのに、覚えていてもらって嬉しいです」


「ああ、そうだったよ。お隣のお嬢さんだったんだね~。少し見ないうちにずいぶん大人になったもんだね~。私が年を取るのも仕方がないよ」


「婆さん、まだ65歳だろう。そう老け込む年齢じゃないさ」


「聡史は嬉しいことを言ってくれるね~。体は衰えても気持ちだけはまだまだ若いよ。ああ、こちらのお嬢さんは、一昨日一緒に料理をしたカレンさんだね」


「お婆様、その節は色々と教えていただいてありがとうございました。おかげさまで夕食に出した時に、皆さんから褒めていただきました」


「そうかい、そうかい。あなたのように料理の基礎がしっかりできている人が相手だと、教えるほうも本当に楽だよ。その点、孫の茜なんかに教えようものなら、二人でケンカ腰で遣り取りしないとならないからね~」


 ちなみに昨日カレンが婆様から教えてもらったメニューは筑前煮。下ごしらえは二人で分担して、あとは出汁を取る段階から婆様指導の下カレンが頑張ってくれた。最後の味の微調整を婆様に任せただけで、ほぼカレンがひとりで創った一品であった。



「次の機会には違うメニューを教えてくださいね」


「わ、私もお婆さまの味を伝授いただきたいです」


 対抗意識に火が点いたのか、カレンに続いて美鈴もズイッと身を乗り出している。料理指南を希望する志願者が二人も現れて、婆様は顔をクシャクシャにして喜んでいる。なにしろ実の孫娘が二人とも古武術にしか目がいかないので、料理などには一切興味が湧かないクチ。せっかく秘伝を伝えようにも本人たちにその気がなくては婆様もどうすることもできなかった。そこに急に二人も弟子志願者が現れたのだから、あまりに嬉しくてついつい口が滑る。



「本当に素晴らしいお嬢さんたちだね~。聡史は一体どちらをお嫁さんにするつもりだい?」


「ば、婆さん、シレッととんでもないことを口にするんじゃない。この世界を滅ぼしたいのか?」


 なにも事情を知らない婆様のひとことに、聡史は特大のアタフタぶりを見せている。当の美鈴とカレンは、どうせ聡史が態度をハッキリさせるはずがないと知っているので、彼のアタフタぶりを見て楽しんでいる模様。


 ここで婆様はさらにシレッと…



「さて、そろそろいただいた水ようかんが冷えている頃だね~」


 そう言い残して席を立つ。その場に残された三人だが、心の底から居心地の悪さを感じて視線を畳に落とす聡史に対して、美鈴とカレンはいわくありげな笑顔を向けたまま無言を貫く。こんな時は何か喋ってもらった方が聡史としては気が楽なのだが、知ってか知らずか美鈴たちは一言も発しようとはしない。


 意味深な沈黙が流れる中で、しばらくするとようやく婆様が戻ってくる。お盆の上には四人分の水ようかんが載った皿と、お代わり用の麦茶。



「夏は水ようかんに限るね~。麦茶のお代わりが欲しかったら自分で注いでおくれよ」


「ば、婆さん、ありがとう」


 皿を受け取る聡史の態度がどこかぎこちない。対して美鈴とカレンは営業スマイルを顔に張り付けた状態で皿を受け取っている。


 こうして微妙な空気が流れる中で、遠くに玄関の扉が開いた音が聞こえたかと思ったら、廊下を大股でドスドスこちらに向かって近づいてくる足音が響く。ふすまが勢いよくガラリと開け放たれて、そこに立つ人物が大声を張り上げる。



「聡史、来ていると桜から聞いたぞ。そのヘタレた根性を叩き直してやるから道場に来い!」


「さ、桜ちゃん? いや、ちょっと違うかも」


 カレンは初めて出会うので、そこに立っている人物を一瞬桜だと勘違いしたよう。それほどまでにこの従姉同士はよく似ている。美鈴は一昨日ダンジョンで出会っているので、カレンとは違って驚く様子はない。



「茜姉さん…」


 いかにも嫌そうな表情を向ける聡史。それはそうだろう。いきなり「叩き直してやる」と叫ばれれば、誰だって多少なりとも嫌な気分になるものだ。だがここで婆様が…



「これ、茜。お客様を前にして本橋家の人間として恥を知りなさい。礼儀を弁えてお客様に挨拶するのが先です」


「こ、これは多変失礼いたしました。本橋権蔵の孫で茜でございます」

 

 祖母から雷を落とされた茜は一転して廊下に両膝をついて挨拶の口上を述べ始める。



「茜姉さん、そこまで改まらなくていいよ。こちらは俺と桜のパーティーメンバーで、美鈴とカレンだ」


「どうぞよろしくお願いします」


「今後ともお見知りおきを」


 一通りの挨拶を終えると、茜は聡史に向かって用向きを切り出す。



「聡史、桜が言うにはお前は相当強くなったらしいが、どの程度まで出来るようになったのかこの私が直々に見てやる。そのままでよいから道場に来い」


「しょうがないな~」


 本当に聡史がイヤイヤ腰をあげようとすると、カレンが…



「聡史さん、私も見学させてもらっていいですか?」


「いやいやカレンさん、ヤメておきなされ。あんなむさくるしい道場に女の子が顔を出すもんじゃないよ。お転婆は桜と茜だけで十分」


 婆様が横から口を挟んできた。どうやらこちらも、孫が戦闘狂の道をひた走っていることに不満を抱いているらしい。



「お婆様、どうかご安心ください。私はこう見えても結構強いんですよ」


「ほう、私の目の前で自らを強いと宣言するとはいい根性だ。聡史の次はお前も相手してやろう。そこのもう一人はどうする?」


 茜の目が輝いている。今まで彼女の前に現れた自称「強者」は、悉くその鼻っ柱を折られて茜の前に敗北の憂き目を見てきた。今回も同様にカレンを打ちのめしてやろうという気なのであろう。さらにその矛先は美鈴にまで向かっている。



「私は頭脳労働者なので、肉体労働は二人に任せます。見学だけさせていただきます」


 美鈴自身は「頭脳労働者」と謙遜しているが、ヒノキの棒で叩いただけでゴブリンの体が半分に縮まったり、ビンタ1発で聡史を裏山の彼方に吹き飛ばしたりと、大魔王としての潜在的な身体能力は十分すぎるほど所持している。常日頃もっぱら魔法の訓練しか積んでいないので、気持ちの面で対人格闘をやや苦手としているだけの話。



「よし分かった。三人ともついてこい」


 こうして道場に案内されて中に入ると、そこには桜と学が壁際に座っている。



「おや、美鈴ちゃんとカレンさんまで来たんですか」


「まあ、成り行きで見学に来たわ。カレンは立ち合う気みたいだけど」


「ええ、カレンさんヤル気なんですか?」


「ちょっと腕試しということで」


 桜から問われたカレンはすまし顔で応えている。桜の隣にいる学はひとりオロオロした態度で、誰にも聞かれないように桜に耳打ち。



「桜ちゃん、大丈夫なの?」


「まあ勝負は見えていますが、本人たちがその気になっているのでしたら敢えて止めはしませんわ」


 したり顔で応える桜。その目には何が見えているのかはっきり明かさないまま、道場の中央で向かい合う聡史と茜の姿を見つめる。



「聡史、得物は木刀でいいのか? お前がかじった剣道程度では、私の相手にはならないぞ」


「剣道はあくまでもベースだからな。これでも一応は達人と呼ばれる専門家に習ってはいるんだぜ」


「どんな達人かは知らぬが、あまり強気でいると恥をかくぞ」


「どちらが恥をかくかはすぐにわかる。一本勝負だ。泣きの一回はナシだからな」


「望むところだ」


 本人が言う通り聡史の剣の技術は剣道がベースだが、異世界で多くの達人から様々な流派の技術を学んだ結果、現代日本で行われている剣道とは全くの別物に変化している。強いて表現するなら「剣を用いて人や魔物を斬り捨てる技術」に特化した聡史の剣であった。ついでに言うとそこからさらに魔法まで組み合わせながら戦うのが、聡史の対人戦闘の基本スタイル。



「桜、開始の合図を頼む」


「いいですわ。双方用意はよろしいでしょうか?」


 聡史と茜が互いを見遣りながら頷く。それを確認すると桜の声が響く。



「開始!」


 聡史は木刀を中段に構えて、茜はやや半身の姿勢で互いを見据える。本橋流古武術では先手必勝を主とした戦い方が好まれるが、剣を構えている人間に闇雲に突っ込んでいくバカはいない。茜は聡史の隙を窺いながら慎重に剣の間合いを計っていく。対して聡史は両手で握る木刀を無造作に振り被って袈裟斬りで茜に振り下ろそうと迫る。



「そんな動きはミエミエだぞ」


 もちろん茜は聡史の木刀が振り下ろされる軌道の外に体を移行して、横合いから拳を繰り出そうと接近を図る。だがその体がいきなりの衝撃を受けて後方に吹き飛ばされた。あまりにも予想外の衝撃で受け身も取れずに、茜は床に後頭部をしたたかに打ち付ける。



「一本、そこまで」


 桜の声が響いて、あっという間に勝敗が決した。



「カレン、すまないが回復してやってもらえるか」


「はい」 


 カレンの右手から白い光が放たれると、頭部から痛みが引いた茜を身を起こす。



「い、いきなり何が起きたんだ?」


「茜姉さんは木刀に騙されたんだよ」


「どいいうことだ?」


「俺は本来片手剣を用いる。木刀を両手で握って中段に構えた時点で、すでに罠を仕掛けていたんだよ」


「それではあの衝撃は…」


「袈裟斬りを途中で止めて左手を木刀から離して、カウンターで胴体に掌打を入れた。茜姉さんが俺の右手側に回り込んでくるのはわかっていたから」


「クソッ、まんまと策にはまってしまったわけか。今度はその手は食わないぞ。もう一本だ」


「姉さん、一本勝負だと最初に断ったよね。それに次の相手が用意しているよ」


 聡史の視線に釣られて茜がその方向に目を遣ると、すでにカレンが立ち上がって壁に掛けてある武具の中から何の変哲もない木の棒を手に取っている。



「クッ、聡史、いつか必ずこの礼をするからな」


「俺は向こう10年は遠慮したい気分だけど」


 こんな遣り取りをしている傍らでは、学がたった今行われたばかりの聡史と茜の一瞬の攻防に関して、桜に質問をぶつけている。



「桜ちゃん、師範代はつい先日桜ちゃんと互角に立ち合っていたけど、なんで今回聡史先輩にあっさりと負けちゃったの?」


「学君、いい質問ですわ。古武術というフィールドでしたら、茜お姉さまは私とも互角に戦う技量をお持ちです。でも今回お兄様は木刀を手にしましたわ。この時点でお姉さまの意識は木刀に対応するという考えに囚われてしまったんです。もしお兄様が普段用いている木剣を片手で構えたら、茜お姉さまもまた違う考え方が出来たはずですわ」


「聡史先輩が一枚上手だったということかな?」


「そうとも言えますが、立ち合いの準備段階ですでにお兄様の勝利が確定していたのですわ。それに実戦でしたら、お兄様が放ったのは掌打ではなくて魔法だったはず。総合的に考えて茜お姉さまには、最初から勝ち目はありませんでした」


「そういう駆け引きも大切なんだね」


「ええ、茜お姉さまは今回ウチのお兄様の頭脳戦にしてやられました。勝負にはこのような勝ち方もあると知っておくといいですわ」


「なるほど、勉強になったよ」


 学はつくづく戦いの奥行きの深さに感じ入った表情。なにも正面から迎え撃って倒すだけが戦いの本質ではないと理解している。



 そうこうしているうちに、今度はカレンVS茜による第2戦が開始される。両者道場に中央に立って開始の合図を待つ。再び桜が…



「それでは開始」


 その声と共にカレンは棒を下段に構えて隙あらばいつでも足を払うぞという姿勢を見せる。対して茜は先程の聡史に敗北を喫した経緯があるので、今度こそ負けられないというプレッシャーを感じつつもより慎重に距離を窺う。


 自分から動く様子を見せない茜に対してカレンは棒を前後左右に動かしてしきりに牽制していく。茜はカレンの牽制に焦れて、一旦下がって再び距離を取る。しばらくはカレンが牽制して茜が下がったり回り込んだりしながらの、間合いの読み合いが続く。


 最初に目立った動きを見せたのはカレンであった。茜が再び焦れて一呼吸置くために後ろに下がった刹那、床を蹴って思いっきり踏み込んでいく。



「なにっ」


 急に距離を詰めてきたカレンに意表を突かれたのは茜。相手は棒術の使い手、いかにして棒の動きを見切って距離を詰めるか… それだけに集中していたものだから、いきなりカレンのほうから距離を詰めてきたのには驚いている。だがこれは茜にとってはまたとない機会。自分に向かってくる棒を躱してしまえばカレンに手が届く。相手を掴んでしまえば、投げるなり組み伏せるなり料理法はいくらでもある。


 だがそんな茜の思惑などカレンは百も承知。茜に向かって棒を突き込もうと前進しながらも、その表情は普段にも増して冷静なまま。左半身の態勢で突き込んだ棒の先端が茜に躱されるのは想定通りとでもいうべきか、今度は一瞬で右半身に態勢を改める。その瞬間、茜の左手が伸びてきてカレンが棒を握っている左手の手首を掴んでくる。



「もらった」


 茜としてはカレンが棒を突き込んでくるには不十分な態勢のままなので、掴んでしまえばこちらのものという考えがあった。だが棒は剣や槍とはその特性が大きく違う。最も大きな違いが棒には剣先や柄がない。どこを掴んでどのように振っても、それは操る人間の自由自在。


 実はカレン、茜にわざと手首を掴ませていた。それはいくら突いても俊敏な動きで避け切る茜の足を止めるため。そして茜に掴まれた左手から棒の先はわずか5センチほど顔を覗かせているだけで、もう一方の右手は棒の半ばをしっかりと握り締めている。そしてカレンは迷わずに動きが止まった茜目掛けて右手を突き込んだ。


 ちょうどそれはビリヤードでキューを突き込む態勢とよく似ている。手首を掴まれたカレンの左手は動かないままだが、その手の中で棒だけは右手に押し出されて前方に伸びていく。茜の体の真正面、しかもちょうど鳩尾の方向へと…



「グッ」


 茜の口からくぐもった声が漏れる。体を寄せ気味にして投げに入ろうとした直前に、カレンの棒先は茜の鳩尾を抉っていた。掴んでいた手首の力が急速に抜けていき、茜の体は床に崩れ落ちる。



「一本、そこまで」


 桜の声が響いて、第2戦はカレンが勝ちを収めた。直後に先程同様カレンが回復の光を放つ。



「わ、私の負けか…」


「はい、その通りです」


「そうか、まだまだだな」


「いいえ、茜さんはいい動きでした。ただ棒術の特性をまだ知らなかっただけです。接近してからも棒は有効に使えるものだと覚えておいてください」


「ああ、よくわかった。私の完敗だな。未熟さを教えてもらって感謝する」


「いいえ、私もいい訓練が出来ました」


 こうして両者は握手を交わす。


 この光景を見ていた学は…



「桜ちゃん、カレン先輩は回復魔法だけじゃなくって棒術まですごいんだね~」


「本職ではありませんが、護身用に始めてからあっという間に上達しましたわ。明日香ちゃんには苦杯を喫していますが、カレンさんは八校戦の準優勝者ですの」


「ええ~、ということは二宮先輩はもっとすごいの?」


「明日香ちゃんがすごいんじゃありませんわ。私の教え方が素晴らしいのです。学君はその点だけは誤解しないでください」


「う~ん、なんだかわかったようなわからないような…」


 とまあこんな具合に、聡史たちの夏休みの1日が過ぎていく。あと1泊彼らは実家で過ごして、それから魔法学院に戻っていくのであった。  

続けざまに聡史とカレンに敗北した茜にはいい薬だったのでは。たぶんこの件でさらに目を覚まして修羅の道を突き進むはず。対していよいよ休暇が終わって、聡史たちは魔法学院に戻っていきます。当然学院長に呼び出されて…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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