303 保護者達のダンジョン紀行 2
保護者パーティーを引き連れる聡史は……
ダンジョンの入り口をくぐりながら、聡史は明日香ちゃんパパに斥候職の心得などを事細かく伝授している。
「斥候の良し悪しでパーティーの戦い方は大きく左右されます。当面俺が見本を示しますから、近くで見て覚えてください」
「どうかよろしくお願いします。なにぶん初めてですから、色々参考にさせてもらいます」
「参考ではなくてやるべきことをキッチリと覚えてください。そうでないとパーティー全体に危険が及びます」
明日香ちゃんパパに対して聡史の口調が意外と思えるほど厳しい。ダンジョン探索において比較的裏方扱いされる斥候職だが、聡史的には「その仕事ぶりでパーティーの戦い方が半分決まる」と主張するくらいに重要視している。デビル&エンジェルにおいて斥候を務めているのは桜。魔物の気配を察知してすぐに全員に警告を発し、なおかつ最前線で強力な攻撃力を発揮してくれる。いわば最強かつ、理想的な斥候職といえよう。ブルーホライズンの渚も自ら戦闘に加われるタイプで、アタッカーと同等の槍の技術に加えて魔法まで使用が可能。桜のように最前線で戦闘に参加できるマルチタスクの斥候に育ってきている。もちろん彼女たちのような規格外の斥候がどのパーティーにもいるはずがない。だからこそ斥候役を育てるには時間をかけて経験を積み重ねるのが必要で、聡史はまずは明日香ちゃんパパにそのノウハウを教え込もうと考えていた。
もちろん現段階で桜や渚のように振る舞う必要性など微塵も考えてはいない。初心者なりに役割に必要とされる能力を十分に理解してもらって、実際の戦闘の際は補助に徹する… このような形態で十分だと考えている。
「まずは視覚と聴覚をフル稼働させて魔物の気配を感じてください。小さな物音や耳に違和感を覚えたら、より注意深く慎重にその方向に注意を向けるような感じで大丈夫です」
「わ、わかった。ともかくやってみよう」
明日香ちゃんパパにはランク1ながらも〔気配察知〕のスキルがある。何度も繰り返し使用していけばスキルにも徐々に慣れていくだろうし、上手くいけばランクが上昇してさらに感度が上がってくるケースも考えられる。
自分たちの足音や息遣い以外の物音が聞こえてこないかと精神を集中する明日香ちゃんパパ。職業が〔ウッカリ忍者〕なので、かなり意識しないと見逃してしまうかもしれないと自分に言い聞かせながら歩を進めていく。
「何か聞こえる」
その一言でパーティーメンバーの保護者達が一気に緊張するが、よくよく確認すると他の冒険者パーティーが喋っている声。1階層の入り口付近は探索する冒険者の出発地点なので、他のパーティーとの距離が近いとこうなるという例だった。
その先に進むとダンジョンの通路は次第に枝分かれしていき、冒険者たちは自分たちが選んだルートに散っていく。枝分かれしたり十字路になっている箇所で立ち止まりながらのマップ確認はもちろん斥候役の仕事。聡史は「狭くて行動が制限される脇道よりもなるべくメインの通路がいい」とアドバイスしている。
さらに通路を進むこと約5分、聡史の耳には石畳を裸足で歩くようなペタペタという足音が聞こえてくる。そこから15秒遅れて、明日香ちゃんパパが音を捉えたよう。
「何かが近づいてきますよ」
「ギリギリ合格ですね。今二宮さんに聞こえているのがゴブリンの足音です」
聡史から出された合格点にホッとした表情の明日香ちゃんパパ。だがこれで斥候役の仕事が終わったわけではない。
「美鈴、中本さんのお母さんに指示の出し方をレクチャーしてもらえるか」
「ええ、いいわ」
ここまで美鈴は通路を歩きながら明日香ちゃんママにファイアーボールの術式を復唱させていた。魔物と遭遇する前にいち早く術式を唱えられるよう、小さな声に出して繰り返し。いよいよゴブリンの登場ということで一旦明日香ちゃんママをおいて、今度は学君の母に指示の実例を示しながら覚えてもらう形を取る。ちなみに明日香ちゃんは何もせずにボケッと手ぶらで歩いているだけ。相棒のトライデントは髪留めの形態のままウズウズしているだろう。
「斥候が魔物を発見したら、リーダーがいち早くフォーメーションを指示します。ファーストコンタクトなので、オーソドックスな方法で行きましょう。最初は私がやってみますから」
「は、はい、よろしくお願いします」
緊張して表情が硬直している学の母。真面目な性格ゆえに「万が一指示を出し間違えたりしたら皆さんにご迷惑が…」などともうこの段階で取り越し苦労が始まっている。
「盾役は斥候の陰に隠れて。斥候はゴブリンの視界を奪って」
「了解」
「わ、わかりました」
今は聡史が斥候役を務めているので、学君の父は盾を手にしたまま聡史の陰に隠れる。ちょうどその時、脇道からウッソリとゴブリンが姿を現した。
「目潰ししたら、俺は壁側に退避します。中本さんはゴブリン目掛けて盾で突進してください」
「わかりました」
大きな体を小さく丸めて、自信なさげに学の父が聡史に応えている。ゴブリンが10メートルの距離に接近すると、聡史は手にする軍用懐中電灯でその顔に強い光を照射した。薄暗いダンジョン内の明るさに慣れていると、いきなり強い光を浴びたゴブリンの網膜はホワイトアウトして一時的に視力を失った状態に陥る。ほんの2~3秒の時間稼ぎであっても、魔物の目が見えない状態を有効活用するのは戦術として当然。実はこの手法は魔法学院生ではなくて一般の冒険者たちの間で編み出された技術のひとつ。当初は唐辛子スプレーなどを用いていたが、味方にも被害が出る点を鑑みて光で魔物の視力を奪うという方法が現在は主流となっている。
「今だ」
「いくぞ~」
盾を構える学の父が、顔を手で覆って棒立ちになっているゴブリン目掛けて猛ダッシュ。さすがは元ラガーマンだけあってその突進力を相当なもので、棒立ちになったゴブリンを吹き飛ばしている。
「アタッカー、トドメを刺して」
「よし」
美鈴の声が響くと、今度は聡史の父親が倒れ込んだゴブリン目掛けて突進する番。振り被った剣で頭を叩き割ると、ゴブリンは息絶えてダンジョンに吸収されていく。
「二宮さん、中元さん、やりましたよ~!」
ゴブリンを仕留めた聡史の父が高々と剣を掲げている。だが聡史はちょっと違う見解。父親の勝どきの声など無視して、学の父に声を掛ける。
「学君のお父さん、要領がわかりましたか?」
「ええ、目潰し後のスクリーンプレイで相手の隙を突いて、最後にトドメを刺す… 目潰しはともかくとして、なんだかラグビーに通じる部分を感じました」
「その通りです。的確な指示を出すコーチと味方の連携で有利な状況を創り出して、最後はアタッカーがトライを決める。形は違っても根本はチームスポーツの考え方が生かせますよ」
「その例えはわかりやすいですね~。さしずめ私はスクラムを組む人間ですね」
「そうです。しっかりお膳立てをしておけば、バックスは楽にトライが出来る。縁の下の力持ちの働きが重要だとわかっていただけましたか?」
「ええ、理解しましたよ」
一般的な魔法学院生や冒険者は、一見花形に映る剣士や槍士を目指したがる傾向にある。これに対して、聡史の考え方は根本から異なっている。良いチームを作るにあたっては統制がとれた連携が必要で、逆にこの連携がないといくら基本能力が高い選手を集めても十分に機能しない。もちろん桜やジジイレベルの人外魔境を突き進もうかという人間は別として…
だからこそ聡史は、常にパーティー内の連携を重要視している。地味に映るタンク役をEクラスの各パーティーに取り入れさせたり、斥候のスキルアップに手を貸したりしている。
「リーダーの指示が的確で、斥候と盾役、それに魔法使いがしっかり仕事をこなしてくれたら、アタッカーは多少ポンコツでもなんとかなる。こんな感じでゴブリンは討伐可能だと理解していただけましたか?」
「おいおい、聡史。それでは私がポンコツみたいじゃないか」
「フルプレート姿でダンジョンに来ようとした人間は、どう見てもポンコツの部類だろう。部屋で試しに装着したら一歩も歩けなくなったじゃないか」
「コラッ、それはバラさない約束だったろう」
通路内で笑い声が響いている。だがここで明日香ちゃんが初めて口を開いた。
「お父さんとお母さんは笑える立場じゃないですよ~。忍者と魔法少女のコスチュームでダンジョンに行こうとしていたじゃないですか。私と健太郎が必死に止めなかったら、今頃あの格好でこのに立っていましたよ~」
「め、面目ない」
「反省しています」
シュンとしているパパさんとママさん。穴に埋めて消し去りたい昨日の出来事を明日香ちゃんにほじくり返されて何だか気の毒。唯一ホッとしているのは聡史の父で、自分よりも呆れられている二宮夫妻にちょっとだけ感謝。
そして結果的に聡史と明日香ちゃんのこの暴露が、本当に頼りになるのは学君の両親だけという状況をクッキリと浮き彫りにしている。
ファーストコンタクトを終えて再び歩き出す一行。ここで明日香ちゃんママが何かに気が付く。
「ねえ、明日香。あなたはさっきから何もしていないけど、いつもそんな調子なの?」
「大体こんな感じですよ~。時々桜ちゃんに無理やり働かされますから、その時に備えてできるだけ体力を温存しています」
「だって武器も持っていないじゃないのよ。そんなことじゃ、他のメンバーに迷惑をかけているんじゃないの?」
「みんな強いからダイジョブですよ~」
ママさんは家にいる時と何ら変わらないグダグダの明日香ちゃんに困った視線を向けている。
「学院でちゃんと生活で来ているのか心配だわ」
「心配しないで大丈夫ですよ~。しっかり食べていますから」
「そんなことを心配しているんじゃないでしょうに… ねえ、西川さん。明日香が迷惑をかけていないかしら?」
「え~と… 洗濯物は溜めるだけ溜め込んでいるし、特待生寮の共有部分の掃除は私とカレンがもっぱらやっています」
「あ~す~か~、あなたはもっとしっかりしなさい」
「美鈴さん、シーですよ~」
今頃止めても、学院での行状はすっかり母親に伝わってしまって後の祭り。ダンジョンの通路を歩きながらママさんにコッテリ絞られる明日香ちゃん。つい今しがたとは完全に立場が逆転している。転落までの道のりがいくら何でも短すぎだろうに…
「西川さん、どうか明日香に色々厳しく教え込んでください」
「ああ、その役目は桜ちゃんがしっかりやっていますから、たぶん何とかなるのではないかと」
「わかりました。私から時々桜ちゃんに電話して、学院での明日香の様子を聞き出しておきます」
「お母さん、やめてくださいよ~」
明日香ちゃんの怠け癖への対策が決定する。本人にしてみたらとんだ藪蛇に違いない。
こうして聡史たちが同行する保護者パーティーは、午前中いっぱいをかけてグルリと1階層を回っていく。ゴブリンと遭遇するたびに一つ一つ懇切丁寧に聡史や美鈴がコーチしながら、徐々に本人たちだけでゴブリンを討ち取るように立場を譲って、最終的にはひとまずは形になる段階まで教え込めた。
「それじゃあ昼に差し掛かるから、一旦外に出ようか」
「おや、もうそんな時間だったのか」
「集中していると時間が経つのが早いですね~」
午前中だけで保護者達のレベルは3まで上昇しており、ちょっとだけ手応えを掴みつつあるので終始和やかなムード。3家族ともある程度経済的に余裕があるので、どこかの貧乏道場のようにドロップアイテムに血眼になるような雰囲気ではない。四十の手習いで始めたダンジョン探索だけに、十分安全に配慮しながらなんちゃって冒険者ライフを楽しんでいる。
まあこんな感覚でダンジョンに入るのもアリなんだな… 聡史はそんな思いに駆られつつ、ダンジョンの出口に向かうのであった。
◇◇◇◇◇
この日の昼前、桜率いる闘武館の一行はついに10階層のボス部屋の前に立っている。ここ2日間のダンジョン探索で茜や門弟たちのレベルは27に到達している状況。選りすぐりの脳筋集団だけにその勢いは止まる所を知らない。
「ここが10階層のボス部屋ですわ」
「なるほど、それなりに強敵が待ち構えているんだな。腕が鳴るぜ、なあお前たち」
「師範代、もちろんですよ」
「軽く踏み潰してやりましょう」
何も知らない他の冒険者が聞いたら「ダンジョンに入って3日目で何を偉そうに」と文句を口走りそうだが、こちらは元々厳しい修行に耐えて武術の技を磨いてきた生粋の戦闘集団。ちなみに現在の茜の体力の数値は4700で、レベル53時点の学の2倍近く。長年に渡って鍛え上げてきた分基礎数値が段違いなので、あっという間にここまで強くなってしまっている。
「登場するのはオークキングに率いられた10体のオーク軍団ですわ」
「特に問題はなさそうだなぁ~」
元々の戦闘技術にプラスして体力の数値が数倍になったという事態が茜により大きな自信をもたらしているのだろう。だが元よりジジイの言いつけもあって、彼女以下門弟たちが相手に油断するなどという状況はまず起こり得ない。ちょっとした油断が思わぬ落とし穴に繋がると耳タコレベルで言い聞かされている。
「それではやり方は任せますわ。好きなように戦ってください」
「よし、行くぞ」
扉を開いてボス部屋に入る闘武館の一行。桜は茜たちの戦いの邪魔にならないように最後尾から入場。入ってきた人間を見つめるオーク軍団たちは、血走った目で今にも襲い掛からんばかりの闘志。だがそれも長くは続かなかった。
「獲物だぞ。一気に叩き潰せ」
「「「「「おう」」」」」
武器を手にする門弟たちが直線的に襲い掛かる。普段はオークたちのほうから攻めかかるのが常だが、この一門は先手を取る戦いが基本。相手が何体だろうとけっして怯まずに剣や槍を振り上げて向かっていく。
ブモォォォォォォ
雄叫びを挙げながら迎え撃つオークたちだが、数は多くともやはり茜たちが断然格上で、剣を打ち合わせても勝負にすらならない。圧倒的な膂力で弾かれて致命的な箇所に剣先や槍の穂先が差し込まれていく。手下をペロッと片付けた茜たちは、一団となって残るオークキングに向かう。階層の主は右手の剣と左手の盾を掲げて雄叫びを挙げるが、そんな勇壮な姿は一瞬で消え去って四方から槍が突き刺さる。
「なんだ、呆気ないな」
「はぁ~、お姉さま方には教えることは何もありませんから。あとは好きに魔物を倒してください」
桜にここまで言わせるとは、やはり闘武館だけのことはあるよう。わずか2日で魔物との戦い方を完全にマスターしており、あとは経験を積むだけかもしれない。
「それじゃあキリもいいし、昼メシにしようか」
「今日も上手いメシが食えそうだな」
「ドロップアイテムもかなり手に入ったから、今日も豪勢に行こうぜ」
「帰ったら久しぶりにビールが買えるかもしれないな」
「冷たいビールをグイッと一息に… クゥゥゥゥ… 想像しただけで喉が鳴ってくるぜ」
数か月の貧乏生活が続いたせいなのか、ささやかな楽しみを心待ちにしている門弟たち。そのまま転移魔法陣に乗って、一旦地上へと戻っていくのであった。
◇◇◇◇◇
そして残るは、怪物ジジイに連れられてダンジョンを放浪する学。いや、正確にはある目的を持って行動している。それはいち早く下の階層に進んで、強い魔物と戦うというジジイの意向。
「師範、そろそろお昼になりますが、このまま探索を続けますか?」
「学よ、もうかような時間か? 戦いがついつい楽しくて時が経つのをすっかり忘れておったぞ」
と言いながら、背の高さが3メートル近いミノタウロスの腕を取って壁に叩き付けている。もちろんたった一撃でミノタウロスはご臨終を迎える。学もずいぶん慣れたもので、ジジイが繰り出す豪快過ぎる技にも表情一つ変えなくなっている。
「出来れば地上に戻って、桜ちゃんや師範代に経過報告をした方がいいと思うんですが」
「よいよい、あやつらは捨て置いて構わぬわい。どれ、歩きながら握りメシでも食べるとしようかのぅ」
どうやら地上に戻る時間を惜しんで、更なる深い階層にアタックするつもりらしい。
「師範、桜ちゃんからどのような魔物がいるか聞いていますので一応の知識はありますが、この辺りからさらに大きな巨人系の魔物が登場するらしいです。僕にはちょっと無理な相手ですので、師範に全部お任せになりますよ」
「構わぬよ。そもそも昨日から学にはほとんど手出しなどさせてはおらぬしな。まあそなたはジャーマンスープレックスを回収すればよいぞ」
「師範、思わぬ場所に着地しているので僕のツッコミが追い付きませんが、ドロップアイテムのことですよね」
「細かいことを気にするでないと言っておるだろうに。そうじゃ、学よ。もし気に入ったものがあれば、そなたの好きに使って構わぬぞ」
「武器がほとんどなので、スキルがない僕には使えない品ばかりです。でもこの腕輪は何かの役に立ちそうですし、一応身に着けておきます。各属性に応じた魔石が取り付けてあるので、おそらく魔法に関する効果がある腕輪だと思います」
学は適当な見当を付けているが、実はこの腕輪はすべての魔法に対して防御力を格段に引き上げるだけではなくて、状態異常を完全に無効化するSSSRランクの超レアアイテム。20階層以降のボス部屋でドロップするが、その確率は0.1パーセントという品であった。
「そうか、まあ武器は道場に戻ったら門弟たちが使うであろうから、そのまま持ち帰るとしよう。ところで先程からは牛肉のようなものが転がっておるが、これは一体なんじゃ?」
「師匠、ミノタウロスの肉です。高級和牛に匹敵する味ですよ」
「ほほう、では今夜は門弟たちに腹いっぱい焼肉を振舞えそうじゃな~」
レアアイテムだけでなくて高級食材まで手に入ると知ったからには、ますますジジイが張り切るのは当然の流れ。ということで、更にスピードアップしつつ各階層を疾風のように駆け抜けていく。
午後3時には30階層のボス部屋に到着。こちらの階層ボスは、例のスケルトン・ロード。玉座に座って見下ろす姿は、アンデッドの中でも伝説の存在。
「なんじゃ、つまらぬ骸骨よのぅ。さっさと片付けるぞい」
「し、師範… どんな危険が待っているかわかりませんから」
学が止めようとしてもジジイが言うことを聞くはずもなく、つかつかと玉座に近づいていく。その間にスケルトン・ロードからあらゆる種類の呪いや状態異常を引き起こす闇魔法が放たれるが、ジジイの体を包む闘気が何事もなく吹き飛ばしていく。
「ワシの前で偉そうな態度を取る暇があったら、一発でも反撃してみせるがよかろうに」
ジジイの頭の中にある「反撃」とは、すなわち物理攻撃。闇魔法やら呪いやら、そもそもそんな存在すらハナッから気にしていない。おそらくレベル3600ともなれば、あらゆる防御系のスキルも備わっているのであろう。
さっきから散々スケルトン・ロードが放つ呪いや魔法の一切を無視して無人の荒野を進むがごとくのジジイの足取り。そのまま玉座に昇ると座ったままのスケルトン・ロードの骸骨頭を鷲掴みにして握り潰す。聡史や桜の物理攻撃すら無効化したスケルトン・ロードに向かって、物理一辺倒で簡単に倒している。なんとも呆れ果てたジジイだ。
「さて、次に向かうか」
こうなると果たしてこのジジイを止める存在があるのかという疑問が湧いてくる。残すはラスボスへ至る各階層の主との1発勝負のみ。
31階層に降りていくと…
「なんじゃ? ただの一本道ではないか」
「師範、桜ちゃんの話では、強いボスとの一発勝負が続くそうです」
「左様か。いかような魔物が出てこようとも、ワシの前に立ち塞がれはせぬわい。それでは参るぞ」
「は、はい」
学としては「もうどうにでもなれ」という半ばやけっぱちな気持ちでジジイの後を付き従う。そして扉を開くと、中で待ち構えるのはデュラハン。アンデッドの馬に跨って、首のない姿でこちらを見つめている。
「ほう、ようやくまともな相手が出てきおったわい」
「師範、どうやって倒すんですか?」
「決まったことよ。投げ飛ばすのみじゃ」
騎馬のまま加速して迫ってくるデュラハンだが、ジジイはその場に止まらずに自ら前進して間合いを詰めていく。両者がぶつかるという刹那、ジジイは馬の下に潜りこんで馬ごと投げ飛ばすという暴挙に出た。巨大な馬とデュラハンが一緒になって宙を飛び、その勢いのまま壁に激突している。
「ほれ、忘れものじゃ」
ジジイは床に落ちているデュラハンの頭に気付いて壁方向に蹴飛ばした。音速越えの速度で壁に激突した頭はグシャッとひしゃげて、その結果デュラハンが絶命する。元々死んでいるんだけど…
こんな調子で順調に階層ボスを倒して、午後5時近くに学とジジイはついに40階層に至る。残されたのはラスボスのみ。ついにダンジョンの最下層にやってきた学は、いまだ信じられない気持ちで扉の前に立っている。
「師範、ここがラスボスの部屋です」
「なるほど、いかなる魔物がおるのか楽しみじゃのぅ」
最後の敵と訊いてワクテカするジジイ。さすがはその称号にある通りの究極のバトルジャンキー。
「では参るぞ」
「はい」
やっとこれで家に帰れる… 学はそんな気持ちを抱きながら、最後の大扉をくぐっていく。待っているのは翼を持つ大蛇のリンドブルム。その姿は大蛇というよりも東洋の龍を想起させる。
「師範、相手は空を飛んでいますよ。どうやって倒すんですか?」
「ふむ、さすれば少々大技を見せるかな。学よ、下がってしっかりと身を守っているのじゃ」
「は、はい」
学は無限湧き部屋と同様に部屋の隅で蹲ってシールの重ね掛けを始める。あの時よりも相当レベルが上昇しているので、自分でも驚くほどに強固なシールドの壁が目の前に出来上がった。
その間にリンドブルムは、大きく息を吸い込んでブレスの準備に入っている。ジジイは半身の姿勢で腰をやや落とし加減にして、右手に自らの体内を駆け巡る〔気〕を集める。
カッと大きく口を開いたリンドブルムが巨大な炎を吐き出した。万物を焼き尽くすドラゴンファイアーとでも呼べばよいのかもしれぬが、このままではジジイが黒焦げに変わるのは必至。だが、ジジイは裂帛の気合いと共に後方に引いた右手を押し出していく。
「太極波~~」
桜が必殺技にしている例の溜めた気を一気に相手向かって飛ばしていく技。実は太極波の元祖はこのジジイで、ベトナム戦争後に地続きの中国に渡って南方の山岳地帯に隠遁していた気功の名人を訪ねて、半ば無理やり教えてもらっていた。もちろん当時日中間は国交がなくて、正々堂々密入国したようだ。
ジジイの右手から放たれた太極波は、リンドブルムが吐き出した炎をあっさりと飲み込んで突き進む。その威力は桜の最大出力の10倍強。そのまま宙に浮いているリンドブルムにぶつかると、凄まじい大爆発を引き起こす。それはダンジョン全体を揺るがして、その揺れは周辺の気象台にマグニチュード4.3の地震を観測させた。
「うわ~~」
天井に張り付けられている石材がボロボロと崩れ落ちる中、学は頭上にもシールドを展開して懸命に防御。その甲斐あって何とか無事に揺れが収まる瞬間を迎える。その時…
〔おめでとうございます。皆さんは秩父ダンジョンを完全攻略いたしました。ただいまからこの場に、異世界に繋がる光の道が開通いたします〕
学とジジイの脳内に、ダンジョン完全攻略を祝う例のアナウンスが響いた。同時に壁の一方が大きく開いて、壮大な宇宙空間に繋がる光の回廊が創出される。
「学よ、無事か?」
「師範、何とか生きています。それにしてもなんだかすごい仕掛けですね」
「ふむ、これが〔はいてく〕というやつじゃな」
「師範、あそこに宝箱がありますよ」
「どれどれ、そなたが開いてみるとよかろう」
もう何度も学は宝箱を開いているので、ランクは低いながらも鑑定スキルを得ている。まだ罠があるかどうかを見抜ける程度なので、アイテムの性質まではわからないが…
「師範、どうやら日本刀のようです」
「ふむ、手に取ってみるか」
ジジイは懐紙を取り出すと口に咥えてゆっくりと鞘の鯉口を切る。美しい紋を描く刀身が現れて、鍔元には〔村雨〕という銘が打たれている。
「ほう、大した業物じゃな。気に入ったゆえにワシが使わせてもらうとしよう」
「師範は刀も使えるんですか?」
「道場で教える古武術は無手の武芸じゃが、相手の研究のためには刀の取り扱いくらいは学んでおくものよ」
「確かに師範のおっしゃる通りでした」
鞘に戻したムラサメを袴の帯に差し込むと、ジジイはやおら宇宙空間に繋がる光の回廊へ向き直る。
「学よ、よくぞここまで付いてきた。そなたはここから引き返して地上に戻るがよい」
「師範はどちらに行かれるのですか?」
「知れたことよ。あの光の道を進んで、その先に何があるか見てくるわい」
「師範、どこに繋がっているのかすらわからないんですから、危険が大きすぎます」
「バカを申すな。道が指し示されている以上は進んでいくのが武人であろう。ワシはもう行くゆえに、そなたは桜や茜に伝えてくれるか」
「わ、わかりました。必ず伝えます」
こうしてジジイは一切振り返らずに光の回廊へ歩を進めていく。学はその後ろ姿が見えなくなるまで見送って、転移魔法陣に乗って地上へと戻ってくるのであった。
◇◇◇◇◇
午後は2階層を巡った聡史たちは、何事もなく探索を終えて地上に戻ってくる。まずはカウンターでゴブリンの魔石を買い取ってもらって3千円の収入を得ると、飲食コーナーで反省会。明日香ちゃんはほとんど何もしていないにも拘らず、ちゃっかりクリームあんみつを注文している。
「今日2階層まで回ってお分かりになったと思いますが、ダンジョンでの活動は危険が伴います。学君のお母さんをリーダーとして、絶対にその指示に従ってください」
「皆様、よろしくお願いいたします」
正式にリーダーに就任した学の母が頭を下げている。本当に真面目で腰の低い人だ。
「学君のお母さん、ウチの親父や二宮さんたちが勝手なことを言い出したりしたら、どうかきちんと止めてください。全員家で待っている家族がいること、ましてこれから生まれてくる赤ん坊までいるんですから、リスクは最小限にして絶対に地上へ戻るのを最優先に活動してください」
「はい、そうさせていただきます」
ここまで聡史が喋り終えたちょうどその時、飲食コーナーの入り口から聞き覚えのある馬鹿デカい声が響く。
「お兄様にお父様、それになんで明日香ちゃんご家族がいるんですか? しかも明日香ちゃんはクリームあんみつを注文していますね~」
全員がその声に振り向くと、そこには茜を筆頭とする闘武館メンバーを従えた桜の姿が。聡史と父親は目を見張って、明日香ちゃんは口に突っ込んだスプーンを咥えたまま硬直している。門弟たちは先に他の席に移動して、桜と茜だけが保護者パーティーの前に…
「さ、桜に茜姉さん… 何でダンジョンにいるんだよ? 道場に泊まり込んでいるんじゃなかったのか?」
「事情があってお金が必要なんですわ」
「康史叔父さん、お久しぶりです。聡史、我が家に顔も出さないのはどういうつもりだ。んん?」
桜は保護者達の手前大人しくしているが、茜は鞘付きの短剣の先を聡史の頬に押し当ててそのまま力を込めてグリグリ。聡史がジジイの家に行きたがらない理由が頷けてくる。
そんな親戚同士の遣り取りが始まった次の瞬間…
ゴゴゴゴゴゴゴ
床から突き上げてくるような大きな衝撃がダンジョン管理事務所全体を襲った。
「地震か?」
「かなり大きいですわ」
「震度4くらいだな。もう収まったから問題ないだろう」
もちろん聡史たちは知らないが、この地震は最下層でジジイが放った太極波の爆発の衝撃が地表まで伝わったのが原因。ダンジョンから出てきてホッと一息ついた時間だっただけに、保護者一同驚いて顔を見合わせている。全員が地震に気を取られている間に、今がチャンスとばかりに明日香ちゃんは手元にあるクリームあんみつを一息に食べ終わる。
「かなり大きな地震でしたから、下の階層が心配ですわ」
「下の階層? 桜、何かあるのか?」
「実はおジイ様が学君を連れ回していまして… 一体どの階層まで行ったのやら」
「ええ、あのジイさんまでこのダンジョンにきていたのかぁぁ」
聡史が驚いた声を上げている。反対に学がまだ帰ってこないと聞いて、彼の両親は心配顔。
「と、ともかく学君とジイさんが戻ってくるまで待っていよう」
「それがいいですわ。さて明日香ちゃん、私にないか言うことはないんですか?」
「さささささ、桜ちゃん。イッタイナンノコトデショウカ?」
懸命にトボケようとするものの、ポッコリ膨らんだお腹という動かぬ証拠がある。桜から怒涛のお説教を食らう明日香ちゃん。つい先ほど学院での実態を美鈴から聞いたばかりの明日香ちゃんママは「もっととっちめてくれ」という表情。パパさんはどうしていいのやら、オロオロするだけというカオスな状況が出来上がる。
地震から20分が経過しても、桜の説教は依然として継続中。そんな中で…
「なんでお父さんやお母さんまで揃っているんですか?」
全員が一斉に声がした方向を振り向くと、そこには驚いた表情を浮かべた学が立っているのであった。
異世界に旅立ったジジイと最下層から戻ってきた学。この話が伝わると、当然ながら各方面に大騒ぎが生じていき…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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