186 Eクラスレベルアップ作戦 3
舞台は魔法学院に戻って、いつものドタバタが始まる予感……
魔法学院の1年生は今日一日の学科の授業を終えたばかりだ。兄妹がこれから自主練に向かおうと準備をしていると、聡史のスマホが着信を告げる。
「はい、楢崎です」
「私だ」
通話の主は学院長であった。
「何かありましたか?」
「緊急事態ではないが、お前たち兄妹は学院長室に来てくれ」
「了解しました」
通話を切ると、聡史は妹に伝えようとその姿を探す。いつの間にか自分の隣の席にいたはずの桜がどこかに消えているのだ。また逃げられたのかと教室を見回してみると、入り口の手前で桜が明日香ちゃんとクルトワの襟首を掴んで室内に引き戻している。
「二人で食堂に逃げ込もうと企んでも、そうはいきませんよ」
「桜ちゃん、どうかその手を放してください」
「捕まってしまいましたぁぁ」
どうやらこの二人は、自主練の時間に実施されるダイエット作戦から逃げ出そうとしていたらしい。だが敢え無く桜に御用となって、このまま第3訓練場に連れていかれようとしている。ほのぼのとしたコントのような三人のやり取りに、ついつい笑い顔になってしまう聡史。とはいえ放置もできないので、用件を伝えようと妹に歩み寄る。
「桜、学院長から呼び出しだ。二人を放すんだ」
「まったく… 逃亡の容疑者をせっかく捕まえたのに、放免するなんて無性に腹が立ちますわ」
憮然とした表情で桜は襟首から手を放す。すると明日香ちゃんとクルトワは千載一遇のチャンスとばかりに脱兎のごとく廊下へ飛び出していく。行き先はもちろん学生食堂で、学科の授業で疲れた頭を癒そうとデザートを口にするつもりであろう。
そんなミエミエの行動を取る二人をむざむざ見逃した桜は、ため息をつきながら聡史の顔を見上げる。
「お兄様、学院長の用事をさっさと済ませましょう。なるべく早く下手人をお縄にしなくてはいけませんから」
「北町奉行所の岡っ引きか! まあいい、頑張ってくれ。二人は桜に任せるから」
兄妹はそのまま学院長室へと向かう。ドアをノックして室内に入ると、書類と格闘していた学院長が顔を上げて二人をソファーに招く。
「呼び出した理由は、二人の任務についてだ」
「カレンに何かありましたか?」
「あるにはあったが、カレンが上手く立ち回ってくれたおかげで今のところ問題はない。それよりも来週の火曜日、新潟港に中国からの貨物船が到着する。桜中尉は私と共に現地に赴いて、該当の船をガサ入れするぞ」
「それは面白そうですわ。日本海の海の幸食べ放題の予感がしてきます。お兄様、まだカニの時期は終わってませんよね」
「どうか一刻も早く食べ物から離れてくれ。貨物船に注意を向けるんだ」
「それはもちろん、キッチリと型に嵌めてご覧に入れますわ」
桜の目がキラキラに光る。食欲と闘争本能の両方が満たされるなんて、この娘にとってはオイシ過ぎる任務であった。だが学院長は立場上桜に釘を刺す。
「桜中尉、貨物船には工作員が乗っている可能性が高い。油断するんじゃないぞ」
「大丈夫ですわ。工作員の1万人くらい、私が片手で捻り潰して差し上げます」
自信満々な態度を崩さない桜であった。学院長もこれ以上は何も言うまいと諦めている。桜は自由に行動させてこそ、その能力を全開に発揮する。下手に型に嵌めるべきではないのだ。続いて学院長は聡史に向き直る。
「私が不在の間、マハティール王国の使節団に何かあったら、ダンジョン対策室から楢崎中尉に直接命令が下る。万一の際には命令に従って迅速に行動を開始してくれ」
「了解しました」
「話は以上だ。戻っていいぞ」
「「失礼します」」
兄妹は一礼して学院長室を出ていく。
◇◇◇◇◇
学生食堂では、明日香ちゃんとクルトワが幸せそうな表情で雪見大福パフェとあまおう苺山盛りパフェを味わっている。
「ああ、幸せです~。雪見大福がパフェになるなんて、絶対に飛びついてしまいますよ~」
「明日香ちゃん、このあまおう苺は何もつけなくてもとっても甘くて美味しいですよ~」
何よりも楽しみな時間を心行くまで満喫している二人だが、そこに恐怖の影が忍び寄る。
「やっぱりパフェでしたか。さあ、ダイエットに向かいますよ」
「ゲエェェェ! さ、桜ちゃん、何でもっとゆっくりしないんですかぁぁ」
「幸せ時間が終わってしまうぅぅ」
桜の姿を発見した明日香ちゃんとクルトワは、スプーンを握ったまま茫然自失。せっかく逃亡したものの、シャバの自由な空気に浸る時間は20分で終了の鐘が鳴った模様。
「まったく、明日香ちゃんはせっかくウエストが1センチ縮んだのに、何をやっているんですか。小さなサイズのスカートが穿けるようになるまで頑張ると言ったのは誰でしたか?」
「桜ちゃん、スカートは諦めていませんよ。きっといつか… いつの日か遠い未来には必ず」
「目標を自分から遠ざけてどうするんですかぁぁぁ。そんなアテにならない未来よりも、1周でも多くグランドを走ってお腹の贅肉を取ってもらいたいですわ」
「テヘヘ、面目ない」
テヘペロ顔の明日香ちゃん、もちろんその顔は全然懲りた様子が窺えない。食べてもいいからもっと運動しようよ。せめて体重が増えない程度には… するとクルトワが。
「そ、それでは明日香ちゃん、行ってらしてください。私は留守番していますから」
デザート友の会会員ナンバー2番、副会長のクルトワは会長を裏切って桜に売り付けようとしている。自分が助かるために形振り構わずの手段に出たようだ。だが桜の魔の手は、そんなクルトワの甘えを許すはずもない。
「クルトワさん、私たちがダンジョンで発見した当時のあのほっそりとした儚げな面影はどこに行ったのでしょうか? すっかり明日香ちゃんに追い付け追い越せの体型に成り果てているじゃないですか」
「そ、そんなことはないです。まだ明日香ちゃんと比べたら、だいぶスマートなはずです」
「コラァァァ! 黙って聞いていれば、クルトワさんはヒドイじゃないですかぁぁ」
思わぬ裏切りに遭って、明日香ちゃんは頬を紅潮させて大きな声を上げている。学生食堂には数人の生徒の姿があるが、全員の注目を一斉に浴びているのは言うまでもない。それにしても女の友情はこんなにも呆気なく壊れてしまうものなのか? いや、この二人が桜のダイエット作戦から逃れたい一心なのだ。二人とも間違っても深く考えてはいない。とにかくダイエット作戦からから逃げられるのであれば、要は何でもアリなのだ。一時的な裏切りさえも許されるという、デザート友の会の非情な掟といえる。
それはそうとして、明日香ちゃんも大抵だが、クルトワも相当人間としての器が小さい。いや、厳密にいえば魔族であった。魔王の娘として、本当にこれでいいのだろうか? 国の運命を背負って日本との交渉に臨んでいるディーナ王女の爪の垢でも飲ませたくなってくる。
しかし抵抗するまでもなく二人共、岡っ引きの桜によって引き立てられる。演習服に無理やり着替えてから、とっぷり日が暮れるまでグランドを走り回らされるのであった。
◇◇◇◇◇
翌日は土曜日で、この日は朝からダンジョンに入ろうとする生徒の姿が多数見かけられる。どの生徒の顔も、新たな階層に挑もうとして真剣そのものだ。
Eクラスの生徒たちは引き続きレベルアップ作戦継続中で、本日もレベル上位者が各パーティーに付き添ってより深い階層を目指す予定となっている。
その集団にあって、女子チーム〔ミサイル社中〕と一緒になってダンジョンに向かっているのは、明日香ちゃんとクルトワのコンビであった。
「ふひぃ~… 昨日のシゴキのせいで、体の節々が悲鳴を上げていますよ~」
「それでも明日香ちゃんは普通に歩けたからまだいいです。私なんか立ち上がれなくて、またあの苦い薬のお世話になっちゃいました」
カレンが不在のため、回復魔法の使い手が誰もいないという影響が出ているようだ。昨日のクルトワは桜からポーションを口に流し込まれて、ようやくダイエット作戦のダメージを回復していた。明日香ちゃんは絶対お断りとばかりにポーションを拒否したため、まだ体中に筋肉痛が残っているらしい。レベル80オーバーの人間を筋肉痛にするなんて、果たして桜はどこまで彼女たちを追い詰めたのであろう?
「でも今日と明日は桜ちゃんと別々ですから。それだけでも解放された気がしてきます」
「痩せなくてもいいから、もうちょっと優しいトレーニングがしたいです」
本音をぶちまけている明日香ちゃんとクルトワ。二人してボヤキが止まらない。まあ自業自得といえばそれまでだ。いい加減早目に諦めてもらいたい。すると一緒に歩いているフィリップが口を開く。
「お二方、女子チームのフォローをするはずなのに、そのような調子で大丈夫でありますか?」
「ああフィリップさん、もうちょっと体が解れたら少しはマシになってきますから」
「フィリップ、体の疲れは解消しています。でも精神的な疲労が…」
二人が溢す愚痴を聞いて、フィリップは遠い目で彼方を見ている。どうやら昨日のダイエット作戦は相当厳しいものであったのだろうと、その光景が容易に頭に浮かぶのであった。
◇◇◇◇◇
こちらは聡史がフォローに回る男子チーム〔久遠の火の鳥〕、チーム名はかなり凝っているが実力はEクラスの生徒たち同様で、つい先日までは全員がレベル9… まだ二桁にも届かないメンバーであった。ところが聡史たちが応援に回った途端に、一日で一気にレベル15まで達してしまい、全員が逆に戸惑いにも似た表情を浮かべている。
「なあ、俺たちのこれまでの努力って何だったんだろう?」
「難しく考えるな。どうせ考えても答えなんか出ないんだ」
「どうせ俺たちは底辺の肉体労働者だ。こうなったらとことんレベルを上げようぜ」
「そうだな。底辺でも意地と気合いで何とかしてやる」
「それにしても魔法使いと盾役がいると、パーティーの戦い方が全然違うんだな」
「本当にビックリしたぜ。魔法使いっていうのは、まあ何となく想像はついたが、盾を持った人間がいるだけで攻撃と防御の幅が広がるんだな」
「聡史の提案に従って装備を変更してよかったよ」
「そうだな。小型の盾と片手剣の組み合わせっていうのは、予想以上に戦いのバリエーションが増える」
四人パーティーの久遠の火の鳥はこれまで全員が両手剣を用いていたが、そのうちの二人が上記の装備に変更している。もちろんまだ盾と片手剣の取り回しには不慣れだが、それでも彼らは確かな手応えを感じている。
この話を聞いてニマニマしているのは、男子四人の直後を歩いている美晴であった。
「師匠、なんだか盾を持っている人間の地位が認められている気がしてくるよ~」
「そうだな、美晴の活躍も影響しているんじゃないのか」
「えへへへ… そう言われると、なんだか照れるなぁ~」
威勢のいい脳筋女子ではあるが、そこはやはり女の子。聡史の右手に摑まるように抱き着いてますますニマニマしている。だが聡史が言うように盾の攻守に渡る有用性が明らかになったのは、美晴の八校戦での活躍によるところが大きい。
「さあ、今日もしっかりとレベルアップに協力しようか。気持ちを引き締めていくぞ」
「師匠、了解っス」
こうして聡史が同行する久遠の火の鳥は、ダンジョン管理事務所に入っていくのであった。
◇◇◇◇◇
変わってこちらは女子チームの〔オーバーホール完了〕、このパーティーは美鈴や臨時講師であるレイフェン、フィリップなどといった高レベルの魔法使いがサポート役で加わっていない。代わりにEクラスでは数少ない魔法使いである美智香が、魔物にダメージを与える役を務めている。
その美智香に、ブルーホライズンのリーダーである真美が話し掛ける。
「どう、魔法を魔物に当てるイメージは掴めてきたかしら?」
「ちょっとだけコツがわかってきたような気がします」
「仮に魔法が外れても心配しないで大丈夫よ。その時は私たちがしっかりフォローするわ」
「ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」
さすがはダンジョンで多くの経験を積んだブルーホライズンのリーダーを務めるだけある。真美は美智香に圧し掛かるプレッシャーを取り除こうと、わざわざこのような声を掛けていた。
ブルーホライズンの魔法使いである千里は、聡史と美鈴にすっと魔法を教え込まれていた。そのおかげもあって、今ではレベル70近い信頼が置ける魔法使いに育っている。その意味では聡史と美鈴は千里にとって先生といえるだろう。だがこれまでの間、魔物との戦いの場面で千里に指示を出していたのは真美であった。戦闘場面で千里が的確に魔法を用いるようにいつも考えて実戦で鍛えていたのは、実はリーダーの真美なのだ。その意味で真美は、千里を育て上げたもう一人の功労者といえる。
脳筋だらけのEクラスにあって、周囲を見渡せる真美のリーダーシップは掛け替えのないものであった。当の真美は、日々聡史の指示する様を見て勉強しているといつも答える謙虚な態度を崩さないが…
そして今回、彼女はもっと先々を見据えて美智香を一人前にしようと考えている。少なくとも千里同様にパーティーを援護できるようになってもらいたいと願っている。それだけではなくて、オーバーホール完了のリーダーにも適切に魔法使いを戦力として生かせるように、様々なアドバイスを送る。
まだ自分で判断が難しい美智香を頼りにしなければならないオーバーホール完了に真美を加えた聡史の意図が、なんとなく透けて見える気がする。それほど聡史は彼女のリーダーとしての統率力を信頼している。真美自身パーティー統率役の中では1年生ではずば抜けた存在として、すでに頭角を現しているのであった。
こんな真美が聡史の代理のように辣腕を振るう限り、このパーティーは間違いなくいい方向に成長していくはずだ。そしてオーバーホール完了の四人は、一昨日よりもちょっとだけ自信を身に着けた表情でダンジョンに入っていく。
◇◇◇◇◇
そして最後に男子チームの〔ラブ&ピース〕の四人は、本日も桜に率いられて入場ゲートを潜っていく。
「さあ、今日は軽く森林階層でコカトリスを狩ってから、最終的には15階層を目指しますよ~」
「ボ、ボス… はぁ~、お任せします」
元原もすでに何も意見しなくなっている。桜が言い出したら絶対に実行すると、骨身に染みて理解しているのだ。そして、男子四人は力なく俯いている。
「おや、元気がないようですねぇ~。なんでしたら私が気合いを入れましょうか?」
「いや~、今日もダンジョンに入れて嬉しいなぁ~。ホントウデスヨ」
「15階層って、どんな場所なのかなぁ~。ウソジャアリマセンヨ」
急にカラ元気を見せるラブ&ピースのメンバーたち… セリフの後半は完全に棒読みであった。その気持ちはよくわかると元原が頷いている。
そして彼らは力なく転移魔法陣に入ると、一気に10階層まで転送されるのであった。
桜、新潟の海に立つ! 次回中国の工作員との対決か? この続きは2、3日後に投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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