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198 マルレーンの街へ

2話連続で明日香ちゃん回が続きマッタリしましたが、話は急展開を迎えて……

 ここはマハティール王国とナズディア王国の境となるイーラ河、滔々と流れる大河であり対岸が米粒のように見えるほどその河幅は広い。広大なこの大陸を東西に貫くように流れるこの大河は、人族の国家であるマハティール王国と魔族の国家ナズディア王国の国境となっている。ただし国境といっても両国が人員を送って積極的に管理しているものではない。それは自然にできた地形による誰にも動かしようのない境として、悠久の昔からこの大地を只々流れているだけである。


 もちろん過去何百年にわたって戦争を継続してきた両国の間を流れる大河なので、橋などは一切架けられてはいない。渡河の方法は限られており、大量の河船を建造して向こう岸に押し渡る方法が過去には何度も試みられてきた。


 だがこの度の魔族軍の侵攻においては、およそ常識には当て嵌まらない渡河作戦が用いられた。その作戦とは冬の底冷えする季節に河の流れを徐々に堰き止めておいてから、魔法で凍らせて氷で出来た橋を架けてこの大河を渡るという、その大胆さにおいてはこの世界の常識を覆す手法であった。それは戦術面においても魔法の常識においても不合理で実に危なっかしい方法と、当初は魔族の陣営でも危惧していた。だが指揮官の卓越した号令の下で魔族たちは一見この実現不可能とでもいうべき渡河作戦を成功させる。この奇跡的な成功こそが、現状の魔族軍の優勢とマハティール王国の苦境を生み出しているといっても過言ではない。


 ただしこの作戦にはデメリットもある。背後が大河という場所に布陣するのはいわゆる背水の陣に相当する。退却時に大きな困難が生じる恐れがあるのだ。しかも季節が春から夏に向かう現在の気候では、再度魔法でイーラ河を凍らせるのは不可能であった。もちろん小型の河船で本国と連絡は取っているが、増援や物資の補給といった支援は最初からないものとして侵攻部隊は行動せざるを得ない状況であった。この魔族領から後続部隊を送り込めない点は、ある意味でこの地に侵攻してきた魔族たちにとってはアキレス腱となるのも事実である。




 ナズディア王国を出発してイーラ河を渡河した魔族の軍勢は6千名を数える。その一部はマンスール伯爵に率いられて直線的にアライン砦に向かって侵攻した千名の軍勢であった。だがすでにこの部隊は聡史兄妹の無慈悲な攻撃を受けて現在は丸ごと消滅している。


 そして別動隊として、砦の西側の山岳地帯に布陣する右翼軍千人と、東側のバルディス湿原を睨む左翼軍千人が、特段動きを見せぬままで周辺の警戒に当たっている。時折伝令が状況を伝えに戻ってくるが、今のところ左右両翼からは「何ら異常なし」という報告がもたらされている。


 マハティール王国のチャールズ王太子はこの両翼に展開する軍勢がいずれ王都に向かって進軍する搦め手の兵だと見做していた。確かにアライン砦の西側に広がる山岳地帯や東にあるバルディス湿原を通れば、砦を迂回して直接マルレーンの街の手前に出るのは可能だ。だがアライン砦を魔族が手中に収めている以上は、わざわざ道のりが困難な迂回ルートを進軍する必要はない。


 魔族の指揮官の思惑は、左右両翼の軍勢はアラインに集中するマハティール王国側の注意を多少なりとも逸らす点にあった。それと同時に、少人数で包囲網を突破して魔族領に向かおうとする人族の動きを警戒する意味もある。具体的に言えば、人族で唯一魔族に対抗可能な存在である勇者の行動を封じる目的であった。過去に何度も人間たちは魔王の元に勇者を送り込んで、魔族たちにとっては無視できない被害を出してきた。過去の勇者たちはいずれも少人数で魔族領に潜入しては魔王城まで辿り着いているだけに、指揮官が警戒するのは無理もなかったといえよう。


 だがこの魔族の目論みは、結果的には無駄であった。なぜならばマハティール王国は、教会にもたらされた神託によって勇者たちをダンジョンに送り込んでいたからである。その結果として魔族たちは、ダンジョンの先にあった日本という強大な国家を敵に回すこととなる。もちろん魔族の先兵が魔物を操って日本に先に手を出したのも、日本とマハティール王国が同盟を結ぶ大きな契機となっている。


 だがこれらの人間側の動きは、未だこの地にいる魔族の侵攻軍には伝わってはいない。時折魔王城からもたらされる伝令によって「マルキース公爵の城が何者かによって破壊された」とか「エクバダナで働かされていた人族の奴隷が何者かによって連れ出された」などという報告があるのみであった。魔族側ではこれらの不穏な出来事を勇者が動いていると見做しており、未だ日本という別世界の国家が本腰を入れて魔族との戦争に本格的に乗り出しているとは誰も気付いてはいないのであった。













   ◇◇◇◇◇















 マハティール王国侵攻軍の本体である魔族の本営は、イーラ川の畔に駐屯している2千の軍勢であった。左右両翼とマンスール伯爵が率いていた軍勢の他に、イーラ河からアライン砦に至る広大な地域に分散する街や村の支配に千名の兵を割いているので、現状この本営に残る戦力はこれだけとなる。


 魔族によって支配されているアライン砦よりも北方の地域に居住していた住民は、およそ三十万人に上るとされる。そのうちの四万~五万は魔族との戦いで直接命を落とし、二万は奴隷として連れ去られていた。約五万にも及ぶ住民は命からがらマルレーンに逃げ込んでいるが、実はいまだ二十万近くにも及ぶ住民がこの地に残されている。


 その理由として魔族の侵攻部隊は、本国からの補給が得られない前提でこの地に兵を進めている。したがって食料や生活物資は全て現地調達する必要があった。大規模な街には200~300名の魔族兵を送って領主や貴族たちが率いる騎士団を根絶やしにして住民を支配をする。小さな村には数人規模の魔族を送るだけで十分であった。周辺の人族の街や村から食料や生活物資を徴発して補給を維持することを目的としているので、役に立ちそうな街や村は選別を行った上で敢えて残されている。住民たちは一方的な魔族側の都合で生き残ることを許されているのであって、少しでも反抗的な態度を取ればその場で命を奪われる圧政下に身を置くことを余儀なくされる。収穫や収入のほとんどを魔族に取り上げられて、住民たちはそれこそ奴隷にも等しいような環境で慢性的な飢餓と物資不足に喘いでいるのであった。



 この本営を任されているのは、魔族軍では最高の地位を魔王から与えられたエリザベート公爵であった。もちろん公爵家の当主を務める人物であるが、その名の通り女性である。公爵家の当主を女性が務めるというのは魔族の世界でも異例と呼べる出来事であるのだが、彼女はそれだけではなくて元帥の地位も魔王から与えられている。それは家柄やコネではなくて純粋に数々の軍功を上げた結果として、その華々しい軍歴が彼女を現在の地位に押し上げいるのであった。


 明晰な頭脳と極めて現実的な分析力を持ち合わせるエリザベート元帥は「魔族軍の至宝」もしくは「常勝将軍」と呼ばれており、その戦術の豊富さと臨機応変な対応で気性の荒い魔族の兵たちから絶大な信頼を集めている。


 だがその魔族軍の至宝が、どうも苛立った態度で何かを待ちかねている様子だ。普段の彼女には有り得ないその態度に、側近の将校たちは首を傾げている。現状自軍が人族を圧倒しており、戦線は敢えて動かさずに膠着状態にあるとはいえ、自分たちの有利な状況を疑う者は誰一人存在しない。その中でエリザベート元帥ただ一人が、得も言われぬ不安を感じているのであった。



(おかしい… 2か月前まで定期的に送られていたアライン要塞からの伝令がまったく来ない)


 彼女が計画した戦略の要である、敵国に突出したアライン要塞を占拠している一軍と連絡が取れない… この事態が何を示すのか、いかに頭脳明晰なエリザベートといえども全てを知っているわけではなかった。あまりに不審を抱いた彼女は、数週間前に斥候部隊を送っていた。彼らからもたらされる結果を今か今かと待っているため、周囲には彼女が苛立っているように映る。


 そして数日後に、ようやく元帥が待ちかねた報告がもたらされる。往復で1か月半はかかる道のりをその半分で戻ってきた斥候部隊の長が、彼女の前で息が荒いままに跪く。



「ほ、報告いたします。アライン砦は無人となっておりました」


「なんだと、今申したことは真か?」


「真実にございます。両側から迫る山に登って真偽のほどを今一度確かめても、砦の内部には誰一人おりませんでした」


「一体どうなっているのだ? マンスールが気が逸って人族の街に攻め入ったか… いや、それでも砦を空にするはずもない。どうあっても最低限の人間を残すはずであろう。一体何が起きたのだ?」


 いかに明晰な頭脳を持つエリザベート元帥でも、まさか聡史兄妹に砦の全軍が滅ぼされて、マンスール伯爵はすでに寝返っているなどといった考えに至るはずもない。1時間と少々で千人の魔族軍が手も足も出せずに滅ぼされるなど一体誰が信じようか。


 この寝耳に水の報告を受けたエリザベート元帥は目を閉じて考え込む。しばらく考え込んだ後に、斥候部隊長に声をかける。



「わかった、報告ご苦労であった。下がってよい」


 そのまま彼女は深く考え込むように再び無言となる。幕僚の将校たちは、その姿を不安そうに見守るだけで何も出来ない。そして彼女は、意を決したように宣言する。



「両翼に展開する兵たちを即刻本営に引き揚げさせよ。可能な限りこちらに兵力を集中して、正面から今一度アライン砦に進軍するぞ」


「はっ、承知いたしました」


 こうして魔族軍の本営は、全軍を以ってアライン砦に向かう方針を固める。この2週間後、両翼に展開していた部隊を吸収して4千名に膨れ上がった兵力が、規律正しい行進をしながら街道を南下していくのであった。この時点での日時は2月の下旬に差し掛かっており、早ければ魔族の本隊は3月の下旬にはアライン砦の付近に到達するものと思われる。


 


  










   ◇◇◇◇◇

















 自衛隊アライン駐留部隊は施設建設も順調に進み、隊員の7割を収容する兵舎が完成している。あと1週間もあれば必要な施設は全て完成して、基地としての機能を十全に発揮可能となるであろう。


 こちらの駐在部隊とは別に、この日車両に乗り込んで出発の用意を整えている3個中隊がある。こちらの面々は、マルレーンに駐留する補給部隊であった。彼らは王都とアライン砦の中間地点にあるマルレーンの街で物資を調達する他、街に滞在する避難民への援助も担っている。これから出発するマルレーン駐留部隊に同行するのは、桜、明日香ちゃん、美鈴、カレンの四人であった。聡史やEクラスの生徒たちは、このままアラインに居残りとなる。まだ聡史のアイテムボックスにはアラインで必要な多くの物資や資材が収納されているので、しばらくの間はこの地を離れるわけにはいかない。


 もちろんマルレーンで必要な物資は、全部桜が収納している。もし急に足りない物があれば、ヘリでひとっ飛びすればすぐに補充が可能であろう。



「お兄様、行ってきますわ」


「ああ、気を付けて行ってくるんだぞ」


「ええ、ちょっとした用事があるので、軽く片付けてきます」


 聡史は知らない。桜が口にした「用事」というのが、一体何事なのかを… 頭の中には何やら嫌な予感が湧き上がるが、軽く首を振って脳内からその予感を追い出す。いくら桜でも、そうそう無意味には暴れ出さないだろうという、聡史にしてはやや甘い見通しであった。この妹の「用事」というのは、実質的には2種類しか存在しない。食べるor暴れるの2者択一なのだ。聡史はこの点を見逃している。


 実は桜だけではなくて美鈴とカレン、果てには明日香ちゃんすらもニヤニヤしている。どうやらマルレーンの街には、彼女たちしか知らない何らかのお仕事があるのだろう。


 こうして聡史に見送られながら、マルレーンに向かう車列が街道に沿って舗装されていない草原を走り出していく。ヘリが上空から観測した大雑把な目測によると、アラインからマルレーンまでは直線で120キロ、舗装道路ではないのでそれ程速度は出せないが、車両で進めば4時間程度で到着するものと思われる。




 朝の早い時間にアラインを出発した部隊は、昼過ぎにマルレーンに到着する。到着するなりテーブルを取り出した桜は、アイテムボックスに収納してある食事を並べて食べだす。まずは騒ぎ出した腹の虫を落ち着かせるのが先決とばかりに、一心不乱に食事に集中する。美鈴とカレンもマジックバッグから取り出した昼食を口にするが、明日香ちゃんだけが不満そうな表情を浮かべている。



「桜ちゃん、早く食後のデザートを出してください」


「明日香ちゃんの体重は、今何キロでしたか?」


「ぐぬぬ」


 桜にマジックバッグを取り上げられた明日香ちゃんは、王都にいた時のように自由に食後のデザートを口にできなくなっている。いちいち桜の許可が必要なのだった。もちろん6キロ増えてしまった体重が元に戻るまでは、デザート禁止が言い渡されている。明日香ちゃんにとっては地獄のような環境であろう。このままでは遠からず地獄の明日香ちゃんが爆誕する可能性すらあるかもしれない。

   

 昼食を終えると、桜が口を開く。



「私は資材をアイテムボックスから取り出さなければならないので、三人で例の場所に向かってもらえますか。ひとまずは囚われの身となっている子たちの救助を急ぎましょう」


「ええ、いいわ。桜ちゃんの分まで派手に暴れてくるから」


「任せてください、必ず助け出してきます」


「桜ちゃん、みんなと仲良くなるためにはお菓子が必要です。早く出してください」


 明日香ちゃんは諦めない女だ。なんだかんだ言いながら、桜からクッキーを2箱せしめている。つまみ食いに要注意だ! だがそこは阿吽の呼吸で、明日香ちゃんの企みを見破った美鈴がその手からクッキーを取り上げてマジックバッグに仕舞い込む。美鈴の手に渡ってしまったクッキーを見つめる明日香ちゃん… その肩がガックリと落ちたのは言うまでもない。



 こうして美鈴たち三人は、装甲車に乗り込んでマルレーンの街へと向かう。街の門は馬車が通れるだけの大きさがあるので、装甲車は無事に通り抜けて街中に入り込んでいく。通りを行き交う人々は見慣れない鉄の箱が馬も引かずに動いている光景に目を丸くする。中には怯えた表情で逃げ出していく人の姿も見られるが、お構いなしに装甲車は通りを前進していく。


 そのまま街の中央にある広場に向かう。事前に目的地の場所を聞き出していたので、一切迷わずにお目当ての建物の前に到着する。


 覚えているだろうか… 王都の星の智慧教団から救出した少女たちは、マルレーンの街で同教団が運営する孤児院に収容されていたと証言していたのを。つまりこの街にある教団施設も悪魔崇拝に重要な役割を果たしているのだ。


 王都で連絡部隊が得た情報では、マルレーンの星の智慧教団は建物や人員ともどもいまだ健在で、領主の手入れを実力で阻止しているらしい。領主の配下にある騎士団が約100名に対して、教団の聖騎士団は倍以上の人数が無傷で残っているのだ。王都の教団本部が名実ともに殲滅されて以降は、この街の教会が実質的に本部の役割を担っているそうだ。



「それじゃあ、始めようかしら。手筈通りにいきましょう」


 美鈴の言葉に、カレンと明日香ちゃんが頷く。装甲車には自衛隊員が十人乗り込んでやってきているが、彼らは門を固めて誰も外に出さないようにする要員だ。小銃を構えて素早く門を取り囲むように配置につく。門番をする二人の聖騎士は槍を手にして警戒する様子を見せるが、隊員は遠巻きにして門の周囲に展開するだけであった。



「それじゃあ、私からいきますよ~」


 明日香ちゃんが手ぶらで正門へと向かって歩き出す。そして警戒感を露わにする聖騎士の直前でヘアピンに扮したトライデントを手にすると、二人を手玉に取るようにして一瞬で叩きのめしている。ついこの間王都で少女たちと活躍を約束したばかりなので、今回の救出作戦にはいつになく気合が入っているようだ。当分はデザートなしだけど、どうかこの調子で頑張ってもらいたい。



「それじゃあ、中に入りましょうか」


 こうして美鈴の号令と共に、三人は星の智慧教団の敷地へと入り込んでいくのであった。


 

マルレーンに向かった桜たち、果たして無事に救出作戦が終わるのか…… この続きは2、3日後に投稿いたします。どうぞお楽しみに!

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