190 美鈴の悩み
各地の事件を解決した聡史たちが魔法学院に集合して……
新潟港で発生した貨物船の爆発炎上とコンテナ船の座礁は、マスコミには大きく取り扱われないままで一般の人々には単なる事故として受け取られている。政府が事故として発表したのが大きな原因であるが、親中マスコミの立場としても今回の件は明らかに中国に不利とあって、テレビ局や新聞社は挙って口を噤んでいる。
そのような中で、学院長と桜が新潟からヘリで学院に戻ってくる。ずっと学院で留守番していた美鈴をはじめとして、昨日の午後にディーナ王女一行が日比谷のホテルから滞在先を移したのに伴って戻ってきたカレン、そして爆発物の処理を終えて今朝方富士駐屯地から戻ってきた聡史の三人がヘリポートに出迎えに来ている。
ヘリが着陸して人影が内部から降りてくる。そのうちの一人である桜は、出迎えの三人に対する挨拶もそこそこに脱兎のごとくに駆け出していく。時刻はちょうど昼休みなので、食堂に駆け込んで空腹を心行くまで満たすつもりであろう。ここ2日間桜の不在をいいことに気が緩み切っていた明日香ちゃんとクルトワが、今頃大慌てで懸命の言い訳をしているに違いない。その光景を想像するだけで、聡史は笑いが込み上げてきて思わず頬が緩んでくるのを感じている。
学院長は光のように走り去った桜の後ろ姿を黙って見送る。腹を減らした桜など、役立たずの置物に等しい。これから始まる報告会に参加させても邪魔なだけだ。しかも新潟では学院長と行動を共にしていただけに、わざわざ桜の口から報告を聞く必要はない。仮に桜が何か喋るとしたら、新潟の海の幸について滔々と述べる程度だと予想がついているのだった。
「学院長、今回妹は何かやらかしましたか?」
「いや、私の指示通り… 違うな、それ以上に働いてくれたぞ。それよりもこの場にいる全員は、これから学院長室に集まってくれ。各自の報告を聞きたい」
「「「了解しました」」」
こうして聡史たちは学院長室へと向かう。今回は色々と報告しなければいけない事項が多いので、やや時間がかかりそうだと皆が考えている。学院長室のソファーに腰を下ろすと、前置きもなくこの部屋の主が話を切り出す。
「今回は同時に複数の任務が重なったが、一同職責を果たして満足いく結果を出してくれた。各自はご苦労だった」
「「「ありがとうございます」」」
学院長にしては珍しく手放しで褒めている。確かに今回はパーティーメンバーがバラバラになって活動していたので、各自の適切な判断が大いに必要であった。このような困難な状況でも大きな被害もなく解決に導いたのだから、厳しさには定評がある学院長も褒めざるを得ないであろう。
「それでは、私から報告しようか。まずは新潟港で起こった出来事だ。ありのままに話すと、私と桜中尉で2隻の船をスクラップにしてきた」
「あ、あの~… 学院長、話が全然見えません」
「楢崎中尉、貴官は勘が鈍いな。私と桜中尉が出向いたんだぞ。むしろ貨物船2隻で被害が収まったなら上等だろう」
「学院長、そんなドヤ顔されても返事に困ります。報道では単なる操船ミスと伝わっていますが、もしかして…」
「港に停泊していた標的の貨物船は、予定外の中国の偽装戦闘艦によってミサイルを撃ち込まれて爆発炎上した。戦闘艦は私が大破させて座礁した。何か問題はあるか?」
「と、特にありません」
返事をしながらも、聡史の口からは期せずしてため息が漏れてくる。やはり想像通りの結果だったと肩を落とす。最も過激な人物が二人で肩を並べて出征した以上は、聡史が事前に予想した被害の範囲にギリギリ収まっているとはいえ、やはり並の被害とは間違っても表現できなかった。なんでこうなるんだろうという疑問が、聡史の心の内に沸々と湧き上がる。
「それから貨物船に乗っていた工作員は、体を特殊に進化させた人間だった。防衛医大にサンプルを送ってあるから、解析待ちだ」
「特殊な進化ですか?」
「ああ、桜中尉が殴りつけても死なずに立ち上がってきたぞ」
「それは厄介ですね。そんな人間が大量にいたら、我々でも手を焼きそうです」
聡史の表情が真剣になる。桜が殴って立ち上がってくる人間といえば、頼朝たちぐらいしか思い浮かばない。それもかなり手加減しているからこそで、本気で殴られて立ち上がれる程桜のパンチは生易しいものではないのだ。もちろんその事実を最もよく知っているのは、当の聡史に他ならない。それ故に、大きな危惧を心の内に抱くのは当然であった。
学院長はさらに話を続ける。
「私の個人的な意見だ。正確には遺伝子解析待ちだと前置きしておく。あの工作員はおそらく遺伝子改良を施されているのは間違いない」
「遺伝子ですか?」
「ああ、人間の遺伝子自体に手を加えて防御力や攻撃力を引き上げているのだろう。10年くらい昔に類人猿の遺伝子を組み込む研究は頓挫したと聞いてはいたが、新たな方法を発見したと考えて間違いない」
「ずいぶん危険な手段を研究していたんですね」
聡史だけではなくて美鈴とカレンも学院長の話に固唾を吞んで耳を傾けている。他の国では禁止されている悪魔の手法に手を染めている中国政府の形振り構わないやり方に、彼女たちは心の底から憤りを覚えている。
この部屋にいる三人の生徒の反応を見て取った学院長、どうやらここまでは話の内容を正確に理解していると判断して満足そうに頷く。最も大切な話はここからなのだと、その表情が明白に伝えている。
「さて、私と桜中尉が直接戦闘して得た感想だ。あれらの工作員にはレプティリアンが絡んでいるのは明白だ。想像したくない現実だが、レプティリアンの遺伝子を組み込んだ人間が大量生産されている可能性が高い」
ガン!
学院長がここまで意見を述べた瞬間、室内に何かをぶつけるような大きな音が響く。全員がその音の方向に注目すると、美鈴がテーブルに両手を伸ばしてダイブして額を思いっきり打ち付けているのだった。
「美鈴、急にどうしたんだ?」
聡史の声に、美鈴が緩々と顔を上げる。その額はよほど強くぶつけたのか、真っ赤になっている。相当痛かったのか、美鈴自身涙目になって聡史を見つめる。
「西川少尉、日頃冷静な貴官の態度には似つかわしくないな。何があったんだ?」
学院長の突き刺すような視線を正面から浴びて一旦目を宙に泳がせた美鈴だが、思い直したように一息吸い込んで自らの行いを白状する。
「実は学院に四〇人以上の中国の兵士が襲撃してきました」
「その話は耳にしている。無事に撃退できて何よりだった」
ここまではスムーズに口にしたものの、続きを躊躇う美鈴がいる。彼女にしては珍しいなんとも煮え切らない態度に、聡史は一体どうしたんだろうとやや不安を覚える。襲撃してきた兵士は全員生きたまま拘束したはずだし、この一件に関して美鈴が口にするのを躊躇う理由が思い浮かばない。
「そ、そのですね… 学院が襲撃されて、私も少々頭に血が上りまして…」
「まあ、頭にくる気持ちは誰にもあるだろうな」
「それでですねぇ… ちょっと仕返しをしようかと思って…」
相変わらず美鈴は口籠っている。一体何をここまで躊躇うというのだろうかと、カレンまでが美鈴の様子を訝しんでいる。もちろん学院長と聡史も、普段の美鈴の姿から考えられない今目の前で見せている彼女の姿に、何があったのかと首を捻っている。
「西川少尉、貴官の態度はその仕返しと何か関係があるのか?」
「はぁ~… 実は仕返しのために、私の中にいるルシファーを呼び出しました」
「なんだって! ルシファーさんが出てきたのか」
美鈴の口から『ルシファー』というフレーズが飛び出たことで、聡史は警戒レベルを一気に引き上げる。何しろ相手は太古から地球に存在してきた神と呼ぶに相応しいお方だけに、何をやらかしたのかと不安を感じるのは当然だ。
「そこからはルシファーにお任せだったので、私自身どうにもできなかったんですが… どうやら武漢に隕石を落として、半径10キロを消滅させた模様です」
「「なんだってぇぇぇ」」
聡史とカレンは大声を出しているが、学院長は無言で頷いているだけだ。むしろ事の成り行きを面白がって聞いており、この先どんな話が飛び出てくるか楽しみな様子。ここまで肝が据わっている人間は、古今東西あと一人しかいないはずだ。もちろんその人間とは、今頃食堂で昼食を食い尽くしている聡史の妹に当たる人物に間違いない。
「そ、それで… どうやらルシファーの思念をよくよく読み取ってみると、どうやらレプティリアンが最も注目している場所で、なおかつ自分たちの分体に匹敵する戦力を製造する地点を跡形もなく破壊したらしいんです」
「ハハハハハ、それはよくやったぞ」
フイに学院長の笑い声が響く。それも心から愉快そうな笑い声をあげている。こんな大声で笑う学院長の姿など、実の娘であるカレンすら物心ついてから見たことがなかった。当のカレンすら、何が起こったのかと当惑した表情を浮かべる。
「お前たちは、本当に面白いな。桜中尉は横浜の領事館を破壊するし。今度は隕石で街ごと消滅か! 実に愉快な出来事だ」
「が、学院長。笑い事では済まないような気がしますが…」
「楢崎中尉、いつまでも平和ボケしているんじゃないぞ。現状は戦争状態といっても過言ではない。この度の数々の事件に対する反撃としては、腹の底からスカッとする実に見事な一撃だ」
学院長の機嫌が急上昇している。魔法学院に入学以来、これだけ朗らかな学院長を聡史は見たことがなかった。もっともカレンは生まれてから初めてなので、キャリア的には聡史を圧倒している。
だがなおも美鈴はルシファーの仕出かしに不安を隠そうとはしない。彼女には本当に珍しく、恐る恐る学院長に切り出す。
「学院長、やはり不味かったですよね」
「なんで不味いんだ? 単なる自然現象だろう。隕石が落ちるなんて人間の手で左右できるはずない… というのは世間一般の常識だ。中国政府はどこにも文句は言えないし、隕石を口実に日本に攻撃を仕掛けることもできない。泣き寝入りせざるを得ない共産党幹部の吠え面を想像するだけで、笑いが込み上げてくるだろう」
「そんなものでしょうか」
「そんなものだ。自然現象によって数百万の人間が巻き込まれて死のうとも、それは誰にも責任はない。西川少尉には何ら責任などない」
「わかりました。そういうことにしておきます」
「ついでだから西川少尉には、中国の核ミサイル基地にも隕石を降らしてもらえるか。日本の安全保障上の大問題が解決するからな」
「今は遠慮しておきます」
美鈴は首を横にブルンブルン振っている。だが『今は遠慮』ということは、将来的に必要があれば実行するのは吝かではないという意味だろうか? 聡史とカレンは『さすがに2発目はないでしょう』という表情を向けているが、学院長は新たなオモチャを手に入れた子供のような表情だ。これは近い将来本当に隕石の第2弾、第3弾が撃ち込まれる可能性がないとは言い切れない。
「さて西川少尉、実によくやってくれた。武漢という街には遺伝子改良人間の製造工場の他にも、ウイルス細菌研究所や各種武器の製造工場が数多く立ち並んでいる。中国にとっては中々重要な地域に当たるといえよう。それが街ごと蒸発するとなると、相当な痛手となるのは間違いない。当面は日本への手出しの余裕もないだろう。いや~、自然現象に感謝しないといけないな」
学院長はあくまでも”自然現象”を強調している。自然現象にしてはあまりにピンポイントすぎるのだが、そんなことにはお構いなしのご様子。学院長史上かつてないほど機嫌上々で、いつになく饒舌だ。
「西川少尉、学院を襲撃した連中に関しては、他に何かあるか?」
「はい、その場で尋問したところ、連中はツアー旅行者を装って入国して大使館で武器等を受け取ったそうです。トラックを用意したのも大使館でした」
「そうか… それならば六本木に桜中尉を送り込むか」
「学院長、都心のど真ん中じゃないですか。どうか思い留まってください」
六本木とは在日中国大使館が置かれている場所だ。そこに桜を送り込むとは、横浜領事館と同様の惨事を引き起こすことに相違ない。周辺への影響を考えた聡史が、血相を変えて止めに入っている。放置しておくと本当に実行しかねないから、聡史は真顔で学院長を制止しているのであった。
「まったく… 楢崎中尉は考え方が固いな。要は証拠が残らなければいいんだ。その点桜中尉の横浜領事館爆破は実に見事だったな」
「証拠が残らなくても、また妹が調子に乗りますから止めてください」
聡史が妹のさらなる暴走を真顔で心配している。一旦調子に乗ったら兄の制止も振り切って飛び出していく超危険人物に、わざわざ火種を与える必要はないのだ。
「まあいい、今すぐという話ではないからな。西川少尉の報告は以上か?」
「はい」
「では続いて楢崎中尉とカレンの話を聞こう」
こうして二人が次々に各自の任務で出くわした事件を報告する。これらは美鈴の話に比べるとグッとスケールが小さかったので簡単な報告で終わって、学院長は報告会をまとめにかかる。
「よし、ディーナ王女たちは無事に学院に身柄を移したんだな。王女本人は以前同様にEクラスに所属してもらう。メイドたちも同様の扱いでいい。護衛役の魔法使いは臨時講師として滞在中は生徒の面倒を見てもらおうか。それから外交官は、政府の担当者とさらに細かい日本のレクチャーをする予定だ。研究棟の11階に一行を収容する部屋を設けたから、そちらに移動してもう」
「それでは私が部屋に案内します」
カレンが自主的に申し出る。ここ数日一行と直に接していたので、すでに顔見知り以上の関係を構築している。王女たちは臨時に寮のゲストルームに滞在しているのだが、すぐにでも部屋を移ってもらうようにカレンは出ていく。一般の寮よりもはるかにセキュリティーが充実しているので、王女たちの安全の意味では早目に移ってもらうに越したことはない。
「これで話はお仕舞だが、西川少尉はこれから伊勢原駐屯地に出向いてもらいたい。カレンが摘発した外務省の内通者の尋問を担当してくれ。すでに迎えの車が到着しているから、昼食を終えてから正門に向かってほしい」
「了解しました」
美鈴が席を立つと同時に、聡史も席を立つ。二人で部屋を出ると、すでに午後の授業が始まって人気のない食堂で隣り合って食事をとる。美鈴は食欲があまりない様子で、聡史が心配顔で尋ねる。
「美鈴、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。直接現場を目にしたわけじゃないから、実は私の中でも実感が湧かないのよ」
聡史が心配しているのは、もちろん例の隕石の件だ。数百万から数千万の人間が一瞬で消滅した大惨事が引き起こされただけに、美鈴が何らかの精神的な負い目を感じていないか心配している。だが当の美鈴は、意外にも先程よりはずいぶん立ち直っているような表情を彼に向けている。聡史の思いやりが心に染みているようだ。もちろん学院長が『単なる自然現象だ』と笑い飛ばしたのも、美鈴の心の負担を軽くするのに大いに役立っているのは言うまでもない。
「美鈴が大丈夫というんだったら、俺は信じるしかないな」
「信じてもらって大丈夫だから。人間からしたら想像もつかないスケールの神に等しい存在を内包するというのは、なるほどこういうことかと納得しているところ。全面的にルシファーにお任せしてしまうのは、よほどの非常事態を除いて迂闊に披露すべきではないわね」
「それが分かっただけでもいいんじゃないか。言っては何だが、俺の力を全開にしたら似たり寄ったりの被害が出る。力の使い方を間違わなければ、それでいい」
「そうね… ルシファーの力が悪いのではなくて、使い方に注意する必要があると思い知ったわ」
美鈴は納得した表情を聡史に向ける。ルシファーを否定するのではなくて、その力の使い方を考えるべきだという聡史の言葉に、美鈴は心のどこかで救われたような心地をしている。同時に聡史が異世界でどのような体験をしていたのかと想像するだけでも、美鈴の背筋は薄ら寒くなる思いであった。それとは別にようやく聡史と肩を並べるレベルに達したという、胸を張ってもいいかなという思いも湧いてくる。
「それじゃあ、行ってくるから」
「ああ、気を付けて」
少しだけ何かが吹っ切れたような表情で食堂を出ていく美鈴。その姿を見送る聡史の目には、今この時を乗り越えてこそ美鈴はもう一回り大きくなれるという思いが、その胸中に過るのであった。
街一つを消滅させた美鈴、だいぶ気を取り直して向かうは内通者の尋問。果たしてその結果は…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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