161 ルシファー様とクルトワ
どうも本調子ではなくて、1話書き上げるのに丸2日を要してしまいます。昨日投稿の予定が遅れて申し訳ありませんでした。
聡史たちがエクバダナ臨時駐屯地に戻って……
桜と入れ替わりに日本へ向かった聡史と美鈴は、無事にヘリの機体と運用する人員を率いて出雲ダンジョンへ向かう。大型輸送ヘリ3機と整備に必要なパーツや工具、燃料タンクなどを全てアイテムボックスに仕舞って、操縦士や整備担当者総勢40人以上を引き連れたかなりの大所帯であった。
ヘリの要員は宇都宮駐屯地ではなくて首都圏の各駐屯地から集められた混成部隊となっている。1か所の駐屯地から3機もヘリを引き抜くのは日本の防衛に穴が開く恐れがあったために、習志野、朝霞、北富士の各駐屯地から集められた人員が異世界に赴くこととなった。
ヘリを運用する要員は空中からの攻撃訓練を演習で行っているものの、任務の大半は輸送にあたるケースがほとんどであり、ダンジョン内部に足を運ぶのは今回が初めてであった。全員が一応小銃を肩に担いでいるが、射撃訓練すら何年も実施していないので実戦で役には立たない。
隊員一同は不安な面持ちでダンジョンの入り口を潜っていくが、聡史と美鈴の誘導によって何事もなく最下層を通って異世界に渡っていった。当然彼らは、壮大な宇宙空間に向かって伸びる光の回廊に圧倒される表情であったが、整然と隊列を組んで次々に空間の渦に身を投じるのであった。
◇◇◇◇◇
「やれやれ、異世界に戻ってきたな」
「無事に世界を渡れてよかったわ」
聡史と美鈴が並んで話をしている。これから山道を2時間下って、エクバダナ臨時駐屯地に向かって出発しようというところであった。だがそこで、輸送ヘリの機長を務める永吉大尉から提言がなされた。
「楢崎中尉、どうせだったらここからヘリに乗って移動しましょう。幸いにもヘリポートが設営されておりますから、ひとっ飛びで到着しますよ。我々操縦士としても、異世界の重力や磁気が地球と変化があるのか確認しておきたいですし」
「そうですか、わかりました。ではこの場にヘリを出しましょう」
聡史はヘリポートに敷設された駐機場に3機のヘリを次々に取り出す。
「仕業点検始めよ」
「了解しました」
整備員が機体に取り付いてマニュアルに従って点検を開始する。
「点検終了、各部異常なし」
「燃料は満タンです」
「各武装、異常なし。センサー正常に働いております」
「レーダーアクティブでの使用可。GPS慣性誘導は使用不可です」
「了解した。それでは一気に臨時駐屯地までフライトするぞ」
操縦チームが乗り込むと、続いて整備要員が機体に吸い込まれていく。聡史と美鈴、それから彼女に影のように付き従うレイフェンとフィリップも後方の座席に座っている。
「通信状態良好、各機は電波の状態をこのまま維持しろ。航空管制誘導はないから有視界飛行でフライトするぞ」
「2番機、了解」
「3番機、了解」
こうして3機のヘリはローター音を轟かせて徐々に高度を上げていく。阿吽の呼吸で離陸直後に編隊を組むと、速度を上げてエクバダナ方面に向かって晴れ渡った大空を進んでいくのであった。
◇◇◇◇◇
エクバダナ臨時駐屯地では、ちょうど昼食を終えた時間ということもあって収容された人々は午後のひと時をまちまちに過ごしている。
数人が集まって自分たちの行く末がどうなるのか議論している横では小さな男の子がボールで遊んだり、別の場所では自衛隊の備品にあった端切れの生地を譲ってもらって裁縫をしている数人の女性の姿がある。
だが突然空の彼方から響く轟音が、穏やかだった彼らのひと時を搔き乱す。
「な、何の音だ?」
「空から何かがやってくるぞ」
「真っ直ぐにこちらに向かってくるじゃないか」
「避難しろぉぉぉ」
手にしていた物を放り投げて、人々は取る物も取り敢えず建物の中に押し合いへし合いしながら逃げ込んでいく。誰ものその表情には、次第に近付いてくるバタバタという大きな音に対する恐怖に満ち溢れているのであった。だがそこに……
「ああ、皆さんどうか落ち着いてください。あれは我々を支援するヘリコプターですから、怖がることはありませんよ」
「皆さん、怖がらなくても大丈夫ですから」
隊員が建物を巡回しながら危険はないと声を掛けて回る。その声に落ち着きを取り戻した数人が、恐る恐る窓から顔を覗かせている。
「魔物ではないのか?」
「そのヘリコプターというのは、不吉な物ではないのか?」
隊員に質問を投げ掛ける人がいると思えば……
「凄い音を響かせているから、絶対に俺たちを襲いに来たに違いない」
「お姉ちゃん、怖いよ~」
「フレッド、大丈夫だから我慢するのよ」
中には隊員の言葉を信じずにベッドの下に身を隠している人まで現れる始末で、収容施設内にカオスな状況が広がっていく。
その頃重傷者を収容している病棟でも、頭上から響くヘリの爆音に闘病している人たちの間で動揺が広がっていた。
「なんということだ。この世の終わりが来たのか」
「せっかく助けてもらったのに、もうダメだぁぁぁ」
不自由な体を動かすこともできずに、ベッドに横たわったままの病人の表情が絶望に染まる。だがそんな雰囲気の病棟に、一人の天使が舞い降りた。
「皆さん、慌てないで大丈夫です。あれは私たちの国で用いている空を飛ぶ乗り物の音です。どうか怖がらないでください。さあ、それよりも順番に治療していきますからね」
カレンをはじめとして闘病者の世話をしている衛生班の面々が表情も変えずに黙々と介護に当たっている姿を見て、次第に病棟内は落ち着きが広がっていく。何よりも自分たちが秘かに信仰しているカレンが『大丈夫』と太鼓判を押してくれたというのが決定的となって、この重傷者が収容されている病棟はどこよりもいち早く平静を取り戻したのであった。
司令部に設置されている通信班には、頭上を旋回するヘリからの無線が入る。
「こちら異世界派遣輸送ヘリ隊、臨時駐屯地への着陸許可を要請する」
「着陸を許可する。ようこそエクバダナへ」
3機のヘリは無事に臨時駐屯地脇のヘリポートに着陸して、ようやく今回の轟音騒動は終結を迎えるのであった。
臨時駐屯地の食堂では、桜、明日香ちゃん、クルトワの三人が座っている。この日はたまたま食事の時間が遅い組に当たっていたため、昼をずいぶん回ったこの時間までのんびりと食事をしていた。
「凄い音がしてとっても怖かったです」
「ああ、気にしないで大丈夫です。お兄様たちがヘリに乗って到着したようですわね」
クルトワはまだ不安そうな表情をしているが、桜と明日香ちゃんは全くの平常運転であった。殊に明日香ちゃんは桜から受け取ったフルーツパフェに夢中で、外の騒音などまるっきり聞こえていないようだ。
「桜ちゃんにはお兄さんがいるんですか?」
「ええ、ヘタレな兄ですが、一人います」
「羨ましいです。私は一人っ子でしたから」
クルトワの生い立ちの一端が語られる。どうやら彼女は魔王の一人娘のようだ。
「そうでした。魔族の人たちも間もなくお兄様と一緒にこちらに戻ってきますわ」
「そうなんですね。顔を合わせて色々と事情を聴きたいです。ただ…」
「ただ?」
クルトワは果たして桜にこの場で打ち明けてよいものか悩んでいるような表情を浮かべる。だが意を決したように続きを口にする。
「私を拉致した人間が誰なのかわからない以上、マンスールとハインリッヒがその仲間という可能性が捨て切れません。もちろん私が知っている限りは、その可能性は低いと思いますが」
「ああ、その件ならば心配はいりません。二人はすでに新しい主人に仕えていますからね」
「新しい主人? どういうことでしょうか?」
「それは本人の口から聞いたほうがいいでしょう」
桜はナズディア王国の内紛や宮廷事情に首を突っ込むつもりなど毛頭ない。クルトワが幽閉された背後に何やら陰謀めいた事情があるにせよ、そんなものは力尽くで粉砕すればいいだけ。そのようなまどろっこしい話に関わるだけ時間の無駄だと割り切っている。
「もうしばらくすればここにくるでしょうから、お茶のお代わりでもして待っていましょう」
「はい、わかりました」
「桜ちゃん、パフェのお代わりをください」
ここでちょうど1杯目のパフェを食べ終えた明日香ちゃんが顔を上げる。空になった器を桜にこれ見よがしに差し出して、堂々とお代わりを要求している。明日香ちゃんに続いてさらにもう一人、桜に空になった器を差し出す人物が……
「そ、その~… 桜ちゃん、恐ろしい音がやんでホッとしたら、私もパフェのお代わりが欲しくなりました」
「二人ともちょっとは我慢という言葉を覚えろぉぉぉぉ!」
桜の怒鳴り声が人気のない食堂に響くのであった。
◇◇◇◇◇
上空を旋回していたヘリは着陸許可を得てから高度を落として、臨時駐屯地の西側に設けられたヘリポートに無事に着陸する。その様子を遠巻きに見ている収容者たちは、搭乗口がスライドして聡史たちが地上に降りてくる様子を見てようやく安堵した表情になる。
「あの鉄の箱がどうやって空を飛ぶんだ?」
「ワイバーンのように羽ばたきもしないで飛ぶなんて、どうにも信じられないな」
「馬が引かない馬車といい、羽ばたかずに空を飛ぶ箱といい、不思議な物ばかりだ」
ヘリが空を飛ぶ原理など知る由もない彼らは、口々に疑問を並べて首を捻っている。魔法文明を発展させてきたこの世界の住人は、日本の科学文明を不思議と受け取るのは当然であろう。これは文明が進む方向が違っているだけであって、どちらの姿が正しいとは一概に判断できない。単に発展の方向が違うだけでなくてそれぞれに文明が進化してきた背景があるから、どちらの文明の在り方がより良いなどとは一口では語れないのだ。
ヘリから降りた聡史たちは、一旦司令部に帰還の報告に向かう。伊藤司令に無事にヘリを届けた旨を報告すると、昼食を取りに食堂に向かう。
「お兄様、美鈴ちゃん、お帰りなさい」
「お兄さん、美鈴さん、お帰りなさい」
桜と明日香ちゃんがピッタリのタイミングで声を揃えて出迎える。桜からパフェのお代わりを却下された明日香ちゃんは、粘り強い交渉の末に大福をゲットしていた。ちょうど食べ終わったところで、口の周りが粉っぽくなっている。
「桜、明日香ちゃん、留守番ご苦労だったな」
「二人とも絶対に食堂で待っていると思って、司令部に報告してから大急ぎできたのよ。あら、一緒にいるのは誰かしら?」
聡史と美鈴が手を振って応える。そして美鈴の目は桜の隣に座っているクルトワに向けられている。
「こちらはクルトワさんですわ。ダンジョンに幽閉されているところを私たちが助けました」
桜が二人に紹介するが、当のクルトワの目は美鈴の後ろに控えている人物に食い入るように注がれている。
「マンスール、ハインリッヒ、本当にここにいたんですね」
「おお、これはクルトワ姫。お久しゅうございます。私がアラインに赴く前にお目通りして以来ですな」
「クルトワ殿下、今そこなる桜殿の口から『ダンジョンに幽閉されていた』と聞き及びましたが、真でございまするか?」
レイフェンはクルトワが幽閉される以前に人族との最前線に赴任しており、クルトワが所在不明となって魔王城が大騒ぎになった大事件を耳にしていなかった。対するフィリップはついこの間まで魔王城にいただけに、クルトワの身を心から案じていた。このような事情でレイフェンとフィリップの間にはクルトワに対する温度差なあるのはやむを得まい。
美鈴はこのやり取りを聞いて、配下の両名がクルトワとは顔見知りだと悟っている。
「フィリップ、ここなる娘とどのようないわくがあるのだ?」
「これは大魔王様、大変失礼いたしました。これなるクルトワ殿下は、かつての主たる魔王のご息女にございます。我は魔王親衛隊として近しく仕えておりました」
「左様か、魔王の娘か… なるほど」
美鈴の意識の表層にはすでにルシファー様が浮かび上がっている。無意識に振り撒く闇の支配者たる大魔王の威光に、クルトワも只事ではないと察している。桜は面白そうにこの成り行きを眺めて、明日香ちゃんは2つ目の大福を頬張っている。本当に体重は大丈夫なのか?
するとここでフィリップが急に姿勢を正して美鈴に向き直る。
「偉大なる大魔王様、我はひとたび大魔王様に忠誠を捧げました。しかしここなるクルトワ殿下は、幼き頃よりお側で成長を見守ってきた我が娘同然の存在にございます。どうかクルトワ殿下の身辺の警護を、このフィリップに申し付けてくださいませ」
「よいぞ、レイフェンはいかがするつもりか?」
「フィリップが一人側におれば、クルトワ殿下の身の安全は保たれまする。私は引き続き大魔王様と共にありまする」
「そうか、それもよいであろう。フィリップ、自ら志願した以上は命に代えても守り通せ」
「御意、不肖フィリップ、魂は大魔王様に捧げまするが、この身はクルトワ殿下のために投げ出す覚悟でございます」
ルシファー様はあっさりとフィリップの申し出を承認する。魔族の一人や二人の動向など、闇の支配者の目から見れば小さな問題に過ぎないようであった。
「ハインリッヒ、こ、こちらの方はどなたでしょうか?」
狼狽え気味なクルトワは美鈴が何者であるかフィリップに尋ねている。というよりも、自分の父親である魔王よりも強烈な威厳を感じ取って、絶賛戸惑っている最中であった。
「クルトワ殿下、こちらの方こそが我らの究極の支配者たる大魔王様にございます」
「だ、大魔王様… あの伝説とも謳われる私たち魔族にとって神に等しいお方ですか……」
フィリップから美鈴の正体を明かされて、クルトワは目を白黒している。魔族の間では神話や伝説の領域にある存在が目の前に立っているのだから、無理もないであろう。そんなクルトワに対して、美鈴は努めて優しい表情を送る。
「魔王の娘よ、そなたは未だ幼い。そこなるフィリップやレイフェンに様々を学びて、自らの血肉に変えるが良かろう」
「ありがたきお言葉です。大魔王様、どうか未熟なクルトワを導いてくださいませ」
ルシファー様に跪いて、深々と頭を垂れるクルトワであった。
ルシファー様と対面したクルトワ、魔王の娘であってもその威光には逆らえなかった模様。次回は久しぶりに日本に舞台が移って…… 続きは金曜日に投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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