24 Aクラス騒然
今回は、美鈴回です。
土日を挟んで学科の授業と実技実習が繰り返される日々が数日続いていた。そんなある日、兄妹と明日香ちゃんはとある事態に直面して困惑と苦悩の色が濃い表情を浮かべている。
「桜、これは由々しき事態だ」
「お兄様、まさかこのような緊急事態が起こるなんて、あまりに突然すぎます」
「恐れていたことがこうして現実になるとは…」
「桜ちゃん、お兄さん、私もこの突然の事態にどうすればいいのか考えがまとまりませんよ~」
兄妹と明日香ちゃんが、深刻そうに顔を突き合わせている。よほど突発的な事件が発生して、その対応策に頭を痛めているのだろうか?
「まずは予想される困難をどのように乗り切るかが大切だ。各自何かいい案はあるか?」
「お兄様、この際ですから腹を括りましょう。このまま玉砕覚悟で敵陣に突っ込んでいくしかないです」
「私も桜ちゃんの案に賛成ですよ~。このままみんなで敵に突っ込んで、華々しく散りましょう」
「そこの三人は、バカなこと言っていないでさっさと勉強しろぉぉ。明日から期末試験だって口を酸っぱくして教えたでしょうがぁぁぁ」
特待生寮のリビングで教科書と参考書を並べているにも拘らず、試験対策をなんやかんや言いながらサボろうとする聡史、桜、明日香ちゃんの三人に対して、両手をわなわな震わせる美鈴の怒りの咆哮がこだまする。
現在こうして四人で集まって試験勉強をしている最中。いくら特待生であっても学科の点数までは優遇してもらえない以上、最低限の点数をテストで取らなければならない。
聡史と桜はステータス上の知力が100でカンストしている。これだけの知力があれば期末試験など軽いものと考えがちだが、二人は異世界に旅立っていた空白の2か月がある。その期間に授業で取り扱われた数式や歴史の年号、化学式等は習ってはいない。さすがに初めて目を通す教科書の内容がポンポン頭に入ってくるほど、物事は都合よくできてはいない。
ちなみに明日香ちゃんは、いつものサボり癖で試験勉強を何もしていないだけ。「真面目に勉強しろ」と、声を大にして耳元で叫んでやりたい。
「三人ともいいかしら? 最低限全科目半分以上の点数を取らないと、追試が待っているのよ。追試なんか受けていたら、肝心の実習の時間が大幅に削られるんですからね」
美鈴の顔はまったく笑っていない。この場に般若が出現したかのような目が吊り上がった恐ろしい表情を三人へ向けている。その迫力はレベル600を超える桜でさえも震え上がらせるほどの、とんでもない破壊力を秘めている。こんなスパルタモードを発揮している生徒会副会長をむやみに敵に回すほど聡史たち三人は愚かではないよう。
「さて、なんだか急に勉強がしたくなってきたぞ。さあ、教科書に目を通すか」
「わ、私も勉強に対する意欲が湧いてきました。46ページから再開しますわ」
「二人とも置いていかないでくださいよ~。え、えーと… 英単語を覚えないといけないですよね」
こんな感じで美鈴による地獄のスパルタ学習会は学科試験が終了するまで続けられていく。
当然限界まで追い込まれた三人は、全ての試験が終わった頃には口から白っぽい何かを吐き出して死体のようにしばらく動けなくなっていた。
学科試験最終科目を終えると、翌日からは実技試験が待っている。
聡史、桜の兄妹は実技に関しては余裕であるのは言うまでもないだろう。懸念があるとすれば、再び桜が試験会場を破壊しないかという点に尽きる。この辺に関しては聡史が事前に入念に言い聞かせてあったおかげで今回は無事にクリアできそう。
ついでに明日香ちゃんであるが、いつの間にか〔槍術レベル2〕のスキルを獲得しており、剣を手にする同クラスの男子生徒を押し込むほどに成長していた。桜の厳しいと言うのも憚られる訓練の成果を見事に発揮している。
すごいぞ、明日香ちゃん。ヤレばデキる子だ!
そして別の会場では、1年Aクラスの魔法適性を持つ生徒が緊張した面持ちで実技試験に臨んでいる。その数はクラスの約3分の2にあたる26名に及ぶ。魔法スキルを持つ生徒が数人しか在籍しないEクラスとは大違い。
「それではフィールドの奥にある的を目掛けて各自が得意な魔法を放ってください」
実技試験の内容は聡史たちが受験した編入試験と同様。採点を担当する教員の簡単な説明が終わると、名前を呼ばれた生徒から開始線に立つ。
この順番は入学試験の順位の逆から行うと決められている。入試結果26番目の生徒からスタートして、主席の生徒が最後という順番となる。
生徒にとっては、前後の者との比較で入学後に自らの能力がどの程度伸びたか、もしくはどれだけ伸び悩んでいるかが一目瞭然。さらに成績下位の数人は2学期に行われるクラス再編成でBクラスまたは下手をするとCクラスへ転落する可能性があるので、どの生徒もその目は必死を通り越している。
美鈴は入試次席なので、自分の順番がくるまでフィールドの開始線手前に置かれたパイプ椅子に腰掛けて物静かに待っている。その間に彼女は自らのスキルを発揮して、同級生の魔法を解析中。
「席次5番、遠藤明」
「はい」
ひとりの生徒が開始線に立つと、魔法を打ち出す準備を始める。美鈴の目からしても準備にモタつく印象を受ける。
「ファイアーボール」
バレーボール大の炎が的へ向かって飛翔して、一瞬大きな炎となって消え去る。スキルで彼の魔法を解析している美鈴が、誰にも聞こえないような声でそっと呟く。
「込められている魔力が多いだけで、術式自体には工夫はないようね」
要は美鈴が初めて聡史に見せたファイアーボールの強化版であった。だが居並ぶ生徒たちの反応はまったく別のよう。
「凄いな、あれだけ大きく燃え上がるなんて、遠藤は相当練習を積んだな」
「あの威力なら、ゴブリンが燃え上がるんじゃないか?」
このような感想がゴブリンしか相手にしていないAクラスの生徒の限界であるらしい。美鈴のようにオークジェネラルに向かって魔法を放った人間はこの場にはひとりもいない。
聡史からハイレベルの魔法を指導してもらっている美鈴にとってなんとも物足りない内容と感じるのは、無理からぬことであろう。
「席次4番、神崎カレン」
「はい」
名前を呼ばれた女子は美鈴にとってそれほど話をしたことがない生徒であった。むしろ彼女は自ら望んでクラスの生徒と距離を置いている印象がある。そして彼女は、その名前でもわかるように欧米系と日本人のハーフのような容貌。詳しいことは本人から何も聞いてないが、ブロンドの髪やエメラルドグリーンの瞳を見れば誰でもすぐにその外見で納得できる。
神崎カレンは開始線に立たずに試験担当の教員に何やら話をしている。彼女の話に頷いた教員は、Aクラスの生徒全員に呼び掛ける。
「この中で体に怪我を負っている生徒は手を挙げてくれ。切り傷や小さな痣でもいいぞ」
その呼びかけに応えるようにして三人の男子生徒が挙手をする。
「それでは今手を挙げた三人は椅子を持ったままこちらに来てくれ。それから怪我をしている個所を見せてもらいたい」
三人の生徒はカレンの前に一列にパイプ椅子を置いて、腕を捲ったりジャージの裾を捲り上げて患部を見せる。美鈴からははっきりとは見えないが、全員が擦り傷程度の浅い怪我のようだ。
「それでは始めます」
カレンが患部に手をかざして魔力を込めると、純白の光が照射されていく。それは見ただけで心が癒されるかのような、柔らかくて、なおかつ優しい光であった。
「わあ、本当に治ったぞ!」
これは、腕をカレンに差し出していた男子生徒が思わず上げた声。初めて回復魔法を体験して、その表情は驚きに包まれている。対して美鈴は…
「凄いわね… 私の解析レベルではとても追いつけなかったわ。回復魔法の使い手なんて、果たして日本に何人いるのかしら?」
そっと呟く美鈴は、カレンの回復魔法に心の中で白旗を挙げている。自分が現在取り組んでいる無属性魔法や闇属性魔法の数十倍の量の魔法文字が整然と並んだ術式に、さすがに彼女をもってしても理解が追い付かなかった。
カレンが試験を終えると、次の生徒が名前を呼ばれる。
「席次3番、東十条 雅美」
「はい」
彼女は開始線に立つと、手にする紙の束から一枚を選び出す。一瞬精神を集中すると、はっきりとした口調で呪を唱え出す。
「急急如律令 東十条流、炎爆」
先ほどの5番の生徒が放ったファイアーボールの3倍以上ある炎が飛び出していく。
バーン!
炎は的に命中して、小規模な爆発を引き起こした。粘土製の的には数か所ヒビが入っている。外見同様の威力を雅が実演した炎爆は持っているよう。
この結果に雅美は満足そうな表情を浮かべている。
この様子に対して、美鈴はといえば…
「そうなのね、漢字を用いて術式を描くのもアリよね」
新たな発見を得ていた。聡史が操る魔法は、その魔法式が異世界の文字で描かれている。この点が美鈴の解析を困難にしている最大の障害だった。スキルのおかげで辛うじてその意味が理解可能だが、実際に頭の中で描く際には、謎の暗号を書き込んでいるような困難な感覚がいまだに続いている。
それとは別に、たった今術を実演した雅美は、陰陽師を生業とする有力な家系に生まれており、幼いころから英才教育を施されたいわばサラブレッド。彼女が実演した陰陽術に様子を見学するAクラスの生徒たちは騒然となる。
「ヤバいな、さすがは陰陽師の名門だ」
「爆発する術式は近代魔法ではまだ誰も実現していないよな?」
「千年以上の歴史は伊達じゃないぞ」
生徒たちの口々から術に対する絶賛とも呼べる評価が雅美に集まるのは当然かと。それだけ彼女はこの試験会場にインパクトを残していた。わずか5年の歴史しかない近代魔法に対して、古来から脈々とその技を受け継いできた陰陽術が、いまだに優位性を保っている証明がなされたかのような反応といえる。
そして…
「次席、西川美鈴」
「はい」
いよいよ美鈴の順番がやってくる。表情を変えずに開始線に立つと、一度だけ深呼吸して的を見つめる。
(よし、威力の調整も完璧)
魔法式を点検した美鈴は、もう一度深呼吸をすると冷静に術式名を口にする。
「ファイアーボール」
発動は日頃の練習通りに極めて迅速かつスムーズ。鮮やかなオレンジ色の炎は、他の生徒の魔法に比べると驚異的な速度で的に一直線に進んでいく。
ズガガガガーーン
着弾した美鈴のファイアーボールは轟音を発して粘土を固めた的を文字通り粉砕している。この結果に後ろで見ている生徒たちは息を呑んで静まり返る。
1分近い沈黙ののちに、誰かがようやく声を上げた。
「あれがファイアーボールのはずがないだろうがぁぁ」
段違いの飛翔速度、的の中心に向かって真っ直ぐに飛ぶ正確性、そして的を粉砕した爆発力、どれを取っても従来のファイアーボールとは全くの別物。
ひとりが声を上げると会場は騒然となる。それはもう雅美の陰陽術などどこかに吹き飛んでいく勢いであった。当然ではあるが、採点をする教員も唖然としている。
魔法学院においてこれだけの威力を持ったファイアーボール、いや、実質的にはファイアーボンバーが実演されたのは2度目。ただし最初の1回は編入試験時に聡史が放ったものなので、直接目撃した人間は三人だけ。しかも教員なので、むやみに生徒の能力を口外していない。
つまり公の場で美鈴は、実質日本で初めて超級魔法に該当するファイアーボンバーを放った人間として誰からも認知されてしまった。
この実技試験が原因となってのちに美鈴が大きな事件に巻き込まれるとは、今の時点で当の本人さえ気が付いていない。
そして最後に主席の浜川茂樹がホーリーアローを放って美鈴以上の破壊力を見せつけたものの、『勇者なら、あのくらいは当然だろう』という、極めて薄い反応しか残すことはなかった。




