125 筑波ダンジョン最下層
まだ体調が本調子にはなく、昨日もお休みをいただきました。申し訳ありません。やっといい感じに元気が出てきましたので、もう大丈夫です。ということで、125話をどうぞ!
1週間後、聡史たちは再び筑波ダンジョンにいる。
「ラスボスを倒すまで戻ってくるな」という学院長の無茶振りが原因でこの土日で完全攻略を目指すため、今回はデビル&エンジェルが本気を出しているよう。
今回は20階層からスタートして土曜日一日で30階層まで一気に進み、安全地帯で一夜を明かしてから本日の攻略が始まる。
「さ、聡史… いくらなんでも一気に30階層まで一日で進んだのはさすがにヤリ過ぎじゃないかしら? 昨日は私たちの出る幕が全然なかったわ」
「ラスボスを倒すまで俺達は帰れないんだから、マギーも多少のことには目を瞑ってくれ」
先週はマギーたちの都合に合わせて彼女たちのペースで筑波ダンジョンを攻略していたのだが、現在は完全に聡史たちが主導権を握った形であっという間にここまでの階層を突破している。さすがのマギーもあまりの攻略スピードに目を丸くするしかない。
ちなみにこの日の初戦は30階層のボスであるお馴染みスケルトン・ロードとなっている。もちろん美鈴によって念入りに滅ぼされたのは言うまでもない。ちなみにスケルトン・ロードの闇の呪いは今回は発生していない。おそらく大山ダンジョン限定の一種のトラップとして用意されたものなのだろう。
そして一行は31階層に降りていく。
「お兄様、やはり30階層から下は階層ボスとの一発勝負のようですわ」
「ボス部屋に向かう一本道か… いいだろう、遠慮なく突破するぞ」
今回はブル-ホライズンは連れてきていない。前回の筑波遠征で彼女たちは十分にレベルアップしたので、現在大山ダンジョンの12階層でコカトリス狩りを任されている。桜が懇切丁寧に効率よい狩り方を教えたので、彼女たちならやり遂げるだろうと聡史は確信している。
「今夜はうなされそうですぅ」
マリアが体を震わせている。30階層のボスだったスケルトン・ロードを、美鈴が一寸刻みにジワジワ燃やしたあの光景が目に焼き付いているらしい。魔物に対する恐怖よりも美鈴に対する畏怖がマリアの内部で根源的な恐怖の感情を生み出しているのかもしれない。話によるとマリアはキリスト教徒らしいから、ルシファーに対する恐れがより強固なのであろう。
怯えた様子のマリアを慰めようと、見かねた明日香ちゃんがマリアに声を掛ける。
「マリアさん、美鈴さんの魔法なんて可愛いものです。桜ちゃんが本気を出した時の悪夢に比べたら、のんびり浸かれる温泉ぐらい生温いですよ~」
「ますます不安が身につまされるですぅぅ!」
明日香ちゃんが桜を引き合いに出したのはマリアにとって完全に逆効果だったよう。それよりも明日香ちゃん的には、桜はルシファーよりも恐ろしい存在と認定されているというのはいかがなものだろうか。まあ基準は人それぞれだから明日香ちゃんの言い分もこの際認めておこうか。
こんな感じでこの日もデビル&エンジェルが代わる代わる前に立って魔物を片っ端から倒そうと腕捲りをしている攻略戦が開始される。
いや、違った。正確には明日香ちゃん以外のメンバーが難敵の階層ボス戦に燃えている。
桜を先頭にして31階層のボス部屋に入る一行、彼らの視線の先には艶やかドレスを纏った女が立っている。
「あの女を見ないでください!」
カレンの注意が飛ぶが、時すでに遅かった模様。
ピシッ! ピシッ! ピシッ! ピシッ!
マギー、フィオ、マリア、そして明日香ちゃんの4名がその場に立ったまま石像へと変えられている。階層ボスのメデューサの姿をその目にしたことが原因なのは言うまでもない。聡史兄妹は状態異常完全無効果のスキルで撥ね返して、美鈴とカレンにはそもそも効き目がないのは、もう何度も実証済み。
取り敢えずこのままにはしておけないので、カレンが石化した4名に向けて天使の術式を放つ。
「天界の光」
カレンの手から眩い光が放たれて、四人はあっという間に元の姿を取り戻す。
「いきなり何が起きたのよ?」
「体が急に動かなくなりました」
「本当に体が石になったですぅ」
マギー、フィオ、マリアの三人は元に戻った自分の体を不思議そうに見回している。そして明日香ちゃんは…
「いやぁ~… おんなじ手に2回も引っ掛かりましたよ~」
「明日香ちゃんは、本当に性懲りもないですねぇ~。油断しすぎです」
「どうせ石にされてもカレンさんがいれば元通りですから大丈夫ですよ~」
どこまでもお気楽な明日香ちゃん。実は大山ダンジョンでも彼女はメデューサによって石に変えられるという事案が発生していた。2度も引っ掛かる明日香ちゃんに桜はジト目を向けている。自覚があるんだったら、どうか引っ掛からないようにしてもらえないだろうか。
「我の眼光で石に変えたはずが、なぜ元の体を取り戻すのだ!」
メデューサは自らの能力が破られた事態に腰に手を当ててプンスカ怒りを示表明。対して美鈴が、こちらも腹を立てた表情でメデューサを扱き下ろす。
「髪の毛がヘビなんて悪趣味にも程があるわね。見ているだけで気分が悪いわ!」
吐き捨てるように苦情を申し立てる美鈴の態度は、メデューサの怒りに油を注ぐには申し分ない。
「そもそもそなたらは何故我の眼光が効果ないのか! 我の前には何人も石に変わるはず」
このメデューサの一言で美鈴の表情が変わる。どうやら横柄な態度のメデューサにルシファーさんがカチンと来たよう。眼光と口調がはっきりと別人に変化している。
「哀れなる闇の生き者よ、そなたにはより大きな闇が見えぬのだ。理由はただそれだけだ」
「何を言うか! 我は闇の混沌より生まれた遥かなる高みから下等な生き物を見下ろす存在! 我が僕によって食われるがよい」
メデューサの頭から伸びているヘビが牙を剥いて美鈴に向かって伸びてくる。毒の息を吐きながら迫りくる何百という夥しいヘビが美鈴に襲い掛かろうと口を大きく開く。だが…
「ダークフレイム!」
ルシファー化した美鈴の右手から放たれた闇の炎が迫りくるヘビを包み込んで焼き尽くしていく。
「ギャァァァァァ!」
髪の毛の代わりのヘビが焼け落ちたメデューサは恐怖と苦痛に満ちた悲鳴を上げている。蛇の髪の毛がチリチリになったメデューサなど、その辺のオバちゃんと呼んで差し支えないかも。大阪の周辺でよく見掛けそうなパンチパーマ的な風貌を混成パーティーに晒している。
だがそれだけではない。何よりもメデューサの表情には触れてはならない絶対的な暗黒に手を出してしまった後悔に溢れているかのように映る。両目を大きく見開いて、それ以上声を上げられずに美鈴を見ているだけの哀れなメデューサがそこにいる。
「醜い姿になり果てたな。闇に戻るがよい」
同情と蔑みがこもった眼でメデューサを一瞥すると、美鈴は今一度ダークフレイムを放つ。闇の炎はあっという間にメデューサを包み込むと、声も上げないうちに真っ白な灰に変えていく。メデューサが燃えていく様子を見つめる美鈴の瞳は闇を支配するルシファーそのものの光を帯びて怪しく輝いている。
「い、今のは一体…」
「さあ、次に行くぞ」
「美鈴ちゃんの出番が続きましたから、次の階層ではぜひとも私にお任せください」
マギーが美鈴の変貌ぶりに驚いて何か言い掛けるが、彼女の言葉を遮るような聡史の掛け声に流されるまま、一行は部屋の奥にある階段へと向かう。
このような調子で各階層ボスを血祭りにあげると、聡史たちはあっというまに40階層へ到達。その途中で36階層に現れたマンティコアに対して桜が喜々として打ち掛かった挙句に魔物の全身の骨を粉々に砕いて倒すというかなりスプラッターな場面もあって、マリアのトラウマがまたひとつ増えたのは言うまでもない。
その他に挙げるとすれば、37階層でバジリスクによってふたたび同じ4名が石に変えられるという事案の発生が挙げられるだろうか。明日香ちゃんは都合3回目の石化を経験したが、全然悪びれる様子などあるはずもない。いい加減学習してもらいたい。
そして一行は、ラスボスの部屋の前に立っている。
「やっぱり私の考えが正しかったじゃないの! 聡史たちが見せつけた力は何よりも雄弁にダンジョン攻略者だという証よ」
「まだ公式に発表されていないから、俺の口からは見ての通りだとしか言えない」
マギーが鬼の首を取ったかのような表情で指摘しているが、聡史はこの期に及んでも自分の口からはっきりとは断言しない。「見ての通り」というその一言だけが聡史の見解として紡ぎ出される。
「そんなことはどうでもいいですわ。それよりも、今からラスボスに会いに行きますよ」
桜がスタスタと巨大な扉の前に進んでいく。扉に手をかけて押し開こうとするが、何らかの鍵でも掛かっているのかビクともしない。
「お兄様、どうもおかしいです。もしかしたら、内部ですでに誰かがラスボスと戦闘に及んでいるのではないでしょうか?」
「その可能性はあるな。終わるのを待っているのも面倒だから、扉を破壊して中に踏み込むか」
聡史は全員を下がらせると、魔剣オルバースを取り出す。
「断震破ぁぁ!」
空間さえも斬り裂く不可視の斬撃が巨大な扉にくっきりと切れ目を入れている。魔法的にもしくは空間的に外側と内部を仕切っていた扉の封印が聡史の斬撃によってその封を解かれている。
「それでは突破しますわ」
桜の拳が衝撃波を伴って扉に衝突すると、硬い材質の分厚い板で作られた扉は粉々に砕け散る。
破れた扉から内部に踏み込んだ聡史たちがそこで目撃したのは…
「クッソォォ! こんな怪物をどうやって倒せばいいんだぁぁ!」
「弱音を吐くな! どこかに必ず糸口があるから、それまで何とか踏みとどまるんだ」
「でも、すでに魔力が残り少なくなっています」
全身をプレートメイルで覆われた騎士風の男性が手にする剣を振り上げて斬り込んでいく。その相手は北欧神話に出てくる炎の巨人スルト。ラグナロックの先兵を務めて神々の世界に襲い掛かって滅ぼすと伝承された巨人族の戦士がこのダンジョンではラスボスを務めている。その様子に気が付いた聡史たちは…
「桜、戦っているのは人間だよな?」
「お兄様、どうやらそのようですね。身にまとっている装束はどう見ても地球のモノとは思えませんが」
兄妹の視線の先には、必死で剣を振るい、魔法を放ち、槍を扱く三人の姿がある。あと二人は床に倒れているところを見ると、魔物にやられたのか、それとも意識を失っているだけなのかは、こちらからでははっきりと確認できない。
「お兄様、私が加勢してまいりましょうか?」
「いや、俺に任せてくれ」
聡史がオルバースを構えると、桜は素直に一歩引いて見つめる。聡史はなおも打ち掛かろうとする異世界の三人組に大声で警告を発する。
「今から魔物を倒す。危険だから離れていろ!」
聡史の声が伝わったのか、プレートメイルの男を中心とした三人は「助かった」という表情をしながらスルトから距離をとる。逆にスルトは、三人組から聡史に攻撃の矛先を向けようと体の角度をゆっくりと変えていく。
だが巨人のノロノロとした動きに付き合う程聡史は優しい性格を持ち合わせてはいない。いまだ半身でこちらに体の正面を向け切っていないスルトに対して、聡史は真横にオルバースを構える。
「万物を両断する究極の刃、神斬刃ぁぁ!」
オルバースから見えない斬撃がスルトに向かって飛翔する。音もなくその巨体を通過した斬撃は奥の壁に深い断裂を刻んでようやく霧散していく。
そしてスルトは不自然に動きを止めたまま動こうともしない。そのままほんの短い時間が経過すると…
ズルズル、ズドドドーーン!
轟音を立てて巨大な上半身が滑り落ちるように床に叩き付けられる。聡史の斬撃は、わずか一撃で神話級の巨人を討伐している。
「す、凄すぎるじゃないのよ… 何よあれは…」
マギーですら声を失っている。
「わずか一撃なんて、私たちとは次元が違いすぎています…」
フィオは自らと比較して、聡史や桜が秘めた強大な力に溜息をつく。
「夢ですぅ! これは悪い夢ですぅ」
マリアは、現実からの逃避を開始している。どうやら今回もトラウマ級の出来事だったよう。
「聡史君なら、この程度は当たり前ね」
美鈴はなぜか鼻高々な様子。幼馴染みにして心に思いを秘めている聡史の活躍が実は我が事のように嬉しそうな表情。
「聡史さん、凄いです」
カレンは乙女チックに両手を組んで瞳を潤ませている。こちらも完全に恋する乙女全開な様子。
「お兄様に活躍の機会を奪われましたわ」
桜は本当は自分で倒したかったようで、次こそは自分がと決意を固めている。
「はぁ~、お腹が空いてきましたよ~。昼ご飯はいつになるんでしょうか?」
明日香ちゃんはどうでもいいか。もうちょっと空気を読んでもらいたい。するとここで大山ダンジョン完全攻略の際と同様に…
(筑波ダンジョンは、完全に攻略されました。皆さんは攻略者として認定されます)
聡史たちの脳内にアナウンスが響く。だが大山ダンジョンを攻略時のように宇宙空間に繋がる通路が出来上がる様子がない。この場に異世界からの来客があった状況を鑑みると、どうやらこの筑波ダンジョンは異世界からやってくる専用の場所なのであろう。
スルトの亡骸が床に吸収されると、聡史はオルバースを仕舞ってからプレートメイルの男の元にゆっくりと歩み寄っていく。三人組は床に倒れた二人を庇うようにして聡史を注視している。
「安心しろ、敵対する意思はない」
「急にダンジョンの最下層に現れて魔物を一撃で倒す人間を警戒しないわけにはいかないだろう」
聡史が言葉を掛けても、相手は警戒を解く様子はない。到底かなわない相手だと知りつつ、聡史が一体何者か探る表情を向けている。
「俺たちは、ダンジョンで繋がった別の世界の人間だ。同じ人間をむやみに傷付けたりはしない。警戒を解いてくれ」
「その言葉を信じるしかないな。わかった、剣を下ろそう」
「俺は、聡史だ」
「俺は、マリウス。槍を手にしているのがアルメイダ、魔法使いはディーナ殿… いや、何でもない」
マリウスと名乗った騎士風の男は、魔法使いを紹介する段で口籠っている。どうやら何か隠しておきたい事情があるのだろう。
「そこに倒れている二人の手当ては必要か?」
「二人とも深手を負っている。治せるのか?」
「もちろん可能だ。カレン、頼む」
「はい、わかりました」
カレンが負傷者している男女の元に駆け付けると、想像以上の深手を負っているのが見て取れる。というよりも、男性のほうはすでに心臓が停止している。
「天界の光よ!」
カレンの手から放たれた光が倒れている二人を照らす。見る見るうちに傷は癒されて、止まっていたはずの心臓が規則正しいリズムを刻み始める。
「もう大丈夫でしょう。お二人は間もなく目を覚まします」
カレンの言葉とともに床に倒れた二人の顔色が次第に赤みを帯びてくる様子を見てマリウスはようやく心を開いた様子。
「本当にありがとう。もうダメかと半ば以上諦めていた。ずっと苦楽を共にしてきた掛け替えのない仲間なんだ。礼なら何でもするから望むものを言ってくれ」
「お礼などいりません。目の前に助けられる命があるのなら私は無償で手を差し伸べます。それが私の使命ですから」
天使らしいセリフで返すカレンにマリウスは目を見張って神に祈るような仕草を見せる。
「まるで神の使いがこの場に現れたかのような気がする。あなたの崇高な行為に心から感謝をささげます」
このような会話を交わしている間に、倒れていた二人が意識を取り戻す。話ができるようになると、男性のほうはメルドス、女性はロージーと名乗る。
どうやら立ち上がっても問題はなさそうなので、聡史がマリウスたちに提案をする。
「こんな場所では満足に話もできないだろう。地上に出てから、この世界の話や君たちの身の上などをゆっくりと話したいと思うがどうだろうか?」
「そうしよう。宝箱は君たちのものだ。遠慮なく回収してくれ」
マリウスが認めたので桜が遠慮なく回収していく。マリウスにとっては命を救ってもらっただけでも感謝しているので、宝の権利など最初から眼中にないよう。これが彼らの冒険者としての矜持というものかもしれない。
こうして救い出した異世界の冒険者とともに、聡史たちは転移魔法陣に乗って地上へと戻るのであった。
救い出した異世界からの来客、その正体は…… この続きは明日投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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