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298 闘武館の初ダンジョン 1

茜に唆されて、道場運営資金のためダンジョン探索に乗り出そうと動く桜は…

 茜からの相談を終えて家に戻った桜。夕食後に自室に籠ってアイテムボックスの中身を総ざらいする。茜から要請された物品の数が揃うかどうか確認しているのであった。



「う~ん… 短剣や槍はいくらでも数がありますが、盾と防具は不足しているようですね~。先日1年生に気前よく大放出してしまって、手元にはほとんど残っていませんわ」


 魔石を除くと、ドロップアイテムとして得られる品目で最も多いのは魔物が手にする武器、つまり剣や槍となる。これは人型の魔物が手にする武器がそのままドロップアイテムとなるため。対して防具や盾を身に着けている魔物が少数なので、こちらは比較的レアといえよう。手に入りにくいだけに、品薄な分かなり高額で取引されているというのが現状。



「仕方がありませんから、防具と盾に関しては管理事務所の売店で調達しましょう」


 ダンジョン管理事務所に併設されている売店で手に入る物品もあるので、桜は足りない物に関してはそちらで済まそうという腹積もり。これで装備は何とかなるとして、問題は門弟たちのダンジョンでの戦い方。彼らは道場で1対1、もしくは1対多数という形式での組み手を繰り返しており、ひとりひとりの戦闘能力には問題はないだろうと想定される。


 では何が問題かというと、それは味方が多数の際の連携にある。個人の武術を磨いてきた門弟たちに味方同士で連携しながらの戦闘を覚え込ませる過程で、おのずと新たな問題が生じてくるのは間違いなさそう。もちろんゴブリン相手程度ならば門弟たちの潜在能力で何とかするだろうが、より強い魔物と対峙した際にいかに連携によって効率よく倒すか… この点はスタミナの温存を図る意味でも重要になってくる。



「やはり何回か私が同行するしかありませんわね」


 桜としては実家に戻ってきたこの機会にもっとのんびり過ごすつもりであったのだが、道場の資金不足という差し迫った危機を回避するためには一肌脱ぐしかないと決心した模様。ということで、明日の準備を終えてから桜は眠りに就くのであった。






   ◇◇◇◇◇





 翌日の桜は、午前中のうちに道場へと向かう。茜から早い時間に来るように申し渡されていたため、午後から顔を出す予定の学とは別行動。門に入ってそのまま母屋へ向かって呼び鈴を押すと、待ちかねた表情で茜が出てくる。



「桜、よく来たな。そのままジジイに話をするぞ」


「話とは一体?」


「門弟を連れてダンジョンに入る許可を得ないと、さすがに不味いだろう」


「ええ! おジイ様に許可を得ていなかったんですか?」


「だから桜も一緒に頭を下げてもらおうかと思ってな」


 なんと勝手な茜の言い草。これにはさすがの桜も呆気に取られている。聡史がこの家に顔を出すのを躊躇う理由がなんとなく頷けてくる。よりによってあの怪物ジジイ相手に一緒に説得を試みろとは「ひとりで数万の敵に突撃しろ」と言われるに等しい。



「なんで私まで巻き添えにするんですか? これは師範代としての茜お姉さまの仕事でしょう」


「まあそう固いことを言うなって。私と桜の仲だろう」


 見事なまでのジャイアン気質、さすがの桜も茜に気押されてタジタジとなっている。こんな人間がまだまだいるんだから、世間は実に広いというべきかもしれない。



「ほら、ジジイは床の間で茶を飲みながら掛け軸鑑賞している。1日の中で一番機嫌のいい時間だから、許しを得るのは今しかないぞ」


「行きたくありませんわ」


 イヤイヤする桜の手を無理やり引いて茜は床の間に向かう。



「師範、差し当たってご相談したい儀がございます」


「茜か、どうした? 遠慮せずに入れ」


 ふすまを開くとそこには掛け軸を手に取ってニマニマしながら眺める祖父の姿がある。傍らの座卓に置かれた湯飲みの茶を口に含みながら、畳に広げてある数点の掛け軸に視線を走らせている。お盆の時期が近いこともあって、大方秘蔵の収集品の中から大勢集まってくる親戚にどの品をお披露目しようかと考えているのだろう。外見は白髪半分の髪を総髪にまとめあげ、ほぼ真っ白な口ヒゲは伸ばし放題の仙人のような風貌だが、道場を離れると表情が緩んでなんとも好々爺とした佇まい。確かに茜の証言通り機嫌は良いよう。


 仙人… もとい、ジジイはふすまの向こうから現れた二人に視線を投げかける。



「桜まで一緒とはどうした?」


 母屋での呼び方は「おジイ様」が当たり前。だが茜がわざわざ「師範」と呼んだには相応の理由があるはずで、当然道場関係の用件に相違ない。にも拘わらず桜が同席する点がジジイには如何にも解せない表情。



「師範、道場の運営に関しましてご相談がございます。ここ数か月道場の財政は火の車で、門弟たちがアルバイトに出て何とか食費を稼いでいる有様です」


「うむ、その件に関してはワシも少々腹に据えかねておるわい。あのバカ息子をそろそろ怒鳴りつけようかと思っておった」


「師範、さすがにそのような短慮に及びますれば、あまりの恐怖で父が心臓発作を起こして他界する懸念が御座ます。いくらクソオヤジであっても血を引く者がみすみす命を散らすのは見過ごせません。そこで道場の経費を賄うために、ここにおります桜が画期的な提案を携えてまいりました。どうかご一考いただければ幸いです」


「画期的な提案とな? いかようなものか、桜、述べてみよ」


 桜の表情は茜に対する「この裏切り者!」という怒りに震えている。同席するだけと言いながら、肝心の話をする段を見事なまでに丸投げとは、いくら桜でも腹に据えかねるのは致し方なし。だがジジイに「述べてみよ」と言われたとあっては、これを無視するなど以ての外。



「おジイ様、それでは私の意見を話させていただきます。現在私は魔法学院に通いつつダンジョンの攻略を行っております。魔物を倒した際に得られるドロップアイテムを換金すれば、アルバイトなどよりもはるかに効率よく現金が得られます」


「ふむ、ダンジョンというのは耳にしておるが、如何なるものかよく知らん。今少し説明してみよ」


「はい、ダンジョンには魔物が登場してきます。それを討伐すれば、ドロップアイテムが得られます。ただし魔物相手の戦いは常に危険が伴います。いわば命懸けの実戦が連続する厳しい場所です」


「命懸けの実戦とな」


 ジジイの目がクワっと見開かれる。何か怒りでも買ったのかと桜が身を固くすると、ジジイの口から思いもよらぬ言葉が吐き出される。



「良かろう、門弟たちにも実戦を経験させる良き機会となろう。ただし条件がある!」


「じょ、条件でございますか?」


 桜の目は不安でいっぱい。どんな条件が付きつけられるのかを考えると、今にもこの場から逃げ出したくなっている。そのまま身を固くしてジジイの応えを待っていると…



「ワシも連れていけ」


「はっ?」


「ワシも一緒に連れていけ。久しぶりに命懸けの実戦とやらを楽しみたくなってきたわい」


「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」


 桜と茜の驚愕の叫び声が見事なハーモニーを奏でている。この限度を知らない怪物ジジイをダンジョンに解き放つとなれば、下手をするとダンジョンごと崩壊しかねない。それほどまでに危険極まりない行為であった。


 だが二人の気持ちなど一切考慮に入れてはいないジジイは、久方ぶりの実戦とあってワクワクテカテカした表情。さすがは若い頃に戦いの場を求めてベトナムに密入国して、当時米軍と血みどろのゲリラ戦を展開していたベトコンに加担しただけのことはある。その経歴は学院長のような正規部隊ではないので記録には残らないが、ベトナム戦争において米軍が無条件撤退に追い込まれた原因の一助にはこのジジイの縦横無尽の活躍があった。もちろんジジイ本人には思想だの信条だのは一切関係がない。ただ単に命の遣り取りが思い残すことなくできる場所を選んで個人でベトナム戦争に参加したという信じがたい歴史であった。


 もちろんジジイの活躍の場がベトナムだけに収まるはずもなく、その後のアフガン戦争では当時のソ連を相手取ってリアルランボーのような激しいゲリラ戦に身を投じたり、コンゴ内戦やエチオピア紛争などのアフリカの紛争にも当然のように参加していた。一番目新しい所では旧ユーゴスラビアで発生したコソボ内戦にも単身で乗り込んだという噂も残される。もし今回のダンジョン行きがなかったら、コンビニにタバコを買いに行くような感覚でふらっとウクライナに出掛けていたかもしれない。


 当然ながらこんな祖父のバトルジャンキーぶりを幼い頃から聞かされていた桜や茜は、その恐ろしさを骨の髄までしみこむ程に知っているのであった。自ら戦場に飛び込んでいくような物騒な祖父をダンジョンに連れていくのがいかに危険か… その影響がどうなるかは正確な予想はつかないが、どう考えても無事には済まないことだけは確定している。


 この時点であの桜が涙目になっている。こんな過激なジジイを連れてダンジョンに行かなければならないとは、当初の想定の範囲を天元突破どころではない。だがジジイの機嫌を損ねると、せっかくのダンジョンでの運営資金稼ぎが暗礁に乗り上げるのも事実。



「わかりましたわ。おジイ様にも同行していただきます。ですがくれぐれも勝手な真似はしないでくださいませ。ダンジョンでは他の多くの冒険者の方々が活動していますから、その方たちに万一にも迷惑をかけないでください」


「ああ、わかっておるわい。桜が心配することではないから、ワシに任せて安心しておるがよい」


 事ここに至っては、桜には不安しかない。だがさっそく明日の朝一番から、秩父ダンジョンに行ってみようという話がまとまる。気の短いジジイは「命を懸けた実戦」と訊いただけで今にも飛び出していきそうな勢いであったが、何とか桜と茜の懸命の説得で明日まで時間の猶予を勝ち取っていた。こうなるともう後戻りはできない。この状況に桜は覚悟を決めるしかなかった。






   ◇◇◇◇◇






 翌日の早朝、桜はジジイの家へとやってきている。隣には完全に巻き込まれた形の学が立っている。桜からさして事情を説明されぬままに呼び出されており、これから何が始まるのかやや不安な表情。桜としては本当ならばジジイのストッパー役として聡史を指名したかったのだが、本人から「主婦業に専念する」と体のいい断りを受けていた。


 庭にはダンジョン探索に本日参加する門弟が5名、揃いの迷彩色の作業着姿で整列している。昨日のうちに国道沿いにあるガテン系の方々御用達の衣料品店で購入したものだ。だが作業着とバカにしてはいけない。品物にもよるが、中には各国の正規軍が採用している戦闘服と同じ生地で仕立てられた逸品があるのだ。もちろん数か所の大型ポケットや重たい物品をぶら下げるために頑丈に作ってあるベルト通しなど機能性や着心地なども十分以上に確保されており、ダンジョンに入る服装としてはうってつけといえる。


 それから門弟たちが腰にぶら下げてたり背中に担いでいる得物だが、昨日のうちに事情を説明して各自の手に馴染む短剣や短槍を選ばせている。もちろん桜のアイテムボックスに収蔵されていた品々で、最低でも神鉄を用いた業物となっている。販売価格にしたら一振り100万は下らないが、どうせ売れずにアイテムボックスの肥やしにするくらいだったら有効活用したほうがまだマシだ。


 

「「「「「師範、おはようございます」」」」」


 玄関から出てくる茜とジジイの姿を見て彼らが一斉に深く一礼。だが玄関を出てきたジジイは、普段通りの道着と袴姿で雪駄履き。桜のアドバイスを基に周到な準備をした門弟や茜とは対照的な姿でこれからダンジョンに臨もうとしている。一応茜も意見したらしいが、ジジイに「この姿が最も動きやすい」と一蹴されたらしい。



「うむ、これから貴重な実戦の場に向かうゆえに、そなたらは抜かりなく戦うがよかろう」


「「「「「はっ、ありがとうございます」」」」」


 どこかの軍隊よりも規律が行き届いている。この分ならば集団戦への対応もさほど問題ないかもしれない。


 一行は本橋家所有の2台のワゴン車に分乗して秩父ダンジョンへと向かう。免許取得2年目の茜が運転する高級ワゴンには、2列目の座席に桜と学が並び3列目にはジジイがデンと腰を下ろす。軽く眼を閉じて瞑目する様子だが、これから始まる久方ぶりの実戦に向けて敢えて気持ちを静めているのかもしれない。


 2台目のワゴン車は門弟たちが乗り込み、幹線道路を秩父方面へ向けて出発する。幸い朝のラッシュが始まる前の時間帯だったので移動はスムーズ。1時間ちょうどで秩父ダンジョンの駐車場へ到着する。



「桜ちゃん、僕は大山ダンジョンしか入ったことがないからちょっと不安だよ」


「特に心配はいりませんわ。内部の構造に大差はありませんし、登場してくる魔物もほとんど一緒です」


 すでにここ秩父ダンジョンも攻略済みであるという事実には敢えて触れずに、桜は学を安心させようと声を掛ける。そう、心配はダンジョンには在らず。こっちの人物をどのように取り扱うかが最も大きな懸念材料なのだ。



「桜よ、早うせんか。命懸けの戦いが目の前にあるせいか、ワシの体が珍しく身震いしておるわ」


 どうやら戦闘狂の血が滾って待ち切れぬ様子のジジイ。駐車場に着いた途端にこの様子では、ダンジョン内部に入ったら一体どうなることやら…



「ともかく必要な手続きがありますから、管理事務所のカウンターに向かいましょう」


 ダンジョン初挑戦の茜や門弟たち、そしてジジイなので、カウンターで必要な手続きが多岐に渡る。冒険者登録、武器登録、パーティー登録など、その度に必要な書類を記入して提出する必要がある。まあこの辺に関しては、慣れている桜や学が丁寧に説明することで無事に終えることができた。


 ちなみにパーティー名はそのまま〔闘武館〕となっている。


 それから売店に立ち寄って人数分のプロテクターと機動隊の皆さんが使用するのと同型のポリカーボネート製の盾を3枚購入。桜と学は学院の支給品をすでに着用しているが、茜と門弟が改めて服の上から防具を身に着ける。盾はタンク役を務めるガタイのいい門弟に手渡して、残り2枚は予備として桜がアイテムボックスに収納。このポリカーボネート製の盾は軽く丈夫で取り回しがしやすいのだが、反面その素材ゆえに熱には弱い。時には炎系の魔法を放ってくる魔物もいるので、予備の盾を最初から準備しておくのはパーティー全体の戦略上必須。そのうちドロップアイテムで金属製の高性能な盾が手に入るまでは、こちらの品で繋いでいく必要がある。



「おジイ様、プロテクターを着けないのですか?」


「ワシにはそのような無粋な品は不要」


 にべもなく断られている桜がいる。このジジイに何を言っても聞く耳を持たないので、余ったプロテクターは予備に回しておく。ちなみにお会計〆て8万円少々は、桜がカウンターで魔石を売って調達している。


 カウンター脇のスペースには、一般の冒険者に混ざって秩父の第11魔法学院生の姿も見受けられる。彼らは夏休みを返上してダンジョンアタックに精を出しているのだろう。感心感心。


 そんな中、桜は全員をミーティングルームに案内する。手続きが終わってすぐにダンジョンに入れると思っていたジジイは何やら不満顔。



「これ、桜よ。まだ何か手続きがあるのか?」


「おジイ様、初回なので打ち合わせが必要です。各自の得意な戦闘スタイルや能力を把握しておかないと、戦いの方針が決められませんわ」


「そんなものは、パッと行ってパッと片付けてしまえばよいであろうに」


 このジジイはダンジョンにおける慎重な行動の必要性など露程にも感じていないのであろう。学院では断トツナンバーワンの戦闘狂と呼ばれる桜でも、さすがにこの発言にはドン引き。というかむしろこのジジイと一緒にいると、桜が石橋を叩いて渡る人に見えてくるレベル。



「おジイ様、事前にお約束いたしましたよね~。身勝手な行動をされるようでしたら、この場でお帰りいただいても構いませんが」


「仕方があるまい。素直に従うとしよう」


 さすがのジジイも初見のダンジョンという場所を考慮して桜に一歩引いてみせた。最初からこんな感じで素直に従ってくれれば、どれほど引率者の桜が楽になることだろうか… 茜はジジイの死角から桜に向かってそっと手を合わせて「すまない」という意思を示している。


 こうして何とかジジイを宥めながらミーティングルームに入ると、さっそく桜が戦術の確認などを開始。盾役が魔物の突進を受け止めて、アタッカーがダメージを負わせていくという基本的な戦い方をレクチャーする。



「ただしこのパーティーには大きな欠点がありますの」


「欠点? けっして他の人間の後塵を拝するような鍛え方はしていないぞ」


 茜が不満げな表情だが、桜は冷静に話を詰めていく。



「鍛え方云々の問題でがなくて、後衛を務める人間がいない点ですわ」


「後衛? どんな役割なんだ?」


「一言で言い表すと魔法使いです。遠距離攻撃が可能なので、先に魔法を食らわせて魔物に大きなダメージを与えてからゆっくり仕留めに掛かれば、その分だけ楽な戦いが出来ますわ」


「そりゃあ~そうだろうけど、そんな簡単に都合のいい魔法使いなんているはずがないじゃないか」


「茜お姉さま、現に目の前に魔法の使い手がいますよ」


 桜は学のほうを見ながら茜にちょっと意地悪そうな表情を向けている。それもこれもダンジョンでの戦い方を出来るだけ正しい方向に認識してもらうための手段。



「目の前… もしかして学少年は魔法が使えるのか?」


「はい、師範代。初級魔法でしたらそこそこには使えます」


「これは驚いたな。さすがは魔法学院の生徒だ。ということは桜も使えるのか?」


「私に魔法関係のスキルはありませんわ。もっぱら殴り飛ばすのが得意です」


 だよね~… という目をしている門弟たち。学が魔法を使えるという事実には驚いたが、桜はそうではないと聞いてちょっと安心した表情。



「ですから全員が前衛扱いですわ。盾役を除けば他のメンバーが肉弾戦を挑むしかない… このように考えてくださいませ」


「面白いじゃないか。肉弾戦は得意だからな」


「ですが10分おきに連戦となると、いずれはスタミナが尽きるのも時間の問題です。いかにスタミナの消費を抑えて省エネで戦うか。この点を頭に叩き込んでください」


 なるほど、そういうものかと、全員が頷いている。いや、ジジイだけはそもそも小難しい話などテンで聞いてはいないよう。ということで戦い方を再確認し終えると、次に桜は…



「それから、ダンジョンで活動する際に大いに役に立つのが個人のステータスです。学君、ちょっと開いてみてください」


「はい、ステータス、オープン」


 学の手元の空間にステータス画面が浮かび上がる光景に、茜と門弟たちは驚いた表情。



「桜、このステータスというのがどう役に立つんだ?」


「はい、ステータスは…」


 桜が事細かくステータスに仕組みについて説明すると。茜と門弟たちは見様見真似で自分のステータス画面を開き出す。



  【本橋 茜】  21歳 女 


 職業      武術家


 称号      …


 レベル        1


 体力       589


 魔力       128


 敏捷性      507


 精神力      245

 

 知力        46


 所持スキル    古武術ランク8


 ダンジョン記録  …


 

 レベル1にしては驚くべき数字が並んでいる。数値はレベルが上がるごとに上昇する仕組みだが、基礎体力そのものはもちろん訓練によって上昇する。プロスポーツ選手とオンラインゲーム三昧のニートと比較してどちらが体力があるかなど考えるまでもない。茜は5歳から始めた古武術の修行によって、このような高い基礎体力数値を叩き出している。もちろんそれは15年に及ぶ地道な積み重ねの結果といえよう。この基礎数値と古武術の技術があったからこそ、先日桜と互角に近い勝負を演じたのであった。


 以下門弟たちも数値はやや茜に劣る程度で、概ね体力や敏捷性の数値は300~400といったところ。現在レベル53の学の体力が2500程度なので、ちょっとレベルが上がればあっという間に追い越されかねない。さすがは格闘界のエリート集団だけのことはある。


 そしてついにこの時がやってくる。ジジイのステータスが公開される番となった。



「おジイ様、ステータスを開いてみてください」


「なにやらようわからんが、はいてくなカラクリであるな」


 このジジイ、散々海外に密入国しているにも拘わらず横文字と機械の取り扱いが大の苦手。ギリギリテレビのリモコンを操作できる程度で、見知らぬ機械や仕組みは最近覚えたばかりの〔はいてく〕という言葉で一括りにしてしまう傾向がある。



「おジイ様、早くしないとその分ダンジョンに入るのが遅くなりますわよ」


「おお、それはいかんな。では、トースター、オープン」


 シ~ンとした沈黙が流れる。無言の室内の雰囲気を打ち破ったのは茜であった。



「この糞ジジイ、トースターを開けてどうするつもりだ! 食パンでも焼くのか? 朝メシの時だけにしやがれぇぇ」


 ついに堪りかねた茜の盛大なツッコミが炸裂する。先程このジジイは横文字に弱いと述べたが、まさかここまでとは…



「茜お姉さま、どうか落ち着いてください。おジイ様、〔ステータスオープン〕ですから、どうかお間違えの無いよう」


 桜の頬もかなりの勢いで引き攣っているが、この場は引率役という立場を慮ってなんとか自重つつ、脳筋ジジイにステータス画面を開かせようと懸命に努力している。それにしてもこのジジイ、Eクラスに放り込んだら面白そうだ。



「これ、茜、かような大声を出すな。一緒にいるこちらが恥ずかしくなるであろう」


「恥ずかしいのは自分だと自覚しやがれ」


 どうやら茜は門弟の前でネコを被るのは止めた模様。実際日常的に母屋にいる時はこんな調子なのかもしれない。昨日、恐る恐るジジイの前でダンジョン行きを願い出た際とは完全に別人格になっている。桜同様キレたら止まらない性格が垣間見られる。



「まったく誰にも間違いの一つや二つはあるわい」


「間違える規模を考えやがれ」


 茜が収まる気配はないが、このままでは話が進まない。今一度ジジイがステータス画面を開こうと試みる。



「では参ろうかな。エクスタシー、オープン」


「糞ジジイ、今度はセクハラ路線に切り替えたか」


 これまた斜め上のジジイのご乱心が繰り出される。門弟たちは全員テーブルに突っ伏して体全体をヒクヒクさせながら懸命に笑いを堪えるのに必死の有様。純真な学に至っては顔が真っ赤。


 だが桜ひとりはギリギリ冷静を保ったまま、手近にあるメモ用紙に大きな文字で〔ステータス、オープン〕と書き記してジジイに手渡す。



「おジイ様、紙に書いている通りに読み上げてください」


「なになに、ステータス、オープン」


 三度目の正直で、ようやくジジイの手元にステータス画面が浮かび上がる。その内容は…



  【本橋 権蔵】  68歳  男


 職業      武術家


 称号      究極のバトルジャンキー


 レベル     3689


 体力      表示不可


 魔力      表示不可


 敏捷性     表示不可


 精神力     表示不可

 

 知力      表示不可


 所持スキル   表示不可


 ダンジョン記録  …



 全員の口がポッカリ開いたまま、誰も言葉を発する余裕すらない。静まり返った空間にたっぷり2分以上の沈黙が流れた。ようやく精神を立て直した桜が改めてジジイに問い掛ける。



「おジイ様、一体何を仕出かしたのですか? こんなレベルは通常あり得ませんが」


「なにって言われてもな~。好きなように生きてまいったし、好きなように暴れた結果じゃな」


 イヤイヤ、好きに生きた結果レベルが3600って… だがここで桜はジジイからよく聞かされた話を思い出す。



「おジイ様、戦場で敵兵を殺しましたか?」


「ああ、最初の1週間で300人までは数えておったが、あとはもう何人殺したか知らぬ。たぶん2万や3万では収まらぬであろうな。あとは戦車なども最低でも500両は破壊しておるぞ」


 戦いで得られる経験値は相手が攻撃してくる敵だと自らが認識するのが条件で、戦闘行為に及んだ末に勝利した際に与えられる。したがって自分の敵と認識すれば、相手は魔物だろうが人間だろうが構わない。時によっては戦車などの兵器もその対象となる。現に異世界の古代遺跡で桜と明日香ちゃんが協力して戦鬼車を倒した際、二人には大幅な経験値が与えられて数段階一気にレベルアップした。


 ただし例外があって、同等の近代兵器を用いて倒した場合は経験値が減算される仕組みがある。戦車と戦車で戦って勝ってもほとんど経験値は得られない。頼朝たちがパワードスーツに搭乗して吸血鬼の大群を迎え撃った際も、この減算システムによって経験値は得られなかった。


 ジジイに話を戻すと過去に戦場で大勢の敵兵をその手に掛けている。ちなみに銃器を持った兵士というのは倒すのには相当な苦労を強いられる。ジジイの場合大抵は素手で倒しているので、ほとんど減算はないままで与えられる経験値はダンジョンの20階層のボスと同等。それを数万単位で倒しているとなると途方もない経験値を得ているはず。


 さらに戦車というのも人間が素手で倒すには普通は無理な難敵。ジジイのようなレアケースでは、1両撃破でダンジョンのラスボスに匹敵する経験値が与えられる。桜がこれまでラスボスを倒した回数は精々60回程度。対してジジイは500両以上の戦車を撃破しているとなれば、なるほどこの有り得ないレベルの原因が頷けてくる。



「呆れて声も出ませんわ。まさか身内にこれほどまでに高レベルな怪物が潜んでいるとは思いもよりませんでした」


「なあ、桜。ジジイのレベル3600というのはどのくらい凄いんだ?」


「茜お姉さまにはまだ具体的なイメージが湧きにくいかもしれませんが、ひとりで世界を全滅させるレベルです」


「えっ、ウチのジジイがそんなことできるのか? だってついさっきトースターを開こうとしていたぞ」


「単純な力だけでいえば、世界中を探しても1、2を争う強さでしょうね~。いきなりこのまま最下層のラスボスの部屋に案内したくらいですわ」


 もはや桜の口からはため息しか出ないよう。自分のレベルの5倍にも及ぶジジイのステータスに、すっかり毒気を抜かれている。だがこのジジイは、そんな桜の心情などお構いなし。



「桜、そろそろ出立いたそう。ワシは早く血を見たくて疼きが止まらぬぞ」


「はいはい、わかりました」


 死んだ魚の目のようになった桜だが、ジジイの圧力に屈して渋々腰を上げる。そのまま茜や門弟たちを案内してダンジョンの入り口を潜って、その足で転移魔法陣へと進んでいくのであった。

怪物ジジイは本物の怪物だった。呆れて逆に腑抜けてしまった桜だが、懸命に気持ちを立て直していざダンジョンへ。もちろんジジイが大人しく指示に従うずもなく…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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[一言]  ……う~ん、この”爺さん”、”地上最強の生物”もしくは”オーガ”と云われるあの”オヤジ”とどっちが強いんだろうか(- -;a
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