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299 闘武館の初ダンジョン 2

怪物ジジイを連れてダンジョンに入る桜は……

 ダンジョンの入り口をくぐって転移魔法陣へと向かう桜に対して、学が疑問に満ちた目を向けてくる。



「桜ちゃん、皆さんがいくら戦い慣れしているとはいってもやっぱりダンジョン初心者なんだから、1階層から順番に案内したほうがいいんじゃないの?」


「そこなんですよねぇ~。私も最初は学君と同じように考えていましたわ。でもあのレベル3600の怪物を1階層で好きなように暴れさせたら、一般の冒険者や魔法学院生に多大なる迷惑がかかりそうなんですよ。人が多い場所に放し飼いは厳禁と判断しましたわ」


「た、確かに。僕だって師範が隣で本気で戦い出したら、無事に生き残っていける自信はないよ」


「当たり前ですわ。そんな自信は私にもありません。ともかく人が少ない階層に連れ込んで、周辺被害を最小限に留める必要がありますわ」


「そうだね。僕も桜ちゃんの意見に賛成だよ。それでどこに行くつもりなのかな?」


「ひとまずは6階層にしますわ。5階層にボス部屋がありますから、そこを通過して降りてくる人はグッと少なくなるはずです」


「わかったよ。大山の6階層と同じだったら僕一人でも十分何とかなるし」


「頼もしいですわ。学君にはとっても期待しています。それでは行きましょう」


 学も納得したし、桜は全員を転移魔法陣の前へと連れてくる。いきなり魔法陣を見せられた茜と門弟は、ダンジョンという地球とは全く別の原理が働いている環境を目の当たりにして気持ちを引き締めている。



「桜、魔法だの魔物だのというのはお伽噺かSFの世界だけだと思っていたが、こうして魔法陣なんて代物が目の前にあると本当にダンジョン内は別世界なんだという実感が湧いてくるぞ」


「お姉さま、そこが最も重要ですわ。地球の常識が通用しないと思って掛からないと思わぬ怪我をしますから」


「ああ、その通りだ。ところでこの魔法陣でどうするんだ?」


「こちらの転移魔法陣は…」


 桜は魔法陣を利用して各階層を行き来する仕組みを全員に説明する。もちろんジジイはハナホジ状態で聞いちゃいない。本当にこのジジイは一体どうしてくれようか… と頭を悩ます桜。


 見ているだけというわけにもいかず、とにかく実際に転移魔法陣に乗って予定通りに6階層へ。



「この階層に登場する主な魔物はオークになります。時折単体ではなくて2~3体一度に出てくることもありますから、斥候を務める森田兄はしっかりと気配を察知してください」


 門弟の中に兄弟がいる。その兄が気配察知が得意ということもあって事前の打ち合わせ通りに斥候役を務める。ちなみに弟のほうはセカンドアタッカーの役割。最初のアタッカーと時間差をつけて討ちかかって、最終的に短槍でトドメを刺す担当だ。



「桜お嬢、任せてくれよ。それじゃあこっちの通路を進んでいけばいいんだな」


「ええ、結構ですわ」


 こうして通路を歩くこと5分、ついに森田兄が最初の気配を掴んだ。もちろん彼が気付く以前に、とうに桜とジジイはこの先に何がいるのかを感知しているが、敢えて口は出さないようにしている。



「何か来るぞ。足音からして単体だ」


「よし、岡本、頼んだぞ」


「おう」


 茜の指示で盾を手にする岡本が前に出て、やや腰を落とし加減で構える。その間にアタッカー陣は剣を鞘から引き抜いていつでも飛び出せるようにその時を待つ。緊張感に包まれた数秒が経過すると、通路の曲がり角から姿を現したのは桜の話通りのオークであった。



「本当にイノシシの化け物だな。ヨシ、いつでもきやがれ」


 岡本の言葉を待つまでもなく、オークは牙を剥き出しにして雄叫びを挙げながら突進開始。その動きに合わせて岡本も盾をガッシリ構えたまま体当たり気味に突っ込む。


 体格だけを比較するとオークは岡本の1.5倍ほど。普通ならば体格差だけで吹き飛ばされそうなものだが、岡本はギリギリと歯を食いしばりながらその巨体を押し留める。しゃにむに盾を殴りつけながらなおも前進しようというオークだが、岡本は古武術の有段者。ただ単に押し留めるのではなくてオークのバランスが崩れかけた瞬間、盾ごと体を横に開いて突進しようという勢いを躱す。まるでつっかえ棒が外されたようにオークはバランスを崩して、そのまま頭から石造りの床に派手に転倒していった。



「今だ」


 そこへアタッカーを務める早田と相沢の2名が剣と槍を携えて突き掛かる。見事オークの首の後ろ側に相沢の槍の穂先が刺さり、続いて早田の剣が背中から心臓部分に突き立てられる。この結果オークは討ち取られて、その場で息を引き取った。



「いい感じですわ」


 予想以上に連携力もあって、更に盾役の岡本の咄嗟の機転でオークを床に転がすなど、魔物との初対戦の手際はダンジョン初心者とは思えないレベル。やはり古武術の修行に明け暮れてきた者たちの鍛錬の成果といえよう。



「桜、相手が単体だったら今のままでいいかもしれないが、複数で登場してきたらどうするんだ?」


「そうですねぇ~。もうひとり盾役を決めておきましょうか。本来なら複数の魔物に対しては初っ端に魔法を撃ち込んで数を削っておくのが鉄則ですが、先程も申した通りこのパーティーには魔法使いがいませんからね~」


「学少年は手を貸してくれないのか?」


「私と学君は数日経てば魔法学院に戻るんですよ。アテにされても困りますわ」


「そうか… どうやら桜が言っていた『肉弾戦で対処』という意味がわかってきたぞ」


 一般の冒険者パーティーには魔法使いが所属するケースは10組にひとつ程度の割合。ほとんどのパーティーはこういった具合に肉弾戦で戦っている。その点でいえば各パーティーに魔法使いが配置されている魔法学院生は恵まれた立場かも知れない。だが頼朝たちのように、いまだ魔法使いに頼らずに肉弾戦だけでレベル100まで上り詰めた猛者がいるのも事実で、このような戦い方が一概に悪いというわけではない。要はそのパーティーごとのスタイルを確立できれば問題はない。


 ちなみに桜は、茜や門弟たちに「最初は古武術の技術を封印して基本的なダンジョンの戦い方を身に着けろ」と申し渡してある。最も安全確実にパーティーで魔物を倒すマニュアルを身に着けて、応用が可能になった段階で古武術の技術を活用するようにと伝えてあった。


 こうして桜が闘武館パーティーの指導にかかりっきりになっていると、面白くないのは放置気味のジジイだ。孫や門弟たちが懸命に不慣れな戦い方を身に着けようと悪戦苦闘する中、フラフラとその辺を散歩するかの如くにどこかへ消えていく。ジジイの気配察知は桜よりも数段上。桜すら魔物の足音や息遣いに気付かない距離でもその存在を感知しており、気配を消して勝手に討伐に出向いていつの間にか戻ってくるの繰り返し。当然こんなマネをしていれば、どんな達人でもいずれは足がつく。


 何回目かわからないがまた勝手にその場を離れようとした時、ようやく桜が後ろ向きに歩き出すジジイに気が付いて呼び止めた。



「おジイ様、どこに行こうとしているのですか?」


「いや、だってワシひとりヒマだし」


「暇だからといって勝手な行動をしないでいただきたいです」


「良いではないか。桜は茜たちと一緒にやっているがよい。ワシは一人で勝手にさせてもらうぞい」


 我慢が効かないワガママジジイがいよいよその本領を発揮しだした。桜が最も心配していた危機が現実のものになろうとしている。



「おジイ様、勝手に動いたら迷路のようなダンジョンの中で道を見失います」


「それもそうよなぁ~。よし、道案内役に学少年を連れていくとしようかのぅ~」


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 今度は学が恥も外聞もなく絶叫を挙げる番であった。こうしてパーティーで活動していれば、まだ桜や茜というストッパーが辛うじてその役目を果たしてくれる。だがそこから離れてジジイとサシでダンジョン探索を行うなど、いってみれば自殺行為に等しい。



「おジイ様、何とか思い留まっていただけませんか?」


「イヤじゃよ。ワシは学少年と一緒にその辺を適当に回ってくるから、お前たちは勝手にせい」


 言い出したら聞かないジジイが学の肩を掴んで離さない。これはもうジジイに目を付けられた学は、自分の運命を呪うしか道はなさそう。



「学君は10階層までのマップは持っていますか?」


「さっきカウンターでもらいました」


「それではくれぐれも安全に留意しておジイ様と一緒に行動してください。12時になったら昼食を摂りますから、一旦管理事務所に集合ですよ」


「そ、そんなぁぁ~」


 桜は心の中で学に手を合わせながらも、口では何とも冷酷な通達を申し渡す。仮にこのジジイとの同行で生きて戻ってくれば、それはそれで学にとって得るものが大きいはずと判断している。子供を谷底に突き落とす親獅子の心境かも知れない。だがどうやら学は桜によって切り捨てられたという絶望的な思いに駆られている。確かに桜の判断はムゴい、あまりにもムゴすぎる。



「あっ、そうでした。学君」


「桜ちゃん、何?」


 桜の助けが入るのかと期待した目を向ける学。



「おジイ様が魔物を倒した際のドロップアイテムを回収しておいてください。このマジックバッグを預けておきますわ」


「はい…」


 涙目でマジックバッグを受け取っている学がいる。果たして昼に五体満足で管理事務所まで戻れるのか? 



「ガハハハハ、学少年よ、案ずるでないぞ。あのようなヒヨッコ共と一緒にいるよりは、このワシといたほうが間違いなく安全じゃ。魔物など近付いても来んわい」


「・・・・・・」


 学の心の中ではジジイに対して「違うんです。そういう心配をしているんじゃなくって、師範の戦いに巻き込まれるのが心配なんです」という内容を声を大にして叫びたいはず。だが依然ジジイに肩を掴まれたままで身動き一つできない学に一体何が出来ようか。


 こうしてジジイの後ろをついていきながら学は桜たちと袂を分かつ。涙目になってトボトボ歩く後ろ姿は、普段よりもさらに一回り小柄に映るのであった。







    ◇◇◇◇◇






 桜たちとは別れてジジイのお供を仰せつかった学。普段の何倍も警戒しながら通路を歩いている。というよりもいつ何時ジジイが戦闘態勢に入るのかわかったものではないのでビクビクしっ放し。その時…



「学少年、前からやってきおったわい。ワシの背中に隠れているがよい」


 そう言われて素直に従う程学は命知らずではなかった。素早く後退してジジイとは50メートルほど距離を置き、周辺に魔物の気配がないか確認しながら通路の壁にへばりついている。


 やがてジジイの背中越しに突進してくるオークの姿を学も捉えている。棍棒を振り上げて襲い掛かろうと真っ直ぐ突っ込んでくるオークだが、不意にその姿が高速で遠ざかっていく。ジジイはといえばその場に自然体で突っ立ったまま。両者の遭遇で何があったのか学の目には捉えられなかったが、ジジイはオークが殴りかかってきた棍棒を振り払いつつ、前蹴りを胴体に叩き込んでいた。その動きがあまりに早すぎて、学の目が追い付かなかっただけ。



 ブモォォォォォォ


 リアルに砲弾が発射されたような速度でオークは吹き飛んで、そのまま通路の奥に消えていった。



「学少年、このような他愛もない相手を恐れるとはまだまだじゃぞ。さあ、行くか」


 ジジイには学が何を恐れていたかなどテンでわかっちゃいない。ともあれなんとか無事にオークとの戦いとも呼べぬ何かが終わったのを確認すると、再び学はその後ろをついて歩き出す。しばらくするとジジイはメインの通路を外れて脇道へ入っていく。



「師範、こちらの道はメインの通路ではありません」


「ふむ、学少年の意見ももっともじゃが、この先で人間が魔物とやり合っておる。声の感じだと相当苦戦しているようじゃ」


「えっ、でしたら助けに行かないと」


「まあそうじゃろうな。ひとまずは向かってみるか」


 再びジジイを先頭にやや足を速めて歩く学。5分ほど狭くなっている通路を進むと、確かにジジイが言う通り前方から人の声が聞こえてくる。この怪物ジジイがいたからこそ物音に気が付いてこちらの方向に向かってこれたが、通常の冒険者たちでは何も気づかないままに通り過ぎていただろう。さらに近づいてみると、女性だけのパーティーが3体のオークに取り囲まれて苦戦を強いられている。そのうちのひとりはどうやら戦闘中に怪我を負って動けない様子。



「師範、僕が助けに向かいます」


「うむ、良いじゃろう」


 ジジイは腕組みして立ったままで頷いている。許しを得た学はオークに気付かれないよう気配を殺しつつ、可能な限り素早く接近を図る。近付いてみてわかったのだが、オークに取り囲まれているのは学とさして年が変わらない女子六人組のパーティーのよう。


 学から見て一番近くにいるオークは背後から接近する彼に気付かないまま、今にも手にする棍棒を振り下ろそうとしている。学はそっと近づくと、棍棒を握る肘の辺りに手を掛けて、グッと手前に引き寄せた。膂力は学が勝っている。オークの巨体がバランスを崩して一歩後退しようとするその足に同時に足払いを掛ける。


 ズーン


 鮮やかにオークの体は仰向けのまま床に倒れ込んだ。学は桜の教え通りにオークの首元に踵を落としてそのまま踏み砕く。たったそれだけで最初のオークは事切れていた。


 

「下がって!」


 学の声に驚いた表情を浮かべるのは、今倒したばかりのオークと対峙していた女子。だが瞬時に応援が現れたと判断して壁際に身を寄せる。幅2メートルほどの狭い通路の先には1体のオークに対峙して懸命に剣で応戦する2名の女子の姿が。



「僕に任せて」


 そのまま二人の背後から飛び出す形となった学。だがオークは突然登場した新たな敵に後手を踏む。そんな隙を学が見逃すはずもない。オークの胴体にミスリルの籠手に包まれた右手の一撃を叩きこむと、前のめりになった巨体にこちらも足払い。ドウと音を立てて頭から床に倒れ込んだオークを飛び越えながら、背後にいる女子に一言。



「トドメを刺しておいて」


「「は、はい」」


 倒れたまままだ起き上がらないオークであれば、剣を手にする女子でもトドメを刺すのは容易なこと。彼女たちは何が起きたのかわからないまま剣を突き立てる。


 その間に学はさらに前方でオークに対峙している二人に大声で警告。



「壁際に退避してくれ!」


 その声に驚きつつも、彼女たちが左右に分かれて壁に張り付いた刹那…



「アイスアロー」


 学の手から氷の矢が撃ち出されてオークの胴体を貫く。学はさらに次々とオークに追撃の矢ぶすまを加えていく。胴体から5本の氷の矢を生やしたオークは完全に戦意喪失して今にも倒れそう。



「トドメを刺して」


「は、はい」


 こちらも動きを止めたオークに剣と槍を突き立てて無事に討伐を終える。学が振り返ると、最初に救助した女子が倒れて頭から血を流している女子を抱きかかえようとしている場面。



「動かさないで! 応急キットで止血を急いで」


「はい」


 思い直したように彼女は抱きかかえようとしていた手を止めて、背中のリュックから応急キットを取り出して流血する額にガーゼを当てながら止血帯を巻き始める。どうやら倒れているのは魔法使いタイプの女子のよう。大方前方の2体のオークに気を取られている間に、新たに登場した1体にバックアタックを食らったのだろう。


 怪我人の止血が終わる頃には、討伐したオークの死体はダンジョンに吸収されて消え去っていく。その段階になってようやく女子たちは落ち着きを取り戻したようで、学に向かって向き直る。



「助けていただいて、ありがとうございました。私たちは第11魔法学院の〔フロンティア・シックス〕というパーティーで、私はリーダーを務める長坂真由美です」


「やっぱり魔法学院の生徒さんでしたか。僕は第1魔法学院1年中本学です」


「えっ、魔法学院の方でしたか。しかも第1だなんて… ひとりでオーク3体を難なく倒せるのも、なんだか納得してしまいます。しかも体術と魔法の両方が使えるなんて、私たちからしてみれば考えられません」


 真由美が学を見つめる瞳が一段と眩しく輝やく。学は私服姿だが、フロンティア・シックスは毎日学院で見かける演習服。たぶんそうだろうと予想がしていたが、やはりここ秩父にある今年開校したばかりの魔法学院の生徒であった。それよりも彼女たちの第1魔法学院に対する認識がちょっとおかしい。確かにとんでもない生徒が揃っていないとは言い切れないが、全員が全員そういうわけではないのだ。


 しばらく周囲を警戒しながら気を失っている女子生徒の様子を見ていると…



「怪我人の意識が戻ったようですね。歩けそうですか?」


「まだ朦朧としていて、ちょっと無理みたいです」


「それでは僕が転移魔法陣まで運びますから、皆さんは周囲を警戒しながら付いてきてください」


「はい、何から何までありがとうございます」


 ということで、他のメンバーに手伝ってもらいながら、学が怪我人を背中に背負う。傍らに立つジジイに向かって…



「師範、申し訳ありませんが、彼女たちを一旦地上まで送っていきます」


「よいよい、人助けはいずれ自らの身に返ってくるもの。ワシも用心棒がてら付き合うとしようぞ」


 いやいや、用心棒にも程があるだろうに… レベル3600オーバーの用心棒なんて本当に必要だろうか? とあるゲームに登場する召喚獣のキャラである〔ヨウジンボウ〕はお金次第で魔物を一刀両断してくれるが、こちらの用心棒は頼まれたらラスボスでも鼻歌交じりにひと捻りにするはず。


 ジジイはともかくとして、来た道を戻っていく学に対して真由美を筆頭にフロンティア・シックスのメンバーが盛んに声を掛けてくる。



「中本君、大丈夫ですか? もし重たいようでしたら、私たちが交代で背負いますから」


「このくらい全然平気ですよ」


「それにしても中本君って動きがすごかったけど、レベルはどのくらいなの?」


「今は50ちょっとくらいかな」


「やっぱり違うよね~。私たちはあともう一息で30に手がかかる所だし、比較にならないわ」


 いやいや、開校したばかりの新たな魔法学院に在籍しながら、夏休みに入ったばかりのこの時期に間もなくレベル30というのは、かなり優秀な部類ではないだろうか。学が在籍する魔法学院の1年生でも、他のクラスの生徒たちは概ね似たり寄ったりの状況だろう。学がこうして一歩も二歩も先を進んでいるのは本人の努力もさることながら、厳しくも優しいEクラスの先輩たちのおかげでもある。



「はぁ~… こう見えても私たちはAクラスではトップのパーティーなんだけど、中本君を見ているとなんだか自信を失っちゃうな。ねえ、中本君ももちろんAクラスなんでしょう」


「ううん、Eクラスだよ」


「ええ、そんな嘘はヤメてよ。Eクラスでこんなに強いんだったら、第1のAクラスなんてどうなっちゃうのよ」


「え~と… 定期テストの平均点では敵わないけど、実技だったらEクラスが一番だよ」


「それってどういうこと?」


 フロンティア・シックスの頭の上には大量の???が浮かんでいる。通常であれば魔力や運動能力に恵まれた生徒が集まるAクラスこそが魔法学院の花形クラスであるはず… という思い込みから抜け出せない彼女らに、学が所属するEクラスの実態などわかり様もない。更には後輩を指導する化け物みたいな先輩たちなど、おそらく理解の範疇を超えているであろう。



「ウチの学院ではEクラスのほうが実技は優秀なんだよ。すべては2年生の先輩たちのおかげだけど」


「第1の2年生といえば、デビル&エンジェルとかブルーホライズンなんて有名なパーティーがあるわよね」


「そうそう、去年の八校戦を圧倒的な強さで優勝したって噂は私たちの耳にも聞こえてくるわ」


 どうやら聡史や桜だけではなくて、ブルーホライズンも他の魔法学院で噂に取り上げられているらしい。確かにトーナメントは圧勝続きで他を寄せ付けない強さを見せつけた記憶がある。



「そのデビル&エンジェルやブルーホライズンも2年生のEクラスなんだ。ああ、そうだった。西川先輩とカレン先輩だけはAクラスだった」


「それって、どうなっているの? 八校戦で優勝する人たちなんて、普通は全員Aクラスに編入させるよね」


 そりゃ~、他のクラス担任が辞表をチラつかせてまで受け入れを拒否したとか、東先生の毛根が日に日に元気を失って逝っているとか… そんな学院の内情など学ですら知る由もない。ましてや他校の生徒なら尚更。



「なんでそうなっているのかわからないけど、先輩たちが色々とシゴイてくれるおかげで、僕たちは自然と強くなっているんじゃないかな」


「そうなんだ… わたしもデビル&エンジェルやブルーホライズンの方々と一緒に訓練してみたいな~」


 言うは易し、行うは難し… ということわざがある。学からしたら「日常的に死に掛ける地獄を見たいなんてどんな物好きか」と言ってやりたいが、ちょうど転移魔法陣に到着したのでここで一旦会話が途切れた。


 管理事務所に向かうと怪我人は一旦医務室に収容されて救急車の手配が要請される模様。おそらくは外傷と脳震盪であろうという医務室の担当医の見立てではあるが、精密検査を受けてみないとまだ安心はできない。



「中本君、本当にお世話になりました。改めてお礼がしたいから、アドレスを教えてもらえませんか?」


「うん、いいよ」


 学は大して考えもなしにメールアドレスを手渡す。この時点で彼女たちにロックオンされているとは本人はまったく気づかないまま、盛大にフラグを立ててしまったよう。



「それでは改めてメールでお礼しますね。それから怪我をした美香もお礼を言いたいと思うから、中本君のアドレスを教えていいかな~?」


「うん、いいよ」


「それじゃあ、次に会う時は八校戦だね」


「そうだね、まだ出られるかどうかわからないけど、お互いに頑張ろう」


 こうして学は、ウズウズしながら飲食コーナーで渋茶をすする師範の元に戻っていく。その後ろ姿を見送る真由美は、学から受け取ったメモ書きを大事に仕舞い込んで小さくガッツポーズするのであった。

ひょんなことから学にフラグが… この先学はどうなるのか、桜はどうするのか、中々目が離せない展開が待って待っていそうな予感。その前に学にとっては、ジジイとの同行を無事に乗り切れるかという大きな試練が立ちはだかって…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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