112 魔法学院への帰路
ようやくダンジョンの事件を解決した聡史たちは……
宇都宮駐屯地の一室で聡史とカレンが話をしている。
「カレン、ステータスはどうなっているんだ?」
「ああ、そうでした。いろいろありすぎて確認するのをすっかり忘れていました」
カレンは依然天使の姿のままで椅子に腰掛けている。背中から延びる翼と身にまとう純白のドレス共々いまだに消える気配はない。ただし急にドレスが消えてしまうとどうなるのかは今のところ明らかにはなっていない。
それはともかくとして、カレンは聡史の言葉に従ってステータスの確認を始める。
「ステータス、オープン」
カレンの手元には、いつも通りのステータス画面が浮かび上がる。そこに表示されているのは次のような内容。
【神崎 カレン】 16歳 女
職業 天使
レベル 非表示
体力 非表示
魔力 非表示
敏捷性 非表示
精神力 非表示
知力 非表示
所持スキル 回復魔法ランクMAX 状態異常回復ランクMAX 解毒ランクMAX 精神力上昇ランクMAX 物理防御上昇ランクMAX 魔法防御上昇ランクMAX 魔力回復ランクMAX 神聖魔法ランクMAX 状態異常無効化ランクMAX 天界の術式 天罰の術式
「なんだか凄いことになっているな」
「なんと申したらよいのか… 自分でも何が何だかまったくわかりません」
聡史とカレンが顔を見合わせている。数値が非表示というだけでも意味が分からないのに、従来カレンが得ていたスキルは全てそのランクがMAXまで上昇という破格の待遇。加えて天使の能力である〔天界の術式〕と〔天罰の術式〕が新たに追加された模様。
二人が顔を見合わせているその横からは、何やら変な雑音が聞こえてくる。
ドカッ! バキッ!
「ウギャァァァァ!」
「それはともかく、今まで表示されていなかったカレンの職業はやはり天使なんだな」
「そうなっていますね。どうやら父親が異世界の神様らしいので、子供の私が天使になってしまったようです」
カレン自身もいまだに戸惑いを隠せない表情。そんなことにはお構いなしに、二人が話をしている横でさらに雑音は続く。
ドカッ! バキッ!
「あれ? どうやら死んでしまったようですわ。カレンさん、もう一度蘇生をお願いします」
「わかりました。復活!」
聡史とカレンが座っている隣では桜が魔族を痛めつけている。BGMのように響いていた雑音の正体がこれ。サンドバッグ代わりにして容赦なく殴りつけた結果、十数発のパンチを食らった魔族は口から血を吐いて息絶えたよう。
さらに気の毒なことにカレンの術で強引に現世に引き戻された魔族は、再び桜のパンチをその身に食らい続ける。現在この部屋ではダンジョンで捕らえた魔族を尋問中。もちろん日本には捕虜の虐待を禁じる規定があるが、この規定は魔族には適用されていない。
「どうだ、話をする気になったか?」
「我らは誇り高き魔族である! 脅しなどには屈しない。ひと思いに殺せ!」
「ああ、殺してやるさ。そのたびに生き返えらせて精神が崩壊するまで追い込んでやる。今ボコられているヤツが使い物にならなくなったら、次はお前の番だ」
学院長はパイプ椅子に固定されて封魔の手枷を嵌められたもうひとりの魔族に厳しい表情で尋問する。この手枷は魔法を封じるだけではなくて身体機能を大幅に低下させるので、このような尋問には適したアイテム。これは学院長が自ら提供した品となっている。隷属の腕輪よりも使い勝手が良さそう。
その傍らでは相変わらず情け容赦ない桜のパンチの雨が魔族に襲い掛かる。
ドカドカッ!
「カレンさ~ん! また死んじゃいましたからお願いしま~す!」
「は~い、復活!」
どこの居酒屋の注文かと誤解を受けるようなのほほんとした声が飛び交う。
だが今度は再び死から舞い戻ったもののエンドレスで桜に痛めつけられていた魔族の様子が明らかな変化を見せている。体は元通りに復活しても精神や魂は一度死ぬたびに大きな傷を負うらしい。その積み重ねが精神の異常という形で現れているよう。
「ヒヒヒヒヒヒ! ハハハハハハ!」
狂ったような笑い声をあげる魔族。その目の焦点はまったく合っていない。無意味な笑い声をあげるだけで、まともな反応は返ってこない。
「うーん、予想よりも早くダメになりましたねぇ~。もう用はないですから生体実験の材料に回しましょうか」
桜の言の通りに、最終的に魔族はその肉体的な弱点を探る目的で実験材料にされる運命にある。体内にあらゆる毒を注入されてその効果を確かめたり、各部位に電流を流されたりと、体質的な特性を探るサンプルとして有効に活用される予定となっている。もちろん最後には解剖されて死骸はホルマリンに浸される運命なのは言うまでもない。
「おい、待たせたな。ようやくお前の順番が来たぞ」
「や、やめてくれぇぇぇぇ!」
これから自分に訪れるあまりに過酷な運命にもうひとりの魔族は引きつった顔で叫び声を上げている。目の前で仲間が発狂するのを見ていれば、自ずとこれから自分が辿る運命は理解されようというものだろう。
「最後のチャンスだ。洗いざらい吐く気になったか?」
「な、なんでも喋る! 頼むから助けてくれぇぇぇ!」
残された魔族は陥ちたよう。目から涙をボロボロ流して命乞いを始めている。この様子を見た学院長はシメシメ顔で尋問を始める。その横で桜は思いのままにパンチを叩き込めるサンドバッグがなくなってションボリした表情。どれだけ戦闘狂なんだ!
「嘘を言ってもバレるぞ。そのつもりで答えろよ」
念のため魔族の両腕には嘘発見器も取り付けられている。接続された装置が脈拍や呼吸、発汗の状態などを監視している。
「ダンジョンはお前たちが創り上げたものか?」
「違う! 20年前に我々の世界に突如出現した。多数の犠牲を払って最下層を攻略すると、異なる世界へ転移する光の通路が現れたのだ」
「お前たちの世界にも何かの偶然で現れたというのか?」
「その通りだ」
「その光の通路とやらを通れば相互の世界を行き来可能か?」
「我々がやって来れたのだから、この世界の者も渡れるであろう」
魔族の証言によるとどうやらダンジョンの最下層には世界を繋ぐ通路が出来上がっているよう。この件に関しては後程検証が必要だと学院長は考えている。さらに学院長は続ける。
「今回ダンジョンから溢れ出てきた魔物はお前たちが創り出したものか?」
「違う! 魔物自体はダンジョンで発生したものだ。我々が攻略したダンジョンにおいては秘術を用いて増殖させた魔物を魔力で操ることが可能だ。ダンジョンから溢れた魔物を利用してこの世界を支配するつもりであった」
「なるほど… 私が知っている魔族も時には魔物を操ることがあったな。最後の質問だ、お前たちの世界とこの世界を比較して何を感じる?」
「この世界には我らが知らない謎の術式がある。多数の金属片が空を飛んで襲い掛かる上に爆裂魔法の威力も高い。だが何よりも驚いたのは、馬が引かない馬車が地を走り鉄の竜が空を飛ぶ光景だ」
魔族の話を総合するとやはり彼らの世界では科学文明はまだまだ低いレベルに留まっているよう。だが彼らが展開するシールドが現代兵器を悉く跳ね返したように、魔法に関しては一歩も二歩も上を行っていると認識したほうがよさそう。
「その他に何か言うことがあるか?」
「我らの誤算はそなたらのような強大な力を持つ人族が存在する点に尽きる。仮にそなたらがいなければ、我らは易々とこの世界を我が手にしていたことであろう」
「そうか、残念だったな。この場にいる人間はお前にとっては神にも等しい能力を持っている。この先お前の後から続いてこの世界にやってくる魔族は揃って地獄を見るだろうな」
「我らの同胞は諦めぬ! 魔王様の命は絶対なり!」
「ならばその魔王も滅ぼすだけだ」
こうして尋問を終えると、学院長は自衛隊の特殊処理班を呼んで魔族の身柄を引き渡す。魔族たちは手枷を嵌められたままで地下に設けられた特殊な牢獄に繋がれる。もちろん彼らの存在は時機を見て公表されるが、その頃には両者ともこの世には存在していないであろう。
◇◇◇◇◇
魔族の動静監視のため一夜を宇都宮駐屯地で過ごした一行は、翌日ヘリに乗り込んで魔法学院に向かう。天使の姿になっていたカレンは与えられた部屋で寝ている間にいつの間にか身にまとうドレスが掻き消えてスッポンポンになっており、背中から伸びていた翼も消え去っていたそう。誰にも全裸を見られなかったのはカレンにとっては幸いというしかない。
無事にヘリは離陸して、時折気流の関係で揺れはするものの順調なフライトが続く。ヘリの座席に座っている聡史はこの機会に疑問に感じている事柄を学院長にぶつける。
「学院長はこれだけの能力を持っていながらなぜダンジョン攻略に乗り出さなかったんですか?」
今回の魔物及び魔族の氾濫鎮圧でその力を見せつけた学院長。聡史が疑問に思うのは当然といえば当然であろう。
「過去には集団暴走の際に何度か手を貸したぞ。だがダンジョンに自分から入ろうとしなかったのは、私なりに理由がある」
「理由ですか?」
「ああ、私にとっては大きな理由だ」
「聞かせてもらって構わないですか?」
「決まっているだろう。私には幼いカレンがいた」
学院長はカレンに優し気な視線を送りながら聡史の疑問に答える。その瞳には我が子へ向ける愛情に満ち溢れている。
「カレンは普通の人間とは違う運命を生まれる前から背負っている。だからこそ、私はこの子を普通の人間として育てたかった」
学院長の話にカレンは嬉しそうに頷いている。日頃中々聞かせてもらえない母親の本音が聞けるのは、彼女にとって大切な機会だろう。
「カレンが小学校を卒業するまでは、私は自分で希望して自衛隊の内勤部門に配置してもらっていた。カレンが中学生になってようやく手が掛からなくなってから違うポストへの希望を出して、3年前に魔法学院の学院長という役職に就いた。十何年も実戦から遠ざかっている人間をダンジョンに送り込むほど自衛隊はブラックではないからな」
「お母さんは、私が中学に通っていた頃毎日お弁当を作ってくれました。忙しかったのに今でも本当に感謝しています」
「あいにく料理は苦手だから大した弁当は作れなかった。カレンには申し訳なく思っている」
魔物に対して冷酷なまでに力を振るう学院長といえども、娘の前ではひとりの母親として過ごしていたよう。ここまでカレンを女手ひとつで育ててきた苦労の一端がしのばれる。
母親が珍しく本音を吐露したことが嬉しいのか、カレンを目を潤ませながら学院長に言葉を掛ける。
「お母さん、私はもう大丈夫です。自分の身は自分で守れますから、お母さんはやりたいことを思いっきりやってください! 私も手助けしますから存分に羽を伸ばして力を発揮してください!」
「一人前のような口を利くんじゃないぞ! カレンはいつまでたっても私の子供なんだからな」
これは学院長の照れ隠しに違いない。本音は真逆だと思われる。だがその眼の光り方は独り立ちしようとする娘の成長を喜んでいるようでもある。
「はい! 私はずっとお母さんの娘です。私を生んでくれて本当にありがとうございました」
カレンは隣の席から学院長に抱き着いている。その光景を横目にしながら、聡史は「イイハナシダァ~」と心の中で思うのであった。
◇◇◇◇◇
聡史たちを乗せたヘリは1時間後に魔法学院のヘリポートに到着。学院長をはじめとした那須ダンジョンに向かった全員がその任務を無事に果たして凱旋する。とはいっても先日の八校戦のような派手な出迎えはなく、ひっそりとヘリポートに降りただけというもの。
「さて、いつも通りの学校生活の再開だ。部屋で用意を整えたらすぐに授業に戻れ」
「今日ぐらい授業を休めるかと思ったら、いきなりの厳しいお言葉が飛んできましたわ」
学院長の指示に桜がガックリと肩を落としている。二泊三日の那須ツアーを終えて、学生の本分に戻らないといけないらしい。
こうして各自部屋に戻って授業の準備を整えてから基礎実技の授業へと向かう。この時間帯は1年生全員がグランドで基礎体力訓練をしている。
三人揃ってグランドへと入っていくと、その姿を目敏く発見したブルーホライズンが集まってくる。
「「「「「師匠! お勤めご苦労さんです!」」」」」
「俺はムショ帰りかぁぁぁ!」
彼女たちもテレビで那須ダンジョンの集団暴走の件を知っている。美鈴や明日香ちゃんから話を聞いて、どうやら聡史たちは魔物の討伐に向かったのだと理解しているよう。ただしこの聡史への第一声はやや疑問の余地が残るだろう。
「ボス~! お帰りをお待ちしてました~!」
次に全力ダッシュでやってきたのは頼朝。桜に向かって一礼すると、なぜか胸を張ってサイドチェストのポーズをとっている。
「ボスがいない間にプロテインをガンガン飲んで筋肉を鍛え上げました!」
「信長! 余分な筋肉は動きを阻害するだけです! 必要な箇所だけに必要な筋肉をつける、これが魔物討伐には必須です」
「ご指導ありがとうございます! 心に留めます!」
どうやら頼朝も、桜から名前を間違われるのを当然と受け止めているようだ。もう諦めたのか? そして頼朝に続いて他の男子も続々と集まってくる。
「「「「「「「ボス、お勤めご苦労さんです!」」」」」」」
「だからムショ帰りじゃないからぁぁ!」
他にもっと挨拶があるだろうに、よりにもよって男子たちはブルーホライズンと同じ挨拶を繰り返す。こいつらはアホか!
そして最後にやってきたのは、美鈴と明日香ちゃん。
「三人とも、今回は大変だったわね。お勤めご苦労さんでした!」
「皆さん、塀の向こうの景色はいかがでしたか? 長らくお勤めご苦労さんでした!」
「塀の向こうってなんなんだぁぁぁぁ! 確かに建設中の魔法学院が高い塀で囲まれていたのは事実だけど」
揃いも揃って同じ挨拶を美鈴と明日香ちゃんがブチかます。特に明日香ちゃんには聡史が特大の声でツッコミを入れている。
こうして那須ダンジョンの集団暴走を無事に解決した聡史たちは、魔法学院の日常へと戻るのであった。
本当は魔法学院の話題に移る予定でしたが、後片付けが長引いた結果このような展開となりました。次回こそは学院に戻って…… 続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
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