305 ダンジョン対策室の対応
ジジイが行方不明のまま家に戻る聡史は……
後半は場面が変わります。
ジジイが行方不明のまま自宅に戻ってきた聡史たち。帰りのハンドルを握りながらしきりに聡史の父が「本当に家に戻ってしまって大丈夫なのか?」と繰り返し念を押してきたが、聡史は細かい説明抜きにただ一言。
「心配するだけ損だぞ」
で終わらせていた。もちろん聡史は内心では心配している。ジジイが解き放たれた異世界がどうなっているかということについて…
そのまま自宅に到着するとカレンがエプロン姿で出迎えてくれる。聡史が着けていた金太郎の腹当て状のエプロンとは色違いで、カレンのために母親が新品をタンスの引き出しから取り出してくれたらしい。
「皆さん、お帰りなさい。晩ご飯の支度は出来上がっていますよ」
新婚のお嫁さんが夫を出迎えるような眩い笑顔を浮かべて玄関ドアを開いてくれる。普通の男性が見たら、こんな笑顔にイチコロで白旗を掲げるに違いない。
「カレン、ありがとう。母さんを任せてしまって申し訳なかったな」
「気にしないでください。私が好きでやっていることですから。お母様は今日1日ずいぶん具合が良かったみたいですよ。聡史さんたちは、ダンジョンでトラブルはなかったんですか?」
「ないわけじゃないが、その件は後で美鈴が説明してくれるから詳しく聞いてもらいたい」
「はい、わかりました」
聡史がこの場で詳しい話をしないというのは相応の理由があるはず… カレンはその場で察して、これ以上突っ込んだ話は聞かないようにしている。聡史に続いて美鈴がウインクしながら玄関を上がって、最後に父親が困った表情で靴を脱いでいる。もちろんカレンは美鈴と父親の態度でかなり深刻な事態が発生したという可能性を思い浮かべているが、敢えて口には出さずにキッチンで夕食の配膳を開始。
その間に着替えもしないうちにリビングに入っていった父親は、お腹を擦りながらソファーでくつろいでいる母親の元に一直線。
「母さん、大変なんだ」
「あなた、帰って早々騒がしいわよ」
「それどころじゃないんだよ! お義父さんがダンジョンで行方不明になったんだ」
「そう」
「あれっ? 母さんは心配じゃないのか?」
「いちいち心配していたらこっちが持たないわよ。何も言わずにフラッと出掛けて数か月、いいえ長い時には3年も姿を消しておいて、帰ってみれば『ちょっと戦争に行ってきた』なんて言い出す人よ。私たち家族はもうすっかり慣れっこで今更誰も心配なんかしないわ」
「でも今回はダンジョンの中で行方不明だぞ。もし何かあったら…」
「何もないわよ。あのジジイは絶対に畳の上で大往生するに決まっているじゃないの。銃弾やミサイルが飛び交う中でも平気で昼寝をしていられる人なのよ」
「だけどなぁ~… おい、聡史。お前からも何か言ってやってくれ」
母親がこれっぽちも取り合ってくれないので、父は聡史に話を振っている。
「ああ、心配はいらないよ。2~3週間で連れ戻してくるから、二人ともドンと構えていていいよ」
「お母さんは最初からドンと構えているから大丈夫よ」
「でもなぁ~、そうは言っても…」
まだ何か言いたそうな父であったが、母親がブッた切りにかかる。
「心配するだけ無駄ですよ。それよりも夕ご飯のいい匂いがしてくるわね。つわりの時期は匂いに敏感になっちゃって食欲が出なかったけど、カレンさんが用意してくれたご飯ならいくらでも食べられそうよ」
「お母様、ちょうど支度が出来上がりましたからいっぱい食べてくださいね」
「ええ、もちろんよ。お腹の子供二人分の栄養をしっかりと補給するわ」
母親の具合がいいのは、実はカレンがほんのちょっぴり女神の力を使って気分の悪さを抑えているのが原因。そうとは知らずに母親は急にお腹が空いたような表情でキッチンのテーブルに向かっていく。
「カレンさん、何から何までお世話になって本当にありがとうね」
「いいえ、お母様。今日の献立をお婆様から教えてもらって、私のレパートリーが増えましたから」
さすがはカレン。嫁いできた身としては100点満点の回答。まだ未婚だけど。それどころか、聡史と正式に付き合ってさえもいないんですが…
こんな雰囲気で楢崎家の夕食が始まる。父親が何回かジジイの話を切り出そうとするたびに母親がキッと睨んだおかげでそれ以上は話を続けられず、話題はもっぱら保護者達のダンジョン紀行に終始した。
「皆さん無事にダンジョンで活動できてよかったわね」
「母さん、お義父さんが…」
「あなた、皆さん無事よね」
「はい、無事です」
こんな遣り取りが何回か行われている間に、日頃の夫婦間の力関係を間近で見てきた実の息子以外の美鈴とカレンは…
(オジ様ったら、相変わらずオバ様の尻に敷かれているのね)
(やはり母親が強いのが家庭円満の秘訣でしょうか)
てな感じの感想を心の中で抱いている。二人の表情でその内心を悟った聡史は、心頭滅却して無の境地を貫くのみ。ここでイタズラに何か切り出すと、将来に向けて余計な火種を抱え込んでしまう予感に駆られている。
夕食が終わって本日の家事を任せっきりにしていた聡史と美鈴が皿洗いを始めるとスマホが着信を告げた。画面表示を確認すると相手は桜。
「もしもし、桜か。そっちはどんな具合だ?」
「お兄様、茜お姉さまや門弟たちは最初の内はおジイ様の行方を案じていましたが、庭でバーベキューが始まってビールで乾杯した瞬間にそんなことはどうでもよくなったみたいですわ」
「割り切り早っ」
「それだけならまだしも、酔っぱらってくるうちに話が盛り上がって、明日もダンジョンに向かうことになりました。私も同行しますので本日もこちらに泊まりますわ」
「ああ、わかったぞ。もし学院長から何か連絡があったらメールを入れておくから」
「わかりましたわ」
さすがは揃いも揃って脳筋かつ戦闘狂集団。酔いが回るにつけ勝手に話が盛り上がってしまったらしい。こんな内容の桜からの知らせを聡史は、美鈴やリビングでくつろいでいる母親とカレンにも伝える。
「まあ、桜ちゃんは夏休みくらいゆっくりすればいいのに」
「母さん、それは違うな。下手にその辺を出歩いて事件を引き起こされるよりも、ダンジョンに放り込んでおいた方が我が家はその分安全だ」
「聡史、母親としてあなたの意見を否定できない自分がちょっと情けないわ」
伏目がちになってしまう母親。隣にいるカレンも、どうやってフォローしようかと眉間にシワを寄せている。だがこれこそが楢崎家のごく当たり前の常識であった。
◇◇◇◇◇
こちらは市ヶ谷にあるダンジョン対策室。昨夕学院長から「秩父ダンジョンを完全攻略した人物が出現」との一報を受けて大騒ぎになっている。
「まさか… 本当に個人で攻略する人間がいたなんて」
「それもわずか3日でだぞ」
「よりによってそのまま異世界に行ってしまうとは思ってもみなかった事態だ」
「対応が完全に後手に回っているぞ」
「今後ともこのような人間が出てくるとも限らない。対応策を思いつく限り列挙してくれ」
まだそこまで詳しい情報が入ってきていないので、具体的な策が決まらないまま会議とも呼べない状況が続いている。侃々諤々の話し合いの推移をを苦々しい表情で見守っているのは岡山室長。何ら具体的な提案ひとつ出せない部下たちの右往左往振りに業を煮やしている。
そこにやってきた秘書官が耳打ちすると、室長は椅子から腰をあげる。
「神崎中佐が到着したらしいので、私は一旦席を外す。君たちはこのまま今回の件に関して解決に繋がる提案をまとめておいてくれ」
「は、はい。ですがあまりに予想外の事態ですから、我々も頭を悩ませております」
「大したことではないだろう。すでに一度同様の経験をしているはずだ。例の魔法学院生がダンジョンを攻略した際どのように対応したのか思い出して考えをまとめろ」
「わ、わかりました」
それだけ言い残すと、室長は学院長が待っている室長室へ戻っていく。すでに到着していた学院長はソファーに腰掛けて待っていた。
「神崎学院長、お待たせした。どうもウチの部下たちは最近日常業務をこなすうちに役人気質が顔を覗かせ始めているようで、こういった緊急時への対応が鈍すぎる。もっとシャッキとしてもらわないといかんから、少々発破をかけてきたよ」
「岡山室長、私にとっても寝耳に水の案件でしたので、対策室の関係者が慌てるのも無理はないでしょう」
「それでは困るんだがねぇ~。常に非常事態を想定して対応出来るようにしておかないと、いざという時に何から手を付けてよいのかわからない。今回はその点で大きな問題点が露呈した形だよ」
「確かに突発的な事態への対策をすぐに決定可能な組織の仕組みは構築する必要があるでしょう」
学院長も思うところがないわけではない。壮大な構想力を以って戦略構築が可能な人間がその辺にゴロゴロ転がっていたら苦労はしない… これは学院長自身が一番身に染みて理解している。
ひとまずグチのこぼし合いを終えると、二人は現在手元にある情報の確認を開始する。
「この度秩父ダンジョンを攻略したのは本橋権蔵氏(68歳)で、古武術道場の師範を務める人物です」
「一介の武芸者ではないのだろう」
「もちろんその通りです。本橋氏は例の楢崎兄妹の実の祖父であり、かつ妹の武術の師匠だそうです」
「ああ、それなら納得できる話だな。あの桜中尉を育てた人物となると、私も俄然興味が湧くところだ」
昨夕、学院長がダンジョン対策室に一報を入れた際には岡山室長は不在で、詳しい話は本日というメッセージだけ伝えていた。これまでの間学院長自身も知り得る限りの情報を集めて対策室にやってきている。
「それで、その本橋氏の個人的な情報ですが、楢崎兄の話によるとステータス上のレベルが3600だそうです」
「これまたとんでもない数字が飛び出してきたものだな。その本橋氏は過去に異世界にでも召喚されたのかね?」
「いいえ、そのような事実は確認されておりません。本橋氏はもっぱら地球上でレベルを上昇させたようです」
「だがダンジョンはこれまで入ったことがないのだろう。地球上で他にレベルが上昇する環境など俄かには思いつかないが」
「室長には珍しい答えですね。敵の命を奪って経験値を稼ぐ機会がこの地上にもゴロゴロ転がっているではありませんか」
「まさか戦争か?」
「はい、楢崎兄に今一度確認したところ、どうやら本橋氏は密出国と密入国を繰り返して個人で戦場に赴いて相当派手に暴れていたようです」
「傭兵稼業か?」
「いえ、単に武術の修行で出掛けたのでしょう。思想や信条とは関係なしに、命懸けで戦う場所が欲しくて戦場に出向いたのだと思われます」
「とんでもないバトルジャンキーだな。神崎学院長とどちらが重症だ?」
「私は娘の傍にいるためでしたら自重できます」
ということは家族をほっぽらかして外国にフラフラ出掛けてしまうジジイのほうが、より重症の戦闘狂と認定できる。学院長自身が断言するのだから、この場はそういう結論にしておこう。
「ところで室長、〔ネオ・カミカゼ〕というワードをご存じですか?」
「いや、耳にしたことはない」
「私がヨーロッパに出向いていた頃、敵の工作員の何人かが『お前がネオ・カミカゼか?』と訊いてきました。気になったのでその場で聴取すると、どうやら戦場に突然現れては勝手に戦い出して戦闘区域全体の戦況にすら影響を与える日本人と思しき人物がいたらしいという話でした」
「何やら本橋氏と共通点があるな」
「はい、あまりに符合しすぎております。噂の出所は旧KGBかMI6辺りだと考えられますが、当時のヨーロッパの諜報組織の間では実在の人物として懸命に身元の洗い出しが行われていたようです」
「そのネオ・カミカゼが、今回の一件で思わぬ形で判明したというわけだな」
「室長ならいかがしますか?」
「危険人物ではあるが、日本人というのが救いだな。しかも楢崎兄妹を介してアポイントを取りやすいし、なんとか我々の協力者にしたいところではあるな。それが無理でも、最低限中立を保ってもらう必要がある」
「その通りです。ということで内密の提案なんですが…」
学院長と岡山室長が声を潜めてゴニョゴニョし始める。二人はまるで越後屋と悪代官に匹敵する悪い顔。やがて両者の間で話がまとまると…
「いいだろう。こちらで下準備は済ませておく。時期が来たら、神崎学院長にその線で動いてもらおう」
「楢崎兄妹のコネクションを存分に使わさせてもらいます。少々リスクはありますが、おそらくこちら側に取り込めるかと愚考します」
「君がそう言うのだったら、私は承認するしかあるまい。さて残る問題は、本橋氏をどのように日本に連れ戻すかだな」
「私のほうでは、楢崎兄妹をダンジョン経由で派遣してそのまま一緒に戻ってこさせようかと考えていましたが、室長のお考えはいかがですか?」
「まあ、それでも悪くはないんだが、『もののついで』という言葉があるだろう。どうせ異世界に彼らを派遣するのなら、この際何もかも一度に済ませるのが合理的だと思うのだが、神崎学院長はどのように考えているかな?」
「何もかも一度にと言いますと?」
「異世界に駐屯している部隊の補給と交代要員の派遣を3週間ほど前倒しすれば、本橋氏の回収もスムーズに実行できるのではないかね?」
次回の異世界への補給と交代要員の派遣は9月の初旬に実施というスケジュールが組まれていた。岡山室長はこれを前倒しで実行して、そのついでにジジイを連れ戻してこようと言っている。余計な手間が省けるうえに、聡史たちが学業を中断する期間も最小限に抑えられる。
「ですが補給物資の準備が整うのでしょうか?」
「発破をかけて急がせる。準備が整い次第、彼らには異世界に向かってもらおう」
「わかりました。そのように伝えておきます。それから本校の1年生で中本学という生徒の件ですが、実はこの生徒は今回本橋氏に同行してダンジョンの最下層を目撃しました。彼はその場で引き返してきており、この件の最初の報告者に該当します。ついては守秘義務の上でも、彼を予備役に編入する必要があります」
「そうだな。本人と保護者の承諾を得た上で話を進めてもらいたい」
実際は学院長のゴリ押しで学は否応なしに予備役に編入されることが確定している。すでに本人も覚悟を決めているので、あとは保護者に根回しするだけ。
「では今回の件は該当する生徒たちが学院に戻ってきてから直接私の口から説明します」
「いいだろう。その辺は神崎学院長に任せる」
「それでは失礼します」
「苦労を掛けるが、よろしく頼む」
こうして話がまとまって、岡山室長に見送られながら学院長はダンジョン対策室を辞していくのであった。
◇◇◇◇◇
話はガラリと変わるが、現在中国では宇宙空間に打ち上げた衛星が原因不明のまま一切の送受信を断絶しており、その影響が国内各所に現れ始めている。最も影響が大きいのが国内国外問わずに、長距離通信の不具合であった。電話を掛けても繋がるんだか繋がらないんだかまったくわからない状況では、通信システムそのものに人々は不信感を持ち始める。
これが個人的な連絡であったらもう一度後から掛け直すのも可能ではあるが、1分1秒を争う企業活動の上では重大なネックになり始めている。「取引先と電話が繋がらない」「ネット経由で注文した株式の売買が決済されない」「国際通話がダウンして注文が全く入らなくなった」等々、こんな状態がいつまで続くのかまったく先が見えない状態では、満足な企業活動など出来るはずもない。
となると、どのような現象が発生するか… 外国企業が一斉に見切りをつけて中国から撤退に踏み切るケースが多発する。そのうえ国外からの新たな投資もゼロ。それどころか投資された資金の引き上げまで始まっており、中国政府はその引き留めに窮する状況。
一昔前までは「20年後には世界一の大国になる中国」などと喧伝されていた面影はどこへやら。ただでさえ最近経済基盤の脆弱性が露呈していた中国社会だが、通信システムのダウンという事態が完全に社会経済に対するトドメを刺した。現在では散々肩を持ってきた日本国内のマスコミですら「中国経済の危機」を声高に煽るようになっている。このような手の平返しはマスコミの常套手段で「強いものには巻かれるが弱いものは徹底的に叩く」という正義感の欠片もない姿勢が顕著になっている。
この件に関して中国政府は「近日中に通信システムは復旧する予定」と国際社会に向けて声明を出しているが、すでに複数の衛星が同時に不具合を起こした事実は日米欧の主要マスコミを通じて公表されているため誰も信用してはいない。というか、抜本的に事態を改善するには新たな衛星を打ち上げるしか手段がないと、ちょっと気の利いた小学生ですらわかりきっている。
このような事態に中国政府が四苦八苦しているのだが、その原因を躍起になって究明しようという動きを見せる国があった。2020年に入って宇宙軍を創設して本格的に宇宙を舞台にした安全保障の枠組みを構築する野望を保ちつつ、いまだに世界最強の国家として自他ともに認められているアメリカ合衆国その国だ。
前述したとおりアメリカという国は政治、経済、マスコミ、金融、ビッグテックと呼ばれる巨大ハイテク企業等々、その大半がレプティリアンと関係が濃い富豪たちに握られており、よくよく観察するまでもなく非常にいびつな社会構造が出来上がっている。現在国防軍の有志が〔Q〕と名乗る反レプティリアン組織を構築して社会の膿を駆逐しようという努力が始まってはいるが、それはアメリカという巨大な国家からすればごく一部の動きでしかない。
折も折、アメリカ政府の国務長官が来日して日本政府の閣僚と会談を行っている。テレビの画面越しに両者が握手を交わしてから向き合う形で椅子に座っての和やかな会談風景が映し出されているが、これはあくまでも表向きの話。その裏では別の部屋に集まった実務官僚同士で丁々発止の遣り取りが繰り広げられている。
「先頃中国の衛星の不具合が多発して通信システムの断絶といったトラブルが続出しているが、この件に関して日本の見解はいかがか?」
「日本としても在中日本企業や政府の事務連絡において著しい停滞が発生いしており、由々しき事態だと認識しております」
「ところで通信が途絶した衛星の軌道を解析してみると、面白いことにすべての衛星が日本の上空近辺で消息を絶っている。ついでに言うと、我が国の衛星も2基ほど連絡が途絶えているのだが、原因について何か情報はないか?」
もちろん中国の衛星は伊勢原駐屯地から発進した天の浮舟が破壊したのだが、実ほドサクサに紛れてアメリカの偵察衛星もついでとばかりに機能を停止させていた。伊勢原駐屯地周辺の様子を上空から観測されるのは面倒事を引き起こす元なので、ひとまずアメリカの目を潰しておこうという岡山室長の命令の元に実行されていたのは秘密のお話。もちろんそんなことは億尾にも出さずに…
「何分宇宙空間での出来事ですし、太陽フレアによって強力な電磁波が発生したのではという憶測しか今のところは…」
「我が国の衛星も壊れたのに、なぜ日本の衛星は全機無事なのかね?」
「ハハハ、それは日本製だからじゃないですか。メーカーの開発技術者が苦労して電磁波対策には万全を期していますから」
「そうか、わが国でも原因の究明に努めているので、日本政府も協力してもらいたい」
「ええ、とはいっても我が国が宇宙開発に充てる予算が少ないのは周知の事実でして、どの程度まで解明できるかは全くの未知数です」
本当は伊勢原駐屯地横の敷地に天の浮舟の地下格納施設を建設中… などとは絶対に言わない防衛省の上級職員。実は今回の銀河連邦との交流を切っ掛けとして、日本政府は日米安全保障条約の見直し… これは日本国内の米軍基地の順次撤退を含んだ新たな防衛計画を策定中という事情が絡んでくる。
銀河連邦という科学技術で圧倒的な存在と手を組めるんだったら、もうアメリカ軍の基地など必要なし… これが日本政府の隠された本音であった。もちろん現段階では公表など出来るはずもない。もっと準備が進んで自主防衛の手筈が完璧に整った折を見計らって、アメリカ側に再交渉を切り出す予定だ。
「それでは別の話題に移りましょう。沖縄の海兵隊基地の建設がスケジュールから半年以上遅れているようですが、今後建設は順調に進めていただきたい」
「大変申し訳なく存じます。建設反対運動などもあって難航しているのが実情でして、可能な限り早く建設します」
防衛省高官の発言は真っ赤なウソであった。沖縄の在日米軍もどうせいずれは撤退してもらうんだから慌てて建設する必要もないだろう… ということで至極ノンビリペースで建設に必要な資材や人材も最低限にして、その分の浮いた予算は伊勢原駐屯地に回している。
「あとは次期戦闘機の共同開発の件ですが、こちらも予定よりもかなり遅れていますね」
「はい、機体開発と同時にソフトウエアの構築に難航しておりまして、今のところ予定よりも1年程度配備計画が遅れそうです」
これも真っ赤なウソ。天の浮舟の建造が当初予定の10機から30機まで増産が承認されたので、真剣に戦闘機の開発に取り組む必要がなくなっていた。その分の人員は伊勢原駐屯地に集められて、現在部品製作や組み立て工法のトレーニングを実施中。戦闘機の開発は続けるものの、国内配備は最小限にして残りはやや性能が劣る輸出仕様にする計画。すでに東南アジア各国から引き合いが多数寄せられており、これまで努力を惜しまなかった開発メーカー保護の観点から輸出を推し進めていく方針。
「それでは今後とも日米安保条約に基づいて協力体制を固めていきましょう」
「はい、今後ともよろしくお願いします」
こうして実務官僚同士で握手はしているが、その実双方の温度差が激しい。日本の協力を求めるアメリカとアメリカの協力が不必要になりつつある日本では、おのずと立場が異なってくるのも当然の成り行きであろう。
部屋を退出していくアメリカの官僚が背中を向けると同時に、ニヤリと意味ありげな含み笑いを浮かべる防衛省職員。その口は音を発しないまま「バカめ」という形に動くのであった。
かなり腹黒い防衛省職員が登場。これまでアメリカの横槍に何度も煮え湯を飲まされてきただけに、防衛省全体が「ついに復讐の時、倍返しだ!」と意気込んでいます。外野はこんな雰囲気ですが、聡史たちは夏休みのスケジュールを終えて学院に戻って…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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