105 平穏な日常だと思ったら……
昼の時間に間に合わなかったぁぁ! 申し訳ありません。
さて、新たな週が始まって魔法学院では……
日曜日にデビル&エンジェルがダンジョンの25階層まで攻略したという話は生徒たちには知らされないまま、魔法学院はいつもの週の始まりを迎えている。
学生寮から大勢の生徒が教室に向かって普段と変わらない授業が始まる。夜更かしして眠そうな顔をしている生徒がいるかと思えば、朝練でひと汗かいてスッキリした表情の生徒もいる。
そんな生徒たちの様子は一旦横に置いて、管理棟の3階の一番奥にある部屋にはカレンの母親であり魔法学院の学院長を務める神崎真奈美が書類に目を通している。
「失礼します」
ドアが開くと、1年生の学年主任が学院長室に入ってくる。その手には、生徒に関するレポートをまとめた書類を用意している。
「学院長、1年生の近況に関するレポートをまとめてきました」
「そうか、ソファーで話をしよう」
デスクからソファーに場所を移して、書類に目を通しながら学院長は主任の話に耳を傾ける。
「まずはつい先ほどダンジョン管理事務所から入った連絡ですが、特待生を含むパーティーが25階層まで攻略したそうです」
「そうか… あの短気な妹がいる割にはずいぶんノンビリ攻略しているな。編入当初の勢いだったらとうに最下層まで進んでいると考えていたが」
「学院長、それはさすがに無理があります。いくら何でも最下層までなど、そうそう簡単に到達できないでしょう」
「そう思うか? まあいいだろう、あいつらのペースで好きなようにやらせればいい」
学院長には、他の人間には見えない何かが見えているのだろうか? 意味有り気な言葉を残す。
「特待生に関しては、八校戦以降特段トラブルもなく過ごしております。最近では妹のほうがEクラスの男子を鍛えているようで、彼らの目付きが変わってきました」
「なるほど、それは面白い話だな。Eクラスにはいい刺激になっているだろう」
「その通りですが、それだけに留まりません。ついこの間まではEクラスを馬鹿にする空気が他のクラスにありましたが、今はうかうかしているとEクラスに負けてしまうという危機感を抱いています」
「他のクラスの生徒にも尻に火が付いたようだな。変なエリート意識など邪魔なだけだ。精々特待生には連中を煽ってもらおう」
中々厳しい表情を崩さない学院長がわずかではあるが口元を緩めている。自ら兄妹をスカウトしただけに、二人を中心に良い影響が広がっている現状に満足そうに頷いている。
「それから、Aクラスの浜川茂樹ですが…」
「勇者がどうした?」
「八校戦で失格になって、彼個人は来年の大会では出場停止という処分が下りました。そのためか、このところ自信を失っているようで、あらゆる面で今一つ精彩を欠いているようです」
「放っておけ! 一度躓いたからといっていちいちこちらが手を貸していたらいつまでたっても甘えが抜けない」
「わかりました。担任には伝えておきます」
その後、約1時間に渡って各クラスの状況が主任の口から学院長に報告されるのであった。
◇◇◇◇◇
「それではこれで、授業は終わりだ」
「起立、礼!」
4時間目の授業が終わると、桜が動きを開始する。
「お兄様、お先に!」
そのまま廊下とは反対方向に向かうと、ガラガラとガラス窓を開けて外に飛び出していく。ちなみに1年生の教室は3階にあるが、桜はお構いなしに窓の外へとダイブする。
空中で華麗な前方2回転を決めてアスファルトの上にスタっと着地すると、そのままスピードを上げて食堂に向かって走り出す。無駄なまでに高い身体能力を生かして食堂に一番乗りを果たすと、カウンターで怒涛の注文を開始。
「A定食とミックスフライ定食、それからあんかけ焼きそばに天丼、全部大盛りでお願いします」
「はいよ! 桜ちゃんはいつもよく食べるね」
毎日一番で大量の注文をする桜は、食堂のオバちゃんたちにすっかり顔と名前を憶えられている。というよりも、学院の関係者全員が名前を知っている超有名人。積極的に何事も目立とうとするのを信条としているだけに、やや影の薄い兄とは違って抜群の知名度を誇っている。
それはともかくとして、これだけの注文になるとトレーが3枚必要になる。桜は食事を受け取ると次々にトレーに載せて、そのままアイテムボックスに放り込んでから席に向かう。よくぞこんな場所でアイテムボックスの便利な活用法を編み出したものだ。
「それではいただきま~す!」
席に着くなりアイテムボックスから取り出したトレーを並べて箸をつける。最初のトレーに乗っている料理をすべて食べ尽くした頃に、ようやくゾロゾロ食堂に入ってくる他の生徒たちに混ざって聡史たちがやってくる。
「お兄様、皆さん、お先にいただいております」
「桜、もうちょっと落ち着いたらどうだ? いくらなんでも窓から飛び出すのはやりすぎだろう」
「お兄様、私は何事も一番を目指します。昼食で誰かに先を越されたら、その日1日気分が悪くなりますわ」
天晴である。桜のように何事もここまで開き直って言い張れると人生の悩みなど無縁だろう。自らの主張を譲らない妹を前にして、兄としての無力感を味わう聡史がいる。
やがて全員の食事が終わると…
「桜ちゃん、お昼のデザートは何しますか~?」
「明日香ちゃん、昼、夕方、夜と3回もデザートを食べるつもりですか?」
「今日は学科で頭を使っているし、糖分が必要なんですよ~」
「それでは、自主練の時間は男子生徒と一緒に頑張ってもらいましょう」
「さーて、授業の用意をしましょうかねぇ~」
明日香ちゃんがあっさりと折れている。大好物のオヤツを簡単に諦めるなんて、どれだけ桜に酷い目に遭ったのか想像ができてくるというモノ。
こうして昼食を終えた一同は食堂から教室に戻って、午後の授業に備えるのであった。
◇◇◇◇◇
午後一番に、学園長室に一本の直通電話が入る。
「こちら神崎です」
「ダンジョン対策室の岡山だ」
「室長、何か異常事態ですか?」
「神崎予備役大佐、人工衛星が那須ダンジョンの魔力の異常値を観測した。ダンジョンから魔物が溢れる前兆かもしれない。この時刻をもって現役に復帰してもらいたい」
「了解しました。どうせなら私だけではなくて、活きのいい二人も連れていくのはいかがでしょうか?」
「いいだろう。用心するに越したことはない。戦力の増強は歓迎する」
「差し迫っているんですか?」
「まだ予兆の段階だから何とも言えない。今すぐ伊勢原からヘリを回すから搭乗してくれ」
「了解しました」
通話を切ると、学院長は内線で職員室に連絡を入れる。
「1年Eクラスの楢崎聡史と楢崎桜を至急学院長室に出頭させてもらえるか」
「すぐに呼び出します」
内線の受話器を置くと、学院長はしばし瞑目する。目を開いた学院長の表情は教育者という仮面を脱ぎ捨てて、戦場に生きる人間の顔を取り戻している。
10分ほど経過すると、学院長の部屋をノックする音が響く。
「入れ」
ドアが開くと、兄妹が入ってくる。
「楢崎聡史予備役准尉、楢崎桜予備役准尉、両名は本時刻をもって出動命令が下った。今から迎えのヘリに乗って那須に向かってもらう」
「了解しました。大佐、那須で何か起きたのですか?」
「衛星が魔力の異常を観測した段階だ。ダンジョンから魔物が溢れる危険に対する警戒出動と捉えてもらいたい」
「腕が鳴りますわ! 魔物はこの私が片っ端から倒して見せます」
聡史は与えられた任務に気持ちを引き締めているが、桜はまったくの平常運転。その辺のコンビニに出かけるような表情で命令を受け取っている。どちらかというと型に嵌めると持ち味を失うタイプだと気づいている学院長は、特に注意もせずに放し飼いを決め込んでいるよう。
「大佐、提案があります。負傷者が出た際に備えてカレンを同行させるべきです」
「乱戦になった際に足手まといにならないか?」
「自分の身は守れる程度には鍛えてあります」
「そうか、では民間人の協力者という立場で救護役を務めてもらおう」
こうしてカレンも一緒に那須へと向かうことが決定。彼女には学院長が直接連絡を取るそう。親子だからそのほうが話が早い。
「それでは準備を整えてきます」
「ヘリポートに20分後に集合してくれ」
「「了解しました」」
兄妹は特待生寮に戻ると、自衛隊から支給された戦闘服に身を包む。2、3回しか袖を通していないので、胸に縫い付けられている准尉の階級章が真新しく映る。
聡史がアイテムボックスのインデックスで装備を点検しているのに対して、桜は食事の在庫を確認している。ダンジョンの深層に入った際の残りの食糧しか入っていない様子を見てどうにも心細そうな顔になっている。そんなにメシが心配なのか!
自販機でミネラルウォーターのペットボトルを数本購入すると、二人は校舎裏に設置されているヘリポートに向かう。すでに学院長母子は何か話をしながらヘリの到着を待っている姿が目に飛び込んでくる。
「楢崎准尉ほか1名、到着しました」
「ご苦労、間もなくヘリが到着する。このまま那須に向かうぞ」
「「了解しました」」
こうして待っていると、空からローター音が聞こえてくる。上空を輸送ヘリが2回旋回すると、高度を下げて着陸態勢に入る。かなり距離をとっていても真横から吹き付けてくる風で飛ばされそうな勢い。
スライドしたドアから輸送ヘリの内部に乗り込むと、窓側に並ぶ座席に腰掛けてベルトを締める。カレンだけでなくて兄妹もヘリの搭乗など初体験なので、乗員の注意事項を真剣な表情で聞いている。
「離陸します」
機内アナウンスが流れると、機体は浮かび上がってあっという間に高度を上げていく。そのまま順調にフライトを続けて、離陸して1時間もしないうちに那須ダンジョンに到着。正確に言うと、着陸地点は建設途中の第9魔法学院のヘリポート。
「大佐、上空から見て気が付いたんですが、魔法学院というのはダンジョンから魔物が溢れた際の防波堤なんですね」
「その通りだ。魔物がダンジョンから直接市街地に向かわないようにダンジョンと学院を結ぶ道路は全て壁で覆われている。市街地に通じる道路を封鎖すれば魔物は自動的に学院へと向かってくる。魔法学院というのは教育機関というだけではなくて、いざという際の戦場であり魔物に対する防衛施設という役割を担っている。気が付いている生徒もいるだろうが、他言は無用だぞ」
どうりで必要以上に高いコンクリート製の頑丈な壁で囲まれているわけだと頷く聡史。魔法学院の広い敷地に魔物を誘導して、自衛隊の重火器や戦車、攻撃ヘリなどで殲滅する目的の設計が理解されてくる。つまり魔物が溢れた際に一番最初に危険に曝されるのは学院の生徒。もちろん地下シェルターは完備されているが、それでも真っ先に矢面に立たされる可能性がある。この点に関して生徒が必要以上に不安を感じないように、学院長は聡史に他言無用と釘を刺したよう。
さて現在建設途中の第9魔法学院であるが、敷地を囲む壁は出来上がっている。校舎はコンクリート剥き出しで外側の形だけは完成しているが、管理棟や学生寮は上階の建設途中。建設作業員は一時的に退避しており、パワーショベルや大型クレーンが操縦する者のいない中で放置されたまま。
近隣の宇都宮駐屯地からは続々と車両が集結地点に集まっており、テントを張って臨時の本部を設ける作業に取り掛かっている。その間にも輸送車両と戦闘車両が道路を埋め尽くす勢いで列をなしている。
「一旦本部に向かって現状を確認する」
「了解しました」
学院長を先頭にしてヘリから降りた四人は建設中の第9法学院の正門を出て、那須ダンジョンを挟んだ反対方向へと向かう。聡史たちが本部に到着する頃にはテントの設営が終わって、テーブルを並べて人員の配置や戦闘車両の位置を確認しあっている。
多数の戦車や戦闘車が並ぶ光景は壮観であるが、すでに臨戦体制に移行しているだけあって現場はピリピリした空気が漂う。
「魔法学院の神崎大佐以下3名到着した」
「ご苦労様です! ただいま打ち合わせが始まったところです。どうぞ中にお入りください」
本部に詰める参謀のひとりが敬礼して出迎える。聡史たちは学院長の後について本部の大型テントの中へ入っていく。
「状況はどうなっている?」
「これはようこそ! 神崎大佐、ダンジョン内部は立ち入り禁止で今から偵察部隊を送り込む手はずとなっています」
「そうか… いだろう、その役目は我々が努めよう。何か変化があったらすぐに知らせる」
「よろしくお願いいたします」
相手は学院長よりも階級が高い現役の准将。にも拘らず、学院長に対して敬語と最大級の敬意をもって接している。この学院長の経歴には色々と秘密が隠されているような気がしてならない。
「楢崎聡史准尉、楢崎桜准尉、両名は私と一緒にダンジョンの偵察に入る。カレンは救護所に待機していろ」
「「了解しました」」
「はい、わかりました」
こうして聡史たちは那須ダンジョンに到着するなり、最も危険な内部偵察に駆り出されるのであった。
那須ダンジョンの偵察に向かう聡史たちの前には…… この続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
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