154 自衛隊の初陣
投稿間隔が開いて大変申し訳ありませんでした。依然としてしもやけの具合が良くならずに苦労しております。ということは別にして、154話をどうぞ。
「お集りの皆様、只今より魔王様のお言葉をお伝えいたします」
ここはナズディア王国の王都にある魔王城、その謁見の間に大勢集まっている貴族たちを前にしているにも拘らず、肝心の玉座の主は姿を見せてはいない。代わってまだ年若い宰相が玉座から一段低い場に立って主君の言葉を伝えると発言している。この宰相の態度に、貴族たちから不満の声が次々に上がる。
「なぜ魔王様は我らの前にお姿を現さぬ。我らは魔王様直々のお声を聞きたいのだ」
「魔王様からのお言葉でなくば、たとえ宰相といえども我らが従う道理などない」
「魔王様は何処にあられるのか、宰相の口からはっきりと申せ」
謁見の間に響くような怒声を上げているのは、挙って魔王に長く仕えている古参の魔貴族たちであった。彼らには彼らなりの言い分がある。魔王が謁見に姿を見せなくなって早2か月、その間現在に至るまで魔王の言葉という名目でこの若い宰相が魔王城を取り仕切っている。年端のいかない若造が生意気な態度を取ると、古くからナズディア宮廷に仕えている貴族たちの間には不満が燻っているのであった。
「魔王様は現在、新たな神をこの地に召喚する為にお力を注いでいらっしゃいます。偉大なる魔王様のお力を以てしても、神を招くなど途方もない仕儀。今しばらくはご不在もやむを得なかろうと存じます」
「なんだ、その木で鼻を括ったような物の言いようは。我らは一目でよいから魔王様への拝謁を希望しておるのだ。何故以ってその方だけが魔王様に拝謁できるのだ」
不満は収まるどころか、ますます貴族たちの間に充満していく。だがこの成り行きは、若き宰相からすれば当初から見通していた状況であった。
「こちらは、当面王国の政治全般に関して魔王様から私に委任された書類にございます。もちろん魔王様のご署名も入っております。こちらをご覧になってもまだ不満を漏らすというのは、魔王様に反旗を翻すと同等と受け取りまする」
宰相は懐から取り出した書状を貴族たちに広げる。確かにその羊皮紙には、政治を委任するという内容とともに魔王直筆の署名が記されている。この書状を見せられては、さすがに古参の貴族たちも口を噤むざるを得ない。内心でどんなに不満を抱えようとも、魔王の意向というのは彼らにとって命に代えても順守すべき事項であった。
ようやく静かになった謁見の間に、宰相の声高が響き渡る。
「エクバダナに放ってある密偵から報告がもたらされております。正体不明の少数の人族が神殿を建設している現場から奴隷を連れ出し、あろうことか街中の兵舎を占拠しているという内容です。魔王様はこの話をお聞きになって大変ご立腹なされております」
「エクバダナを預かっているはずのリッペンドルフは何をしているのだ?」
「密偵の話によりますと、どうやら人族にあっという間に倒されたようです」
「リッペンドルフともあろう男が、人族ごときに倒されるなど俄かには信じがたい。その話、誠であろうな?」
「誠です。さらに人族は街にある兵舎を占拠しており、そこで奴隷共を養っているようです。街の住民の間には『勇者が攻めてきた』などという不穏な噂が広がって、動揺を隠せない者も出ております。さて、ここにおられるどなたか、兵を率いてエクバダナに向かい魔王様のお心を安らげる務めを担っていただけないでしょうか?」
宰相が言葉を終えないうちに、彼の前に四人の魔族が足を踏み出す。いずれも魔族の中で武勇に優れた存在として名を知らぬ者はいない猛者たちであった。
「我らがエクバダナに向かう。そなたのような若造が仕切る魔王城の空気に辟易しておったから、気分を変えるにはちょうど良いであろう」
「それでは4名の方々にお任せいたします。魔王様のお心に適う働きを期待しております」
「そなたに言われるまでもない。魔王親衛隊を務める我らが向かえば、敵など滅んだも同然だ。吉報を待っておれ」
宰相を睨み付けると、魔王親衛隊を名乗る4名の魔貴族は大股で謁見の間を出ていく。残された宰相と他の面々は、その後ろ姿を無言で見送るのであった。
◇◇◇◇◇
宇都宮駐屯地の先遣隊がエクバダナの街に到着して3日が経過した。衛生看護部隊は寝たきりで起き上がれない人の看護で大忙しの日々を送っているが、日を追うごとに彼らの病状は良くなってきており、順調に経過すればあと数日で起き上がれる見通しが立っている。
衛生看護部隊と並んで大忙しなのは工兵部隊である。重篤な症状の人々を収容する病棟の建設を終えると、彼らは今度はエクバダナの街の門外に軽症者が寝泊まりする施設の建設に取り掛かっている。魔族が造った兵舎は収容人数が600人余りで、そこに2千人を詰め込んでいるのはけっして良い環境とは言えないためであった。
兵舎の並ぶ敷地では十分ではないという他にも、魔族の街と直に境を接するのはたとえ美鈴の結界で仕切られているとはいえ、あまりいい心地はしない。ともあれこの双方の理由から、東門の外側に新たな居住施設の建設が急ピッチで進んでいるのであった。
ゆくゆくは重傷者もこちらに移して、エクバダナの街から完全に退去するというのが、先遣隊の基本方針となっている。病人を数多く抱えている現時点では、無用な衝突のリスクは可能な限り避けておきたいのが偽らざる本音であった。ただし桜がこれだけの騒動を起こしておきながら、今更無用な衝突のリスクもないだろうという意見も、主に美鈴辺りから指摘されている。
その当事者の桜だが……
「それではお兄様、皆様、私たちは一旦日本に戻りますわ」
「桜ちゃんが無茶をしないかバッチリ監視しますから、どうか私に任せてください」
桜と明日香ちゃんは、今から日本に戻る。手が空いている聡史、美鈴、カレン、それからマリウスやロージーの見送りを受けているところであった。当然ながら、明日香ちゃんの発言に生暖かい視線が向けられている。
「明日香ちゃん、どの口が『バッチリ監視』なんて言えるんでしょうか? 私には甚だ疑問ですわ」
「桜ちゃん、一体どこに疑問の余地があるんですか? 目を離すと危なっかしいのは桜ちゃんですよ」
見送る面々は『どっちもどっちだ』という表情だが、余計な騒ぎを起こしたくないので誰も口には出さない。それよりも二人が日本に戻る表向きの目的は、専門的な医薬品の補給と魔法学院に待機しているディーナ王女たちをこの地に連れてくるためであった。隠された本当の理由を明かせば、一度に大量の食糧を消費する大食いとデザートがないと動かない役立たずを追い返すという意味合いも否定できない側面がある。
「とにかく、日本に戻っても騒ぎだけは起こさないでくれ」
「二人とも自重してよ」
聡史と美鈴が口を酸っぱくして言い聞かせるが、桜と明日香ちゃんは自分の話だとは思っていない。互いにあらゆる意味で責任を押し付けあっている。両者とも自覚症状がないから、聡史や美鈴の目が届かない場所で何を仕出かすかわからない。もし何かあったら、日本に残る学院長に丸投げするしかないだろう。
こうして二人は見送りに手を振られながら、なだらかな上り坂が続く道を歩いていくのであった。
◇◇◇◇◇
何かと騒がしい二人が日本に戻って数日が経過して門外の施設の建設も順調に進み、すでに重症者も含めて全員がそちらに移っている。これまで手狭な兵舎で窮屈な生活を余儀なくされていた人々も、広い施設に移って喜びの声を上げている。
「自分用のベッドに寝られるのか」
「ここは食事が美味しくてもっといっぱい食べたいのに、胃が小さくなって少しずつしか食べられないのが残念だわ」
「もっと元気になって、早く故郷に戻れるといいな」
奴隷として辛酸を舐めた人々もその表情は明るさを取り戻しており、順調な回復ぶりを見せている。怪我を負った人もいるが、体力が回復次第カレンが治癒している。中には腕や足を骨折した人もいるのだが、カレンの天界の光を浴びるとたちどころに治癒していく。カレンに癒された人々は、まるで神様に出会ったかのようにカレンに向かって真剣な表情で祈りの言葉を捧げるのであった。その正体は本物の天使とは知らずに……
そんな忙しくも束の間の平和な時間が流れる昼下がり、美鈴が展開する結界の街の方向から何かが爆発する音と天高く立ち上る火柱が観測される。真っ先にこの異変に気が付いたのは、結界を展開する当の美鈴であった。
「聡史君、どうやら魔族側から攻撃が始まったようね。このまま放置しても破られる恐れはないけど、どうしようかしら?」
「そうだなぁ… もうしばらく様子を見るか。そのうち疲れて諦めるだろうから」
門外に設けられた先遣隊施設は周囲を美鈴の結界で覆っている他、簡易フェンスの上部に鉄条網を取り付けて侵入者を阻んでいる。フェンスの外側には土嚢が積まれた陣地と塹壕が設けられており、戦車や装甲車は窪地に隠されてパッと見ではわからないように屋根に草木を載せて擬装が施されていた。
美鈴の結界だけでも防御は十分といえるのだが、そこは戦闘部隊の性というものか、適した場所を見つけるとついつい陣地をこしらえたくなってしまうのであろう。パトロール以外これまで大して仕事がなかった戦闘部隊の皆さんが、日頃の訓練の成果を発揮して見事な防御陣地を築いてしまったのであった。
「なかなか攻撃を止めないわね」
「そうだな… かれこれ30分以上爆発音が響いているな。重症の人たちが不安になるかもしれないし、ちょっと脅かしてやろうか」
聡史と美鈴がこのような会話を交わしているその時、二人が待機している食堂の片隅に伊藤司令が姿を見せる。
「お二方、魔族を撃退する件は、我々にお任せいただけませんか?」
「伊藤司令、自分たちは構いませんが、大丈夫ですか?」
「我が隊が保有する全弾は、すでにカレン准尉から天界の光の加護を受けております。魔族に有効なのは実証済みですので、ここはぜひ腕試しをしたいと考えています」
「わかりました。自分と美鈴は万一に備えて伊藤司令とご一緒させていただきます」
「もちろん結構です。お二方も我々の戦いぶりをご覧ください」
伊藤司令の表情には自信たっぷりな様子が見て取れる。宇都宮駐屯地の地下施設から脱走を図った魔公爵を射殺したあの一件が、今回の重要な予行演習となっているのであった。この点一つ取り上げただけでも、宇都宮駐屯地を去り際に美鈴とカレンに銃弾への細工を命じた学院長の慧眼というのは、一体どれだけの未来を見通していたのかと不思議に感じてしまうレベルだ。
「それでは参りましょうか」
伊藤司令に促されて聡史と美鈴が外に出ると、すでに戦闘部隊1個中隊が小銃を肩に下げて整列している。いつでも戦場に飛び込んでいけるという覚悟が十分な頼もしい表情で、彼らは司令官の到着を待っていた。
「司令官殿に敬礼… 直れ」
ビシッとそろった敬礼を行うと、再び背筋がピンと伸びた姿勢でこれから下されようとする命令を待つ。
「只今から戦闘行動に移行する。我々が倒すべき相手は、現在この施設に攻撃を加えようとしている魔族の一軍である。各自奮励努力して無事に魔族軍をこの地から追い払ってもらいたい。訓練ではないので、実弾の使用を許可する」
「「「「「「了解しました」」」」」」
「それでは配置につけ」
伊藤司令の命令に従って、中隊が小隊規模に分かれて自らの持ち場へと散っていく。この場に派遣されている戦闘部隊は、まさに宇都宮駐屯地の中核のさらに中核と呼べる精鋭部隊であった。全員があの魔物の集団暴走を潜り抜けた果てに、明日香ちゃん並みのレベル70以上のステータスを誇る。すでに小隊単位で那須ダンジョンの30階層まで到達する実力者ばかりであった。しかもカレンの天界の光が込められた武器弾薬で武装しているのだから、いってみれば鬼に金棒であった。実際に単身でオーガを殴り倒す猛者たちなので、鬼からしたら天敵かもしれない。
「我々は戦闘指揮車に乗り込みましょう」
伊藤司令と共に聡史と美鈴は、部隊の通信と指揮を一括する機能を搭載する車両に乗り込む。すでに二人の通信兵がスタンバイして、各小隊から入ってくる通信を傍受している。
「第1小隊、配置完了」
「第2小隊、同じく配置完了」
「第1機動小隊、戦闘車のエンジン始動完了」
「戦車隊、いつでも前進準備完了。命令があるまでこの場で待機します」
続々と戦闘指揮車に入ってくる通信は、最近では珍しいトランシーバーを使用している。異世界では衛星通信やGPSは使用できないので、互いに電波を飛ばしながら通信する一昔前の手段を用いるしかないのであった。
「敵に退去勧告を行ってその反応を待つ。こちらからは手を出すな」
「了解しました」
この辺は専守防衛がモットーの自衛隊、このような戦場においても相手の出方を待ってから行動しなければならない点は、なんとも歯痒さを感じてしまう。この場に桜がいなくて本当に良かったと、聡史と美鈴は胸を撫で下ろしているのであった。こんな対応を耳にしたら『生温い』と一言残して、一人で敵を殲滅しに飛び出していくことであろう。さすがに自衛隊的には、そのような単独行動があると不味いのは言うまでもない。
その時、偵察部隊からの報告が入ってくる。
「司令部へ、ドローン型偵察機の映像が入ってきました」
指揮戦闘車のモニターには、上空から撮影された映像が映し出される。その画面から見るにつけ、美鈴が展開する結界に20人程度の魔族が取り付いて攻撃を加える様子が映っている。本隊はその後方に待機して、結界が破れたら一斉に雪崩れ込む用意を整えているようだ。さらにその後方には、魔族の指揮官がいるであろうと考えられる天幕と後詰めの部隊が確認できる。自衛隊が築いた陣地から距離300メートルの地点が、現在魔族軍の最前線となっている。
「準備は整いました。西川准尉、結界を解除してもらえますか」
「わかりました。結界解除」
美鈴が結界を取り払うと、チャンスとばかりに魔族たちは一斉に侵入を図る。彼らに対してスピーカーから無機質な音声で勧告が流れる。
「すぐにこの場から退去しなさい。攻撃に対しては反撃する。繰り返す……」
もちろんこのような退避勧告に耳を貸す魔族ではない。すでにその先鋒が陣地から150メートルの地点まで迫っている。そして、ついに魔族兵の手から魔法が放たれる。この1発が、自衛隊と魔族軍の戦陣の火蓋が切って落とされる合図となった。
魔族の手から放たれた炎の魔法は、第1小隊が立て籠もる陣地の前に積み上げてある土嚢を直撃して巨大な火柱を上げる。さらに続いて数発の魔法が着弾、濛々とした煙に包まれて陣地の周辺が何も見えなくなる。
「第1小隊、被害を報告せよ」
「こちら第1小隊、被害なし」
大型爆弾並みの威力がある魔法が炸裂しても陣地は全く無事であった。これには秘密がある。土嚢を積み上げた陣地全体に、カレンが天界の光を込めていたのであった。外見は頼りない土嚢であっても、天使の加護を受けていればコンクリート以上の強度となって魔族の魔法を防いでいる。
「敵は退去勧告を無視して攻撃してきた。各隊、反撃を開始せよ」
伊藤司令の命令で真っ先に動き出したのは、2両の機動戦闘車であった。窪地からゆっくりと這い出て屋根の上の擬装を取っ払うと、2門ある機関砲を陣地に迫ろうとする魔族へと向ける。車内からリモートコントロールで照準をつけると、猛烈な機械音を轟かせながら20ミリ弾をバラ撒いていく。
小銃や機関銃とは比較にならない威力の20ミリ弾を食らった魔族兵の体は、バラバラに千切れて後方に吹っ飛ばされていく。どこかで見た光景だと思ったら、桜に殴り飛ばされた相手がよくこのような感じで死に至るケースが多々ある気がする。生身で機関砲並みの威力を簡単に出せる桜が、よくよく考えれば間違っている気がしてならないが……
「第1、第2小隊、反撃開始」
土嚢を積んだ陣地への魔法が止んだのを見計らって、隊員が小銃を構えて後続の魔族たちに教科書通りの十字砲火を浴びせる。その直前の魔族たちといえば……
「な、なんだ? 一体何が起きているのだ?」
「わからない、突然最前線の仲間たちの体が千切れて飛んだぞ」
「おい、あんな壁の影から人族が顔を出して何をするつもりだ?」
「剣も槍も弓も持っていないし、どうやって戦うつもりだ?」
仲間が何もできずに体が千切れて飛んでいくという不思議な現象を目の当たりにしながらも、後続の魔族兵たちは敵陣に乗り込もうと足を速める。だがそこに、第1、第2小隊が発砲した十字砲火の嵐が襲い掛かる。
「ウギャァァァァ」
「ゴワァァァ」
「ウブッ」
「た、助けてぇぇぇ」
体中に複数の銃弾を食らった魔族たちは、次々に地面に倒れてその命を虚しく散らす。王都からエクバダナの街に進軍してきた兵力は約千人であった。その半数が、自衛隊陣地に向かった突撃で命を落としている。辺りは魔族兵の死体で足の踏み場もない有様であった。
「伊藤司令、どうやら敵軍は半数の兵力を失ったようですね」
「まだまだ油断はできません」
聡史が話し掛けても伊藤司令は短く答えるのみ。なおもドローンから送られてくる映像を見ながら口を真一文字に引き締めている司令官の姿がそこにはあるのだった。
魔族軍の半数を倒したとはいえ、まだまだ戦いは続いていく様相。果たして自衛隊は…… この続きは明日投稿いたします。大丈夫です、た、たぶん……
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