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301 楢崎家の父

ひとまずは、闘武館のダンジョン探索から……

 昼食時に管理事務所に戻ってきたジジイと学、二人の両手にはお揃いの漆黒の籠手が嵌められている。その姿を目にとめた桜は…



「学君、ずいぶん立派な籠手みたいですが、一体どこで手に入れたのですか?」


「そ、それが… 師範が隠し通路を発見して、その先にあった魔法陣に乗ったら魔物が次々に湧いてくる部屋に連れていかれました」


 正直に答える学に対して、桜は大きくため息をついている。過去に自分も転移で運ばれた経験があるだけに、無限湧き部屋の危険性は十分すぎるほど熟知しているせいだ。



「よくもまあ、そんな危険な場所に行きましたねぇ~。学君は止めなかったんですか?」


「止めましたが、師範に無理やり魔法陣に放り込まれました」


「どうせそんな経緯だろうとは思いましたわ。学君も戦ったんですか?」


「僕は隅っこに蹲って、必死でシールドを張って自分の身を守っているだけでした」


「ということは、おジイ様が全て片付けたというわけですか。ますます呆れてモノが言えません」


 桜が例の部屋に飛ばされた際は第4波で湧き出てきた魔物に対していい加減嫌気がさして、群れのど真ん中を突っ切って祭壇の魔石を破壊後に脱出していた。対して張り手1発で対象を超音速ミサイル同然に発射させてしまうジジイは最初から最後まで〔全部俺のターン〕状態で、魔石に蓄えられた魔力を全て枯渇させてから悠々と戻ってきた。こうして同じ状況で比較してみても、やはり桜とジジイでは相当な差がある実態が鮮明に浮き彫りになってくる。ここでジジイが得意げに…



「ガハハハハ、久方ぶりのいい運動になったわい。桜も行ってみるがよいぞ。よい鍛錬になる」


「今日は遠慮しておきますわ。それよりも他の冒険者が迂闊に入り込んだらとんでもないことになりますから、管理事務所に報告してきます。学君も一緒に来てください」


 昼食を注文しないうちに桜は学を引き連れて緊急報告に向かう。その間に茜や門弟たち、そして当事者のジジイもめいめい適当に食事を注文しており、ことに日頃倹約生活続きであった門弟たちは腹いっぱいになるまで定食とサイドメニューを掻き込んでいる。思わぬ臨時収入にありつけたとあって、遠慮なしに注文した昼食をあっという間に平らげていた。


 そこに戻ってきた桜と学は…



「見事な食べっぷりですわ。茜お姉さま、一体誰がお金を払うんですか?」


「それはドロップアイテムの代金で払えばいいだろう」


「まだ換金していませんよ。本当に仕方がありませんね~。ここは私が立て替えておきますから」


 どうやら桜に引き連れられた門弟たちも、相当なドロップアイテムを手に入れているよう。主にオーク肉がメインだが、その他にも魔石が20個以上あるので、これだけでも2万円程度にはなりそう。更に午後の活動で得られる分まで考慮に入れると確かにアルバイトよりも効率がいいかもしれない。だがこれは桜の引率と、実際に簡単に人を殺せる技の鍛錬に明け暮れた闘武館という極めて特殊な集団だからこそなせる業。



「学君、私たちもお昼ご飯にしましょう」


「はい」


 ということで注文をする二人。すでに食べ終わっている茜や門弟たちの注目はテーブルに置かれた学の籠手に集まっている。



「学少年、師範と揃いのその籠手がドロップアイテムなのか?」


 学が何かを答えようとする前に、ジジイが横から口を挟んでくる。



「これ、茜。ここにおるのはもう学少年ではないぞ。一人前の門下生の学だと心得よ」


「師範、一体どういったことでしょうか?」


「知れたことよ。学はこのだんじょんにおいて魔物を相手に見事な戦いぶりを見せてくれた。実戦であれだけ力を発揮できるとあっては、一人前と認めるしかなかろう」


「そうでしたか。学、良かったな。ところでその籠手だが、私も同じものが欲しいぞ」


 茜だけではなくて、門弟全員が同様の目で黒塗りの籠手を見つめている。彼らにしてみれば師範が身に着けているならば、ぜひとも揃いの品を手に入れたいところであろう。だが、ここで桜が止めに入る。



「茜お姉さま、まさかおジイ様が入った場所へ出向こうというのですか? とんでもない命知らずですわ」


「ええ~、だって学の籠手は見るからに格好いいじゃないか。私も是非とも手にしたいんだ」


「オークを何とか倒せるようになったくらいでいい気になるんじゃありませんわ。もっと手強い魔物が何百体も出現して、更に倒しても倒してもキリがないくらい湧き出てくるんですよ。そんな場所にお姉さまが出向いても、あっという間にエサになるのがオチです。それにもっと深い階層に行けるようになったら宝箱が出てくるケースもあります。ひょっとしたら同じような籠手が手に入るかもしれません」


「桜、本当か? よし、ドンドン深い階層に挑戦してやろうじゃないか」


 今日腕立てが100回出来たから、明日は200回出来るに違いない… こう考えるのが脳筋の証。この茜もやはり間違いなくジジイの孫だ。


「茜、いい加減にせんか。桜が困っておるだろうに。だんじょんの攻略とは武術の修行と似たり。一つ一つ段階を踏んで次に進むもの。そなたのように一足飛びに出来るという安易な考えこそが、命取りに繋がるぞい」


「師範、申し訳ありませんでした。自重いたします」


 ジジイに怒られて、さすがの茜もシュンとしている。このジジイ、横文字にはからっきし弱いが、口にする言葉は至極真っ当。この辺は長年生きている経験から学んだ知恵なのか。それとも多くの弟子を育ててきたゆえの跡継ぎに対する苦言なのか。するとここで桜が…



「学君、ミスリルの籠手はどうしましたか?」


「マジックバッグに仕舞ってあります」


「まだ使いますか?」


「こちらの籠手のほうが使い心地がいいので、当面は予備扱いになりそうです」


「ではお姉さまに譲ってもらえますか?」


「はい、仕舞っておくぐらいだったら喜んで譲ります」


 ということで学はテーブルの上にミスリルの籠手を置いて、茜の前にズズズイ~っと押しやる。黒塗りの籠手に比べると若干落ちるが、白銀に輝く別種の籠手を目にした茜は今にも飛び付きそうな表情で…



「わ、私が使っていいのか?」


「当分はこちらの籠手で我慢してください」


「我慢なんてとんでもない。ありがたく使わせてもらうぞ。桜、学、本当にありがとう」


 多分これで茜が勝手に無限湧き部屋に突撃する心配はなくなったであろう。当事者の茜は、学から受け取った籠手を両手に嵌めて嬉しそうに様々な角度から眺めている。



「さて、それではお昼休憩も終わりましたし、私たちは8階層に向かいますわ」


「そうか、まあ気を付けていくがよい。学よ、ワシらも7階層の続きを巡るとしようか」


「はい、師範」


 今度は学は嫌々ではなくて、自らジジイとの同行を歓迎している口調。無限湧き部屋を乗り切った以上、あれよりも恐ろしい場面はないはず… とまあ、こんなふうに考えているのだろう。


 こうして闘武館のダンジョン探索は、この日の午後も続いていくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 桜たちが午後のダンジョンでの活動に入った頃、ここ楢崎家では聡史が昼食の食器を洗っており、その最中にスマホが着信を告げる。



「もしもし、聡史君。予定通り2時頃にカレンと一緒にそちらに伺うわ」


「カレンも一緒なのか。わかった、母親にも伝えておくよ」


「ええ、お願いね。それからお土産にケーキを買っていくからね」


「なんだか悪いな~。お茶の準備をして待ってるよ」


 どうやら美鈴とカレンは実家に戻っている間も連絡を取り合っていたよう。闇の大魔王と光の女神という対照的な性格であっても何かと気が合うらしくて、互いを信頼している節が窺える。美鈴の話しぶりからすると、どこかで待ち合わせてこちらに向かうらしい。ということで食器洗いを済ませた聡史は、リビングのソファーで楽な姿勢で座っている母親の元へ。



「母さん、もうすぐ美鈴とカレンが訪ねてくるって連絡があった」


「まあ、そうなの。こうしてはいられないから歓迎の支度をしないと」


「いいから母さんは座っていて。俺がお茶の支度から何から全部やっておくから、ここで休んでいればいいよ」


「なんだか申し訳ないわね~。でもいい息子を持って幸せだわ。お腹の子たちにも聡史がいいお兄さんだってしっかり言い聞かせておくわね」


「それはありがたいけど、桜はどうなるんだ?」


「ダイナミックなお姉さんだって教えるわ」


 まだお腹の中にいる胎児に「ダイナミック」の意味が通じるのか疑問だが、母親の言いたいことが聡史にはしっかりと伝わっている。まあたぶん、そのままの意味だ。


 リビングには聡史がわざわざ購入してきたモーツアルト全集のCDが流れている。ネットで胎教にいいと聞き込んで、その足で自転車に飛び乗って買ってきていた。


 しばらく母親との話題はもっぱらお腹の子供の話。いつ頃になったら男女がわかるのかとか、名前は考えているのか等々… 「お前はお姑さんか!」と突っ込まれても仕方がない勢い。



「聡史はいつの間に親バカならぬ兄バカになったのかしら?」


 母親が笑い顔で聞いてくるのに対して、息子はやけに真剣な表情で…



「実際今いる妹があんな調子だから、今度生まれてくる兄弟には是非とも優しくて素直に育ってもらいたいんだ」


「ああ~…」


 最も身近で桜を育ててきた母親だけに、聡史の心情は痛いほど理解している。あんな危険な性格の兄弟がこれ以上増えてほしくないのは聡史ももちろんだが、母親としても本心のよう。

 

 そんな会話をしているうちに、玄関のチャイムが鳴る。聡史がインターフォンを取ると、美鈴とカレンの二人だった。いそいそとドアに向かう聡史。



「いらっしゃい、暑かっただろう」


「おじゃまします… ってブフッ」


「聡史さん、そ、その格好。ププッ」


 出迎えに出た聡史の姿を見て、美鈴とカレンが揃って吹き出している。大魔王と女神を一度に吹き出させるとは、聡史もずいぶん笑いの腕を上げたものだ。



「な、何だよ、急に」


「だって、聡史君のエプロン姿なんて… 私も長い付き合いだけど初めて見たわ」


「さ、聡史さん、グフッ… そ、そのエプロンってお母様のですよね。聡史さんが着ると、まるで金太郎の腹掛けですよ」


 確かに聡史と母親ではかなりの体格差がある。同じエプロンを着回しする姿を見るにつけ、カレンの発言には相応の分があるように聞こえてならない。



「まあ、笑っていないで中に入れよ」


「そうね。改めておじゃまします」


「おじゃまいたします」


 聡史のエプロン姿にいまだニヤニヤが止まらない二人をリビングへ案内すると、母親が二人に向かってニコニコ顔で挨拶する。



「遠い所をよく来てくれたわね。美鈴ちゃんとカレンさん、聡史と桜がいつもお世話になっています」


「小母さま、お久しぶりです」


「こちらこそ聡史さんと桜ちゃんにはいつもお世話になっています」


 和やかに挨拶を交わす三人。そこで美鈴が買ってきたケーキの箱を聡史に手渡す。



「小母さまが好きなお店のケーキです。私がまだ隣に住んでいた頃から大ファンでしたよね」


「ええ、ありがとう。美鈴ちゃんが私の好みを覚えていてくれて嬉しいわ」


「急に伺いましたが、また3日ほどお世話になりますので、どうかよろしくお願いします」


「もちろん大歓迎よ。美鈴ちゃんとカレンさんだったら、3日といわずに何日でもゆっくりしていってちょうだい」


 当然ながら母親は美鈴とカレンの正体など知る由もない。片や銀河の闇と暗黒の支配者にして大魔王、もう一方は現役バリバリの女神様。こんな組み合わせの来訪者がいっぺんに訪ねてくるのは、世界中を探しても楢崎家くらいのものだろう。


 と、ここで美鈴が疑問に思う話題を口にする。



「小母さま、なんで聡史君がエプロン姿なんですか?」


「うふふ、それはねぇ~…」


 含み笑いをしつつ、聡史に視線を送る母親。聡史もややイタズラっぽい表情で黙って頷いている。



「実はねぇ~… ちょっと事情があって安静にする必要があるのよ」


「もしかしてどこかお加減が悪いんですか?」


 仮に病気であったのなら、女神の力を行使してでも… そんな表情でカレンが迫っている。



「安心してね。病気じゃないのよ。今、私のお腹には聡史と桜の兄弟がいるのよ。まだ性別はわからないけど」


「兄弟?」


「そ、それってもしかして?」


「そう、いい年して私が妊娠中なのよ。ゆっくりしていられるように、聡史が主婦業を買って出てくれているというわけ」


「ええ、スゴイ~~。私、一人っ子だから羨ましい~」


 美鈴は単純に喜ぶだけだが、カレンはやや違う反応。



「素敵なお話ですね。赤ちゃんが生まれるなんて、とってもおめでたいです。ここは思いっ切り女神の祝福を… あっ」


 カレンが「不味い」という表情で言い掛けたセリフを途中で飲み込んでいる。関係者以外に自分の秘密を明かすのは、母親である学院長からキツく申し渡されている禁則事項。いくら聡史兄妹の母親であっても迂闊には明かせない。ちょうどそこにタイミングよく…



「お茶とケーキの用意が出来たぞ」


 聡史がお盆の上に皿とグラスを人数分持って登場。



「中々堂に入った主婦振りでしょう。私の面倒を痒いところまで手が届くくらいしっかり見てくれるのよ」


「聡史君がこんなにマメだったとは知らなかったわ」


「一家にひとり、聡史さんが必要ですね~。高い場所にもすぐ手が届くし」


 相変わらず似合わない聡史のエプロン姿にニヤニヤが止まらない美鈴とカレン。だが聡史はむしろドヤ顔で飲み物の用意を続けている。



「美鈴とカレンはいつものアイスティーでいいか?」


「ええ、もちろん」


「いただきます」


「母さんは麦茶でいいよな」


「ええ、いただきます」


 妊娠中はカフェイン入りの飲み物は控えた方がいいという聡史の配慮。しかも麦茶はミネラルが豊富に含まれているので、汗をかく夏には最適といえる。


 こうしてケーキを食べながら、しばしの談笑。美鈴とカレンは真剣な表情で妊娠時の体調の変化や留意すべき事項を母親に聞いている。二人とも当然ながら将来は子供を産んで育てたいと考えているので、今のうちに色々と聞き出して参考にするつもりらしい。もちろんその内容の中には女性の体特有の生々しい話もあるので、聡史としてはやや居心地が悪い場面もあった。こんな感じで穏やかに過ごしていると時間が経つのはあっという間。そろそろ夕食の準備に取り掛かる頃合いとなる。



「それじゃあ、そろそろ夕飯作りを始めるかな」


「聡史君、私がいるからには任せてもらって大丈夫よ」


「聡史さん、私もお手伝いしますから」


 ありがたいことに美鈴とカレンが食事の準備を手伝うと申し出る。そもそも料理上手な母親にしっかりと仕込まれた美鈴の腕は折り紙付きだし、岡山室長の奥さんから基礎を習ったカレンも大した腕前。この二人がいる限り、聡史の出番は限りなく少ない。二人が中心となって本日の献立であるハンバーグが順調に仕上がっていく。


 仕込みが終わって、あとはハンバーグを焼くだけの段となったところで、桜からの着信が…



「お兄様、事情があって今日と明日はおジイ様の家に泊まります」


「そうなのか。美鈴とカレンが来ているぞ」


「それは残念ですが、こちらも色々と立て込んでいるので、お二人にはよろしく伝えてください」


「わかった。こっちは何事もなくやっているから、ジイさんとバアさんによろしく伝えてくれ」


 どうやら桜は、闘武館のダンジョン探索に明後日まで付き合うらしい。そんな事情になっているとはつゆ知らず、聡史は桜の不在を美鈴たちと母親に告げる。



「桜は何か用があるみたいで、今日と明日はジイさんの家に泊まるらしい」


「あら、そうなの。たぶん二人とも桜の顔を見たらこっちに帰したくなくなっちゃったんでしょうねえ~。ああ見えて結構な孫バカだから」


 もちろん母親も、桜が祖父の家でとんでもない状況に巻き込まれているとは知る由もない。桜がいない分、今夜は静かな夜が過ごせそうだ… とまあ、こんな具合に暢気に構えている。しかも美鈴とカレンがいるおかげで普段の何倍も華やかな雰囲気に変化している楢崎家は、母親の体調をますますいい方向にもっていっているよう。そんな時…



「ただいま~。おや、どなたかお客さんなのか?」


 玄関のドアが開くと、聡史の父親が帰宅。妊娠中の妻を思い遣って、本日も定時で仕事を切り上げるマイホ-ムパパがすっかり板に付いている。



「あなた、お帰りなさい。今日からしばらく美鈴ちゃんとカレンさんがウチに泊まってくれるのよ」


「そうなのか。家の中に花が咲いたような明るい雰囲気だな~」


 父親も二人を大歓迎。というか実の娘があんな調子なので、どこに出しても恥ずかしくない美人で優しげな美鈴とカレンに少々鼻の下を伸ばしている。あまり調子に乗ると、母親から張り倒されるかもしれない。


 こうして帰宅した父親も交えての夕食が始まる。



「おや、このハンバーグは我が家の味じゃないな。でもどこかで食べた覚えがあるぞ」


 一口箸をつけた瞬間、父親が首を捻っている。だがいつもと味が違う点に気付いたのは大いに良しとするべきだろう。



「親父、ハンバーグは美鈴が作ったんだぞ」


「あなたにしてはよく気が付いたわね。西川さんの奥さん秘伝の味よ」


「どおりで食べたことがある味だと思ったよ。美鈴ちゃんも西川さんの奥さんのように料理上手なんだな~」


 隣に住んでいた西川家とは家族ぐるみの付き合いだったので、もちろんしょっちゅう食事を共にいしていた。夕食を招き合ったことも多々ある。その時の味をこの父親は覚えていたよう。感心感心。



「まだお母さんには追い付いていませんよ」


「まあ、美鈴ちゃんたら、そんなに謙遜する必要はないのよ」


「うん、これは間違いなく美鈴のウチの小母さんと同じ味だよ」


 母親と聡史のグッドジョブ発言で美鈴も満更ではなさそうな表情。さらに父親が続ける。



「この味噌汁も我が家の味じゃないな~。でも美味い」


「そっちはカレンが作ったんだよ」


「お粗末様です」


 父親が気に入っている様子にホッとするカレン。逆に父親のほうは、息子のお嫁さんの手料理を味わう気分に浸っている。しかし問題となるのは、その候補がこの場に二人揃っていることだろう。だが聡史の両親はその最大の地雷には触れずにいる。聡史としては、両手を合わせたいくらいにありがたい話だ。


 食事が終わると、せめて後片付けくらいはと、聡史が皿洗いを買って出る。美鈴とカレンはリビングに場所を移して母親とのお喋りタイムに突入中。話題はもっぱらお腹の赤ん坊が大半で、さながら産院主催の母親教室のような雰囲気。


 ちょうど皿を洗い終える頃に、父親が台所に顔を出す。



「聡史、ちょっと書斎まで来てもらえるか?」


「いいよ、今ちょうど皿を洗い終わったところだから」


 二人で書斎に向かう。とはいってもここは父親が家に持ち帰った仕事を片付ける部屋で、近い将来は子供部屋に改装される運命にある。



「聡史、これを見てくれるか」


「何々?」


 デスクの上にあるノートパソコンの画面を覗き込む聡史。そのモニターに映るのは、西洋の鎧を集めたサイト。



「聡史の目から見て、どれが良さそうだ?」


「どれがって、一体どういう意味なんだ?」


 様々な種類の鎧が並ぶサイトを提示しながら、いきなり「どれがいい?」と聞かれても返答に困る。



「決まっているだろう。フルプレートは男のロマンだ。父さんはこれを身に着けて戦うつもりだぞ」


「戦う? どこで戦うんだ?」


「決まっているだろう。子供たちだけを危険な目に遭わせられん。父さんたちもダンジョンで戦おうと、みんなで話し合って決めたんだよ」


「みんなでって、誰と誰がいるんだよ?」


「二宮さんご夫妻と、中元さんご夫妻だ」


 二宮さんご夫妻=明日香ちゃんの両親。中元さんご夫妻=学の両親。どうやらこの地域の魔法学院生保護者ネットワークがいつの間にか出来上がっているらしい。



「イヤイヤ、子供が魔法学院に通っているからといって、その親がダンジョンに入らないといけない理屈は成り立たないぞ」


「ハハハ、実はな~… 4月から〔シニア向けダンジョン探索講習〕というのがあって、我が家と二宮さんと中元さんで一緒に参加していたんだよ。その後母さんは妊娠が判明したから外れているが、先々は3家族でパーティーを組んでダンジョンを探索しようと考えている」


「そんな講習があったのか。もしかして竹刀で素振りをしていたのも、ダンジョンに入るためだったのか」


 秩父ダンジョンではシニア層向けのダンジョン探索の講習会を毎週末実施している。この件に関して聡史たちが全く耳にしてはいなかったのは、不人気な大山ダンジョンではどうせ誰も集まらないという理由で実施が見送られた影響。



「まあ、そういうことだ。それでな、ダンジョンに入る装備なんだが、やっぱりフルプレートが格好いいだろう。どれを買おうか今迷っている最中なんだ」


「いや、あるよ」


「何があるんだ?」


「フルプレートの鎧くらいだったら、いくらでも持っているってこと。でも親父は、生まれてくる赤ん坊と母さんのために危険な真似はしないでもらいたいな」


「しっかり講習を受けているから、そこまで危険な真似なんかするつもりはないぞ。ところでフルプレートの鎧を持っているとはどういう意味だ?」


「しょうがない親父だな~。今この場に出してやるから、ちょっと待っててくれよな」


 と言いつつ、アイテムボックスを漁っては適当な品を探す聡史。



「この辺がいいのかな」


 よくわからないがワクテカした目で見つめる父親の目の前に、ド~ンと取り出したのはオールミスリル製のピカピカに輝く鎧一式。売りに出したら最低でも3千万くらいの価値はあるだろうという逸品であった。



「なんじゃコリャ~!」


 何もない所からいきなり目の前に現れたフルプレートの鎧を見て、父親の目玉はドコーン状態。口をパクパクしながら、白銀色に輝く鎧を見つめている。



「親父、せっかくだから、体に装着してみるか?」


「お、おう… 頼む」


 驚きのあまり口から単語しか出てこない父親に、聡史が手を貸しながらフルプレートの鎧を着せていく。



「ほら、もっと腹を引っ込めないと入らないぞ」


「ウゲッ、く、苦しい。ちょっと待ってくれ~」


 悪戦苦闘すること30分以上。ようやく体部分のパーツを装着し終えて、最後に頭を覆う鉄仮面のような兜を被せると出来上がり。すかさず聡史は…



「さあ、その格好で歩いてみようか」


 右足を一歩前に出そうとする父親だが、その一歩が中々前に出ない。



「お、おい、聡史。体が自由に動かないぞ」


「当たり前だろう。鎧だけで30キロ以上あって、盾と剣まで合わせると総重量は40キロを超えるんだ。こんな重たい鎧を身に着けて歩くだけでも重労働だぞ。まして戦うなんて論外だ」


「す、すまないが脱がしてくれ」


 あっという間に父親はギブアップしている。聡史はこのような結果になると見越して、わざわざ父親にフルプレートの鎧を着せていた。この鎧の重さに慣れて自由に動けるまでになるには相当に長い期間の訓練が必要なことなど百も承知。これはまさに聡史による父親のアホらしい思考を諫めるスパルタ指導であった。


 たっぷり20分ほど時間を掛けて鎧を脱ぎ終えた父親は、汗ビッショリで相当に消耗した様子。脱ぎ終わった途端に力なく椅子にヘタリ込んでいる。



「親父、これでわかっただろう。ダンジョンに入るのは諦めて、母さんの傍にいてやれよな」


「ハアハア… し、仕方がないからフルプレートは男のロマンと割り切ろう。だが明後日に一緒にダンジョンに出向こうと、二宮さんや中元さんと約束しているんだ」


「なんだって~」


 聡史としては頭を抱えざるを得ない。いい年をした中年パーティーがダンジョンに入っていくなど、聡史に言わせると命を捨てに行くようなもの。管理事務所の講習がどの程度の内容かは知らぬが、ちょっと訓練したくらいでいい気になっている親たちを諫める必要がある。ここで一考を巡らした聡史はひとつの提案を行う。



「わかった、では明後日のダンジョン行きには俺が同行する。しっかり監督してダンジョン探索のイロハを叩き込むからな。それから明日は土曜日だから親父は仕事が休みだよな。丸一日かけて訓練するぞ」


「おお、そうか。聡史が一緒だったら心強いな」


「その前に親父のステータスを見せてくれ」


「ああ、いいぞ。ステータス・オープン」



  【楢崎 康史】  43歳 男


 職業      メタボ剣士


 称号      …


 レベル        1


 体力        39


 魔力        28


 敏捷性       27


 精神力       45

 

 知力        52


 所持スキル    処世術ランク4  剣術ランク3


 ダンジョン記録  …

 


 大した運動をしていない中年サラリーマンの平均的な数値が浮かび上がる。スキルにある剣術はまだしも、処世術というのは会社で出世するのには必須なのか? ダンジョン探索には一切役立ちそうもないのだが… その他で言及するとしたら、やはり職業だろうか。メタボ剣士では、ちょっとヒドすぎる気がしてくる。



「親父、すまん。ちょっと笑いが込み上げてしまった」


「いいんだ。自分でも日頃の運動不足を痛感している」


 二人の感想はやはりメタボ剣士に集約されている。その響きからして、どこにも強さを感じさせない思わず脱力してしまいそうな職業に相違いない。苦い笑いを浮かべる父親に対して聡史が続ける。



「もしかしたら美鈴とカレンにも協力を仰ぐ必要があるかもしれないから、今日中に話を付けておくよ」


「そうか、応援が多い方が何かと心強い。それではよろしく頼んだぞ」


 こうして桜に続いて聡史までもが、期せずして秩父ダンジョンへ出向くことになるのであった。

聡史たちがまったく知らないうちに出来上がっていた魔法学院保護者ネットワーク。次回は父親の訓練や二宮家の話題などになりそうです。あの明日香ちゃんはどれだけダラけた夏休みを過ごしているのか…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 300回突破おめでとうございます! 展開のバリエーションが多彩なのと無駄に引っ張らないのでとても楽しく読んでいます。 [気になる点] 秩父ダンジョンは人気ですね。 魔法の使い手がいない分無…
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