179 交渉成立
今回で異世界編を終わらせようと色々と詰め込んだら、かなり長くなりました。どうか最後まで目を通していただけますように……
アズール公爵に加担し悪魔崇拝に参加したり星の智慧教団に関与した貴族たちは、全員騎士団によって引き立てられて謁見の間から姿を消していく。宮廷内部の大掃除が終わってホッと一息ついた国王が、おもむろに口を開く。
「やれやれ、まさかこれほど大きな陰謀が張り巡らされていただけでなく、人にあらざる者が国政に関与していたとは思わなんだ。さて日本国の代表よ、此度の働きは王として感謝に堪えない。ついては改めて同盟に関する交渉を明日から始めたい。こちらの新たな担当者は王太子と王女、それから見届け役として宰相を指名する。どうか実りある同盟を締結してもらいたい」
「父上、いまだ未熟な私ごときが日本との交渉に当たってよいのでしょうか?」
「王女よ、そなたが我が国の中では最も日本を存じておる。それにな、これは我が国にとっては新時代の幕開けに違いない。新たな時代は、若い人間の手によって切り開かれるべきだと思わぬか?」
「王国の未来のために、父上の仰せを固くこの胸に刻みます」
ディーナ王女は壇上に腰掛ける国王陛下に向かって深々と頭を下げる。彼女の父である現国王は、魔族との戦いを通じてあらゆる辛酸を舐めてきた苦労人なだけに、その判断はこの場においては的確だと評価できよう。
こうしてこの日の謁見は終わりとなる。大多数の貴族にとってつい今まで一緒にいた公爵がまさか人の姿をした怪物だったと知れて、半ば放心状態で帰途に就く。彼らに混ざって聡史たちも謁見の間を引き払って離れに戻っていく。妹の思いもよらぬ仕出かしに心労が重なった聡史と比べて、ピカピカの笑顔を振りまく桜の姿だけが印象的であった。
◇◇◇◇◇
翌日の朝一番から王宮内のメインの会議室で、マハティール王国と日本との同盟に関する交渉が始まる。参加するのはマハティール王国側は王太子、ディーナ王女、宰相、それから軍事の専門家としての意見を述べるために騎士団長も顔を揃えて、日本側は聡史だけでなくて桜、美鈴、カレンが加わっている。2日間桜を放し飼いにしたせいで大騒ぎを引き起こした反省から、聡史はこの三人も会議に参加させているのであった。だがそもそも席に座っての話し合いなどとは最も縁遠い桜は、頬を膨らませて不満を露わにしている。
会議の冒頭で聡史は開口一番頭を下げながら自らの不徳を詫びている。
「この度は妹が大騒ぎを引き起こしまして申し訳ありません」
「聡史さん、何を言っているんですか? 桜ちゃんの大活躍で宮廷に巣くう悪人が排除できたんですから、これは我が国から勲章を授けるべき大手柄ですよ」
平身低頭の聡史に対して、ディーナ王女が桜の行いを正面から肯定している。桜の働きがなかったら、いまだにアズール公爵によって宮廷が壟断される状況に甘んじるしかなかったとの思いが、彼女の中では強かった。そして当の桜は…
「お兄様、『騒ぎを引き起こした』とは失礼な言い草ですわ。私はお友達のディーナさんを思って行動を起こしただけですの」
「自分の趣味が混ざっていなかったら最高だったのにな」
どんなに言い繕うとも聡史の指摘は桜の痛い所を突いている。これまでの桜の所業を誰よりも目の前で見てきただけに、聡史の妹を見る目は厳しい。二人の間に険悪な空気が流れる中で、突然場の雰囲気を搔き乱すような笑いが響く。
「ハハハハハ… 聡史殿もこれほど妹殿に手を焼いているとは。同じようにヤンチャな妹を持つ身として同情いたしますぞ」
「兄上、ヤンチャな妹とは誰のことを指していらっしゃるのですか?」
「私には妹が二人いるが、すでに嫁いでいったメアリーは慎ましやかな人柄だったと記憶しているよ」
笑い声を上げたのは王太子であるチャールズであった。ヤンチャな妹と揶揄されたディーナ王女の頬が今度は思いっきり膨らんでいる。
二人の兄の発言によって妹たちが膨れっ面をするという、いきなり不穏な立ち上がりとなった会議の場であるが、いいタイミングだと判断した美鈴が仲裁に入る。
「まあまあ、桜ちゃんもディーナ殿下もそんな顔をするんじゃないわよ。お兄さんは方はあなたたちの活躍を認めているんだから」
間に入って取り成す美鈴の発言に、聡史とチャールズ王子は心の奥底をすっかり見透かされているとやや恥じ入った風で俯く。対して妹軍団は我が意を得たりとピカピカの表情だ。さらに美鈴が続ける。
「レプティリアンの摘発に関しては桜ちゃんとディーナ殿下が頑張ってくれたんだから、ここからはお兄さんたちがしっかりする番よ。日本とマハティール王国がより良い方向で協力し合えるように、双方に役立つ同盟を作り上げてちょうだい」
この発言で会議はようやく元の軌道に戻る。見届け役の宰相も、美鈴の計らいに満足そうに頷いている。さすがは魔法学院の生徒会副会長だ。生徒会レベルで国同士の交渉を取りまとめるのもおかしな話かもしれないが、少なくとも参加者の中では話し合いというものを理解している。
美鈴の発破に何とか気を取り直した聡史がようやく本題に立ち返って、日本からの提案の概要を話し出す。さらにテーブルの上に広げられている地図を指し示しながら、同盟の要である自衛隊の駐屯に関してより具体的な説明を開始する。
「日本は魔族の脅威を排除するために、マハティール王国の3か所に自衛隊員を駐屯させたいと考えている。王都には連絡要員として200名、アライン砦に実働部隊を1500名、双方の中間地点あるマルレーンの街に補給要員を300名配置して魔族との戦いに備えたい。もちろんマハティール王国の戦力が駐屯するのを邪魔するつもりはない」
「兵の人数が想像よりも少ないように感じるが、そのようなわずかな人員で魔族を抑えられるのだろうか?」
チャールズ王子の脳裏には、2万を超える王国の騎士団すら壊滅状態に追い込まれた魔族の強さが焼き付いている。彼には日本が示す総勢2000名という兵数が、どうにも心許ないように感じられているようだ。
「エクバダナという魔族の街で80名の自衛隊員が1000名の魔族軍を1日で全滅に追い込んだ。10倍の魔族に対して有効な攻撃ができた点を考えると、この人数で十分だと判断している」
「我が国の騎士団が20倍の人数で当たっても難なく撃破されたのだが、日本の軍はそれほど強力というのか?」
やはり王太子には1から順に説明しないと日本の事情は理解不能なようであった。現実に日本の姿を目にしないと、科学技術の差は誰にも理解されないであろう。溜まりかねたように横からディーナ王女が口を挟む。
「お兄様、そろそろ色々とお分かりになってもいい頃合いですよ。日本は私たちの想像を超える国なんですから」
「ああ、そうだったな。どうもこの国の水準で考えてしまうので、私の基準そのものを見直さないといけないんだな」
王太子もさすがに頭の切り替えが必要と理解した。さらに彼は王国の現状に関して追加の説明を行う。
「我が国にとナズディア王国の境はこの地図の北辺にあるイーラ河だ。魔族はこの川を越境してアライン砦に至る北方街道を侵攻した」
「なるほど、魔族領から砦まではほぼ直線で遮る物はなさそうだな」
「その通り、平坦な一本道で馬車で1か月あれば、イーラ河からアライン砦に到達する。途中には人口2、3万の地方都市がいくつかあったが、全て落とされて住民たちは惨い目に遭っているだろう」
「そうか、あいつもかなりの悪事を働いているな」
最後の聡史の言葉は独り言であって王太子には聞こえていない。聡史のセリフにあった『あいつ』とは、現在美鈴の配下となっているレイフェンを指している。それとは別に聡史は手持ちの情報を確認しようと、王太子に尋ねる。
「魔族を尋問して聞き出した情報によれば、ナズディア王国は3方向から侵攻しているという話だった。一つはまっすぐにアライン砦を目指して電撃戦で侵攻した部隊だとして、残りの2方面はどうなっているのだろうか?」
「アライン砦を落とした魔族たちは、言ってみれば中央を切り裂いて突進してきた軍勢だった。平らな一本道だから侵攻が容易だったのだろう。対して他の方面だが、アライン砦の西側の山岳地帯を谷を縫って進む一団がある。こちらにはほとんど人家がないので、我が国は敢えて攻撃せずに偵察に止めている。攻撃を加えても逆に返り討ちに遭うのがオチだからな。今となっては貴重な兵力を王都防衛に温存する方針でこれまで来ていた」
「なるほど、それは仕方がないな。それで、現在魔族はどこまで進んでいると考えられるんだ?」
「どうやらマルステア盆地に留まっているようだ。ここから先はより険しい山岳地帯に入るから、魔族たちも準備を整える必要があるのだろう」
マルステア盆地とは、地図上で言えばイーラ河を渡河して2週間程谷あいを進んだ場所にあるこの地域では数少ない平らな場所だ。千人単位で険しい山岳地帯を侵攻するにあたって、ここをベースにして高地を踏破する準備をしているのであろう。地球でも古来から搦め手や奇襲を実行する戦力に山越えをさせる例がある。
「こちらの軍勢はしばらくは時間の余裕がありそうだな。もう一方はどうなっている?」
「魔族の中央軍よりも東側を進む軍勢だが、こちらはバルティス湿原を越えるのに苦労しているようだ。一歩足を進めるごとに膝まで埋まってしまう湿地帯だけに、容易には進めないだろう」
「なるほど、地理的な条件は今のところはマハティール王国に有利に働いているんだな」
「有利と言えるものではないな。一時的な猶予と考えたほうがいい」
自虐気味に答える王太子、だが聡史からすれば戦果を誇張したり味方の優位を誇大に吹聴する為政者よりも、素直に不利な状況を認識しているその態度は好ましく映っている。
「確かに猶予という言い方もできるか… ただし魔族側の最も肝心な中央軍が現在消え去っている。この点では、状況は相当改善してと見ていいだろう」
「その点に関しては、日本の計らいに感謝している。王都の喉元に刃を突き付けられた形だっただけに、最悪の状況からは一歩抜け出したといえるだろう」
歴戦の聡史からしても、この王太子は中々戦況を見る目があると感じている。城にふんぞり返っているだけの人物ではなさそうだと、彼の勘が告げる。
「失礼だが、王太子殿下は戦場に立った経験があるのか?」
「私はアライン砦の決戦に際して、陛下から総司令官を命じられた。砦の死守を誓ったにも拘わらず、むざむざと騎士たちを死地に追いやった無能な司令官だ」
「兄上、それは違います!」
突然ディーナ王女が血相を変えて王太子に詰め寄る。普段は穏やかな表情を心掛けている王女にしては珍しく、色白な顔を真っ赤にして訴えている。
「兄上は最善を尽くされました。砦に溢れ返った5万にも及ぶ避難民をマルレーンに逃がすために、魔力の限りを尽くして最後まで奮戦されたと聞き及びます」
「ディーナ、庇ってくれるのは嬉しいよ。だが私は敗れたのだ。戦いに散っていった騎士たちには、今でも申し訳なく思っている。魔力が尽きて倒れた私を救い出すだけで、千人もの騎士たちが犠牲になったのだからね」
「確かに亡くなった騎士たちには申し訳ないです。ですが、兄上は最後まで戦い抜きました。どうか胸を張ってください」
2万にも及ぶ騎士団を壊滅させた無能な指揮官と自らを嘲笑する王太子と、5万もの避難民を無事にマルレーンに逃がしたと、その功績を称えるディーナ王女の間で意見が食い違っている。ここで久しぶりに桜が口を開く。
「ディーナさん、戦争というのは負けたらお仕舞なんですよ。勝った者だけが胸を張っていられる… それが戦争の現実です。敗者には何も残らないんです」
「そ、そんな…」
残酷なようだが、桜は戦争の真実をディーナ王女に突き付けている。勝った者だけが生き残れる、だから最後まで勝ち続ける… これこそが桜の戦いの哲学だ。その発言にディーナが俯く。だが聡史は別の切り口から意見を重ねる。
「王太子殿下、一度負けたら次は勝てばいい。だからこそ日本が協力するんだ」
「そうであった。ついつい心の中に死んでいった部下の顔が浮かんで、一時の感傷に浸ってしまったようだ。過去は平和を取り戻してから思い返せばよい。今考えるべきは未来だ」
こうして話し合いは進んでいく。その結果聡史が提案した自衛隊の駐屯案は了承された。
「あとはこの取り決めを文書にして調印すれば、両国の同盟は締結される」
「我が国としては、王女を立てて正式な日本への使者として送り出したい。数名の随行者も用意するので、聡史殿と一緒に連れて行ってもらえるだろうか?」
「兄上、私が日本へ?」
「一番の適役だろう。マハティール王国の正式な使者を務めてもらいたい」
「はい、大役ですが、命に代えてもお役目を務めてまいります」
こうしてこの日の昼までに、双方の合意の下で同盟が了承される。見届け役の宰相は、この決定に満足そうに頷いている。それはそうであろう、マハティール王国にとっては実質的には利益にしかならないのだから。
この会議の内容は、翌日の国王の謁見でも了承される。かくして一時はマハティール王国の宮廷を揺るがす騒ぎにもなった日本との同盟が、ようやくここに実現の第一歩を印すのであった。
◇◇◇◇◇
国王陛下に正式に同盟の了承を得た3日後、王宮内はいつになく華やいだ雰囲気に包まれている。この日の夕刻には、同盟締結と日本から来た使者を労う舞踏会が開催されると告知されているのであった。
女子たちはメイドに案内されて、色取り取りのドレスがズラリと並ぶ部屋に来ている。彼女たちには一人ずつメイドが付き添って、好みの色合いなどを確認している。
「美鈴様はどのようなお色がお好みでしょうか?」
「本当は明るい色を選びたいんだけど、どうせ黒しか似合わないのよねぇ~」
闇の支配者だから仕方がない。黒こそが美鈴を象徴している色といえよう。やや古めかしいデザインながらも、黒のレースがふんだんにあしらわれたゴシック調のドレス姿を鏡で映して、美鈴は一人でため息をついている。一方のカレンは…
「カレンさんは白を基調としたドレスがお似合いですね」
「やっぱりそうなりますよねぇ~」
こちらは純白の所々にパステル調のグラデーションがあしらわれた最新のドレスを身にまとっている。美鈴の羨ましげな視線がカレンに向けられているのは、気のせいではない。
そしてこちらは……
「ギャハハハハハ! 桜ちゃんはサイズが合わないから子供用のドレスですか」
「なんですって! そういう明日香ちゃんこそ、妊婦用のドレスなんですか?」
「ムキィィィィ! 誰が妊婦ですかぁ。お腹の子供のお父さんは、甘いデザートなんですかぁぁぁ」
「明日香ちゃん、自覚があるならもうちょっと自重したほうがいいですわ」
やや濃いピンクのドレス姿になった桜と、淡いピンクのフリフリがいっぱい取り付けられたドレスをまとう明日香ちゃんであった。
「それよりも明日香ちゃん、ダンスはできるんですか?」
「全然出来ないに決まっているじゃないですか。いいんです、美味しそうなデザートの前から動きませんから。そう言う桜ちゃんは踊れるんですか?」
「関係ありませんわ。食べ物の前から動きませんから」
うん、この二人は何が起きようとも平常運転だ。
デビル&エンジェルの女子チームが着替えている頃、一足先に着替えを終えたブルーホライズンは控え室で待っている聡史の前に思い思いのドレス姿で集まっている。彼女たちは暗殺実行犯を取り押さえた功績によって、この舞踏会に招待されているのであった。
「師匠、どうですか、私たちのドレス姿は?」
「そうだなぁ~… 日頃とは見違えてしまうな。別人かと思ったぞ」
真美が嬉しそうに話し掛けてくるのに合わせて、聡史も無難に彼女たちの晴れ姿を褒めている。するとここで、調子に乗った美晴が…
「師匠、私に惚れ直しましたか?」
日常は活動的な服装しか選ばない美晴だが、こうしてドレス姿になるとこれはこれで見栄えがしてくる。髪の毛はまだ金髪のままだから、本当に別人のようだ。
「美晴までドレス姿になるとは予想外だな。なかなかいいぞ」
「よっしゃぁぁ! 師匠から褒めてもらったぜぇぇ」
「美晴ちゃん、油断するとすぐにガニ股になるから、ちゃんと気を付けるのよ」
「真美さん、大丈夫だよ。ドレスの裾が長いから、ちゃんと隠れているよ」
「隠れているとか、そういう問題じゃないの! 気持ちの問題よ」
真美としては『見えなければバレない』という美晴の態度を何とかしたいのだが、当の本人は一向に改める気がないようだ。美晴さん、高校生の一人の女子としてどうかと思うぞ。
さらに真美は、つい先ほど美晴に教えたマナーが気にかかるので、この場で確認する。
「美晴ちゃん、ドレス姿の時の挨拶をしっかり覚えたかしら?」
「ああ、さっき練習したやつだ。なんだっけな… そうだ、カチャーシーだ!」
「そうそう、沖縄の皆さんが夜になって食卓を囲んで、ビールと泡盛で盛り上がりながら三線の音色に合わせて『アーイヤー』って… 違ぁぁぁう! カーテシーだろうが! 貴族の皆さんの前で琉球民謡を披露するな」
「師匠、長々とボケ突っ込みありがとうございました。美晴ちゃんは万事この調子なんで、舞踏会に出していいものかと心配で」
「えぇぇぇ、私自身はなにも心配してないから」
「ちょっとは心配しろぉぉぉ」
真美が美晴に思いっきり突っ込んでいる。リーダーとしてEクラス最強の脳筋女子を持て余しているようだ。
「真美さん、大丈夫だよ。ダンスの順番が来たら全部師匠にリードしてもらうんだ」
「えっ、俺が面倒を見るのか?」
「それが師匠としての務めですよ~。弟子の面倒は最後まで見てください」
美晴はこういう時だけ調子がいい。真美は諦め顔で美晴を聡史に託す。よくもまあ聡史には、次々と難題が押し寄せてくるものだ。
「師匠、こんな美晴ちゃんですが、どうか面倒を見てあげてください。不安な点を挙げればキリはないですが」
「不安な点?」
聡史は一応聞いておこうかという態度で、真美に聞き返す。
「はい、美晴ちゃんは舞踏会の準備でドレスに着替えるまでは〔武闘会〕だと思い込んでいました」
「シンデレラ〇レイドか」
さすがは美晴であった。これ以上もう何も言うまい。
◇◇◇◇◇
こうして表面上は何事もなく、王宮主催の舞踏会は開幕の時間を告げる。色とりどりの華やかな衣装に身を包んだ貴族たちに混ざって、聡史たちの一団も会場の隅に固まっている。
やがてある程度の時間を置いて、王族の来場が告げられる。まずはディーナ王女と王太子が入場して、最後に国王夫妻が席に着いて頷くと、生演奏の音楽が流れてホールのそこかしこで踊り出す貴族たちの姿が見受けられる。
入場してからしばしの間貴族たちの相手を務めて歓談していたディーナ王女は、意を決した表情で聡史たちが固まっている場所に向かう。そして聡史の前で優雅にドレスの裾を摘まんでニコリと微笑む。これは当然ダンスのパートナーになってほしいという合図であった。
「ディーナ殿下、よろしかったら一曲おつきあい願えますか?」
「聡史様、もちろんです」
聡史は以前異世界に滞在していた折に、何度もこのようなダンスパーティーに招待されていた。このような場合は必ず男性のほうから声を掛けるのがエチケットだと知っている。満面の笑みで右手を差し出すディーナ王女、その手を取って聡史はホールの中央へと向かうと、意外にも慣れた手つきでエスコートしながら正確なステップを刻んでいる。
「聡史様、どこでダンスをレッスンされたのですか? とってもお上手です」
「以前から多少の経験はあるぞ」
こうして曲に合わせて優雅に踊る二人、だが周囲の見る目はそうそう単純ではない。
「ま、まさかディーナ殿下は日本の使者と最初の曲を踊っているぞ」
「あれがディーナ殿下のお気持ちなのか?」
「うぬぬ、出し抜かれたか」
若い貴族の子弟たちの間に囁きが広がっていく。舞踏会で最初の一曲を踊るパートナーというのは、社交界では思いの外重要な位置を占めるのだ。ある意味でディーナ王女の意中の人間を大っぴらにしているに等しい。
そして、聡史が元々立っていた場所の周辺では…
「しまったぁぁ、タイミングを逃したわ」
「まさかディーナ殿下に先を越されるとは」
聡史を巡って火花を飛ばし合っていた美鈴とカレンが、横から獲物を搔っ攫われたオーガのような顔をしている。というよりも二人の背後からヌ~っと死神と撲殺天使のスタンドを浮かび上がらせながら、聡史とディーナが踊る姿を見ているのであった。
◇◇◇◇◇
この日は特別に、ホールから外に出る扉が全て開け放たれており、屋外では香ばしい香りを立てて盛大に肉を焼いている特設会場が設けられている。煌々と焚かれた篝火に照らされながら、王宮の料理人たちが大いに腕を振るっている。
実は王宮に集う人々に日本の味を知ってもらおうと、聡史と桜が材料から調味料まで一切を提供して、レッドホーンブルのステーキとミノタウロスの肉を細かく刻んでそぼろにした具を包んだおにぎりが供されているのであった。
「なんと、この肉にかけられているソースの美味さときたら」
「一口には言い表せませんな」
「こちらの見かけぬ白い塊も、薄い塩味で腹持ちがします」
「しかも中に肉を細かくして詰めてありますから、味が飽きませんぞ」
さらにそれだけには止まらずに、隣ではハンバーガーとフライドポテトが提供されている。美鈴がレシピを伝えて、王宮の料理人たちが丁寧に作り上げたひと品だ。
「パンに肉を挟んだだけでこれほどの美味しさとは」
「いやいや、よく見てくだされ。パンと肉の間には甘酸っぱいソースが挟まれておりますぞ」
「こちらのポテトは、ワインの友としてもいけるな」
一口でも口にした貴族たちの間からは、絶賛の声が乱れ飛んでいる。さらに口直しとしてアイスクリームまで用意されているので、多くのグルメな貴族たちは舞踏会そっちのけでこれらの料理を味わい尽くす勢いであった。
そして貴族たちに混ざって、料理が提供される即席のカウンターからカウンターへと俊敏に動き回っては、やれステーキだのハンバーガーだのアイスクリームだのを確保していく影がある。いわずと知れた桜と明日香ちゃんであった。
「桜ちゃん、やっぱりアイスクリームは最高ですよ。日本の味をもしかしたら上回っているんじゃないですか?」
「原料の質がいいですからね。すべて天然産ですし。それよりももう一度ステーキを確保してきますわ」
やはり桜と明日香ちゃんは、このような華やかな場所にあっても平常運転であった。
長らく滞在したマハティール王国を後にして、聡史たちは一旦日本に戻ります。舞台は魔法学院に移って…… この続きは2、3日後に投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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