10 自主練
本日最後の投稿です。続きは明日になりますので、どうぞお楽しみに!
放課後…
「桜ちゃん、カフェテリアに急ぎましょうよ~」
「頭を使うとお腹が空いてきますわね。甘~い物も食べ放題ならいいのに、その点が実に残念です」
食事は無料なのだが、デザート等は自己負担となっている。さすがにそこまで生徒を甘やかしてはいないのが現実社会というもの。こうして二人は連れ立って学生食堂へと向かっていく。
その後ろから桜に興味を示す男子生徒が数人付いていくのは言うまでもない話であった。対して聡史は…
「おーい! 楢崎~」
ひとりの男子生徒が特待生寮に戻ろうとする聡史に声を掛けてくる。
「呼び方は聡史でいいぞ。何の用だ?」
「そうか、俺は藤原頼朝だ。頼朝と呼んでくれ」
「歴史上の有名な名前がミックスになっているぞ」
聡史が驚くのも無理はないが、両親が命名したれっきとした本名だ。今朝方聡史に真っ先に声を掛けたのが、この頼朝であった。
「聡史、今から自主練に行かないか? 今日は学科の授業しなかったから、このままでは体が鈍るだろう」
「自主練なんかしているのか。面白そうだから、一緒に行ってみるか」
桜は明日香ちゃんと一緒に飛び出していったし、寮に戻っても特にすることが思い浮かばない聡史は、この申し出を快く受けた。頼朝だけではなくて数人の男子生徒が自主練に参加しようと連れ立って、ジャージに着替えて屋外訓練場に向かう。
彼らがやってきたのは第3屋外訓練場だった。校舎に近い順に第1第2訓練場が並んでおり、放課後ともなると滅多に他のクラスの生徒ががやってこない場所。とはいっても施設の造りはどれも同じで、テニスコートが3面はとれる広さのフィールドとそれを取り囲む形でスタンドが設けられている。
当然、公式の模擬戦もこの場所が会場のひとつとなるのであった。
「頼朝、授業のない日だけ自主練をしているのか?」
「聡史、それは違うな。俺たちは現時点で明らかに他のクラスに比べて能力が劣っている。だから雨が降らない限り毎日こうして集まってトレーニングをやっているんだ」
「それは感心だ。訓練は絶対に自分を裏切らないから地道に鍛えていくのが強くなる近道だよな。俺も自主練仲間に入れてもらえるか?」
「もちろん大歓迎だ」
準備体操をしながら聡史と頼朝はすっかり打ち解けた雰囲気だ。他のメンバーもこうして聡史が加わるのを歓迎してくれている。
すると、そこへ…
「オイオイ、せっかく俺たちが貸し切りでトレーニングをしようと思ったら、ゴミ溜めのEクラスがいるじゃないか」
「ゴミはゴミらしく、端っこに座っていろ。ここは今から、俺たちAクラスの貸し切りだ」
10人以上のグループで第3演習場にわざわざやってきたのは、1年Aクラスの生徒たち。彼らは普段第3屋内演習室を自主練に使用しているのだが、桜のせいで使用禁止となった影響でこの場に足を運んできたらしい。
後から来たAクラスの生徒の姿を見て聡史のクラスメートは腰が引けている様子だ。面と向かって苦情を申し立てる態度を見せようとはしない。
入学してまだ2か月少々では、Aクラスの生徒とEクラスの生徒では埋めがたい能力差があるのは事実。これが1年2年と経過すれば訓練によって徐々に差が埋まってくるのだが、現時点ではAクラスの生徒一人で、この場にいる聡史を除いたクラスメートを相手にしても十分お釣りがくるほどだった。
頼朝を含めたEクラスの生徒たちは、仕方なしに場所空けようとスタンドに向かって歩き出す。だがそんな彼らを尻目に、聡史一人は平然とフィールドの中央で準備体操を続けている。
もちろん、そんな聡史の態度はAクラスの生徒の癇に障るのは当然だろう。
「おい、そこのゴミ野郎! さっさと場所を開けろ」
ひとりが強い口調で警告するが、聡史は何も聞こえないといわんばかりの態度で体を捻ったり軽くジャンプを繰り返すだけ。
「聞こえないのか。早くそこを空けろ!」
さらに強い口調で警告を発する生徒だが、聡史は一向に態度を変える様子を見せない。そんな中で別のひとりが気付く。
「あいつは見掛けない顔だな」
「そういえばそうだ。もしかして、今日から編入してきたヤツじゃないのか?」
「途中編入が認められていない魔法学院に学期半ばで入ってきたんだから、きっと相当なコネがあるんだろう」
「コネ入学で、しかも特待生か。真面目にやっているこっちが頭にくるぞ」
「こうなったら、実力で叩き出してやるか?」
「それがいいだろう。どうせコネで入ったヤツなんか、俺たちに掛かれば一捻りだろう」
「違いないぞ」
「ハハハ、あとから泣きっ面をかくなよ」
これだけの言いたい放題にされても聡史は気にも留めない様子。あまりに平然とした聡史の態度に心配になってきた頼朝が溜まりかねて、Aクラスの生徒たちに聞こえないように声を掛ける。
「聡史、今日は止めておこう」
「なんでだ? これから自主練をするんだろう。うるさい子犬が吠えているみたいだが、こんな連中に構っていたらせっかくの訓練時間が無駄になるぞ」
自分の忠告にまったく聞く耳を持たない聡史に頼朝は額に手を当ててアチャーというゼスチャーをしている。聡史の発言は真っ正面からAクラスの生徒を挑発… いや、もう一歩踏み込んでケンカを売っている。
「こいつは正気か? 俺たちに喧嘩を売っているぞ」
「いいから、適当に痛めつけてやれ」
こうして10人以上のAクラスの生徒が聡史を取り囲む。実は聡史もこの学院に在籍する生徒のレベルを知りたかった。せっかくだから、Aクラスの生徒を相手にする機会を有効利用するつもり。
自分を取り囲む12人を前にして聡史の目がスッと細められる。その手には訓練用の木刀が握られている。
「武器は好きなものを使っていいぞ。ただーし! 相応の覚悟で挑めよ。命まで奪うつもりはないが、怪我させない保証はないからな」
「この人数を相手にして大口を叩く余裕がいつまで保つと思っているんだ?」
「袋叩きで足腰が立たなくしてやる。編入初日に自主退学になるかもな」
Aクラスの生徒は木剣や木槍を手にしたり、中には棒術で使用する木の棒を持っている。こちらの生徒はおそらく魔法を用いた戦闘を得意にしているのであろう。学院内で金属製の武器を用いるのは公式戦以外は禁止なので、訓練時には全員木製の武器を使用しているのだ。
「取り囲んでいるだけでは、いつまで経っても始まらないぞ。俺のほうから打ち掛かってもいいのか?」
不敵な笑みを浮かべながら聡史がさらに挑発を投げ付けると、Aクラスの生徒たちの我慢は限界を越えたよう。剣や槍を振り上げてバラバラに襲い掛かってくる。
「遅い」
だが聡史には、そのような素人同然の相手など物の数ではなかった。桜には及ばないまでも、彼らの目に留まらない早さで剣や槍を持つ手を強かに打っていく。
バキッ
「痛えぇぇぇぇ!」
バキッ
「うぎゃぁぁぁぁ!」
バキッ
「痛たあぁぁぁ!」
バキッ
「あべし」
冒険者として訓練を開始して2か月のAクラスの生徒たちに対して、聡史は本物のプロの冒険者として3年の月日を過ごしてきた。もちろん人間をその手に掛けた経験も数知れない。それだけでも大きな差だが、さらにステータス上のレベル差もある。要するに敵にもならない相手で、歯牙にもかけないというのはこんな状態に違いない。ゴブリンどころかスライムよりも手応えのない相手がAクラスの生徒であった。
一方のAクラスの生徒たちは、十二人の味方とたった一人の敵が入り乱れてほとんどが聡史の正確な位置を見失っていた。
プロの戦闘集団ならば、絶対に採用しない1対多人数という不味い戦いの陣形ともいえる。仮に警察官や兵士がひとりのテロリストを拘束するとしたら、実際に拘束を担当するのは多くても四人。他の人員は周辺の警戒とテロリストの退路を断つ位置に配置されるのが定石。まだ5月の段階では、彼らがこんな専門的な戦術を身に着けるには時期尚早であったのかもしれない。
しかも、敏捷な動きで位置を次々に変えていく聡史の動きに誰も追いつけてはいない。そのまま全員が木剣で籠手を打たれて蹲る。たかが木剣と侮るなかれ。片手を木刀で打たれただけでも、並の人間は抵抗できなくなる。下手をすると骨にヒビが入っているかもしれない。
「だらしないな。この程度でAクラスを名乗れるのか。魔法学院というのは、想像していたよりもずいぶん甘っチョロい場所なんだな」
大した運動にもなっていないといわんばかりに木剣をブンブン振り回す風切り音がフィールドに響き、聡史の信じがたい強さを目の当たりにしたクラスメートが息を飲む姿だけがそこにはあるのだった。
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