178 謁見の間にて
聡史が何も知らないうちに……
「何度も説明しているが、我々日本国には侵略の意思はない。魔族という共通の敵のために力を合わせて戦うための同盟を強く求めている。この同盟は間違いなく両国の平和に寄与するはずだ」
「日本国の意向はどうあれ、我がマハティール王国は他国の軍隊の駐留など認めない。そもそも使者たる貴殿が若過ぎるゆえに、どうにも信用が置けない」
日本とマハティール王国の同盟締結交渉の席では聡史が根気強く同盟の意義を繰り返し説明するが、応対する外交大臣は相変わらずの態度で首を縦に振らないままだ。その理由として常に聡史の若さを理由に挙げて、信頼が置けないと述べている。本日も平行線のまま交渉が終わるのかと思われたその時、会議が行われている部屋のドアがノックされる。
「失礼いたします」
「重大な会議の場に、勝手に入ってくるでない。部外者の立ち入りは禁止と申したはずだ」
「フランク侯爵閣下、大変申し訳ございません。陛下からの火急の招集でございます。ただいまから臨時の謁見を執り行いますので、日本国の使者の方共々謁見の間にお越しください」
「急にどうしたというのだ? しかし陛下の招集とあらば向かわざるを得まい」
フランク侯爵をはじめとしたマハティール王国の交渉担当者は、聡史を目で促して謁見の間に向かう。それぞれの頭の中にはこのような非常識な時間に謁見が行われるなど、よほどの大事が発生したのであろうと様々な考えが過る。その大半は、再び魔族の侵攻でも起きたのではないかという考えに占められていた。
◇◇◇◇◇
聡史が謁見の間に入ると、広間の中は大慌てで駆け付けた貴族たちや高級官僚が続々と詰め掛けてくる最中であった。何ら事情を知らない参加者が、一体何事だという表情で自らの定位置に並ぶ。
現在城内にいる主だった者が全て集まると、王太子を先頭にしてディーナ王女が入場する。だが人々が息を吞んだのは、その後ろに桜、美鈴、カレンの三人が付き従っている点だ。日本国の正規の使者である聡史を差し置いて、桜たちが王族の後ろに付き従って入場するというのは、王国の謁見の儀礼上でも異例な事態であった。
王太子とディーナは、国王陛下の席の両脇に腰掛ける。本来ならば王妃も臨席するのだが、体調がようやく回復したばかりなので、大事を取って欠席となっている。
「国王陛下のお出まし~」
呼び出しの声が響いて、鷹揚に頷きながら国王陛下が入場する。居並ぶ参加者たちは、床に跪いて頭を下げて敬意を表する。桜たちはいつの間にか聡史の横に並んでおり、日本式の敬礼で国王陛下を迎える。
「一同の者、面を上げよ」
陛下の声でこの場の全員が顔を上げて立ち上がり、畏まった態度で次の言葉を待つ。
「この度の急な謁見は、王太子と王女の要請で開催された御前会議である。王女よ、この度の会議の趣旨を述べよ」
「はい、本日親衛騎士団より重大な犯罪行為の告発がありました。この件を陛下と諸卿の前で明らかにして、真実を公にしたいと存じます」
壇上の席から降りて広間の中央に進んだディーナ王女が謁見の目的を堂々とした態度で述べると、臨席する貴族や高官の席が騒めきに包まれる。
「お静かに願います。ただいまから直接犯罪を摘発した騎士団長から証言がありますので、どうかお聞きください。騎士団長、発言をしてください」
「王女殿下、ありがとうございます。それでは恐れながら申し上げます。昨日の夜半に、王家のご家族を狙った暗殺未遂事件が発生いたしました。未然に防いだため、陛下をはじめとしたご家族には危害は及んでおりません」
王家に対する暗殺未遂と聞いて、先程よりもさらに大きくどよめきが広がる。謀反に相当する大事件とあって、背後にどのような勢力が関わっているかなど、様々な憶測を口にする貴族たち…
「犯人の自供に基づいて昨日と本日の2日間に渡り関係する各所を調べたところ、単なる暗殺の陰謀ではなくてさらに大きな犯罪が関わっておりました。まずは暗殺を実行した犯人は暗殺者ギルドに所属しており、その暗殺者ギルドは星の智慧教団の本部教会に本拠地を置いているという事実が判明しました」
「なんと!」
「暗殺者ギルドに教団が関わっていたというのか」
「これは王都を揺るがす大事件に相違ない」
騎士団長の報告に、貴族や高官たちは一様に驚きを隠せない。一段とざわめきが広がる中で、一人の貴族が声を上げる。
「騎士団長殿、ただいまの発言は真の事実であるか? 何か証拠でもあるのだろうか?」
「証拠… そうですなぁ、まずは暗殺実行犯の証言がございます」
「その実行犯は現在何処におるのか?」
「騎士団が厳重に収監しております」
騎士団長に向かって発言するのはフランク侯爵であった。その態度は真摯に真実を追求するのではなくて、何やら胡散臭さを感じる。フランク侯爵が隣に立つ貴族に目配せをすると、その貴族は謁見の間から出ようと足を踏み出す。だが…
「どなたもこの場から外に出ないでいただきたい。謁見が終わるまでは、何人も外部に出るには能わず」
宰相の声が響くと、その貴族は動きを止めざるを得ない。フランク侯爵は苦々しい表情を浮かべている。騎士団に影響のある貴族を使って、犯人たちの口止めないしは闇に葬ろうと企んだのかもしれないが、足止めをされた結果手出しを封じられた格好だ。仕方なしにフランク侯爵は別の手段に訴える。
「証言だけで教団が暗殺に関わっていると断を下すのは早計に思う。他には証拠があるのか? 具体的な証拠が提出されるまでは、信教の自由を保護する者として教団へ疑惑を向ける件は認められない」
「具体的な証拠ですか… あるにはありますが、この場でお見せするのは不可能です」
「なぜ不可能なのだ? 証拠があるならこの場で明らかにするのが騎士団の責務であろう」
「そうですねぇ~… 理由は、なんと申しましょうか… 持ち運びができません」
「持ち運び? どういうことだ?」
「有り体に申しますと、総延長5キロに及ぶ地下通路をこの場に持ち込むのは不可能であります」
「な、何と申した」
「教団本部教会から王都の街中を通って王宮の手前まで掘られている地下通路が存在しております」
「そ、そのような戯言を申すな。地下通路などあるはずない」
明らかにフランク侯爵は動揺した表情を浮かべている。その声にも若干の震える響きが感じられており、団長の発言は彼の最も痛い個所を的確に突いているようだ。
すっかり動揺して使い物にならなくなったフランク侯爵に代わって、前に出たのはアズール公爵であった。小指の先ほども動じた様子もなく、堂々とした態度で発言し始める。
「騎士団長、そのような途方もないおとぎ話を本気にする程我らは大人気ないと思っておるのか? 偽りを申すにも程があろう」
「公爵閣下、偽りなく地下通路は存在しております。その通路は王都の有力商人の店やフランク侯爵家、果てはアズール公爵家の納屋にも繋がっておりました」
「仮にそのような地下通路があるからといって、なぜそれが教団と王家への暗殺と関連しておるのだ? まったくそなたの発言は支離滅裂で議論に値せぬぞ」
頭ごなしに強い態度で否定しに掛かる公爵、騎士団長を貶めてその発言の信憑性を周囲に疑わせようとしている。その態度の裏には、自らの権力によってこの件を煙に巻いて有耶無耶にする意図が見え隠れしている。
ここで騎士団長に代わって、ディーナ王女が公爵に相対するように口を開く。
「アズール公爵、そのように強がってももう仕方がありませんよ。すでにあなた方と星の智慧教団、さらには暗殺者ギルドが全て繋がっている事実が明らかになっています」
「何も明らかになっておらんぞ。殿下はありもしない疑惑で公爵たる私を貶めるつもりか?」
「王家に対する反逆者といえども、改心すれば多少の慈悲は与えられます。全てを認めるのは今この機会しかありません」
「ありもしない罪を上げ連ねて私を陥れる陰謀など誰が認めるものか。王家の一員として、このような嘘を並べ立てる殿下は恥を知ってもらいたい」
アズール公爵は、誰に何を言われようとも絶対に認めようとしないつもりだ。この場を乗り切ったら教団に手を回して証拠を隠滅すればいいと、秘かに考えている。
この謁見を逃すとアズール公爵を追い詰めることが困難になるので、王女の心中は穏やかではない。しかしこの場の両者を比較すると、一枚も二枚も公爵のほうが役者が上であった。
だがいよいよこの人物が我慢の限界に達している。ただでさえ気が短い性格に以ってきて、このようなヤキモキする展開が続くとあっという間に沸点を突破するのだ。
桜が前に進んで、ディーナ王女を右手で制する。
「ディーナさん、どうやら相当にしぶとい相手のようですね。この場はどうか私にお任せください」
「おい、桜! 何をやっているんだ」
急に動き出した桜に聡史の声が飛ぶが、桜は聞こえないフリをしている。聡史は何も事情に気が付いていないだけに、いきなりの桜のやらかしに頭を抱えている。
「貴様、他国の使者風情が国政に口出しするなど、大罪に値するぞ。無礼にも程がある」
アズール公爵は、王女を制してノコノコ出てきた桜に顔を真っ赤にしている。確かに王宮の儀礼からすると、桜の行動は到底認められない。だが人一倍面の皮が厚い桜に対して、このような言動は何ら効果をもたらさない。この場の主役は自分であると、鋼鉄の神経で主張し始める。
「悪役が偉そうなことを言っているんじゃありませんよ。ネタは全部上がっていますからね」
「なんと無礼な奴だ。騎士団、この無礼者をこの広間から追い出すのだ」
だが謁見の間に詰めている騎士団は一向に動こうとはしない。すでに騎士団全体が、桜の配下に入っているといっても過言ではないのだ。
「バカなんですか? 高々公爵の命令程度では、騎士団は動きませんよ。世の中で一番力を持つのは、最も強力な武力を掌握する人間です。騎士団の皆さんは、誰が一番強いかよく知っていますよ」
「なんだと、どういうことだ? なぜ騎士団が動かぬのだ?」
事ここに至ると、さすがの公爵も心の中で不味いと気が付いている。だがそれをおくびにも出さずに、表面では強気を取り繕うしかなかった。
「さて、話を暗殺者ギルドと教団に戻しましょうか。団長さんとディーナさんは、まだ両者が存続しているような話し方をしていましたが、実際にはすでに消えてなくなっていますよ」
「そんなバカなことがあるか! 教団には聖騎士もいるはずだし、100人、200人の騎士団で出向いても返り討ちに会うだけだ」
「でも実際には、すでに暗殺者ギルドも教団の本部教会も、その場にいた関係者は全員私がこの手で殲滅しました」
「桜ぁぁ、お前というヤツは、なぜジッとしていられないんだぁぁ」
桜の発言に聡史が頭を抱えている。この2日間、同盟締結交渉のため桜の動きは完全にノーマークであった。そして蓋を開けてみればこの有様。何とか助けを求めようと美鈴とカレンに視線を向けるが、二人とも口を真一文字に結んで首を横に振るだけであった。こうなった以上なるようになるしかないと、聡史は腹を括らざるを得ない。
「バカな、どうやって一人で殲滅するというのだ? 方法があれば見せてもらいたいものだな」
公爵は一向に桜の言動を信じようとはせずに、逆に桜を挑発するような態度をとる。このような行動は、桜に対しては逆効果しか生まないと気付いていなかった。
「そうですねぇ~… 今更方法をお見せできませんが、証拠ならありますよ。ほらこの通り」
桜はアイテムボックスから嵩張る物体を取り出すと、無造作に床に転がす。それを見た公爵は…
「ま、まさか… グレゴリー総主教!」
床に転がされたその物体は、桜が回収しておいた総主教の亡骸であった。その姿を見たアズール公爵は、驚愕のあまりにその名を呼んでしまう。
「ほほう、興味深い反応を見せてくれましたねぇ~。語るに落ちたとは、正にこのようなことを指しますね」
「な、何のことだ?」
桜は自信たっぷりにニマニマしている。まるで東尋坊に犯人を追い込んだフナコシさんのような表情だ。そういえば桜は、自宅で暇な時にはマツケンさんとフナコシさんのDVDをしょっちゅう見ていた。この娘はもしかしたら中年のオジサンが好みなのかもしれない。どうでもいいけど…
「いやいや、だって今この死体の名前を呼んじゃったじゃないですか。確かにこれは私が討ち取った総主教の死体ですけど、なんでこのトカゲ人間の名前を知っていたんですか?」
総主教の遺体は、確かに身にまとう装束は芒星宮の教主の座にいた時と同様の豪奢な法衣姿である。だがその顔はレプティリアンそのものであった。人間の姿ならばまだしも、レプティリアンの本性を丸出しにしている死体に対して『グレゴリー総主教』とその名を呼んでしまったのは、公爵にとって命取りであった。
桜の追及に対して、返事に窮した公爵の表情が歪む。
「なぜこのトカゲの姿をした物体が、総主教だとわかったんですか?」
「むむむ」
なおも追及の手を休めない桜、本当に人を追い詰めるのが上手過ぎる。そしてついに公爵の目が真っ暗に淀んでいく。
「こうなったら仕方がない。この場にいる全員を皆殺しにしてやる」
明らかに公爵の目が、爬虫類を思わせる人外の存在に変化している。これを見取った桜の反応は早かった。
「美鈴ちゃん、カレンさん、周囲を覆ってください」
「任せなさい。闇のカーテン」
「全力で行きます。天使の領域」
桜と公爵の両者が立っている範囲を美鈴とカレンの力で完全に周囲から遮って安全を確保する。たった二人しかいない空間で、桜の目が爛々と輝く。
「どうも最初から怪しく感じていましたが、やはりトカゲ人間でしたか。それもどうやら、あなたこそが本体のようですわね」
「ふん、よくぞ見破ったな。だが人間風情の足搔きなどこれでお仕舞だ。城にいる人間もろとも全て滅ぼしてくれる」
「大口を叩いても無駄ですわ」
謁見の間の中央部で対峙する両者だが、いつものように桜が先に動き出す。目にも止まらぬ速度で接近すると、一呼吸の間に20発のパンチを叩き込む。
「グワァァァァ!」
完全に桜を舐め切っていた公爵は、一切反応する暇もなく桜の猛攻を体中に食らっている。その結果桜の目論見通りに公爵がまとっていた人間の姿をした外殻が崩れ去っていく。
「な、なぜだ? なぜ人間風情に我の外殻が割られるのだ?」
「理由は簡単ですわ。それは単純に弱いからです。さて、あまりこの場で戦いを長引かせるわけにはいきませんから、次で確実に仕留めますわ。迷わず成仏波ぁぁ」
桜の必殺の波動が、レプティリアンの本性を現した公爵に向かう。そしてその波動は公爵の体を突き抜けて背中側へと飛び出していく。他のレプティリアンと同様に体の内部を破壊されたその個体は、口から大量の血を吐いて床に倒れた。すでに息は残っていないようだ。
「これで一件落着ですわ」
つい先ほどまで公爵の姿をまとっていたレプティリアンをあっという間に片づけた桜は、美鈴の闇のカーテンとカレンの天使の領域を拳でまとめて破壊する。まさか力業で自分たちのバリアーが破壊されるとは思ってもみなかった悪魔と天使が目を白黒している。
「この場の皆様、公爵を名乗り私利私欲を満たすためにこの宮廷で暗躍していた怪物は葬り去られました。騎士団は、公爵に関係していた貴族を捕らえてください」
「承知いたしました」
トカゲの姿で床に無残な躯を晒している元は公爵であったその物体を見て、関係していた貴族たちは挙ってガクブルしている。だがすでに後の祭りであった。このような怪物に従ってその手足のように悪事を働いていたのだから、これから騎士団の手で洗いざらい吐かされるであろう。
騎士団は既にリストを作り上げており、この場に居合わせる貴族の4分の1が連行されていく。すでに彼らの家族たちも一足先に牢獄に放り込まれているので、一家団欒を牢内で迎えてもらいたい。
こうして宮廷内の大掃除を終えると、ディーナ王女が桜に近づいてその手を取る。
「桜ちゃん、本当にありがとうございました。桜ちゃんの大活躍で、宮廷内部に巣くっていた奸臣たちを一掃できました」
「まあこの程度は、大した労力ではありませんわ。ああそれから、悪徳商人や公爵に加担していた貴族たちの財産は全部私が没収して預かっていますから、明日にでもお城の金庫に戻します」
「何から何まで本当にありがとうございます。桜ちゃんはこのマハティール王国最大の恩人です」
こうして波乱に満ちた緊急の謁見は終わりを迎え、掃除が済んだ宮廷は日本との同盟に向かって大きく動き出すのであった。
桜の活躍で同盟を阻んでいた勢力が駆逐されて…… この続きは2、3日後に投稿いたします。どうぞお楽しみに!
それから皆様にお願いです。どうか以下の点にご協力ください!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「もっと早く投稿しろ!」
と、思っていただけましたら、ブックマークや評価を、是非お願いします!
評価はページの下側にある【☆☆☆☆☆】をクリックすると、簡単にできます




