163 似た者同士
明日香ちゃんとクルトワのデザート三昧が桜にバレて……
「ヒィ… ヒィ… く、苦しい」
桜に煽られて強制的にグランドを走らされていたクルトワが、虚ろな目でゼイゼイ喘いでいる。それはまるでエクバダナの街で奴隷として使役されていた人々のようであった。
だが桜は、なにもクルトワを奴隷扱いして酷使しているわけではない。明日香ちゃんとセットで日本に送り返されて桜の目が届かなかった間にあらゆる種類の甘い物に触手を伸ばして、体重が想像以上に増えてしまった体重を元に戻そうとしているだけだ。
「体重が元に戻るまでは、手綱を緩めませんよ」
「助けてくださいぃぃ」
縺れそうになる足を懸命に動かして、クルトワはなおも走り続ける。魔王城にいた頃は走るなど以っての外で、城の中のわずかな距離をしずしずと歩くだけであった。そのためクルトワは絶望的なくらいに体力が乏しい。そんなところに持ってきて桜からダイエットという名目の地獄の訓練を課せられているのだから、そのなけなしの体力などあっという間に尽きていく。
「も、もう無理…」
クルトワは白目を剥いてその場にバタリと倒れこむ。後ろからついてきた桜はアイテムボックスから小ビンを取り出すと、少量の液体をその口に流し込む。よくよく考えてみると、これはいつかどこかで見た光景… そう、魔法学院で桜と再会した当時の明日香ちゃんそのものであった。
えも言えぬ味がするポーションを強制的に流し込まれたクルトワは、そのあまりにも酷い味に目を覚ます。
「うへぇぇ… に、苦い…」
「フフフ、苦い分だけ体力は回復したはずです。さあ、ランニングを再開しますよ」
こうしてクルトワは再び桜によってグラグラ煮立つ熱湯の中に放り込まれるのであった。
この様子を教官室のモニターで見つめる二つの目がある。
「クルトワ殿下、なんというお労しいお姿で」
「フィリップよ、嘆くのは無駄である。桜殿に捕まったクルトワ姫をお助けする術など、我らは持ち合わせておらぬ」
桜による強引というには余りある訓練ぶりをモニターを通して見ているのは、言わずと知れたフィリップとレイフェンであった。レイフェンは美鈴に連れてこられてからこの魔法学院で臨時講師を務めている。もちろん超級魔法に至るまであらゆる術式を自在に使用可能なので、手本を示しながら彼が行う魔法の実習は思いの外生徒の間で好評を博しているのであった。
同様にフィリップも、現在臨時講師として学院に着任している。魔法の腕はレイフェンよりも上なので、講師役としてうってつけの存在であった。美鈴はここまで見越していたわけではないが、結果として生徒たちの魔法の能力が格段にレベルアップするであろうと各方面から期待されている。
「ああああ、またクルトワ殿下が倒れなさったぞ」
「どうやらポーションを飲まされているようであるな」
「それにしてもクルトワ殿下は、これまで少々甘やかされていたようだ。まさかこれほど体力がないとは思わなんだ」
「フィリップよ、そなたが甘やかしていた宮臣の筆頭であろうが。いくらなんでもナズディア王国の唯一の姫として、もう少々戦いの場に出られるようにならないと不味いであろう」
「だがまだクルトワ殿下は、魔力が発現する年齢に達してはおらぬ。あそこまで無理をさせるのはいかがなものであろう?」
「ならばフィリップよ、そなたが桜殿に意見してくるがよい。その命を懸けてな」
「……無理に決まっておろう。我如きの力を以っていかように桜殿を止めるかなど、とんと考えが巡らせられぬわ」
「しからば我らはこの場から見守るしかあるまい。まあクルトワ姫にも真の良い経験であろう」
「経験であるならよいが、生死に関わる問題になるのではないか?」
「なに、その際にはカレン殿に頼めば復活はたやすい。そなたも経験があろう」
「ああ、確かに。我は一度死を迎えたのちに、気が付いたら生き返っておった」
「フィリップよ、そなたは何を生温い話をしているのだ? 私は三度桜殿によって死を迎えておるぞ。よいか三度だ。しかもそのうちの一度は、桜殿の眼光だけで心臓が停止して睨み殺されたわ」
「……レイフェンよ、そなたは我の想像以上の苦労をしているのだな」
魔族たちの苦労話は続く。現在は美鈴の配下として忠誠を誓っているが、桜の前に敵として立ちはだかった際の恐怖体験を遠い目をしながら回想している。そのうちにクルトワも交えて苦労話の自慢大会が開催されるのではないだろうか。それはともかくとして、フィリップが思い出したかのように別の話題を口にする。
「時にレイフェンよ、クルトワ殿下は我らにすら未知のダンジョンに石像にされて幽閉されたという話であった。殿下を居室から拉致してそのような暴挙を働いたのは誰だと考える?」
「私は人族との最前線に赴いておった故に、魔王城内におけるその辺のドロドロとした話には疎い。宰相が怪しいとは感じるが、全く確証はない」
「うむ、そうか… 我も宰相こそが裏で手を引いていると考える。あの者は以前はそれほど表立って宮廷を壟断する仕儀は見られなかったのだが、クルトワ殿下とほぼ時を同じにして魔王陛下が姿を見せなくなって、彼の者による専横が始まった。神殿建築が強行に推し進められたのも、ちょうどその時期前後であるな」
「もしや宰相は、魔王殿下すらも何処かに幽閉している可能性があるのではないか?」
「左様、その可能性は重々考えられる」
「如何したものであろうな。仮に幽閉されているとしたら、陛下の御身柄をお救いせねばなるまいが」
「陛下はナズディア王国の要、もし万が一の事態があらば国が崩壊する」
「確かにそうであるが、フィリップよ、そなたは大事なことを忘れておらぬか?」
「はて、大事なこととはいかに?」
「我らは大魔王様に忠誠を尽くす身である。陛下をどのように処遇するか、これに関しては大魔王様のご意向に従うしかあるまい」
「それはもちろんの話である。せめて我が出来るとしたら、この命を投げ出して大魔王様に陛下のご助命を嘆願することくらいしか叶わぬであろう」
美鈴の配下ではあっても、長年仕えた魔王に対する忠誠がすっかり消え去ったわけではない。ましてや自分たちが生まれ育った祖国に危機が及ぶとあっては、彼らの胸中は穏やかであろうはずもない。こうして日本とナズディア王国の間で複雑に揺れ動く気持ちを抱えながら、魔族たちはなおも善後策を討論するのであった。
◇◇◇◇◇
「それでは今日はこのくらいにしましょうか」
「やっと終わりましたぁぁぁ。クルトワさん、さあさあ、食堂でパフェが待っていますよ」
「明日香ちゃん、今日くらいは自重しようという気持ちは起きないんですか? これだけ体重が増えているんですから」
「なんで自重する必要があるんですか? これだけ体を動かせば体重なんてゼロになっていますから、バッチリデザートをいただきますよ~。さあクルトワさん、早く起きてくださいよ~」
「明日香ちゃん、体重がゼロになるはずないでしょう。どれだけガバガバな計算しているんですか?」
桜から突っ込まれているが、明日香ちゃんは全く気にせずに芝生に倒れているクルトワを引き起こそうとしている。デザートを心から愛する仲間が増えて、明日香ちゃんは今が一番幸せなのだ。それだけではなくて、まるで以前の自分のようなクルトワに親近感を覚えている。
「クルトワさん、そんな白目を剥いて寝ているフリなんて、私には必要ないですからね。さあさあ、早く立ち上がってくださいよ~」
「明日香ちゃん、そんな無理に起こそうとしてもダメですよ。白目を剥いて完全に気絶していますからね。両手足がピクピク痙攣しているし、やっぱりこれを飲まさないと目を覚ましませんね」
「ヒィィィィ! 桜ちゃん、その薬だけは私の見ている所では出さないでください」
明日香ちゃんのポーションに対するトラウマは、全然癒えてはいなかった。ビンを見ただけで全身に鳥肌を立ててブルブル震え出している。だが桜はそんな明日香ちゃんにお構いなく、本日何度目かのポーションを遠慮せずにクルトワに投入……
「ブヘェェェェ! 苦いです~」
再びその味に堪りかねたクルトワが目を覚ます。そのリアクションがあまりに明日香ちゃんとそっくりで、桜の笑いのツボを思いっきり刺激している。顔を顰めて悶絶する姿まで以前の明日香ちゃんと瓜二つといえる。
桜の笑い声が続く中で口の中に広がる苦みに耐えていたクルトワは、明日香ちゃんの手を借りてようやく起き上がる。
「まだ苦いです。この苦さを克服するには、食堂で甘いデザートを食べるしかないですね。さあ、明日香ちゃん、行きましょう」
「そうですよ~。甘い物を口にすれば、悩みや疲れは全部吹っ飛びます」
「クルトワさんの明日香ちゃん化がドンドン進んでいってますよ」
桜が呆れた表情を浮かべている。親しくなって遠慮しなくなったクルトワは、その性格がどう見ても明日香ちゃんと似ている。強いて違う点を挙げるとすれば、本物の明日香ちゃんのほうがより厚かましくてグイグイ前に出てくる点であろうか。いわばミニ明日香ちゃんが出来上がっているのも同然であった。
そして夕食後には、明日香ちゃんとクルトワの前にはそれぞれ季節のスペシャルパフェと限定イチゴパフェが置いてある。ちなみにいつものように三人前以上の食事を食べ切った桜の前には、三段重ねクリーム特盛りパンケーキとクリ-ムあんみつ、イチゴサンデーの三品が置かれている。
「うーん、冷たくて甘くて、本当に美味しいです」
「体重なんか気にしないで思いっきり味わうのがいいんですよ~」
クルトワと明日香ちゃんは、午後のダイエット作戦を終えてようやく辿り着いた夕食後のデザートにご満悦の表情を浮かべる。そんな二人とは関係ないように、桜は黙々と三人前のデザートを口に運んでいる。
「それにしても納得がいきませんよ。桜ちゃんは一人であんなにいっぱい食べて、どうして太らないんですか?」
「クルトワさん、諦めましょう。私たちとは別次元に生きているのが桜ちゃんなんですよ~。人のことなんてどうでもいいですから、今はこのパフェの味わいを楽しみましょう」
クルトワと明日香ちゃんがこんな話をしていると、大量のデザートと格闘していた桜がようやく顔を上げる。
「明日はクルトワさんのレベル上げのためにダンジョンに向かいます」
「ええぇぇ、ゆっくり遠征の準備をしましょうよ~」
明日香ちゃんは抗議をするが、桜は一向に耳を貸さない。それどころか、一緒に夕食を食べている他のメンバーに話題を広げていく。
「これは決定事項ですから、変更はありません。さて、参加者は…… お兄様はいかがですか?」
「明日はブルーホライズンと一緒にダンジョンに行く約束をしたから、また別の機会にしてくれ」
「それは仕方がありませんね。美鈴ちゃんはどうですか?」
「ごめんなさい、生徒会に顔を出す予定なの」
聡史と美鈴が断ったせいで、その横でビクビクしながら成り行きを見守っている人物がいる。なるべく聞こえないフリでスマホをいじる真似なんかしているが、もちろん桜が見逃すはずはない。
「カレンさんは大丈夫ですね」
「はぁ~… 明日は空いています」
残念という表情でカレンは参加に同意している。無駄とは知りつつも聞こえないフリをしたが、案の定全くの無駄な努力であった。
「さて、カレンさんがいれば魔法戦力に関して心配はいらないものの、若干手薄な面は否定できませんね」
「桜ちゃんが補えば十分でしょう」
「美鈴ちゃん、そうもいきませんわ。クルトワさんに色々と覚えてもらうには、まずは魔法のアシストが必要ですから」
クルトワは桜からミスリル製の剣を渡されている。ちなみに彼女自身のレベルは13であった。異世界のダンジョンで単独でゴブリンの上位種をを倒してはいるものの、もっとレベルが高い魔物を倒すためには魔法によるアシストが欲しいところだ。
「だったらフィリップを連れて行けばいいんじゃないのかしら。クルトワの警護担当だし」
「ああ、そうでした。それでは美鈴ちゃんから伝えてもらえますか?」
「ええ、いいわ。明日はダンジョンに同行するように伝えておくから大丈夫よ」
こうして明日の予定が決まると、各自は自分の部屋に戻って明日に備えるのであった。
◇◇◇◇◇
翌朝、朝食を終えるとダンジョンに向かうメンバーは正門前に集合する。クルトワは演習服の上にプロテクターとヘルメットを身に着けて、腰にはミスリルの剣を差している。
フィリップは魔王親衛隊当時から愛用の金属鎧に身を包み、手には愛用の魔王から下賜された剣をもつ。その姿はどこから見ても歴戦の強者であった。
「いい感じのメンバーが集まりましたね。今日はクルトワさんのレベルアップが目的ですから、なるべく前面に立ってもらいますよ」
「うう… なんとか頑張ります」
強制的に最前線に立たされるクルトワは、ダンジョンに入る前から肩を落としている。魔王の娘として何不自由なく暮らしていた彼女の日常は、すでに遠い過去のものとなっているのであった。
「それでは12階層の森林ステージからスタートしましょうか」
桜の一言に従って、一行は転移魔法陣で10階層まで下りていく。階層ボスを倒してから11階層に降り立つと、そこはお馴染みのアンデッドゾーンだ。
「お化けは無理です~」
「キャァァァ、怖いです~」
元々アンデッドが苦手な明日香ちゃんだけでなくて、クルトワまで一緒になってフィリップの背中にしがみ付いている。この二人は単にデザート好きだというだけではなくて、何から何まで本当に似た者同士であった。いきなり背中にしがみ付かれたフィリップは、一体どうしていいやら呆然と立ち尽くしている。
「フィリップさん、そのヘタレの二人を次の階層まで連れて行ってあげてください」
「桜殿、承知いたしました」
手が焼ける二人はフィリップに任せて、桜が先頭で歩いてカレンが通路に出てくるアンデッドを片付けていく。30分ほど歩いてようやく次の階層に降りる階段に到着すると、やっと明日香ちゃんとクルトワが息を吹き返す。
「はぁ~、怖かったですよ~」
「あんな気味の悪い魔物がいるとは思いませんでした」
アンデッドがいなくなると明日香ちゃんはケロッと立ち直っているが、クルトワの顔色は青白いままで恐怖の感情を払拭できていない。だが彼女が立ち直るのを待っているほど、ダンジョンは甘くないのだ。森林階層に降り立った直後、五人を目掛けてブラックウルフが突進してくる。
「いきなりお客さんが現れました。フィリップさん、安全第一でお願いします」
「あのような低級の魔物ごとき、このフィリップにお任せくだされ。アイスアロー」
氷の槍がブラックウルフに向けて一直線に飛んでいくと、その体を見事に刺し貫いていく。この一撃で、魔物はピクピク体を痙攣させた後に姿が消えてなくなった。
「フィリップさん、これではクルトワさんの出る幕がないですよ。もうちょっと加減してもらえないですか?」
「おっと、これはすっかり失念しておりました。次こそは殿下が活躍できるように、威力を加減いたしますぞ」
「フィリップ、全部あなたが倒していいんですよ。私の出番がなくても差し支えありませんから」
クルトワの見事な他人任せの発言が飛び出る。これも明日香ちゃんが度々口にしていたセリフのような気がする。
「クルトワさん、その通りですよ~。自分が手を下すよりも、他人が働くところを眺めているほうが断然楽ですから」
「明日香ちゃん、クルトワさん、働きが悪い人は昼食時のデザートはナシですからね」
「「さーて、魔物だろうが何だろうが、どこからでも掛かってきなさい!」」
「手の平返しかぁぁ!」
ファイティングポーズをとる明日香ちゃんとクルトワに、桜からの盛大な突込みの声が轟くのであった。
ダンジョンでクルトワのレベルアップに臨む桜たち、果たしてクルトワはその期待に応えられるか…… この続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
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