157 久しぶりの魔法学院
日本に戻ってきた桜と明日香ちゃん、舞台は学院に移って……
学院長に事の顛末を連絡し終えた桜は、チョコレートクレープを食べ終えた明日香ちゃんに歩み寄っていく。
「ああ、桜ちゃん。どうもごちそうさまでした。美味しかったです。でも…」
「でも?」
「限定シュークリームが食べられなくなって残念です。すごく楽しみにしていたのに」
明日香ちゃんが悲しげな目で潰れてグシャグシャになったシュークリームの残骸を見やっている。大きなため息をついている様子からして、全然諦め切れてはいないのであろう。このようなシュークリームにしか目がいかない明日香ちゃんに対して桜は……
「明日香ちゃん、大事なことを忘れていませんか? 潰れて転がっているのはシュークリームだけではないですよ」
「桜ちゃん、何を言っているんですか? 世の中にシュークリーム以上に大事なことなんかないですよ~」
「いやいや、人が大勢倒れていてワゴン車が燃え上がっているじゃないですか。半分以上は明日香ちゃんが原因なのに……」
「ああ、その件でしたか。ちょっと頭にきてシュークリームの敵を討ちました」
どうやら明日香ちゃんには、つい今しがたの大暴れの自覚があるようだ。桜でさえ躊躇なく退避を選択した地獄の明日香ちゃん爆誕だっただけに、記憶がないでは済まされないであろう。
「えーと… 明日香ちゃんの脳内では、人間の命よりもシュークリームなんですか?」
「もちろんです。悪人の五人や十人はどうでもいいです。いえ、悪人の命よりも大切なのはシュークリームです」(キリッ)
「うーん… 私もあんまり他人を非難する資格はないと自覚していますけど、明日香ちゃんの人命に対する価値観は改めたほうがいいような気がしますわ」
「ええぇぇぇぇ! 人の命よりも私のシュークリームが大事に決まっているじゃないですかぁぁ」
どうやらこれ以上いくら話をしても、明日香ちゃんとは平行線で話が噛み合わないと理解する桜であった。普段はあれほどホンワカヌクヌク生きている明日香ちゃんが、甘い物がぶら下がると豹変する… その度合いが青天井だけに、桜ですら本当に大丈夫なのかと一抹の不安を感じてしまうのであった。
「それにしても、なぜ私たちのパーティーメンバーはこうも容赦のない人間ばかりなんでしょうね。常識的なのはカレンさんだけじゃないですか」
「桜ちゃんは全然わかっていないですねぇ~。普段優しい人が一旦キレると手が付けられないんですよ」
「ああ確かに… 普段怠けている人がシュークリームでキレて、手が付けられなくなる実例を目の前で見たばかりですわ」
「何の話か全然分かりません」
明日香ちゃんは墓穴を掘ったと悟った結果、しらばっくれて誤魔化す方針に舵を切っている。今更誤魔化しようもないだろうに……
こんな話をしながら待っていると、富山駐屯地から特殊能力班の部隊が到着する。彼らは迅速に現場の証拠を押収して死体を袋に収納して回収する。もちろん今回の事件に関わった外国勢力を追い詰めるための調査がこれから行われるのであった。各駐屯地に配属されている特殊能力班はダンジョン対策室直属部隊であるので、全てが公にはされずに秘密裏に処理されることとなる。
こうして桜と明日香ちゃんは、富山駐屯地からヘリに乗って魔法学院に戻るのであった。
◇◇◇◇◇
翌日、ヘリポートに到着した輸送ヘリから桜と明日香ちゃんが降り立つと、二人の目の前にはブルーホライズンが待ち受けている。だが降りてくるのが二人だけだと分かった瞬間、彼女たちはあからさまにガッカリした表情を浮かべる。
「桜ちゃん、師匠は戻ってこないんですか?」
真美が桜に駆け寄って一番知りたい件を真っ先に問い質している。
「今回は私たちだけ補給のために戻ってきましたの。お兄様は異世界に残っていますわ」
「チッ」
「おや、美晴ちゃんは不満ですか?」
真美の後ろでは、美晴が頬を膨らましているのであった。
今回頼朝たちは出雲ダンジョンの最下層から直接異世界に渡っているが、ブルーホライズンは高山ダンジョン攻略後、魔法学院に居残りとなっていた。せっかく聡史に会えるかもと期待していただけに、彼女たちのガッカリ感が半端ではない。
「師匠がいないんだったら訓練に戻ろうか」
「はぁ~… 期待して損した」
せっかく異世界から戻ってきたにも拘らず、おざなりな対応を受けた挙句に桜と明日香ちゃんはヘリポートに取り残されている。結構ヒドイ扱いかもしれない。
「桜ちゃん、全然歓迎してもらえませんでした。クラスメートなのに…」
「明日香ちゃん、歓迎なんてどうでもいいですから、早く食堂に行きましょう。お昼を食べてから学院長に報告すればオーケーです」
「桜ちゃん、すぐに行きましょう。今日はどのパフェにしようかな~」
明日香ちゃんの脳内はあっという間にパフェで埋め尽くされて、他の余計な考えは追い出されている。これは切り替えが早いというのだろうか? それともただ単に、甘い物ジャンキーの本性が現れているだけののか?
ともあれ二人は報告を後回しにして、連れ立って食堂へと向かうのであった。
◇◇◇◇◇
「ふぅ~… お腹がいっぱいです~」
「明日香ちゃん、午後はしっかり体を動かさないと体重が不味いですよ」
「そ、そんなことはないはずです。桜ちゃん、異世界から戻ってきた当日くらいはちょっとゆっくりしましょうよ~」
「そんな甘えたことを言っていたら太り放題になりますよ。学院長への報告が終わったら午後はしっかりと訓練に参加してもらいます」
「桜ちゃん、いいことを思いつきました。学院長への報告は事細かく時間をかけましょう。夕方くらいまで」
「どれだけ長話しするつもりですか。手早く終わらせますからね」
何とかサボろうと必死な明日香ちゃんだが、考えていることがまるっと顔に出ているため、桜にすっかり見透かされている。もっとも桜でなくても明日香ちゃんの水溜まりよりも浅はかな考えなど、まる分かりなのは言うまでもない。
「はぁ~… ゆっくりしたかったのに…」
恨めしそうな表情の明日香ちゃんを引き摺るようにして、桜は学院長室に向かう。ノックをして部屋の中に招き入れられると、二人は学院長に目で合図をされてソファーに腰を下ろす。
「ご苦労だった。異世界に派遣された部隊はどうだ?」
「私たちがあちらを発った時点では、特に問題はありませんでしたわ。収容されている人たちも順調に回復しています」
「そうか、それはよかった。今回補給が必要な薬品類は直接出雲駐屯地に届くそうだから、現地で受け取ってからご苦労だが異世界に向かってもらいたい。いつ出発するつもりだ?」
「お兄様から『ゆっくりしてこい』と言われておりますので、5日後に出発しようと考えていますわ」
「いいだろう。こちらで手配を整えておく。しばらくは学院で通常の生活を送ってくれ。それから二人を拉致しようとした組織の捜索は継続中だ。どうやら岐阜分屯地の近辺にアジトを構えて、ワゴン車の出入りを監視していたらしい。ニセモノの車を先回りさせてダンジョン管理事務所に差し向けたようだな」
「了解しましたわ。捜索の件はお任せいたします。それでは失礼します」
明日香ちゃんの期待とは裏腹に報告はごく短時間で終わる。学院長も忙しいから、二人のために長い時間を割くわけにいかないので早々に退出していく。再び恨めしそうな表情の明日香ちゃんを連れて、桜は着替えを終えると第3訓練場へと向かうのであった。
◇◇◇◇◇
翌日の朝、二人はEクラスの教室へと向かう。
「明日香ちゃん、昨日は久しぶりにいい運動ができましたね」
「何がいい運動ですか。桜ちゃんが張り切ったせいで、私はあちこち筋肉痛ですよ」
明日香ちゃんもずいぶん逞しくなったものだ。以前なら桜の訓練で毎回死にそうになっていたのだが、精々筋肉痛を訴える程度とは… まあ、あの地獄の明日香ちゃんの所業を振り返ればそれもそうかと納得してしまうのだけど、それにしても大したものだ。
本日は学科の授業が行われるので、二人は自分の席に着いてホームルームが始まるのを待っている。教室内は聡史や頼朝が不在なせいか普段よりも閑散としており、なんだか室内が広く感じる。事情を聴いていないクラスメートの中には、男子の一部が不在の理由を桜に聞きたがっている様子が窺える。そのうちの一人が勇気を出して桜の前にやってきた。
「ねえねえ、桜ちゃん。お兄さんや頼朝たちと一緒に何日もお休みしていたけど、みんなでどこに行っていたの?」
「出雲ダンジョンで武者修行ですわ。あちらのダンジョンで腕を磨いておりますの」
「ふーん… そうだったんだ。それで攻略はどこまで進んでいるの?」
「まだ浅い階層をウロウロしていますわ。大山ダンジョンとさほど変化はないですからね」
当事者の一人である桜からこのように回答されては、彼女としてはこれ以上深い事情を聞き出すわけにもいかない。まして桜が『深掘りするな』的オーラを出しているので、追及の手を引っ込めざるを得なかった。今回の出雲ダンジョン攻略は政府の極秘任務が絡んでいるので、桜としてもウッカリ口外できない事情がある。もちろん明日香ちゃんにもデザートを人質にして口止めをしている。
こんな感じで普段と変わらぬ学院での授業が始まる。桜と明日香ちゃんにしてみれば久しぶりの授業なので、ちょっとだけ新鮮な気持ちで担当教員の話を聞いている。ちなみに1時間目は生物の時間であった。
「というわけで、前回の授業で生物には単細胞生物と多細胞生物がいると説明したな。山尾、単細胞生物にはどんな種類があった?」
「はい、元原とか頼朝です」
毎回のお約束ながら、トップバッターの美晴の見事な答え… 本人はこれでも真剣に回答している。自分を含めないのは、彼女なりのささやかな抵抗か?
「そうだな、山尾の答えは大脳生理学とか心理学の分野であったら正解かもしれないが、生物の時間の回答としては不正解だぞ。いかにも正解を答えました的なドヤ顔をするんじゃない」
理系の受け持ちらしく冷静な担当教員のツッコミが入って、美晴はなぜ不正解なんだろう的な納得いかない表情を浮かべながら着席する。本人には間違った回答という意識は全くないようであった。
美晴の回答程度ではめげない先生は、さらに授業を続ける。
「主に微生物と呼ばれるミドリムシやアメーバーが単細胞生物だからな。それから病気を引き起こす原因を何と呼んだかな? 川島」
「はい、気合不足です」
たとえ頼朝たちがいなくとも、Eクラスの人材は事欠かない。彼らの穴など埋めて余りある珍回答がいくらでも飛び出してくる。
「精神論ではなくて、生物学的な回答を私は期待するよ。正解は細菌やウイルスだからな。ただしウイルスは厳密な意味では細胞を構成しているとは言えない点も覚えておくように」
先生は復習の意味で改めて細菌とウイルスの違いなどを丁寧に説明している。一通り説明を終えると、凝りもせずにまた生徒を指名する。
「それでは、このような細菌やウイルスを撃退するために人間の体はどのように対応しているのかな? 榎本」
「はい、消毒用アルコールの一気飲み」
「絶対に死ぬから止めるんだぞ。手を消毒するアルコールでは、体内は消毒できないからな」
「えっ、知りませんでした。この前風邪っぽかったから、手洗い場においてあるアルコールを一口飲んじゃいました」
「榎本、よく無事だったな。君の体の作りが不思議でしょうがないよ」
まさか実行しているとは考えもしなかった先生が、榎本に呆れ返った表情を向けている。クラス内では榎本と同様に3、4人の生徒が『俺も飲んだぞ』と証言している。お前らはウオッカが手に入らなくなったロシア人か! 危険だから良い子は絶対に真似をしないように。
「さて、話を元に戻そうか。風邪が自然に治っていくように、人間の体には免疫が備わっていると教えたな。この免疫システムの中で最も基礎的な役割を果たしているのは何だった? 吉田」
「はい、風邪にはヘンザブロック」
「違う、田畑」
「お粥と氷枕」
「違う、矢野」
「鼻の穴にネギを突っ込む」
「民間療法じゃないぞ。おばあちゃんの知恵袋から離れるんだ。正解は白血球やリンパ球といった基礎免疫システムだぞ」
馬の耳に念仏と分かっていても、先生は何とかこの揃いも揃ってアホな頭が並ぶ生徒たちに、科学的な観点から細胞や免疫について理解させようと必死であった。〔働く〇胞〕を見ている小学生のほうが、よっぽど色々分かっているだろうに……
「真美、風邪なんか気合で治すのが当然だろう。先生は何を言っているんだ?」
「美晴ちゃん、そんなことを言っているから毎回試験で追試になるのよ」
美晴が後ろの席の真美に話し掛けるが、残念ながら彼女の精神論はブルーホライズンのリーダーによって一刀両断されている。Eクラス内でまともに先生の話を理解している少数派が真美であった。こういう生徒がいないと、教えている先生としてもやっていられないだろう。
「それからインフルエンザのように症状が重たいウイルスや細菌に対して、人間の体の機能がどのように働くんだったか覚えているか? 沢田」
「素早く逃げる」
「違う、横山」
「ケツから出す」
「横山、ウンコじゃないんだぞ。二宮はどうだ?」
「先生、美味しいパフェを食べれば病気なんか吹っ飛んじゃいますよ~」
「体重の管理は自己責任だからな」
「先生、それは私に失礼すぎますよ~」
どうやら明日香ちゃんの体重の件は、先生たちの間まで知れ渡っているようだ。ブクブク太ったり急に痩せたりを繰り返しているから、見た目で誰もが分かってしまうのであろう。
さすがにこの質問はEクラスの生徒には難解であったらしくて、誰も答えらる生徒がいない。最後の頼みの綱として、先生は桜を指名する。
「楢崎、わかるか?」
「先生、私は生まれてこの方風邪やインフルエンザに罹ったことがありませんの。病気になったことすらない人間に聞かれても答えられませんわ」
「やっぱり桜ちゃんはバカだったんですね」
先生が何か言う前に、すかさず明日香ちゃんが反応する。バカは風邪をひかないという言い伝えを実践する人間が目の前にいると言いたげな表情であった。だがこの発言に桜が噛み付く。
「明日香ちゃん、私をバカ呼ばわりとはいい根性ですわ。外に出なさい! 今日こそ決着を着けて差し上げます」
立ち上がってビシッと人差し指を突き付ける桜の態度に教室内が凍り付く。その背中からは湯気のように立ち上る闘気が誰の目にも明らかであった。血の雨が降る気配に全員が身を縮こまらせている。
「まあまあ桜ちゃん、1時間目からそんな熱くならずに… お友達同士の軽いジョークですから」
「ムムム… 確かに少々大人げない対応でしたわね。ブクブク太っている明日香ちゃんから何か言われても広い心で許しますわ」
「ムキィィィィ! 桜ちゃん、表に出てもらいましょうか。キッチリ白黒つけてあげますから」
今度は明日香ちゃんがエキサイト、さすがにこれでは教室で本当に血の雨が降りそうな気配だ。
「ああ、そこの二人とも。今が授業中だってわかっているかな?」
「「はい、すいませんでした」」
先生の仲裁で何とか両者は矛を収める。こうしていつもながらの仲良しEクラスの授業は続いていくのであった。
久しぶりのEクラスのアホぶりをお届けしました。次回はいよいよ異世界から大勢の収容者を移送する内容か…… 続きは明日投稿いたします。
しもやけは良くなったものの、今度は風邪を引いて体調最悪…… ようやく文章が頭に浮かぶまで回復しました。治りが悪い点を考えると、もしかして例のウイルスの可能性が…… 多分大丈夫と自分で信じています。
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