155 夜襲の果てに
突撃した第1陣があっさりと全滅した魔族たちは……
自衛隊の陣地目掛けて突撃した兵が瞬く間に掃討された魔族側には、大きな動揺が波紋のように広がっていく。一捻りにしようと突撃してみたら過烈な反撃を食らって半数が全滅では、兵士たちだけでなくて幹部陣も頭の中が真っ白になっている。
「何が起きたのだ? 人族など我らにとって敵ではないはず」
「弓も剣も用いずにあれほど多数の兵を薙ぎ倒すとは、我らすら知らぬ魔法を用いているのか?」
「このままでは人族を攻める術がないぞ」
魔王親衛隊の貴族三人が額を寄せ合って原因を討論している。闇雲に第二陣を突撃させないだけ、彼らにはまともな理性が残っているようだ。だが科学技術を碌に知らない魔族の知識では、小銃や機関砲といった現代兵器の存在に考えが行き着くことは結局なかった。
この場にいる親衛隊の中で最も地位が高い、これまで何かを考え込むようにして発言しなかった最後の一人が口を開く。
「議論していても一向に埒が開かぬ。正面への攻撃は陽動として犠牲になってもらう。その間に本隊を敵の背後に回り込ませるしかあるまい」
「おお、それは妙案! 必ずや人族どもは一人残らず腸を引き摺り出してやろう」
「夜になるのを待てば、迂回して背後に回る動きを人族共に勘付かれずに済むのではないか?」
「ならば敵を欺くために一旦撤退して、然る後に夜陰に乗じて敵陣を挟み撃ちにする策が良かろう」
こうして魔族たちは戦術をまとめ上げる。この世界の戦術であったら成功の確率が最も高い作戦といえるかもしれない。魔王親衛隊を名乗るだけあって、彼らは戦い方を知っていた。だがそれは、この世界で通用するレベルに留まっているという点を見逃している。夜間だからといって簡単に目を欺けるほど、自衛隊の装備はポンコツではないことを彼らはまだ知らなかった。
こうして魔族たちは、布陣を引き払ってエクバダナの門内に引いていく。その動きは上空から監視するドローン偵察機によって即座に司令部へと伝わる。
「伊藤司令、こんなにあっさりと引き下がるなんて、どう考えても不自然ですね」
「楢崎中尉はなかなか良い戦術眼を持っていられる。恐らくは戦術的退却でしょう。仕掛けてくるとしたら夜になってからと考えるのが最も合理的です」
戦いにおいて兵力の半数を失ったら負けを認めて退却するのは、当然ありうる話である。だが果たしてプライドが高い魔族がこうもやすやすと引き下がるのは、裏があってもおかしくない。その結果として導き出された伊藤司令の予測に、聡史も同意する。
「では警戒を解くフリをして誘き出すんですか?」
「まあその通りです。どうか我々にお任せください」
こうして伊藤司令の命令で戦闘部隊は通常の警戒体制へと移行するのであった。
◇◇◇◇◇
異世界では日が沈む時分には夕食を終えた人々はベッドに入って寝静まる。電気などないし、ランプの明かりがあるとはいっても燃料となる油は高価で誰もが気軽に使用できるものではなかった。
だがこの場所にある自衛隊施設だけは、5基設置されている燃料タンクと10台以上用意されている大型発電機のおかげで、夜とはいっても煌々と明かりが点されているのが常であった。だが今夜に限っては敷地を照らす夜間照明は敢えて切られており、建物の窓には厳重に目張りをして外側に光が漏れないようにしている。全ては魔族たちを誘き出すための罠であった。
「そろそろ動き出す時間でしょうか」
「哨戒部隊からの連絡を待ちましょう」
美鈴の結界は解かれており、装甲車に乗り込んだ偵察部隊がエクバダナの門を離れた場所から監視している。偵察車両には赤外線暗視スコープが取り付けられており、わずかな人影も見逃す可能性はない。
そしてしばらく待っていると、聡史や伊藤司令が待機している指揮戦闘車に通信が入ってくる。
「門が開きました。魔族の軍が3方向に分かれて移動開始、その数500。どうやら正面と左右の側面に展開するようです」
「了解、引き続き監視を続けてくれ」
予想通りに動き出した魔族軍に伊藤司令は表情を引き締めている。どんな相手であろうとけっして油断しない指揮官であった。さすがは先遣隊を率いる司令官として選抜されただけのことはある。
その後5分おきに偵察隊からの通信が入ってくるが、その内容はいずれも『魔族軍は移動中』というものであった。そして、街の門が開いて約1時間後……
「魔族が布陣を終えました。収容施設から見て0時の方向に200人、5時の方向に150人、7時の方向に150人」
「了解した。照明弾発射」
夜空に花火が打ち上るような音が響いて、5つの光の玉が真っ暗な世界を照らす。その光に浮かび上がって、収容施設を取り囲む魔族たちのシルエットが明らかになる。これに慌てたのは魔族たちであった。
「何だあれは? 光魔法か」
「不味いぞ、我々の姿が発見されてしまう」
「かくなる上はつべこべ言っている暇はない。全員突撃ぃぃ!」
移動を終えてようやく隊列を整えたばかりで、魔族たちは3方向から突撃を開始する。だが彼らの前にはエンジン音を轟かせながら四角い鉄製の箱のような巨大な物体が正面に立ちはだかる。
そしてその巨大な物体は、突き出された砲口から一瞬だけ炎を吹き出す。
「何だあれは?」
「火を吹いたが、あっという間に消えたぞ」
その様子を見て首を捻る魔族たち。その間にも、彼らを死に誘う大きな力が夜空を切り裂いて飛翔する。そして完璧な位置に着弾すると轟音を発して巨大な力が炸裂して…
魔族たちを狙って火を吹いた砲口は、陸上自衛隊の誇る10式戦車であった。そのたった1発の着弾で収容施設の背後に回り込んだ一隊の150人は完全に沈黙している。というよりも、その場にいた魔族全員が細切れの肉片となっているのであった。
10式が発射したのは、非装甲の対象に向けて最も効果を発揮する榴弾… 通常の戦車砲弾とは違って着弾の瞬間に数百にも及ぶ破片が飛び散って目標を殺傷する。わずか1発で、その場にいたはずの魔族たちは一瞬で消え去っているのであった。
さらにやや離れた位置で同様の爆発音が響く。もう1両の10式が榴弾を発射していた。たった2発の砲撃で、背後に回り込んだ魔族の兵士たちはその指揮官もろともこの世を去っている。
「背後に迂回した軍勢は沈黙しました。残存兵の動きがないか、さらに監視を続行します」
「了解、引き続き警戒してくれ」
指揮戦闘車に連絡が入る頃、正面陣地にも魔族軍が迫っていた。昼間の戦闘と同様に、機動戦闘車の機関砲と陣地に籠る小隊の十字砲火が夥しい銃弾をバラ撒く。
約1分間の掃射で、陣地正面には立っている者の姿は全く見当たらなくなっている。地面に倒れている数百人に及ぶ魔族兵は、どうやらすでに動きを止めているようであった。
だがその時、戦闘指揮車の内部で美鈴が反応する。
「魔法シールド展開」
その一言で瞬時に収容施設の前面に巨大な魔法シールドが出来上がる。直後、シールドを揺るがす衝撃と爆発音が辺りに響き渡った。
「美鈴、何が起きた?」
「魔力の急激な集中と術式構築の気配を察知したの。どうやら死んだフリをした生き残りがまだいるようね」
「生き残っている可能性があるとしたら、兵を率いていた幹部クラスか… いいだろう、俺が仕留めてくる」
聡史は戦闘指揮車のドアを開けると、軽々とフェンスを飛び越えて陣地の前方に躍り出る。その動きは、あたかも疾風の如しであった。急に飛び出していった聡史の後ろ姿を美鈴は黙って見送ったが、この行動に慌てたのは伊藤司令であった。彼は全部隊に緊急指令を下す。
「全軍警戒態勢を維持。攻撃は楢崎中尉に任せて、残存兵の探索に当たれ。視界の確保のために照明弾打ち上げろ」
直後に打ち上げられた照明弾が周囲を明るく照らす中、聡史の視線は起き上がろうとする魔族の姿を捉えている。多数の魔族の死体を押し退けている様子を見ると、どうやら部下が身を挺してその幹部を守ったようだ。
「あの弾幕の中で生き残るとは、中々しぶといな」
「人族如きの攻撃に、この魔公爵ハインリッヒがむざむざと遣られるわけにはいかぬ。貴様は噂に聞く勇者か?」
「勇者… そんな甘っちょろい存在ではない。お前にとっては正真正銘の死神だ」
聡史がオルバースを引き抜くと、立ち上がったハインリッヒも腰の剣を両手持ちに構える。
「面白い冗談だ。死神だろうが、この手で葬り去るのみ」
ギラ付いた瞳に濃厚な殺気を込めて聡史を睨み付けるハインリッヒ、その手にする剣は魔王から直々に下賜された業物であった。どっしりと構えるその姿勢を見るにつけ、相当な剣の心得があるように見受けられる。
対する聡史は、肩に力が入らないあくまでも自然体でオルバースを構える。先に地を蹴ったのはハインリッヒであった。
「剣の錆にしてくれる。死ねぇぇぇ」
大上段に振りかぶって聡史に迫る姿は鬼気迫るものがある。指揮官として率いてきた全軍を失った現在、せめてもの冥途の土産に聡史を道連れにしようという決意がその眼光に宿っている。
「いい踏み込みだ。学院生の手本になってもらいたいくらいだ」
だが決死の覚悟で振るわれたハインリッヒの一振りは、あっさりと聡史のオルバースに受け止められる。あろうことか片手で… この力差を感じて、ハインリッヒは負けを覚悟する。我が剣が相手の心臓に届かぬのならばせめて腕の一本なりとも傷を与えようと、横薙ぎに剣を振るう。
「小技も使うるようだな。だがまだ俺には届かんぞ」
ニヤリと聡史が一瞥をくれると、聡史の剣は狙いを違わずにハインリッヒの首を刈り取る軌道を描く。
「我が剣、未だ未熟なり」
その言葉が、ハインリッヒが残した辞世のセリフであった。真横から切り落とされたハインリッヒの首が地面に落ちると同時に、その体がドウと音を立てて崩れ去る。
聡史はハインリッヒが死んだのを見届けると、レシーバーを介して美鈴を呼び出す。
「美鈴、すまないがカレンと一緒にこちらに来てもらえないか」
「いいわ、しばらく待ってちょうだい」
通信を終えてから5分後に、美鈴はカレンを伴って聡史の前に現れる。負傷者の救護のために待機していたカレンは、急に呼び出された理由がわからずに何事が起きたのかという表情をしている。
「カレン、すまないがこの男を生き返らせてもらえないか?」
聡史は、足元に倒れているハインリッヒの死体を顎で指している。カレンは聡史の意図がどうにもわからずに、目をぱちくりしながら聞き返す。
「この魔族を生き返らせるんですか? 可能ですが、どんな意味があるんでしょうか」
「剣を交えてわかった。この男の剣筋には濁りがない。美鈴の配下になってもらえば、色々と利用価値が生まれるんじゃないかと思う」
「あら、私にはレイフェンがいるわ。一人で十分だけど」
聡史の説明に、今度は美鈴が首を捻っている。
「一人も二人も一緒だろう。どうか面倒を見てくれ。剣の腕も確かだから、魔法学院の臨時講師にもなるし」
「そういう理由なの? 何か企んでいるような気がするんですけど」
美鈴は聡史にジト目を向けているが、聡史は横を向いて口笛を吹いている。バレバレな態度だが、本人はこれで誤魔化し通すつもりのようだ。
「もう… わかったわよ。私が面倒を見ればいいんでしょう。それじゃあカレン、お願いするわ」
「はい、天界の光よ」
カレンの手から光が発せられると、ハインリッヒの首と胴体がいつの間にか繋がっており、その心臓は規則正しい鼓動を刻んでいる。3分ほど待っていると、ハインリッヒは目を開いて何が起きたのかとしきりに首を捻っている。
「我は死んだのではないのか?」
「どうやら今日の死神は三流の腕しか持ち合わせていなかったようだな」
一度死んだのは事実だが、この辺の説明は聡史によって省略された。面倒だからまあいいかという、ごくごく軽い理由で。
「ところでハインリッヒ、お前は降伏する気はあるか?」
「降伏だと? 我が仕えるは魔王様のみ。他の者を自らの主として崇めることなどない」
「ほほう、この人の前でもそんな強気を保っていられるかな? それではルシファーさん、どうぞよろしくお願いいたします」
聡史の言葉が終わると、美鈴の意識の底で眠っていたルシファーの魂が頭をもたげる。体全体が変化したわけではなくてその瞳が銀色になっただけではあるが、それだけでも周囲に放つ闇の波動は物理的な質量を持っているが如く重たく圧し掛かる。
「我が名を呼ばれて面白きことあるやと出てきてみれば、目の前に佇むこの矮小なる闇の存在は何者であるか?」
限界突破の上から目線、さすがはルシファーさんだ。そんなルシファーさんから眼光の直撃を正面から浴びているハインリッヒは、魂が吹き飛ぶばかりに驚いてその場に平伏している。つい先程一度魂が飛び出して、カレンに強制的に戻されたばかりなんだけど……
「何者と聞いておる。直ちに返事をいたせ」
「お、恐れながら申し上げまする。ハインリッヒと申しまする魔族にございます」
「魔族と申すか… これ、レイフェンよ、こちらに参れ」
ルシファーさんが暗闇に呼びかけると、どこからともなくレイフェンが現れる。まるで美鈴の影の如くに、コッソリと側に控えているようだ。
「美鈴様、お呼びでございましょうか」
「レイフェン、そこに這い蹲っている者に心当たりはあるか?」
「おお、これは懐かしき顔でございまする。この者は魔王の親衛隊を務めまするハインリッヒなる武人でございます」
「我を見て碌に返事もせぬ。このような性根が座っておらぬ者は、闇に帰してもよいかと思うがいかがいたす?」
「ハインリッヒは心根の真っ直ぐな根っからの武人であります。美鈴様の忠実なる部下となると、このレイフェンめは愚考いたします」
レイフェンは恭しい態度で美鈴に頭を下げている。昔馴染みの誼で、ハインリッヒの命乞いを嘆願しているのであった。
「そうか… レイフェンがそう申すなら、しばらく側に置いて様子を見るか。ハインリッヒとやら、そなたは我に仕えるや?」
「こ、この命を差し出してお仕えいたしまする」
平伏したまま、絞り出すような声を上げるハインリッヒ。頭上から圧し掛かるプレッシャーで今にも押し潰されそうな心持ちであろう。
「ならば、そなたは本日からフィリップ=テオドール魔公爵と名乗るがよい」
「ありがたき幸せにございまする。生まれ変わった心持ちで、お仕えいたしまする」
ハインリッヒ改め、フィリップ=テオドール魔公爵がここに誕生する。彼が無事にルシファー様の配下に加えられてホッとした表情を浮かべる聡史とレイフェン、この時点で聡史にどのような思惑があるのかは美鈴やカレンには明かされることはなかった。
また一人、魔族が美鈴の配下に加わって…… この続きは金曜日に投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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