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25 Aクラス内の思惑

登場人物の名前を変更しました。雅→雅美

 ここで魔法学院の設立の経緯と現在の概況に関してひとまとめにして記述しておきたい。


 当学院が設立されたのは今から5年前であった。


 6年前、日本を含めた世界各国でダンジョンが出現したと同時に、人々の間には一定の割合で何かしらの能力に目覚める人物が現れ始めた。最初のうちは個人でひっそりと楽しむオタク趣味と見做され、時には変人扱いされて周囲から白眼視される時期もあり、精々仲間内で盛り上がる怪奇現象サークルのような趣味集団と一般市民は捉えていた。


 だがとある投稿動画が大手メディアに取り上げられた件がきっかけとなって、魔法の存在が多くの人々の間に明るみになっていく。日本では魔法の概念が無秩序に広まるのを恐れてこの年に設立された魔法学院が魔法教育を専門に学習する学校としての制度が確立したのが同年。さらに翌年から冒険者の育成も同時に行うようになり、現在と同様の教育訓練システムが確立された。


 伊勢原の大山ダンジョンに隣接された場所に最初の魔法学院が設置されたのを皮切りに同様の学院が全国各地に創設されており、現在は8校が能力者に対する特殊教育を実施している。


 具体的に校名を列挙すると、第2魔法学院(北海道、洞爺)第3魔法学院(山形、出羽)第4魔法学院(茨城、筑波)第5魔法学院(大阪、葛城)第6魔法学院(島根、出雲)第7魔法学院(愛媛、伊予)第8魔法学院(熊本、阿蘇)となっており、全て各地に出現したダンジョンに隣接して設置されている。(カッコ内は、所在都道府県とダンジョンの名称)


 なお、現在秩父ダンジョン、那須ダンジョン、比叡ダンジョン、高山ダンジョンに第9~第12魔法学院を建設しており、来年4月に開校を迎える予定となっている。



 こうして現行8校、来年度からは12校体制となる魔法学院であるが、設立当初はどのように運営するか、専門魔法教育の方法は? などといった議論が紛糾して、決してスムーズにスタートしたわけではなかった。


 ことに最大の問題となったのは、魔法を教える教員をどのように確保するかという点であった。


 社会に魔法が認知されてから僅かな期間しか経ていない時点で、理論も原理も不明な魔法術式を系統立てて教えようとしても、そのような不確かなものを教えられる都合の良い人材がいなかったのである。


 そこで政府は、日本古来から存在する陰陽師や修験者、忍術を用いる忍者などに協力を求めるに至った。他にまともに術式を理解している人間がいないために、似たようなものならば理解は可能であろうという、極めてお役所的で実態を無視した方策が取り入れられた。この行政当局のいい加減なやり方が、後々になって禍根を残してしまう。


 その具体的な方策は、他校に先駆けて開設した大山ダンジョンに隣接した魔法学院の理事長に陰陽師協会の有力な家系の当主を据えて、多くの陰陽師を教員として採用するという場当たり的な対応であった。要は学院としてのガワを整えて開校に間に合わせるという綱渡りの状態であっても、取り敢えずは開校すればよいというお役所行政がここに極まった悪しき例である。


 その翌年から同時に冒険者志望の入学者を受け入れることが決定し、今度は彼らの教育を担当する人材を自衛官から多数採用して、同時に文科省の天下りポストであった学院長の地位を、自衛隊の幹部から受け入れる方針となる。


 このような経過を辿って現在の魔法学院が運営されており、開校してすでに5年を経てそれなりに順調に生徒の教育が行われているように外からは見える。だが近年になって、この成立過程が様々な軋轢を校内各所で生み出すようになってきている。


 それは、生徒の目には見えにくい教員の間でのある種の権力争いであった。魔法を教える立場の陰陽師派(理事長派)と近接戦闘を教える側の自衛隊派(学院長派)の間で、見えない火花が散っているのだ。


 殊にこの対立が先鋭化したのは、現在の学院長が2年前に就任してからであった。聡史たちをスカウトした例の学院長は自衛隊予備役でありながら不思議なことに魔法理論に精通していた。当然その理由は誰も知らないが、聡史に打ち明けたように彼女が異世界から帰還した存在だという表には出せない事情が絡んでいる。


 学院長はそれまでの陰陽師系に偏っていた魔法教育を排して、現代魔法の新たな理論に基づいた教育をスタートさせた。当人が誰よりも魔法を知っているのだから、最も効果的な教育方法を追求するのは当たり前の話。


 だが、これが陰陽師派の教員と理事長の大きな反発を呼ぶ。学院長の方針に真っ向から反旗を翻したのだ。


 だが学院長はあたかも独裁者の如くに強烈なリーダーシップを発揮して、古臭い魔法理論にこだわっている教員を次々にクビにしていった。その手法は教員の間では『まさに冷酷無慈悲』と称される、スターリンや毛沢東の粛正に匹敵する半ば脅迫に近い強引なやり方と伝えられている。


 学院長のパワハラまがいの手段でクビにされた教員が裁判に訴えなかったのは、正真正銘の命の危機を感じたからであろう。『あの眼光に射竦められると生きた心地がしない』という感想をとある元教員が後になって証言した記録が政府機関の聞き取り調査の記録として残されている。


 クビになった陰陽師派の教員とは入れ替えに、現代魔法の使い手が学院長のスカウトによって集められた。彼らは学院長直々の苛烈な研修によって現代魔法(異世界流の魔法)理論を叩き込まれて、合格した人間だけが教壇に立つことを許された。


 ある現役教員が魔法学院に採用された当時を振り返って、このように証言している。



「来る日も来る日もあまりに辛くて、溢れる涙で黒板の文字が見えなかった」


 おそらくは、桜の明日香ちゃんに対する猛特訓以上の、口にするのも恐ろしい研修期間であったと想像できる。


 こうして魔法学院の教育内容は現在の学院長の手によって一新された。


 だが1年の生徒の実技試験でもわかるように、魔法式の構築がいまだ未熟な段階に過ぎないように感じる。これは教える側の教員に原因があると言わざるを得ない。いまだ教員自体が手探りでさらに高度な現代魔法理論を身に着けようとしている状況では、こう言っては聞こえが悪いが、実際に生徒に教えるどころではなかった。


 教員の力量不足を補う意味で、間もなく訪れる夏季休業中には再び学院長による恐怖の講習会が3週間に渡って計画されている。教員は間もなく訪れようとしている夏休みをこれ以上ないブルーな気持ちで迎えようとしているなど、生徒の誰も気がついてはいなかった。




 このように生徒に対する教育内容が様変わりした魔法学院ではあるが、全ての関係者が満足しているわけではない。最も苦々しい思いをしているのは学院理事長を務める東十条ひがしじゅうじょう 胤継たねつぐであった。


 元々学院の理事長というのはある種の名誉職として実権を付与されない地位として設けられていた。だがこの理事長は配下の陰陽師を続々と教員に採用することで、彼らを通して隠然たる権力を学院内に及ぼしてきた。


 その権力基盤を2年前に就任した学院長が片っ端から突き崩していくのを理事長は手を拱いて見ているしかなかった。表向きは学院の人事に介入する権限は理事長に与えられていないという学院の規約を学院長が最大限に利用した結果である。


 元々名誉職である理事長と学院内の全てを統括する学院長では立場が違ううえに、あの学院長の強烈な人柄にさすがの理事長を以ってしても口出しする隙がどこにもなかったのだ。精々可能だったのは、自らの陰陽術を用いて学院長に呪いをかける程度の嫌がらせをするくらいのものであった。




 この日の午前中、学院の理事長室では誰も部屋に入れずに理事長がひとりで苦い表情を浮かべている。



「このままでは、ワシの計画が頓挫してしまうではないか」


 誰もいない理事長室のデスクにコブシを叩きつけて、苛立たしげに呟いている理事長の姿がある。


 この理事長はかなり早い段階で魔法の有効な利用法に気が付いていた。現代科学と魔法を融合させれば、エネルギーや防衛、医療等に画期的な技術革新が起こせる。当然その革新は巨万の富を生み出して社会の在り方を変えることに繋がる可能性に溢れている。


 理事長はこの権益の独占を秘かに企んでいた。魔法学院の権限を掌握することで、自らに忠実な魔法使いを育て上げて社会の隅々に配置する。そこから様々な利権を吸い上げて自らの権力基盤を盤石なものにして、いずれは政界や財界に影響力を行使する野望を胸に秘めていた。


 元々東十条家は長い歴史こそあるものの、陰陽師の世界ではいくつもある傍流の家系に過ぎない。宗家である安倍家を筆頭とした数多い家系の端に顔を出す程度の泡沫といえる家柄であった。


 だが胤継の父親が、第2次大戦後の混乱期に潰れ掛けていたいくつもの他の家系を乗っ取り、次第に発言力を強めていく。


 その後胤継の代になってからも東十条家の拡大は継続されて、他の家系に有望な若手がいれば、色仕掛けや金銭、脅迫など、様々な手段を選ばぬやり方で引き抜き、誘いに応じない場合は除霊や払いに失敗した体で秘かに暗殺するなど、表沙汰にできない非合法な手段すら厭わぬ過激な勢力拡大は引き継がれていった。


 そして現在東十条家は宗家を上回る発言力を有し陰陽師の世界で最大勢力となっているが、その分様々な方面から大きな恨みも買っている。


 革張りの豪奢なチェアーに座ったまま、理事長は小暗い表情で瞑目する。



「こうなれば、我が娘に期待する他なかろう」


 そう呟くと、どのように自らの娘に働いてもらうか再び考えを巡らすのであった。





   ◇◇◇◇◇





 実技試験を終えた次の日の昼休み、1年Aクラスでは入試席次3位の東十条ひがしじゅうじょう 雅美みやびが、スマホの画面を開いて着信メールに目を通している。



「お父様、わかりました。必ずやあの女を学院から追い出して見せますわ」


 誰にも聞こえないような小さな呟きを漏らす雅美、その瞳には父親から受け継いだ暗い光が宿っている。


 その眼光が示すように、彼女は父親の性格をその細部まで受け継いでいる。そして実際に自らの目で、父親がどのように邪魔者を排除していくかを見てきた。


 現在陰陽師界を掌握する東十条流を受け継ぐ一人娘として、悪い意味でこれ以上完璧な存在はいないと形容できる女子生徒であろう。


 現に彼女は、小学校の頃から様々な手段を用いて自分と意見が対立する生徒を追い込んできた。それは時にはイジメの標的にしたり、時には配下の陰陽師に力を行使させて呪いを掛けて病気を発症させたり、また酷い場合には交通事故に見せ掛けて大怪我を負わすなど、子供ながらに相当に悪辣な行為を平然と実行してきた過去がある。


 そして雅美自身が、今回の実技試験で恥をかかされたという思い込みを抱いていた。その対象は、もちろん東十条流最強の呪法を実演した直後に、超級魔法を披露した美鈴である。


 美鈴のせいで自分の魔法の評価が下がってしまった… といういわれのない恨みを雅美は心の中で募らせていた。


 勇者である浜川茂樹は別格としても、女子では1年生のナンバーワンだと思っていた入試の際も美鈴の後塵を拝した忸怩たる思いがある上に、それに加えて昨日の出来事。雅美の心が黒く染まるには充分であった。しかも父親から「美鈴を学院から排除しろ」という指示を受けた以上は、彼女が躊躇う理由はどこにもない。



「あの女、生徒会の仕事で忙しいはずなのにいつの間にあんな超級魔法なんか身に着けたのよ。こうなったら配下に指示を出して… そうねぇ~、放課後に裏山にでも呼び出そうかしら」


 心の中に湧き上がる憎しみによって、雅美の声のトーンが若干上がっているが、彼女は全く気が付かないままだ。それなりに強力な陰陽術を行使できても、感情のコントロールに難を残している。多くの生徒がいる教室で、無意識とはいえこのような独り言を漏らしてしまったのは、彼女の不注意以外の何物でもない。


 雅美は再びスマホを開いて誰かにメールを送る。その作業を終えると、暗い光を宿した目で意味深な笑顔を浮かべるのであった。



            


   ◇◇◇◇◇





 Aクラスは昼休み中ということもあって、生徒たちが思い思いに過ごしている。殊に期末試験を終えたという安堵感もあって、間もなく訪れる夏休みの計画など、たわいもない話で男女が集まって盛り上がっている光景などがそこにはある。


 だがグループで群れる他の生徒達には背を向けて、自分の席で読書をしている女子生徒の姿がある。彼女の名前は神崎カレン。入学試験席次4位で、今回の実技試験では回復魔法を披露して周囲を驚かせたあの生徒だ。


 ほっそりした指で静かに本のページを捲るカレン、こうして本を相手にしている時間が長いので、金髪碧眼の読書少女というイメージがクラス内に定着している。


 だが彼女は、実は本など読んでいなかった。実際には本を読むフリをしてクラスの生徒の動向を観察していた。そしてカレンの耳に微かな呟きが届いてくる。



「あの女、生徒会の仕事で忙しいはずなのにいつの間にあんな超級魔法なんか身に着けたのよ。こうなったら配下に指示を出して… そうねぇ~、放課後に裏山にでも呼び出そうかしら」


 そう、カレンの耳に届いた声の主は雅美のものであった。誰にも聞こえないと思い込んでいた雅美だが、その小さな呟きはカレンに聞かれていた。



(さて、どうも副会長が狙われているみたいね。どうしましょうかしら?)


 カレンはカレンで頭の中で考えを巡らしていく。どこかの浅はかなお嬢さんとは違って、けっして声には出さなかった。


 こうしてAクラスでは何も知らない美鈴を巡って、雅美とカレンの思惑が交錯していくのだった。

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