152 先遣隊
奴隷として働かされていた人々を救い出した桜たちは……
奴隷としてこの街に連れてこられた人々は、久しぶりに暖かくて量が十分にある食事を取って屋根があるまともな部屋で寝たこともあって、土気色であった顔に徐々に血色が戻ってくる様子が見て取れている。
意識を失ったり自力で起き上がれなかった重症の人々も、少しずつ水分と消化のいい大麦のおかゆを口から流し込まれて一時よりは持ち直したものの、現状は何とか生命を保っているだけで予断は許さない状況が続く。仮に彼らがこのまま回復して動けるようになるまでは相当な期間を要する見込みで、この場にいる桜や美鈴の手にはその看護の負担は重い課題であった。
「桜ちゃん、さすがに私たちだけでは手が回りませんよ~」
「明日香ちゃん、本当にその通りですわ。何かいい案はありませんかねぇ~? 私の手持ちのポーションでは、却って健康状態を悪化させてしまう恐れがあるそうですし……」
桜に病人の看護などといった繊細かつ気を使う仕事を任せるわけにはいかないので、代わって明日香ちゃんが不器用ながらも看護役に参加している。せめてこのくらいは役に立ってもらわないと、今この兵舎の内部は人手不足でてんてこ舞いなのだ。
「桜ちゃん、ここにいてもどうせ大した仕事なんかないんですから、この際日本に戻って応援を呼んできてもらえませんか?」
「おやおや、明日香ちゃんにしては実にナイスなアイデアですね。こうなったらひとっ走り行ってきますか」
かくして桜は、美鈴たちに後を任せて一人でダンジョンへ向かう。一気に最下層まで降り立つと、リホップしたラスボスをワンパンで倒して、日本に戻る光の回廊を進んでいく。
そして日本に戻った先では……
「なんで桜が高山ダンジョンに現れるんだ?」
「お兄様、これはまたずいぶん奇遇ですわね」
ちょうど高山ダンジョンのラスボスを倒したばかりの聡史たちと桜は、ばったりと最下層で再会したのであった。予想もしなかった場所に突然姿を現した桜に、聡史たちはキツネに抓まれたような表情をしている。
桜が地球時間で約5日で異世界から戻ってきたのに対して、聡史たちはブルーホライズンの下層への適応のために1週間を掛けて最下層まで到達していた。その結果が、この奇跡的な偶然を引き起こしていた。双方が費やしてきた日数がズレているのは、空間と次元が渦巻く例の転移ポイントを抜ける際に、時間の流れに狂いが生じるためだと考えられる。
「どうして桜一人なんだ? 美鈴や明日香ちゃんはどうした?」
「それが… 諸事情がありまして、今あちらの世界で皆さん手が離せないんです」
桜以外のメンバーが戻ってこないのには、危機が発生したわけではなくて何らかの別の事情があるとわかった聡史たちは、ひとまず胸を撫で下ろしている。事情はともかくとして、ダンジョンの最下層でいつまでものんびりしているわけにもいかない。一行はラスボス討伐に喜ぶ暇もなく宝箱だけを回収して急ぎ地上へと戻っていく。
高山ダンジョンを出て管理事務所のミーティングルームに入ると、堰を切ったように桜が単独で戻ってきた理由を話しだす。
「…… というわけで、約2千人にも及ぶ人たちを保護しております」
「これはまたずいぶんと大変な事態に陥ったもんだな」
桜は過去に様々なトラブルを招いてきた実績があるが、今回の件はその中でも解決の難易度でいえば相当に上位のものであった。もちろん今回は桜に責任があると非難は出来ないにせよだ。
「カレンの力で治せる可能性はあるのか?」
「生命力がどれほど残っているかにもよりますが、ある程度回復途上に向かっている病人でしたら何とかなると思います」
さすがに天使の力をもってしても、栄養失調状態の人間は救えなかった。しっかりとした栄養を摂取してある程度体力が回復しないと、痩せ衰えた体を再生するだけでさしたる効果は期待できないらしい。生きている人間の場合は、生命力がどの程度残っているかによって回復の効果が決定するらしい。逆に死んだばかりの人間のほうが、ある意味無理やり復活させるので比較的簡単に可能という話であった。
「そうか… カレンの力を活用するのはいいとして、問題は体が弱り切った人をどうやってそこまで回復させるかだな」
「聡史さん、自衛隊の衛生部隊の皆さんに協力を得るのはどうでしょうか? 軍医さんもいらっしゃいますし、戦地で野戦病院を維持する設備と人員も保有していますから、おそらく治療に関する支援をしてもらえるのではないですか?」
「確かにその意見は一考の余地があるな。災害救助や海外の難民支援の実績もあるだろうし」
カレンは先般発生したダンジョンの魔物の集団暴走の際、宇都宮駐屯地の衛生部隊と一緒に待機していた。その時に顔馴染みになった隊員もおり、彼らの力を借りられないかと考え付いたのであった。もちろんカレンの一存で頼み込めるレベルの話ではないが、母親の力を借りればどうにか実現するのではないかと考えている。
「一旦魔法学院に戻ってから、母に話をしてみましょう。その二千人の人々を何とかしないと、美鈴さんや明日香ちゃんはこちらに戻ってこれませんから」
かくして、カレンがある程度の話を電話で学院長に伝えたのちに、聡史たちは自衛隊が用意したヘリに乗り込んで魔法学院に戻っていくのであった。
◇◇◇◇◇
「衛生救護部隊の派遣に関して、カレンの話を聞いてから私もダンジョン管理室に即座に掛け合ってみた」
魔法学院に戻った聡史たちは、すぐさま学院長によって第3会議室に集められている。その席で学院長が放った第一声が、このようなセリフであった。
「結果からすると、宇都宮駐屯地の部隊はすでに異世界に先遣隊を送り込む準備を完了している。あとは政府の許可が下りれば、すぐさま異世界に向かう予定だ」
「政府の許可は下りそうなんですか?」
学院長の説明に関して、聡史が質問を投げ掛ける。
「人道支援という側面を強調しているからな。二千人の命が懸っている以上は、政府も腰を上げざるを得ないだろう」
学院長の見解に対して、実際に奴隷として悲惨な目に遭った人々を直接見てきた桜が手を挙げる。
「学院長、私のスマホに収容した方々の様子を撮影した動画がありますわ。政府を動かす材料になるかと思いまして提供いたします」
桜が取り出したスマホに注目が集まる。聡史が大型モニターに繋いでその内容を再生してみると、そこに映っているのは……
「ヒドい… 子供をこんなに痩せ細るまで働かせるなんて……」
「ほとんど骨と皮になっているじゃないか。命を保っているのが不思議なくらいだ」
「これほどの惨たらしい奴隷労働が実行されたなんて、日本人の感覚からすると絶対に許せない」
モニターに映し出されたのは、自力では起き上がれない人たちの映像であった。彼らは押しなべて力なくベッドに寝かされている。その虚ろに開かれた眼には辛うじて弱々しい光が宿るだけで、感情や意思など一切感じられない様子であった。
この映像を見たブルーホライズンは半ば目を背けたい感情を抑えつけながら、異世界の現実をその目で確認しようと強い意志を保っている。
「よし、この画像をダンジョン対策室に送ってやろう。これを見たら政府も否応なく首を縦に振るだろう」
学院長は桜のスマホから映像をコピーすると、ダンジョン管理室に送信する。その15分後には返信がやってきた。学院長はその内容を見てニヤリと笑みを浮かべる。
「どうやらこの映像が決め手になったようだな。人道支援という名目で宇都宮の先遣隊を送ると決定された」
もちろんこの決定には裏があるのも事実だ。人道支援の名目で先遣隊を送って異世界の環境に慣れつつ、折を見て後続の実働部隊を順次派遣していくための布石でもあるのだ。
「さて、楢崎中尉と桜中尉、それからカレンの3名は、すぐに宇都宮に向かってもらいたい。私も同行するから準備を整えるんだ」
「「「了解しました」」」
ダンジョンからたった今戻ったばかりだというのに、三人に出動の指令が下る。二千人の命が懸っているだけに、事は一刻を争うのであった。
改めて出動が決まると、桜は学生食堂へとダッシュしていく。昼過ぎの時間帯で生徒の姿が見当たらない食堂で、桜は時間が許す限り有りっ丈の食事とデザートを購入してはアイテムボックスに仕舞い込んでいるのであった。暇な時間帯のはずが、食堂のオバちゃんたちは大忙しとなっている。
そして準備の時間を全て食糧調達に割いた桜がヘリポートにやってくると、シャワーを浴びて新たな服に着替えている聡史とカレンが待っている。
「桜ちゃん、戻ってきたままの服で出動するの?」
「着替えは宇都宮に到着してから済ませますわ。そんなことよりもデザートをたっぷり準備しておかないと、なんだか恐ろしい予感がしてくるんです」
「桜ちゃんがそんなに弱気な面を見せるのって、なんだか珍しいわね」
「カレンさん、世の中にはレベルとかスキルを簡単に凌駕する存在があるんですよ」
桜が何を心配しているのかカレンには今一つ心当たりがない模様で、頭の上に???を浮かべている。その横では……
「師匠、早く戻ってきてください」
「奴隷にされていた人たちをビシッと助けてあげてくださいよ」
「私たちもダンジョンの最下層を目にして自信がつきましたから、自分たちでバンバン攻略していきます」
見送りはブルーホライズンだけというやや寂しい旅立ちであったが、その分彼女たちの力強い餞の言葉に心が和む聡史がいる。
ともあれ迎えのヘリに飛び乗るようにして三人と学院長は、魔法学院を後にするのであった。
◇◇◇◇◇
宇都宮駐屯地にヘリが到着すると、先遣隊として選抜された自衛隊員が整列して出迎える。総勢200人に及ぶ結構な大所帯となった人員の内訳は、医療救護班が40人、施設建設にあたる工兵班が60人、彼らを護衛する実戦担当が80人、司令部が20人という大まかな構成であった。
「神崎大佐、それから魔法学院の皆さん、お待ちしておりました。今回当駐屯地から選抜された部隊の責任者を拝命いたしました伊藤中佐であります」
「出迎えに感謝する。それで、いつ頃出発できそうなんだ?」
「はっ、施設装備ともにすでに調達は完了しております。楢崎聡史中尉と楢崎桜中尉ご両名がアイテムボックスに収納を終え次第、いつでも出発可能であります」
「頼もしいな。それでは調達済みの物資が保管してある場所に案内してもらえるか」
「はっ、こちらへどうぞ」
伊藤中佐の案内で駐屯地内の倉庫に向かうと、まず目に飛び込んでくるのは建物の手前に置かれている大型の重機であった。大型のクレーン車が2台、パワーショベルが4台、地面を均すロードローラーが2台、ユンボが1台、そのほか土砂を運ぶダンプカーが5台というラインナップとなっている。
「ほ、本格的ですね。建設会社と見間違いそうです」
聡史が苦笑を浮かべている。どおりで工兵部隊の人数が多くなるはずだ。異世界という見知らぬ環境で活動するための拠点は、しっかりと造り上げないと後々支障を来たす。さらには病棟や自衛隊員が寝泊まりする用途で組み立て式のプレハブ宿舎の資材が一棟ごとに所狭しと置かれている。これらの膨大な資材と重機を異世界に運び込もうというのだから、運搬担当の聡史と桜の責任は重大であった。
もちろんこれだけでは済まない。20台以上の大型発電機や燃料を供給するためのタンクローリーが3台、それとは別に設置型の燃料タンクが計5基と、これだけでも圧倒される物量であった。
その他医薬品がコンテナ2台分に、生鮮食料は計20台に上る冷蔵コンテナ保管されている。もちろんこれとは別に、数えるのも嫌になる量の米がうず高く積み上げられたパレットや、調味料、飲料、その他細々した物まで含めると膨大な量に及ぶのであった。2千人を養っていくためには、このくらいの物量は当然必要となってくるのは言ってみれば当然だ。最も苦労する運搬に関して聡史と桜が請け負っているのは、隊員一同からすれば奇跡のような出来事と受け止められている。
これらを聡史と桜は手分けしながら次々にアイテムボックスに収納していく。大量の建設資材と重機、その他生活物資の収納を終えてヤレヤレと思ったら、次は倉庫の内部に格納されている装甲車や装輪トラック、兵員輸送車両、戦車、野外炊事2号等々、夥しい数の戦闘車両と補助車両が待ち受けているのであった。よくぞこれだけの物量を短期間で揃え上げたものだと、聡史は収納作業に追われながらも感心するレベルであった。
次から次へと物資をアイテムボックスに詰め込んでいると、さすがに時刻は夕方が迫ってくる。兄妹は投光器に照らされる中で黙々と収納作業を進めていく。
「やっと終わったぁぁぁ」
「今回ばかりは、心底苦労しました。もうお腹が限界です。お兄様、お先に失礼しますわ」
全ての物品を収納し終えた兄妹の本音であった。時刻がすでに19時近く、桜の腹が早く食事を寄越せと大暴れを開始している。
こうしてようやく出発準備を終えて、食堂に向かってダッシュを敢行する桜の姿を聡史は苦笑いしながら見送るのであった。
大量の物資とともに、自衛隊の先遣隊が異世界に足を踏み込みます。彼らは無事に任務を果たせるのか…… この続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに。
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