164 比叡ダンジョン攻略開始
相変わらず体調が悪くて、投稿予定が大幅に遅れて申し訳ありません。風邪がなかなか治らない… そろそろ1か月になるのに。
ダンジョンに入ったクルトワは……
昼食時のデザートを人質に取られた故に魔物との最前線に立つクルトワだが、彼女のレベルではこの森林エリアはいささか荷が重い。最も弱いブラックウルフですら、全く歯が立たないのであった。
「ひょえぇぇぇ! 剣が刺さりません」
フィリップが魔法でダメージを与えてあとは止めを刺すだけという所までお膳立てしたにも拘らず、クルトワの剣の切っ先はブラックウルフの皮膚を貫けなかった。ゴブリンの上位種をようやく相手にできる段階では、さすがにこの森林階層というのは舞台設定が相応しくないようだ。
何とか止めを刺そうと剣を構えるクルトワに対して、手負いのブラックウルフは地面に伏したまま唸り声をあげて威嚇を続けている。その威嚇によって、逆にクルトワの腰が引けてジリジリと後退りを始める始末。この様子を見て桜も考えを改めざるを得ない。
「ウーム、さすがに12階層は無理がありましたかねぇ~。手っ取り早くレベルが上昇すると思ったんですが… 仕方がないから、明日香ちゃんが止めを刺してください」
「はい、デザートのために頑張ります。私はデザートのため以外は、一切頑張りたくありません」
変に開き直っている明日香ちゃんがトライデントを構えて一突きすると、ブラックウルフは事切れてその体が消え去る。その場にはドロップアイテムの毛皮が残されるのであった。
「明日香ちゃん、危ないところをありがとうございます」
「クルトワさん、気にしないで大丈夫ですよ。もうちょっとレベルが上がるまでは私が手伝いますよ~」
「本当ですか。それはとっても助かります」
明日香ちゃんとクルトワはいつの間にか固い友情で結ばれている。パフェが取り持つ縁といえよう。
「クルトワさん、この毛皮1枚でパフェを4つ注文できます。拾って桜ちゃんに手渡してください」
「ええぇぇ、この毛皮でパフェが食べられるんですか。大切に拾っておきます」
お城育ちのクルトワは基本的に貨幣経済の何たるかなどとは全く無縁の生活を送ってきた。学生食堂で毎日口にしているパフェの原資がどこから支払われているかなど、これまで考えもつかなかった。明日香ちゃんから教えられて、認識を新たにしている。
「なんだか明日香ちゃんが先輩風をビュンビュン吹かせまくっていますねぇ~」
「桜ちゃん、こう見えても魔法学院に入学してもうすぐ丸1年になるんですからね。4月には私たちは2年生なんですよ~」
確かにその通りであった。ついこの間まで学年最弱の存在であった明日香ちゃんも、春になって桜の花が咲く頃には無事に進級して上級生になる。桜に調子に乗りまくって鍛えた結果、学院生としてこれ以上ないほどの申し分ない成績を残しているのであった。
「クルトワさん、何でもお手伝いしますから遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます。明日香ちゃんを頼りにしています」
これまでデビル&エンジェル内では何かと下っ端扱いであった明日香ちゃんだが、初めて自分を頼りにしてくれるクルトワという存在に、ちょっとだけ大人の対応を見せている。あの明日香ちゃんも、ここまでよく成長したものだ。
結局この日は森林階層で丸一日過ごして終わる。学生食堂に納入するコカトリスも十分に確保できたので、夕方に一行はダンジョンを出ていくのであった。
◇◇◇◇◇
着替えを終えたメンバーは、食堂に集まっている。一番乗りで先に食べ始めている桜の周りに三々五々メンバーが集まって思い思いに食事を開始する。
「クルトワさんはレベルがいくつになったんですか?」
一番肝心な話を、桜は今頃尋ねている。ダンジョンを出る前に確認すべきではなかったのか? 今日はクルトワのレベル上げのためにダンジョンに向かったはずだろうに。
「えーと… 今日一日でレベル26になりました。凄いですね、一気に昨日までの2倍になっていますよ」
ステータス画面を開いたクルトワ自身が一番驚いている。これだけレベルが上昇すれば、10階層までならばほぼ心配なく戦えるはずだ。
「数値的にはいい感じに上昇しましたねぇ。あとは剣の技術を向上していけば大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。桜ちゃんと明日香ちゃんのおかげです」
クルトワの横に座っている明日香ちゃんが天狗になっている。ちょっと褒められるとこの調子だ。
「フフフ、どうやら私もついにクルトワさんという弟子を迎えるようになりましたね」
「誰が明日香ちゃんの弟子なんですか。いくら何でもクルトワさんが気の毒です」
敢え無く桜に一蹴されて、明日香ちゃんの天狗の鼻はポッキリとへし折ら折れている。折れるの最速だった。
「ところでクルトワさんは、全然魔法が使えないんですか?」
「はい、魔族は大体60歳くらいになると成人して魔力が宿るんですが、私はまだ43歳なんです」
「ええぇぇぇぇ! クルトワさんはそんなに年上だったんですかぁぁぁ」
明日香ちゃんがビックリした声を上げる。確かに単純な年齢だったらずいぶん上なのだが、魔族の寿命は人間の10倍ほど。この事実に当て嵌めると、クルトワと明日香ちゃんの精神年齢はどっこいどっこいであった。
「明日香ちゃん、寿命が長い魔族は成人するのに時間がかかるんですよ」
「そうだったんですね。全然知りませんでした」
異世界生活が長い桜には周知の事実であっても、明日香ちゃんにとっては初耳であった。こんな話を知っている人間のほうが今の日本には少ないだろう。
「ということは、魔法が使えるようになるのはまだしばらく先の話なんですね」
「はい、今から勉強は始めようと思っています」
「ここは魔法学院ですから、魔法の勉強なら好きなだけできますよ。それよりも問題なのは、クルトワさんが身を守る方法が物理に限られてしまう点ですね」
「何か不味いでしょうか?」
「魔王城で拉致されるくらいなんですから、いつ命を狙われてもおかしくないです。フィリップさんが護衛に就くとはいっても、クルトワさん自身にももうちょっと身を守る力がないと危険です」
「確かにそうでした。日本があまりにも安全なもので、ついウッカリしていました」
やはりクルトワは、明日香ちゃん並みに危機感が薄かった。ダンジョンに幽閉された事実など、すでに遠い過去の話となっている。
「うーん、やはりダンジョンでこのままレベルを上げていくのが一番の近道でしょうかねぇ。年明けから私たちは不在になりますが、その間はフィリップさんと一緒にダンジョンに入ってください」
「そうですね。フィリップにお願いしてみます」
デビル&エンジェルは学院長からの指令で年明け早々に比叡ダンジョンに向かう。おそらくはマハティール王国の王都に最も近い場所に繋がるダンジョンと考えられているだけに、クルトワたちは今回学院で留守番という決定が下されている。その間に少しでもクルトワ自身がレベルを上げておくようにという桜からのアドバイスであった。幸いにもフィリップがいるし、レイフェンの協力も仰げばそれなりの階層まで進めるであろう。
「おやおや、お兄様や美鈴ちゃんも来たようですね。この話はこれでお仕舞にしましょうか」
「クルトワさん、いよいよお楽しみの時間ですよ~」
「明日香ちゃん、今日はヨーグルトサンデーにします」
こうして桜、明日香ちゃん、クルトワの3人は席を立ってカウンターでデザートを受け取りに行くのであった。
◇◇◇◇◇
年が明けて1月の5日、この日の朝デビル&エンジェルと彼らに率いられたディーナ王女やマリウスたち、さらには頼朝たち八人の男子生徒とブルーホライズンは、比叡ダンジョンに向かうために魔法学院のヘリポートに立っている。
年末から年始にかけて、桜による中国横浜領事館爆破といった事件はあったものの、それ以外は取り立てて騒動もなく、全員が無事にこの場に集結している。世間一般には『領事館爆破だけでもとんでもない大事件だろう』という声があるかもしれないが、桜にとっては単なる日常のちょっとした事件という感覚に過ぎない。校舎裏でヤンキーをボコボコにするのと大差ない扱いであった。もちろんこの件は政府によって情報封鎖されており、司法の捜査も表面をペラリとなぞる程度しか行われていない。当たり前ではあるが事故扱いで処理されているのは言うまでもないだろう。
「桜ちゃん、明日香ちゃん、皆さん、気をつけて行ってきてください」
「行ってきますわ」
「クルトワさん、戻ってきたらデザートで乾杯しましょう」
「はい、楽しみに待っています」
見送りはクルトワ、レイフェン、フィリップの三人だけであった。手を振る三人に見送られて、ヘリは離陸して高空に舞い上がって見えなくなる。機影が見えなくなるまでヘリを見送ると、ここでフィリップがクルトワに向き直る。
「クルトワ殿下、桜殿の言いつけですからこれからダンジョンに参りますぞ」
「フィリップ、今日くらいはお休みしましょう。せっかく桜ちゃんがいなくなったのですから」
「姫様、それは聞けませぬなぁ。大魔王様のお言い付けでもありますから、我らは姫を厳しく鍛え上げますぞ」
「ゲェェェ、レイフェンまで裏切るのですかぁぁ」
「殿下、世の中はそうそう都合よく出来てはおりません。殿下がその手で身を守れるようになるまでは、休みなどないとお覚悟ください」
こうしてクルトワは、フィリップとレイフェンに両脇を抱えられて引き摺られるようにしてダンジョンに連れていかれるのであった。
◇◇◇◇◇
ヘリは比叡ダンジョンの麓に作られた八瀬分屯地に着陸する。ここから比叡ケーブルに乗車すると、ダンジョンの入り口まで10分ほどで運んでもらえる。
「お兄様、さっそくダンジョン内部を見てみましょう」
「桜、慌てるんじゃない。まずは分屯地の方々に挨拶をしてからだ」
「せっかく新たなダンジョンを前にして、面白くありませんわ」
不満顔の桜を引き摺るようにして、聡史を先頭にして分屯地の司令部に向かう。一通り挨拶を済ませると、すでに時刻は昼前になっている。
「お兄様、さっそく食堂にまいりましょう」
「さっきはダンジョンに行こうと言っていた気がするんだが」
「お兄様、腹が減っては戦はできません。何はなくとも昼食が先ですわ」
手の平返しは、何も明日香ちゃんだけの得意技ではない。むしろ桜のほうが使い手としては一枚上といえる。あらゆる場面で自分に都合がいいように周囲を巻き込んでいくのは、桜の十八番となのだ。しかも明日香ちゃんの百倍以上強引だから、意見を口にするのもそれなりに勇気がいる。
こうして圧力に負けた聡史たちは、桜に引き摺られるようにして分屯地の食堂に向かう。そして桜による遠慮なしの怒涛の昼食を終えると……
「さて、お兄様。さっそくダンジョンの様子見をいたしましょう」
「なんて忙しない奴だ。ちょっとは落ち着いて考えを巡らせろ」
「考えるなんて、時間の無駄ですわ。世の中は行動あるのみです」
周囲を自分のペースに付き合わせようとする桜だが、さすがにここまで勝手な主張をすると溜まりかねて意見する人物が現れる。
「桜ちゃんは自分勝手すぎますよ~。私はまだお昼のデザートを食べていないんですから」
「ダイエットだと思って1回くらい我慢すればいいんです」
「桜ちゃん、デザートの恨みは恐ろしいですからね~」
明日香ちゃんの背後からドス黒いオーラが噴き出し掛けている。ひさしを借りている分屯地に迷惑をかけるのは好ましくないと、さすがの桜も折れないわけにはいかなかった。他の隊員もくつろいでいる昼食時に地獄の明日香ちゃんの登場など、勘弁してもらいたい。
「仕方がないですねぇ~。ダンジョンは明日からにしますわ」
「そうですよ~。今日はゆっくりしましょう」
魔法学院と京都というずいぶん離れた場所にも拘わらず、明日香ちゃんとクルトワのセリフがほとんど被っているというのは驚きだ。よくもまあ、これだけ似通った性格の二人が出会ったものだ。偶然の産物とはいえ、何か深い縁を感じる。
ともあれ桜が妥協したので、比叡ダンジョン攻略チームはこの日1日を準備に充てることとなる。明日香ちゃんのお手柄かもしれない。
◇◇◇◇◇
そして翌日の朝……
「さあ、ダンジョンに入りますよ~」
「桜ちゃん、そんなに張り切らなくても、今日はみんな行きますから」
「明日香ちゃん、昨日我慢した分まで、今日はグイグイ進みますよ~」
くびきが取れた桜は誰も止めようがない。待ちきれないように比叡ケーブルに飛び乗ると、今度は発車した車両に文句を言っている。
「ずいぶんゆっくりですね。面倒ですから窓から飛び降りて斜面を走りましょうか」
「桜、各方面に大迷惑だから絶対に止めるんだ」
「じれったいですねぇ~」
ケーブルカーに文句を言ってもしょうがないだろうに、せっかちな桜らしい。そしてようやく終点に到着すると、車両から飛び降りて一目散にダンジョンの入口へと向かっている。比叡ダンジョンは山の中腹にあって、山頂付近に広がる延暦寺はまだまだ先という位置関係にある。
遅れて聡史たちがダンジョン管理事務所に入ると、桜は自販機で販売している〔限定宇治抹茶ラテ〕を一気飲みしているところであった。
「ぷはぁ~、甘さと苦みがナイスブレンドです」
ついつい目の前にあった美味しそうな飲み物に、ここまで登ってきた本来の理由を見失いかけている。これでは明日香ちゃんを笑えないぞ。
ともあれカウンターで手続きを終えると、ようやく初の比叡ダンジョンへの第一歩を記す。もちろんまだ転移魔法陣はないので、1階層から順に攻略しなければならない。
「よし、それじゃあここから先はチームに分かれて進むから、適当な野営ポイントが見つかったらその場に留まっていてくれ」
「お兄様、お任せください。私たちが先に良さげな場所をを確保しておきますわ」
今回も人数が多いので、全体を二つに分けて攻略することになっている。出雲ダンジョンと高山ダンジョンで分れたチームごとにダンジョンを進んでいく予定だ。もちろん美鈴から大きな不満の声が上がったが、聡史が何とか説得していた。聡史は今回も大きな負債を背負い込んでおり、果たしてどうやって美鈴に返済するのか頭を痛めている。
こうして比叡ダンジョン攻略が始まるのであった。
比叡ダンジョンに踏み込んだ一行は、果たして無事にマハティール王国に辿り着けるのか…… この続きはなるべく早く投稿します。体調次第ですが…
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