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109 謎の正体

長くなったので話を分割します。続きは夕方にお届けいたします。

 建設中の魔法学院から指令本部に戻る聡史たち。敷地内を埋め尽くすようにバラバラになった魔物のパーツがうず高く積み上がっている。ダンジョンで内は命を失った生物は全て吸収されてしまうが、このように外に出てきた魔物の死骸は他の生物と同様に腐敗するまで原形を留めるらしい。


 よって、これらの死骸はまたとない研究サンプルになる。聡史が死んだドラゴンをすぐにアイテムボックスに仕舞い込んで保管しているのも後々の研究に用立てるため。


 魔物の死骸で埋まっている敷地は歩くのも中々難しいくらいにあらゆる種類の魔物のパーツが転がっている。聡史たちはなるべく壁沿いの比較的地面が露出している場所を選んで指令本部へと向かう。その途中で…



「この死体は、魔物にしては変だな」


「損傷が激しいですね。ただし、身にまとう服が新しい点は不可解です」


 真っ先に学院長の目に留まった死骸は、爆発の影響によってか両腕は切断されて下半身にも大きな欠損を負ったまま絶命している。うつぶせに倒れているので顔がどうなっているのかまだ判然としないが、その背中には明らかに真新しい革製のマントを羽織っている。アンデットという可能性も否定できないが、それにしては新しいマントを羽織っている点がどうにも腑に落ちない。



「楢崎准尉、桜准尉、二人とも思ったままを話してくれ。こいつは何者だと思うか?」


「俺が知っている限りでは魔族のように見受けられますね」


「これは魔物ではありませんわ。間違いなく魔族です」


「やはりそう思うか。私の意見も同様だ。さて問題は、なぜこの場に魔族の死骸が転がっているかという点だな。理由をどう考える?」


「仮にこの魔族が魔物を操っていたとすれば、今回の集団暴走の原因は自ずと明らかではないでしょうか」


 聡史の意見に桜も頷いている。二人とも異世界で魔物を操る魔族と矛を交えた経験がある。人間に対する根源的な憎しみと蔑みを抱き、人と見るや躊躇いなく襲ってくる魔族には兄妹ともあまりいい思い出がない。



「仮にこの死骸が魔族だとしたら、ダンジョンが持つ意味すら変わってくるな。魔物というこの世界に存在しない生物が湧き出す謎の場所ではなくて、ダンジョンを通じてこの世界は知的生命体が活動する異世界と繋がっている証拠になる」 


「ダンジョンが異世界と通じる通路というわけですね」


「そうだな。今回の集団暴走の背後に魔族がいるとしたら、その目的はロクなものではないだろう。おそらく地球を侵略するつもり… というのが一番妥当な考えだな」


 学院長の予想はもちろん聡史や桜も漠然と感じている。ダンジョンを通じて魔族が侵略を企てている、この事実は明らかに日本だけでなくて地球全体の平和を脅かす危険を孕んでいる。 



「この話は後回しにしよう。この死骸を回収してもらえるか。サンプルとして保管したい」


「了解しました」


 聡史は魔族の死骸もアイテムボックスに仕舞い込む。三人はそのまま無言で司令本部が置かれるテントに向かっていく。



「神崎大佐、おかげで今回の集団暴走を何とか抑え込むことに成功いたしました」


「各部隊の奮闘に感謝する。隊員に怪我人や犠牲者は確認されているか?」


「軽症者が数人おりますが、全て大佐のご息女のおかげで事なきを得ております。ありがとうございました」


「そうか、カレンも役に立ってくれたんだな」


 日頃は厳しい表情の学院長だが、話がカレンに及ぶと別人のように口元が緩む。もしかしたらこの人物は意外と親バカなのか? さらに親バカ… もとい、学院長は部隊長に話を続ける。



「一旦ダンジョン対策室に報告する。その後に新たな指示を出すからしばらくこのままで待機してもらいたい」


「了解しました」


 学院長はテントから出てスマホを取り出して誰かと通話をしている。おそらく対策室の岡山室長に対して例の魔族と思わしき死骸の件を報告しているのであろう。しばらくの間何やら相談していた学院長が司令部へと戻ってくる。



「警戒態勢をアラートAからアラートBに下げる。増援部隊は弾薬集積地まで下がって補給と休息開始。宇都宮駐屯地部隊は夜明けをもって隊員を交代せよ」


「了解いたしました」


 アラートAとは即時臨戦態勢で、一段階下がったBは厳重警戒態勢という意味。学院長の指示は警戒を継続しながら交代要員を速やかに任に就かせて、真夜中に奮戦した隊員を休ませてやれという指令。


 部隊全体への指示を終えると学院長は聡史たちに振り返る。



「楢崎准尉、桜准尉、両名は明日の正午から魔物の大量発生の謎の真偽を確かめに私とともに再びダンジョンに入る。今のうちに十分な休息をとっておけ」


「「了解しました」」


 学院長の命令を受けて兄妹はテントに入って一旦睡眠をとるのであった。





 

   ◇◇◇◇◇






 夜が明けて朝の魔法学院では、食堂のいつもの場所で美鈴と明日香ちゃんの二人が寂しそうな表情で朝食を摂っている。



「美鈴さん、お兄さんと桜ちゃんはどこに行っちゃったんでしょうね?」


「私も皆目見当がつかないわ。カレンも急に消えてしまったし、何か事件でも起きているのかしら?」


 ちょうどそこに、テレビの画面から朝のニュースが流れる。画面の向こうのアナウンサーが深刻な表情で原稿を読み上げる。



「ただいま政府のダンジョン対策室から公式の発表がありました。栃木県の那須ダンジョンで魔物の集団暴走が発生しましたが、自衛隊によって鎮圧されました。隊員に数人の怪我人が出ましたが、命に別状はありません。なお周辺地域に出されていた避難指示は解除されました。繰り返します…」


 このニュースを耳にして美鈴と明日香ちゃんは顔を見合わせる。



「まさか…」


「たぶん3人とも那須に行ってるはずよ。いくらメールしても返事がないし」


「美鈴さん、やっぱりそう思いますか」


「桜ちゃんなんか自分から志願しそうよね。むしろ呼ばれていなくても勝手にひとりで行ってしまいそうだわ」


「確かに桜ちゃんならあり得ますね。それから怪我人というのは、もしかしたら桜ちゃんが何かやらかしたせいじゃないですか?」


「調子に乗って暴れたはいいものの、味方まで被害を出す… 十分あるから怖いわね」


 美鈴と明日香ちゃんは実によく桜を理解している。この二人が言う通り、あわやという場面も実際にあったからマジで笑えない。



「はぁ~… 桜ちゃん、早く戻ってこないかなぁ~。ひとりで食べるデザートは今ひとつ気分が乗らないんですよ~」


「その割には明日香ちゃん、あなたは昨日の夕食後にパフェを2つ食べていたような気が…」


「美鈴さん! どうかその件は、桜ちゃんに内緒にしてください!」


 言っていることと行動がまったく噛み合わない明日香ちゃん、桜による監視の目がないのをいいことに昨夜はだいぶ羽目を外していたよう。腹回りがどうなっても知らないぞ!


 こうして二人は、新たな情報がないかテレビに耳を傾けるのであった。





 

   ◇◇◇◇◇






 ここは那須ダンジョンの12階層。中央付近の広くなっている場所では、大型の魔法陣を取り囲むようにして4つの人影が何やら相談をしている。



「ドノバン男爵と従士は、未だ戻ってこないようだが」


「おそらくは今頃、近隣の街や村を魔物によって蹂躙している頃合いであろう」


「あの男の性格であるならば、気の向くままに殺戮を楽しんでいるに相違ない」


「ドノバンがあれだけの数の魔物を従えたならば、それはもはや無敵の存在。襲われた街はすでに跡形もなく滅んでいるであろう」


「いや、すでに主要都市まで被害が及んでいる可能性もあるぞ。我ら魔族の強大な力とあれほどの数の魔物に蹂躙される運命を甘んじて受け入れねばならないとは、この世界の住民のなんと哀れなる様か」


「ふん、人族など我らからすれば下等なる存在! 我ら栄光あるナズディア王国が支配した暁には、人族など家畜同然に扱ってやるわ」


「それは良い考えであるな。奴隷以下の身分として思うさまこき使うのが下等種族には相応しい」


 4つの影が話す中で登場した「ナズディア王国」こそが、ダンジョンによって繋がった異世界の魔族の国。そしてこの場にいる4名はダンジョンの魔物を使役して新たな世界の侵略を魔王より命じられた魔族の先兵という役割。


 魔族はダンジョンに入り込んでくる地球の冒険者を約5年間に渡ってつぶさに観察し続けていた。そしてこの世界は人族が支配する国であると判断をするに至る。


 冒険者の能力を見る限り魔物相手に苦戦する程度の戦力しかないと思い込んで、ついに今回本格的な侵略の第一歩をここに印したというのが今回の魔物の氾濫の顛末といってよい。過去に何度か発生した魔物の集団暴走も現地の人族の力を測るために魔族が送り込んだある種の偵察行動と考えれば辻褄が合ってくる。


 ちなみに魔族たちが話題にしているドノバン男爵であるが、聡史の断震破によって体を上下に真っ二つにされた挙句、桜の特盛り太極破で両手をもぎ取られて壁際に死骸となって転がされていたりする。その遺体は聡史のアイテムボックスの中に収納されており、すでにこの世には存在していないなどとはこの場にいる4名には知る由もない。お気の毒にという言葉は掛けづらいのだが…


 時刻はそろそろ正午を指している。この場にいる4名はどうやら次の行動に移ろうとしているよう。



「さて、ドノバンごときに手柄を独り占めさせては我らの名誉に関わる。そろそろ地上へと出るとしようか」


「うむ、それがよろしいであろう。して、この魔法陣は誰が守るかだな」


「決まっておろう! 爵位が高い者がこの世界の新たな支配者として堂々と下等種族に魔王様の御威光を知らしめるのだ」


「いたし方がない。この場は我とドゥテルテ子爵が守るゆえに、お二方に地上はお任せしよう」


 こうして4名のうちの2名が魔法陣によって地上へと向かうのであった。







    ◇◇◇◇◇






 正午きっかりに学院長に率いられた兄妹は魔族の手掛かりを求めてダンジョンに入っていく。早めの食事を終えた桜は昨夜大暴れした疲れなどまったくない様子ですこぶる上機嫌な様子。



「10階層までのマップは完璧に暗記していますから最短距離で手掛かりを探しましょう。途中の階層で何か気配があれば、詳しく調べてみますわ」


「いいだろう。浅い階層に魔族が潜んでいるとは思えないから、10階層以下を念入りに探る方針で構わないぞ」


 こうして三人は桜を先頭にして最短距離でダンジョンの下の階層を目指して進んでいくのであった。



正体を現す魔族とともに深まっていく謎、果たして聡史たちはどうする? そして残されたカレンは……


続きは夕方に投稿しますので、しばらくお待ちください。

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