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304 ダンジョン攻略者とその騒動

最下層から戻ってきた学は……

 飲食コーナーの入り口に立つ学の姿に、その場にいる関係者全員の視線が集まっている。



「学、無事だったのか」


「学、どこにも怪我はない。本当に大丈夫なの?」


 まず最初に反応したのは彼の両親。だが依然として学はこの場に両親がいるという事態に今一つ理解が及ばないまま「なんで?」という表情を浮かべつつ返答。



「怪我はないけど、それよりもどうしてお父さんとお母さんがここにいるの?」


「それはまあ、家に帰ってから話をするよ」


「そうなんだ… あっ」


 ひとまず無理やり納得した表情の学ではあったが、それよりも大事な話があったとようやく気が付いた。



「桜ちゃん、師範代、大変なんです。師範が宇宙に旅立ってしまったんです」


「宇宙? 学、何を寝ボケているんだ?」


 茜はまったく事情が呑み込めない様子で学を見つめているが、ここで美鈴がハッとした表情に変わる。



「学君、詳しい事情が聞きたいからこっちに来てくれるかしら。学君のご両親はもうちょっとここで待っていてください。明日香ちゃんご家族は特に用事がなければ、お帰りになっていただいて構いません」


「それでは先に帰らせてもらいますよ~」


 両親を差し置いて返事をするのは明日香ちゃん。桜から絶賛お説教を食らっている最中だったので、ここで逃げ出す選択はある意味で賢い。だがその分何倍にもなって後から返ってくるのは言うまでもない。



「聡史君、桜ちゃん、学君と一緒に来てもらえるかしら。他の皆さんはもうちょっとこの場で待っていてください」


 美鈴の仕切りで学は飲食コーナーから連れ出されて、そのままミーティングルームに収容される。聡史兄妹も心の中に一抹の悪い予感を携えたまま同行する。各自が椅子に腰を下ろすと、すかさず美鈴が切り出す。



「学君、この件はあなたが考えているよりも非常に重大な出来事なの。だから起きたことをそのまま話してくれるかしら」


「はい、わかりました」


 元よりジジイから「桜と茜に伝えろ」と言われているので、学は洗いざらい話をしようと最初から心に決めている。そもそも嘘をついたり誤魔化したりできる性格でないのは本人も承知の上。



「あなたが見た宇宙空間というのは、どの階層の話かしら?」


「はい、桜ちゃんから聞いた限りでは最下層です。『ダンジョンを完全攻略しました』という謎の声が頭の中に響いてきました」


 この証言によって聡史と桜の表情が変わる。いよいよあの怪物ジジイがラスボスを倒して光の回廊の彼方に消え去ったという信じがたい話の内容が現実味を帯びてきた。さらに美鈴が続ける。



「学君も攻略に協力したの?」


「いいえ、僕は身を守るのに精一杯で、何も手を貸していません」


 ここで聡史が何かを思い立ったように…



「だがいくらあのジイさんといえども、そうそう簡単にダンジョンを攻略できるのか?」


 この疑問は聡史だけではなくて美鈴も心の中に抱いている。聡史や桜、そしてステータスの上ではすでに人間の領域から外れている美鈴自身やカレンではないと、ダンジョンを攻略するなど到底不可能な偉業。しかもほぼあのジジイが単独で成し遂げたとなると、腑に落ちない点があまりに多い。



「いえ、お兄様、美鈴ちゃん、この話は満更あり得ないわけではありませんの。いえ、むしろおジイ様がダンジョンを攻略するのは当然だと思いますわ」


「桜、どういうことなんだ?」


「ダンジョンに入る前におジイ様のステータスを確認しましたわ。私が目にしたのはレベル3689という驚くべき数字でした」


「3689だと…」


 聡史はあまりにバカげた数字に目を剥いており、美鈴は表情が強張ったまま。聡史兄妹のレベルでさえ驚異的なのに、その何倍ものレベルに達している人間がこの世に存在すること自体とんでもない驚愕。普通なら与太話と切り捨てられてしまうであろう。だが今はそんな場合ではない。



「おジイ様のお話を総合すると、若い頃に戦場に赴いて敵兵や戦車を思う存分薙ぎ倒した結果、尋常でない経験値を得たのだと考えられますわ。『戦車だけで500両は破壊した』とご自分でおっしゃっていましたから」


 実は桜の話にはまだ続きがあった。ジジイの過去にやらかした実績はこれだけには止まらず、戦闘ヘリを50機以上と低空で侵入してきた爆撃機を10機ほど太極波で撃墜している。それから夜陰に紛れて小舟で漕ぎ出して、沖合に停泊している敵の大型戦闘艦を3隻轟沈させたというおまけまでついている。


 さらに学が補足をする。



「僕も師範のステータスは確認しましたが、桜ちゃんの言う通りでした。むしろ実際にダンジョンで魔物を倒していく光景は、あの数字が嘘ではないと証明しています」


 学まで肯定しているので、これはもう信じるしかないだろう。ここでようやく美鈴が再起動。



「ひとまずは最下層まで出向いて様子を確認してきましょう。学君も一緒に付いてきて」


「は、はい」


 美鈴の表情がいつになく厳しいことに少々ビビりながら、学は再び最下層へ赴く提案を了承。ということで、四人で転移魔法陣に乗って一気に最下層へ。


 大扉を開いてラスボスの部屋に入ると、そこは何もないガランとした空間が広がっているだけ。



「どうやら光の回廊は時間制限があるようね」


「元通りの壁に戻っているな」


 二人の話の通り、異世界に繋がる光の回廊は消えてなくなっている。いつまでもあれほどエネルギーを大量に消費する仕組みを出現させておくほど、ダンジョンには魔力の余剰がないのであろう。ボス部屋が無人と判断されれば回廊はいつの間にか消え去ってしまうらしい。


 ここで学が頭に浮かんだ疑問を声にする。



「あの~… 桜ちゃん。先輩方はなんだかこの場所を知っているような口振りなんですが…」


「ええ、良く知っていますわ。私たちはとうに秩父ダンジョンを完全攻略していますから」


「ええええ、やっぱりそうだったの。なんだかおかしいと思ったんだよ」


 桜の返答に学は妙に納得がいった表情。だがそこに美鈴が釘を刺す。



「学君、ダンジョンの最下層にこんな仕掛けがあるというのは日本の国家機密よ。もし迂闊にこの話を漏らしたら、たちまち憲兵隊に拘束されて二度と日の目を見ることが出来なくなるわ」


「絶対に誰にも喋りませんから」


 とんでもない秘密を知ってしまったと聞かされた学は一気に涙目に。さらに聡史が追い打ちをかける。



「ここまで知ってしまったからには全部打ち明けよう。学君が見た光の回廊は異世界に繋がっている。そして向こう側の世界にも俺たちと同じように人間が生活しているんだ」


「異世界の人って、どんな人たちなんですか?」


「普段会っているのにまだ気づかないのか? ディーナ王女たちやクルトワはあっちの世界からやってきた人間だぞ。ああ、クルトワは正確には魔族だな」


「ええええええ、今まで全然気づきませんでした」


「それはそうだろう。文化や環境の違いはあっても、中身はほとんど同じ人間だからな。例え魔族であっても、互いに理解し合えれば共存できるという証明にもなっている」


 学は王女たちやクルトワの日頃の学院生活を思い浮かべて、聡史の言葉に納得している。いやそもそも魔法学院では大妖怪すらも生徒に混ざって普通に過ごしているので、今更少々毛色の違う異分子が紛れ込んだところでどうということもない。


 

「ところで学君、ラスボスは確かリンドブルムだったはずだけど、ウチのじいさんはどうやって倒したんだ?」


「よくわからない何かを右手に生み出して、思いっきりぶつけていました。地面は揺れるし、天井は崩れるし、生きた心地がしませんでした」


「あの地震はおジイ様のせいでしたか。まったく、少しくらいは威力を加減していただきたいですわ」


「桜、ジイさんは何をしたんだ?」


「あら、お兄様は知らなかったんですか? 太極波は私がおジイ様から教わった技ですの。レベル3600のおジイ様があのような大技を放ったら、地震の一つや二つは当たり前ですわ」


「呆れたジイさんだな」


 聡史は妹からこの話を訊いて「二度とジジイの家には行かないようにしよう」と心に決めた模様。元々苦手だったところにもってきて、更に苦手意識が倍プッシュされている。



「光の回廊が消えてしまっては、当面手の施しようがないわね。一旦地上に戻りましょう」


「仕方がないですわ」


 美鈴の意見に桜も同調しているので、一行はそのまま転移魔法陣に向かって歩き出す。だがここで不安げに声を上げたのは学であった。



「あ、あの~… 師範は大丈夫なんでしょうか?」


「もちろん無事に決まっていますわ。むしろおジイ様がウッカリ足を踏み込んだとなると、向こう側の世界が無事に済みそうもありませんの」


 まあ、桜の見解は正鵠を射ているであろう。究極のバトルジャンキーに乗り込まれたら、せっかく平和を取り戻したばかりのあちらの世界がどうなってしまうのかという不安が尽きないのは当然。さらに桜は続ける。



「秩父ダンジョンはどちらに繋がっていましたっけ?」


「アライン要塞だな。ひとつだけ安心できるのは、あそこには自衛隊が駐屯している点だ。いくらジイさんでも、話が通じる相手に闇雲にケンカを吹っ掛けないだろう」


「その対策を含めて、ちょっと落ち着いてから相談しましょう」


 美鈴の意見に全員が頷くと、そのまま転移魔法陣に乗って四人は元のミーティングルームに戻っていく。



「聡史君、さすがに私たちだけでどうこうできそうもないわ。まずは学院長に事態の報告をお願いできるかしら」


「なんでカレンがこの場にいないんだ…」


 カレンは兄妹の母親の面倒を買って出ているので、自宅に残ったままなにも事情を知らされないでいる。今からカレンにいちいち事情説明をするわけにもいかず、渋々聡史がスマホを取り出す。



「もしもし、学院長ですか」


「楢崎か。休み中にどうした?」


「実は秩父ダンジョンで大変な事態がおきまして…」


「大変な事態だと? 氾濫の予兆などは観測されていないぞ」


「いえ、そういう系統の大変ではなくて… 実は自分たち兄妹の祖父なんですが、ダンジョンを完全攻略して異世界に旅立ちました」


「お前の祖父がどうしたって?」


 どうやら学院長でさえも、一回聞いた程度で話の内容が理解できないらしい。それもそうだよな~… などという考えを抱きつつ、聡史は再び同じ説明を繰り返す。



「学院長、よく聞いてください。ウチの祖父がわずか3日間でダンジョンの最下層まで攻略して、ついでに異世界に旅立ってしまいました」


「お前の祖父というのは一体何者なんだ?」


「え~と… 一番わかりやすい回答ですと、桜の師匠です」


「ああ、それなら納得できるな」


 なぜだろうか? 学院長が簡単に納得している。「桜の師匠」… もしかするとこれ以上理解しやすいパワーワードは存在しないのかもしれない。 



「それでですね… このまま放置しておくのは何かと危険ではないかと考えまして」


「確かにな~。一民間人が異世界に赴くのは、色々と差し障りがあるだろう。なによりも本人の安全が100パーセント確保できているとは言い難い」


「ああ、祖父の安全なら気にしないで大丈夫です。それよりも異世界に余計な混乱が生じないかと危惧しています」


「なぜおまえの祖父は安全なんだ?」


「え~と… 非常に申し上げにくいんですが、祖父のレベルが3600程あります」


「・・・・・・」


「学院長、聞こえていますか?」


「聞こえている。楢崎、私は冗談が嫌いな性格だぞ」


「いえ、冗談ではありません。妹が実際にステータス画面を見て確認しています」


 しばらく電話の向こう側で何かを考えているような沈黙が流れる。ややあって学院長が口を開くと…



「なるほど、日本にもまだ私が知らない面白い人物がいたんだな。一度会ってみたいぞ」


「自分は頼まれても会いたくありません」


「まあ、そう言うな。ともあれ異世界に放し飼いというわけにもいかないだろう。何らかの形で回収しなければな」


「はい、同感です」


「ダンジョン対策室と連絡を取るから、あちらの方針がまとまるまでしばらく待ってくれ。どうせラスボスは2週間程度はリホップしないんだろう」


「はい、その間は秩父ダンジョンから異世界には渡れません」


「となると、比叡ダンジョンからのルートしかないな」


 ジジイの渡った先がマハティール王国のアライン要塞近辺と判明しているからには、魔族側の出口に繋がるダンジョンは相当な距離がある。交通事情が悪い異世界においては、その距離の隔たりは想像以上に時間を浪費する。ということで残るは王都付近に出られる比叡ダンジョンからのルートのみ。ともあれこちらも一度向こう側に渡ったら、ラスボスがリホップする期間を空けないといけないので、どの道2週間程異世界に滞在する必要がある。



「それにしても一体お前たちの一族はどうなっているんだ? まだほかに隠し玉があるんだろう?」


「今のところは大丈夫だとは思いますが、将来的にはあとひとり危ない人物が残っています」


 もちろん聡史の脳裏には、つい先程短剣の先で自分の頬をグリグリしてくれた例の従姉が浮かんでいる。もし茜がダンジョン攻略に本腰を入れてレベルアップすれば、おそらくはもう一人の怪物がこの世に生み出されるのは必定。しかも半年も経たずして生まれてくるであろう聡史自身の兄弟もあのジジイの血を引いているだけに、将来どう育つのかは今のところ皆目見当がつかない状況。聡史としてはこのように答えるのが現時点では精一杯であった。



「わかった。その件は追々に訊き出すとしようか。それでは報告は以上だな… ああ、中元には守秘義務の重要性について詳しく説明しておいてくれ。ダンジョンの秘密を知ったからには、近いうちに自衛隊予備役に入隊してもらう」


「わかりました。伝えておきます」


 こうして通話を終えた聡史は、真剣な表情で学に向き直る。



「学君、ダンジョンが異世界に通じている秘密は絶対に誰にも明かさないでもらいたい。もしこれが外部に漏れたら、日本政府は国際社会で著しい不利益を被る。下手に政府から目を付けられたくなかったら、親や親戚にも絶対に明かすな」


「は、はい。わかりました」


 普段とは違う聡史の迫力に満ちた視線に射竦められて、学は辛うじて短い言葉で応えるのがやっとであった。さらに聡史は続ける。



「それから学院長からの伝言だ。近いうちに学君には自衛隊の予備役に任官してもらう。拒否権はないと思ってくれ」


「それはどういうことでしょうか?」


「ダンジョンの秘密を知っている学院生は全員入隊済みだ」


「ということは桜ちゃんも?」


「もちろんですわ。ほら、学君と一度社会見学に行ったじゃないですか。私が自衛隊員に同行したのは、予備役としての任務ですわ」


「そういうことだったんだ…」


 ようやく学にも合点がいったよう。心の中で何かを決心したような瞳を聡史に向けると…



「聡史先輩、わかりました。僕も入隊させていただきます」


「うん、それでいい」


 これでようやくこの場の話が終わった。あとは美鈴によって細々とした話が進められていく。



「桜ちゃんは道場の皆さんと一緒に戻って、しばらくの間おジイ様が戻れないと上手く説明してもらえるかしら」


「お任せください。おジイ様はフラッとどこかにいなくなるのはしょっちゅうなので、たぶん誰も気にしないと思いますわ」


「聡史君はご両親に適当に説明してね」


「ああ、上手く話しを合わせるつもりだ」


「私はカレンに細かく報告しておくわ。学君はご両親から何か聞かれても、学院生の守秘義務で通してね」


「はい、わかりました」


 ここまでで学が登場してから1時間以上が経過している。これ以上保護者や門弟たちを待たせるわけにはいかないので、ひとまず各自は家に戻って学院長から連絡が入ったら再び集まろうという形で話はまとまった。


 もう一度飲食コーナーに戻った四人。美鈴が居残っている保護者や門弟たちに簡単な説明を行う。



「大変お待たせしまして申し訳ありません。現在行方が分からない闘武館のご師範に関しては、魔法学院が責任をもって所在を確認いたします。学君の証言を聞き取った結果、おそらく2~3週間程度で無事に連れ戻すことが可能ですので、どうかご心配ないようにお願いいたします。なお行方の詮索等は作戦行動の妨げになりますので、どうかご遠慮いただけるようお願い申し上げます」


 続いて聡史が後を引き受けるように…



「長い時間引き留めて申し訳ありませんでした。少々時間はかかりますが、ウチのジイさんは無事に連れ戻しますので、どうかご安心ください。それでは本日はこれで解散とさせていただきます」


 もちろんこんな説明では腑に落ちない表情になっている茜をはじめとする道場関係者と楢崎家の父及び学の両親だが、聡史と美鈴はこれ以上の説明には一切応じない表情。逆に桜と学が…



「さあさあ、茜お姉さま。こうしていても時間の無駄ですから、一旦道場に戻りますわよ」


「ちょっと待て、桜。いくらなんでもジジイを放置したままでは帰れないだろう」


「私たちが必ず何とかしますから、今日はこれで撤収しますわ」


 別の席では学が…



「お父さん、お母さん、僕たちも早く帰ろう」


「でも学、お前の道場の師範が行方不明なんだろう。このまま帰るわけにはいかないぞ。魔物に襲われて怪我をしているかもしれないんだから」


「そうよ、他の冒険者の方々に協力してもらって捜索隊を派遣したりできないのかしら?」


「そういうことをすると先輩たちの邪魔になっちゃうから、ともかく僕たちは家に帰るのが一番なんだ。理由はちょっと口に出来ないんだけど、この場はとにかく先輩たちに任せて」


 もちろんこんな説得で両親が納得するはずもないが、すでに聡史と美鈴が撤収の準備をしている様子を見て渋々腰を上げる。全員が管理事務所を出て駐車場に向かっていると、学が桜の元にやってくる。



「桜ちゃん、騒動のドサクサですっかり忘れていたけど、マジックバッグを返しておくよ。宝箱から出てきた武器がいっぱい入っているけど、師範は『門弟の皆さんに好きに使わせるように』って言っていたから。あとはミノタウロスの肉がどっさり入っているから、皆さんに焼肉を振舞えって」


「そうでしたか。私もすっかり忘れていましたわ。どれどれ…」


 ゴソゴソとマジックバッグの中身を漁る桜。そして取り出したミノタウロスの肉を学にポンと手渡す。



「学君も疲れたでしょうから、ステーキでも食べて元気を養ってください。あとは適当にこちらで分配しておきますわ。学君も欲しいものがあったら明日道場に来てください」


「僕はこの腕輪をもらったから、これ以上はもういらないよ」


「そうですか。まあいいですわ。お兄様たちにもおすそ分けしておきましょうか」


「そうだね。いくら門弟の皆さんが大食いでも、ちょっとやそっとでは食べ切れないくらいの量だからね」

 

 こうして聡史たちも土産に肉の塊を手渡されて家路に就いていくのであった。

 







   ◇◇◇◇◇







 宇宙空間に繋がる光の回廊を渡ったジジイは、再び別のダンジョンの最下層へやってくる。待ち受けるのは7つの首をもたげて睥睨するヒュドラ。今にもカッと開いた口から強大な魔法や危険なブレスを吐こうと、ジジイに向けて視線を集める。



「太極波~」


 だがジジイは敵の都合などお構いなしに先手必勝とばかりに一撃。ダンジョン全体を揺るがす巨大な爆発を引き起こしてヒュドラは木っ端微塵になった。



「おや、ここにも宝箱があるぞい」


 つい先程村雨をゲットしてご満悦なジジイだが、今度は何が出てくるのかとウキウキしながら蓋を開く。そこには村雨と対になる脇差が…



「ほほう、これで大小の刀が揃いおったか。ついでじゃからもらっておくか」


 脇差をヒモで袴に括りつけるジジイ。実際の戦闘で使用するかどうかは未知数だが、これで見てくれは時代劇に出てくる素浪人風に仕上がっている。転移魔法陣で地上に出ると、真正面から差し込む夕日が眩しい時間帯であった。ジジイがやや目を細めて周囲を見渡すと、そこには数人の冒険者がこちらを見つめている。



「ふむ、どうやら異国に繋がっておったようじゃな」


 この時点でジジイは勘違いをしている。周囲の冒険者たちが揃って欧風の風貌をしているので、てっきりどこぞの外国に足を踏み入れたのだと思い込んでいた。しばらくすると、ひとりの冒険者が近づいてくる。



「ジイさん、この辺じゃ見かけない格好だが、どこから来たんだ?」


「ワシか、日本から来たんじゃ」


「なんだって! 日本の人なのか。この辺じゃ日本に感謝しない人間は誰一人いないんだぜ。ジイさん、ジエイタイがいる場所まで案内してやるよ」


「自衛隊じゃと? この地におるのか?」


「ああ、俺たちがこうして真っ当に暮らせるようになったのは全部ジエイタイのおかげさ。そろそろ日も暮れかかっているから、アラインまで案内してやるよ」


「そうか、では任せようかのぅ」


 こうしてジジイは数人の冒険者たちと山道を歩き出す。20分ほど歩くと眼下には…



「ほら、あそこに見えるのがアライン砦で、その奥に広がるのがジエイタイの基地と最近出来立てのアラインの街だぜ」


 確かに大規模な砦とその奥に広がるのは駐屯地らしき施設。さらに周辺には平屋のアパートのような建物が200棟以上並んでいる。これは魔族との戦乱の中で住居を失った人々に無償で供与された仮設住宅であった。だが日本からすれば仮設住宅であっても、この世界では超快適な居住空間。人々は大喜びで入居しており、いまだに入居待ちの人間が絶えないらしい。



「なるほどのぅ、特に行くアテはないゆえに、ひとまずは自衛隊に話を訊いてみるのもよいであろう」


 実際に施設を見てジジイも納得したよう。ということで日が暮れかかった山道を大急ぎで下っていく。約1時間ほど歩くと道は平坦になって、徐々にアライン砦の威容が眼前に近づいて見えてくる。そのまま草原を歩くこと30分、ようやく砦の通用口に到着。門の前では現地の係員が人の出入りをチェックしている。



「冒険者パーティー〔7つの星〕だ。それからこちらの人は、ダンジョンの入り口で出会った日本の人だ」


「なんだって! 日本の人だと?」


「そうじゃよ。見ての通りじゃ」


 門番の表情が驚きと共にやや訝しげにジジイを見つめる。彼らの常識では〔日本人=迷彩服を着た自衛隊〕なので、道着に袴、更に大小の刀を腰に差したジジイが本当に日本人なのかどうか判断がつかなかった。



「冒険者たちはそのまま中に入ってくれ。すまないがご老体はこちらの部屋で身元を確認させていただきたいが、よろしいだろうか?」


「まあよいじゃろう。なるべく手早く済ませてもらえると助かるわい」


「それじゃあジイさん、俺たちはネグラに帰るから、どっかで出会ったら酒でも飲もうぜ」


「うむ、そなたらには世話になったのぅ。どこかで礼をするぞい」


 こうしてジジイは詰所の中へ、冒険者たちは通用門をくぐって砦の中へと別かれていく。詰め所に通されたジジイが椅子に腰掛けてしばらく待つと、そこに慌てた様子で迷彩服を着こんだ自衛隊員が駆け込んできた。そしてジジイの姿を見て固まっている。ようやく絞り出した声は…



「た、確かに外見や風体からして日本人に間違いはなさそうだが… 失礼ですが、お名前とどこからここに来たのかお聞かせ願えますか?」


「ふむ、ワシは本橋権蔵。しがない古武術道場の師範を務めておるわい。だんじょんなるものを通してこの地にやってきた」


 またもや絶句する自衛官。ダンジョンからやってきたということは、この人物はあの危険なダンジョンを攻略したということ。しかも周りには誰ひとり連れの姿はなく、単独でダンジョンを攻略したとでもいうのだろうか… そう考えただけで自衛官の背筋にはうすら寒いものが走る。



「本橋さん、ダンジョンではどなたか同行された人はいなかったんですか?」


「ああ、途中まではおったが、宇宙に繋がる道に踏み込む前に引き返させた」


「何人いたんですか?」


「んん? ひとりじゃよ。ワシの門下生が道案内で付いてきただけじゃ」


「その方はどのような?」


「ワシから見れば駆け出しもいい所じゃな。確か魔法何とかという学校に通っていたはずじゃ」


「もしかして魔法学院ですか?」


「ああそうじゃな。ワシの孫も同じ学校に通っておるぞ」


「お孫さんのお名前は?」


「楢崎聡史と桜じゃ。二人ともワシの目から見ればヒヨッコも同然じゃ」


「あの双子のご祖父でいらっしゃいましたかぁぁぁぁぁ」


 自衛官に告げられた驚愕の一言。それは異世界に駐屯するダンジョンエリート部隊であったら知らぬ者はいない名前だった。自衛官の心中には、目の前にいるこの人物が例の双子の祖父に当たる人物と訊いて魂が消し飛ぶ思いと同時に、なぜか納得してしまう気持ちも浮かんでいる。



「そ、それでは駐屯地の司令官の元にご案内いたします」


「儀礼なぞ苦手ゆえ、寝床と少々腹が減ったゆえに食事があれば満足じゃ」


「どうかそう言わずに、司令官に事情のご説明をしていただけますようお願いします」


「手短にな。それでは参ろうかのぅ」


 この頃秩父ダンジョンでは、美鈴を中心にしてジジイの扱いをどうするか… さらにはダンジョン対策室に報告がもたらされて、民間人が異世界に渡った件が大騒ぎになりつつあった。だがそんなことは露程も気にしないジジイは泰然自若のまま、驚いた表情の自衛官に対してひょうひょうと受け答えしている。


 ともあれこうして迷惑なジジイは、アラインに駐屯する自衛隊の駐屯地に連れていかれるのであった。

異世界に渡ってしまったジジイを巡って大慌ての聡史たちと、まったく何も考えずに悠々と過ごしているジジイ。そうこうするうちにジジイ回収作戦がまとまって…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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― 新着の感想 ―
[良い点] これは大変面白い展開ですね。関係者全員がヤッベーと青くなってるのが楽しいです。 美鈴もじいちゃんと面識あった感じかな? [気になる点] そりゃ一般学生に普通に混じってるからわからないでしょ…
[一言] これはジジイ回収作戦という名の学院長v.sジジイの最終決戦で異世界崩壊のピンチを迎えてしまうのかも… きっと桜とジジイの対決では桜がメガ盛り太極波をジジイがただの波で打ち破る光景が目に浮か…
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