151 救出作戦 3
しばらくお休みいたしまして申し訳ありませんでした。今日から再開いたします。
街のメインストリートでは、頼朝や茂樹が懸命に押し寄せる魔族の一軍を押し留めている。
マハティール王国の騎士団や貴族の軍を凱歌一蹴した魔族の兵士を相手にして彼らがここまで健闘しているのは、一重に彼らが身に着けているマジックアイテムのおかげであった。いや、それは単にマジックアイテムと呼ぶような代物ではない。魔石が取り付けられた指輪やペンダントは、彼らがダンジョンに入る前にカレンから手渡されたものであり、その魔石にはカレンが自ら込めた天界の光が封入されているのであった。
つまり彼らは天使の代理人としてこの場に立っているといっても過言ではない。カレンから譲渡された天界の光によって守られた光の戦士として、今現在彼らは魔族と対峙しているのである。
だが多勢に無勢という状況は覆い隠しようがない。頼朝たちは自らの数倍にも及ぶ人数の魔族を相手にして健闘するものの、次第に押し込まれて徐々に後退を余儀なくされるのはやむを得ない状況であった。
だがその時、頭上からあたかも天の声が響くように、通りで戦う全ての者の耳にその声が伝わってくる。
「そこなる若造共よ、どうやら苦戦しているようであるな。どれ、そなたらに代わってこのルシファーが相手を務めよう。その場を退くのだ」
天から降って湧いたような声に、誰もが戦いの手を止めて空を見上げる。そこには漆黒のドレスをまとって同じく漆黒の翼を優雅にはためかせるルシファー様の姿がある。その場にいる全員、茂樹や頼朝たち、そして魔族の兵士を問わずに剣を交えるのも忘れて息をのんで空を見上げている。
「副会長、そ、その姿は一体…?」
頼朝の声が空に向けて放たれるが、ルシファー様はそんな声を一顧だにしていない。
「よいから下がっておるのだ。巻き込まれても知らぬぞ」
冷徹とさえ表現しても差し支えない瞳で地表を見つめるルシファー様、その尋常でない威圧感に気圧されるようにして魔法学院生は後ずさっていく。魔族の兵は黙って彼らが下がるままに任せる。いや、というよりも突然この場に出現したルシファー様の姿に、魂を抜かれたような表情を浮かべて立ち尽くしているのであった。
さて東門付近の兵舎を占拠して、その場に安全地帯を築いているはずの美鈴がなぜルシファーの姿でこの場に現れたかというと、これにはとある他愛もない訳があった。桜たちが街に中心部に向かって発ったのを見届けた美鈴は、同様に居残っていたロージーと共に兵士たちの食事を賄う厨房にどの程度の量の食材が残っているかを調べていた。
その時ロージーが発した一言が、巡り巡ってこの状況を引き起こした切っ掛けとなる。
「桜ちゃんのことだから、今頃はきっと派手に暴れ回っていますよね」
この一言が、美鈴の意識の深層で惰眠を貪っていたルシファーを目覚めさせてしまった。
「なんだと、このルシファーを差し置いて誰が暴れまわっているというのだ?」
強引に美鈴の意識の表層に浮かび上がったかと思ったら、硬い表情でロージーに問い掛けるルシファー様のお姿。何というか、大人げ無さが大いに伝わってくる。
「えっ、そ、その… 桜ちゃんたちが…」
「ええい、話の用をなさない娘であるな。よい、我が自らの目で確かめてまいる」
何たる短気であろうか。ルシファー様はそのまま窓から飛び出していくと、翼を広げて空へと飛び上がって、上空から街の様子を窺っては自らが出張る場面がないかキョロキョロしていたのであった。闇の支配者と日頃から堂々としているあの威厳ある姿はどこへやら… 自分が楽しめそうな状況を求めてウロウロするとは、色々と台無しの感がある。そしてルシファー様の目に留まったのが、通りで剣を交えている頼朝や茂樹の姿であった。
話は空にはばたくルシファー様と魔族の兵士たちが向き合っている街中の通りへ戻る。
宙にいるルシファー様の姿を見て呆気にとられていた魔族たちは、ようやく声を出せるまでに立ち直りを見せる。
「な、何者だ?」
「なんという禍々しさだ」
「魔物なのか?」
「何やらどす黒い魔力の波動を感じるぞ」
「魔物が人族に力を貸すとは信じられない話だ」
「もしや悪霊の類か?」
魔族が知る限りの知識を並べ立てるが、そのどれもが目の前に羽ばたくルシファー様の正体には到達できなかった。闇の支配者そのものが目の前にいるという想像力を働かせることが可能な知識を持った知性は、魔族の中には存在してはいない事実を露呈している。
その結果として、魔族たちはルシファー様の存在に不審な思いを抱きながらも、次第に脅威に感じて武力の行使に考えが傾き始めているようであった。それは彼らにとっては、二度と後戻りできない道に踏み出してしまった運命を象徴している。
そこに思いっきり上から目線で、ルシファー様がお声を掛けてくる。
「そなたら、我を魔物や悪霊と呼ばうとは、不遜にも程があるな」
心の底から凍てつくようなルシファー様の声が再び響くが、一時の衝撃から立ち直った魔族たちはその数を頼みにして強気の発言を開始する。
「なんだと… 我ら魔族に盾突くとは、小生意気なヤツめ」
「このような魔物を野放しにしておくのは危険に相違ない。者共、あの悪しき者を討ち取れぇ」
敵意を剥き出しにしてルシファー様に牙を向ける魔族たち、その姿をホトホト呆れた表情で眺めるは、言わずと知れたルシファー様に他ならない。
「まこと愚かな存在… そなたらは矮小過ぎるゆえに、我の存在の本質を見抜けないか」
哀れなものを見るような視線が、ルシファー様から魔族の兵士に注がれている。この期に及んでは、魔族たちの生命は風前の灯と断言せざるを得ない。
その間に空に佇むルシファー様に向かって、魔族から矢や魔法が飛び交い始める。だが魔族が放つ矢だろうが魔法だろうが、どれ一つルシファー様まで届くことはなかった。魔族の攻撃の全ては、その漆黒に包まれた闇の魔力の前に勢いを失って地面に落ちていく。
「もうよいであろう。我の慈悲すら意に介さないとは、この世に存在する価値もなきものと判断いたす。そのまま消し炭となるがよい」
その言葉がルシファー様の口から発せられると、魔族の兵士に向かって漆黒の焔が飛んでいく。約50人の兵士たちは、一言の声を上げる暇なく文字通り消し炭に変えられていく。いや消し炭を通り越して真っ白な灰になって、風に飛ばされて何処へと消え去っていった。
「そこなる若造共よ、そなたらの役目を果たすがよいぞ」
ルシファー様は頼朝たちにその言葉を残して、さらに興味を惹かれる出来事はないかと神殿の建設現場の方向へと飛び去っていく。その場に残された頼朝たちは……
「い、今のは副会長だったよな」
「ああ、見間違いではないと思うぞ」
「なんであんな悪魔みたいな姿になっているんだ?」
「考えても無駄だ。俺たちにはまだ役目が残っているから、メルドスさんの後を追うぞ」
こうして彼らは頭の中に疑問を残しながらも、奴隷とされていた人々の脱出を支援しようと通りを東に向かって走っていくのであった。
◇◇◇◇◇
桜と明日香ちゃんは、最初に騒乱を引き起こした場所の隣の区画に移って、引き続き魔族の兵士たちを屠り続けている。普段よりもゆっくり時間を掛けて仕留めているように映るのは、わざと人目を引いて建設現場から脱出する奴隷たちから目を逸らさせようという策略であった。
「桜ちゃん、どうやらこの場の魔族たちも、すっかり平定してしまったようですよ」
「どうやらそのようですね。では隣の区画に移りましょうか」
桜が合図を出すと、マリウスたちがその場に取り残されている人族をひとまとめにして安全地帯へ送り出し始める。奴隷となってこの場で絶望的な生活を送っていた人々の瞳には、ようやくわずかに希望の光が灯っているかのようであった。
その様子を見届けてから桜と明日香ちゃんが隣の区画に移ってみると、そこには魔族の兵士の姿はなく、ただ茫然とした表情で座り込んでいる奴隷たちが残されているのみであった。
「おかしいですね。奴隷たちを監督していた魔族がどこにもいないようです」
「所々に白い灰が残されていますが、あれは何の痕跡なんでしょうね?」
桜と明日香ちゃんが、二人して首を捻っている。この場で何事が起きたのか、二人にはまったく事情が知れていなかった。その時、頭上に小さな影が現れる。その影は桜たちの姿を発見するなりグングン高度を落として、二人の目の前に姿を現した。
「おやおや、誰かと思ったら美鈴ちゃんでしたか。さては留守番に我慢が出来ずに出てきたんですね」
「そなたらに独り占めされるのは敵わぬゆえに、我も勝手に参加しようと思うてな。周辺にいる魔族の兵は、残らずこの手で黄泉に旅立たせてやったぞ」
「それは助かりましたわ。奴隷とされた人々の救助が捗ります」
戦闘狂の桜ではあるが、この場では奴隷の救助を最優先に考えているようで、ルシファーの助力に素直に感謝している。もしそうでなかったら、文句の1つもつけていたかもしれない。闇の支配者すら恐れぬ桜とは、一体どこまで怖いもの知らずなのであろうか?
そこに一度東門の兵舎まで奴隷たちを送り届けたメルドスや頼朝たちが姿を現す。マリウスたちとは二手に分かれて、交互に奴隷を安全地帯まで護送しているのであった。桜はこの場に残されている奴隷をひとまとめにして、東門への移送を開始させていく。だがその活動に待ったをかけるように、数十人の人影がこの区画に姿を現した。
「神聖なる魔王様からの命である神殿建設を邪魔するのは貴様らか?」
この場に姿を現したのは、どうやらこの街を治める貴族のような身形をした魔族と彼が率いる兵士の一団であった。彼らは神殿建設の現場で奴隷の反乱が起きていると聞き付けて、自らの館を発ってこの場に急行したのであった。空からその様子を確認していたルシファー様は、桜に最後の得物を残そうと敢えて彼らを見逃していた。
「おや、ようやく親玉が現れましたか。この街でどれだけの人々が奴隷として命を落としたか知りませんが、その罪は購ってもらいますよ」
「たかが奴隷ごときの命など、聖なる神殿をこの地に創造する崇高な行為の前には芥のようなもの。我らの使命を邪魔するなど言語道断。この場で我の手によって処断いたす故に覚悟せよ」
「フフフ、この桜様に向かってその言い草は、完璧な死亡フラグですわね。いいでしょう、掛かってきなさいませ」
1個中隊の兵士を前にしても、まったく動揺の欠片すら見せない桜、むしろ多少は歯応えがありそうな敵の出現に喜んでいるかのようだ。
「魔公爵、リッペンドルフの魔法を食らうがよい、炎獄魔葬弾」
リッペンドルフと名乗った魔族が放ったのは、那須ダンジョンの攻防戦で一時は宇都宮駐屯地の旅団を全滅に追い込んだ魔法であった。広範囲に灼熱の高温を撒き散らして全てを燃え上がらせる超級魔法だ。だが桜も負けてはいない。
「メガ盛り大極波ぁぁ」
右の掌から打ち出された闘気が一直線にリッペンドルフの魔法に向かっていく。そして両者の魔法と闘気がぶつかり合う。その瞬間世界が終わりを迎えたが如くの閃光が湧き起こり轟音が耳を襲って、人々は誰もが目と耳を覆う。
「なんだと… 我の究極魔法を無効にするだと…」
リッペンドルフは、たった今目の前で起きた出来事に言葉を失って立ち尽くしている。自信を持って放った魔法だけに、いとも簡単に破られた衝撃は魔族のプライドを木っ端微塵に砕いていた。
「大した魔法ではありませんが、どうやらもう1発撃ちだすだけの魔力が残っていないようですね。これが実力の差だと思い知りなさい」
やはり桜の前に敵は存在しなかった。桜の姿がその場から消え失せたかと思ったら、次の瞬間にはリッペンドルフの目の前に立っている。
「な、なんだと…」
「所詮は遣られ役に過ぎませんでしたわね」
桜の拳が唸りを上げると、リッペンドルフが展開する物理シールドを簡単に突き破って真正面から顔面を打ち抜いていく。
「ギャッ」
たったその短い叫びを残して、リッペンドルフの体は水平方向に30メートル以上吹き飛んだ後に、建設途中の神殿の壁に突き刺さってようやく停止する。もちろんすでに事切れているのは間違いない。
「残ったゴミも片付けますわよ」
桜の魔の手は、残された兵士たちにも向けられていく。こうしてこの街にあった魔族の兵力は、残らずに駆逐されるのであった。
「それでは、皆さんの収容を急ぎましょう。それから倒れて放置されている人たちは、荷馬車に乗せて運びますよ」
建設現場の傍らには、力尽きて自力では起き上がれないほど弱った人々が、すでに亡骸となっている人と綯い交ぜにされて放置されているのであった。その中からまだ息が残っている人を、麦藁を敷き詰めた荷馬車に乗せて安全地帯へと運んでいく。10台の荷馬車に3人ずつ乗せても一往復では足りずに、再び戻ってきては残った人々を収容するという作業を黙々とこなしていく頼朝たちの献身ぶりが光っていた。
◇◇◇◇◇
「まずは食べ物を口にしてもらわないと元気が出ませんわね」
桜が言うまでもなく、痩せ細った人々が命を落とす最大の原因は栄養失調であった。さらにその上で過酷な労働を強いられるのだから、奴隷労働を課せられていた人々がバタバタと倒れていくのは当然であろう。兵舎に収容された人々は総数で二千人に上っている。この人数を故郷に戻すには、まず体力を取り戻してもらうことから始めないとならなかった。
ということで、兵舎の食堂ではまだ体力が残っている元奴隷の人々が集まって調理が開始されている。食糧の在庫はこの人数であれば5、6日で尽きてしまう心許ない量しか残されていないのは不安要素であった。この点は、桜が貴族の館に押し入って食糧その他一切合財押収してくるであろうから、近いうちに解消される予定である。
その横では、美鈴とレイフェンが話をしている。
「かなり長期戦になりそうね。この場所は私の力で魔族の侵入を阻んでいるけど、なるべく早く発ちたいわ」
「美鈴様、実は話はそう簡単ではございませぬ。このエクバダナの街は、ナズディア王国の相当に内部に入り込んだ場所にございまする」
レイフェンの助言に美鈴は眉を顰める。収容された人々の故郷であるマハティール王国までの道のりが、困難に満ちたものになるであろうと今から予測できるからだ。
「だったら日本を経由して皆さんをマハティール王国に戻したらいいんじゃないですか」
「また明日香ちゃんは、凄いことを言い出しましたわね」
桜さえも、明日香ちゃんが言い出した途方もない意見に驚いている。だがこの意見に、意外にも美鈴が食いついている。
「確かにダンジョンまで移動できれば、割と簡単に日本には戻れるわね。この場で最低限の体力を回復してから日本に渡ってもらえば、これだけの人数の本格的な回復や治療も容易になるわ」
「うーん… 確かに敵国のど真ん中を通っていくのに比べたら、ずいぶんマシかもしれませんわね。日本からマハティール王国に向かう通路が発見されれば、帰還するのはたやすい気がしてきましたわ」
桜の考えも、一旦この場の全員を引き連れて日本へ戻る方向に舵を切っている。
かくしてこの場では、ダンジョンまで歩けるだけの最低限の体力回復を目指して静養して、然る後に日本へ向かう予定が決定するのであった。
投稿をお休みさせていただいた原因ですが、体調不良…… と言っていいのでしょうか? 原因を明かせば、しもやけでした。たかがしもやけと侮るなかれ、痛みと痒みと指先の感覚がなくなってキーボードが叩けない。指や手の甲の色が変わってどうしたのかなと思っていたら、大変な目に遭いました。皆さんも、どうかお気をつけてください。トホホな理由で投稿をお休みして、本当に申し訳ありませんでした。
さて、この続きはしもやけの状態と相談しながら徐々に投稿していく予定です。たぶん明日は大丈夫なのではないかと思っていますが、今までよりも若干投稿ペースが落ちるかもしれません。もちろん症状が完治しましたら、今まで通りに投稿する予定ですので、今しばらくご辛抱をいただけますようにお願いいたします。早く暖かくなる日を待ち侘びております。
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