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アンネワークの卒業祝いということで招待状を受け取った各家は伯爵令嬢を祝わなければいけないということで本心は断りたいが主催が公爵家である以上は出席しなければいけない。
ハイアーダール家はジェラルディーンが第一王子の婚約者だということで権力図的にはトップだ。
さらに有力貴族であるソロカイテ公爵家も出席を表明した。
ただ名目が卒業祝いというだけで目的はウォルトルの婚約者候補探しだ。
「アンネワーク」
「ジュリー姉様」
「いいこと? 今日はウォルトルの婚約者探しなのだから話しかけてはだめよ」
「はい」
「それと、どうしても家の関係上呼ばなければいけなかった公爵家や侯爵家の令嬢や令息も来ているわ。貴女のことだから心配はしていないけど、適当にあしらいなさい」
一番目立ってしまうフーリオンは今日は欠席ということになっている。
一応、ハイアーダール家の応接室に控えてはいるが主役はアンネワークのため待機だ。
アンネワークについてよく通っていたためハイアーダール家の使用人たちも気後れすることもない。
当主の言葉を皮切りにパーティが始まった。
一応という形でアンネワークに祝いを述べるがアンネワークを認めているかどうかは分かりやすい。
「アンネワーク嬢」
「シモンお兄様、ヴィリお姉様」
「卒業おめでとう。祝いの品を贈らせていただいたわ」
「ありがとう」
「しかし、こんなに小さかったアンネワーク嬢が卒業とは僕たちも年を取るはずだ」
「まぁ」
次々に祝いの言葉を受けるアンネワークは完璧に熟していた。
その様子を遠くから見ていたウォルトルは自分と同じように遠巻きにしている令嬢に声をかけた。
「挨拶はよろしいのですか?」
「わたくしから祝われたところで嬉しくもないでしょう」
「そうかな?」
「それで、何か御用かしら?」
「いや、夜会では率先してアンネワーク嬢に近づいていたご令嬢が何も声をかけないというのも不思議な気がしてね」
ウォルトルに声をかけられた令嬢はアンネワークが婚約者に選ばれたときにいた公爵家のひとりであるルーシーだ。
シャンパングラスを傾けながらルーシーはウォルトルを眺めた。
「よく見ていますのね」
「派閥の筆頭令嬢が嫌味を言いに来るのだから気にもするさ」
「嫌味? あの程度、嫌味にもなりはしませんわ。途中からあの方は気づいていらしたようですし」
「あの方?」
「アンネワーク様ですわ」
「はぁ?」
ルーシーは給仕にグラスを返すと扇で口元を隠しながらアンネワークに近づく。
一歩出遅れたウォルトルは急いで後を追う。
公爵令嬢であるルーシーに気づいて道を開ける。
アンネワークも気付いて同じように扇で口元を隠す。
「本日はおめでとうございます。アンネワーク様」
「ありがとうございます」
「学生で無くなった以上は子ども気分でいられては困りますので、気を引き締めていただければと思っておりますのよ。まぁずいぶんと外の世界がお好きなようですから存分に楽しんでいらして結構ですわ。うちのことはわたくしたちに任せていただければ、と僭越ながら申し上げさせていただきます」
「お気遣いありがとうございます。ルーシー様」
「当然のことですわ。アンネワーク様はまだまだ幼くいらっしゃるのですからわたくしたちにお任せを。それでは、ご機嫌よう」
見る人が見ればルーシーとアンネワークが持っていた扇が色違いのものだと気づく。
ジェラルディーンは気づいていたし、ヴィリシモーネも気づいていた。
このパーティのためにお揃いの扇を用意していた。
「今日は来てくれてありがとう。ルーシー」
「ジェラルディーンのためじゃないわ」
「えっと」
「別にわたくしもルーシーも仲が悪いわけじゃないのよ。もちろんアンネワークもヴィリシモーネも」
「どういうことだ?」
「公爵家すべてがアンネワークの味方をすれば、面白くないと思っている貴族たちが隠れてしまうわ」
「だからアンネワーク様と対立する派閥を作り上げたのよ。幸いノードハーゲン家はアンネワーク様が婚約者であることに反対意見を述べている筆頭だもの。旗印にはぴったりだわ」
表立ってルーシーがアンネワークを糾弾することで同じ思想の家を炙り出して傘下に入れていた。
ルーシーも最初はアンネワークに敵愾心を持っていたが、その後のフーリオンの溺愛を見て諦めた。
それでも諦めていないのがルーシーの父親である。
だからルーシーが面と向かってアンネワークを非難してもお咎めがない。
「ただ父も苦しくなってきたようで、そろそろ旗を下ろすときが来たみたいね」
「アンネワークのことは王妃様が可愛がっているし、うちもソロカイテ公爵家も同様だわ。このまま否を唱え続けるのは出世にも響くでしょうね」
「おかげでわたくしは婚期を逃したわ。まさか父がアンネワーク様の後釜に入れるつもりだとは思わなかったもの」
「驚いたわよね」
「ほんとよ。同い年のヴィリシモーネは結婚して子どももいるのに未だ独り身よ」
「年齢の釣り合う公爵令息はいないし、あとは侯爵家よね」
「いても婚約者がいるでしょう?」
夜会で見るルーシーは取り巻きを連れて一言二言アンネワークに言うだけで去っていた。
むしろ思い返せば取り巻きたちがアンネワークに何かしようとすれば止めていた。
「そうなのよね。そういえば、ウォルトルは婚約者いたかしら?」
「おりません」
「そう。それならルーシーと結婚してくれるかしら?」
「そんな簡単に、だいたい向こうの家が侯爵家では納得しませんよ」
「そうでもないのよ。ノードハーゲン家はアンネワークを悪し様に言うようになってから名うての商人たちから取引を断られているのよ」
王妃の覚えめでたいアンネワークを悪く言う貴族と取引があるということで商品たちも別の取引先から手を引かれていた。
自分たちを守るためにノードハーゲン家との取引を断ることで、公爵家は緩やかに財政難になっている。
このままでは王が代替わりをしたころには爵位を返上しなければならなくなる。
「ノードハーゲン家の今までの不敬を許す代わりに王家に再度忠誠を誓ってもらおうと思ったの。そのためには何か繋がりが必要ではなくて? そうね。王家の側近の誰かの妻になる、とか」
「えっと」
「ただで、とは言わないわ。そうね。貴方の弟が爵位を継いだときに公爵家にするというのは?」
「あの、俺は、長男なんですが」
「まぁそんなことは分かっているわ。でも常識で考えてみて? フーリオン様とアンネワーク様のあのご夫妻の護衛となって領地経営なんてできると思って?」
「できませんね」
「そうでしょう? それにあれだけ表立ってアンネワークを悪く言っていたルーシーが旗色が悪くなったから軍門に下りました、となって社交界で受け入れられると思う?」
ジェラルディーンが描いた青写真の全貌が見えてきたウォルトルは逃げられないことを悟った。
相手が反アンネワーク派の筆頭であったとしても公爵家でさらに王家からの非公式であれど打診されたということで権力好きの父親が飛びつかないはずがない。
さらに自分の代では無理だが息子の代で公爵家になるのだ。
公爵家当主の父として振舞うことができる。
「急な話ですもの。ゆっくり考えてちょうだい」
ジェラルディーンは最後は押さずに引いた。
この話を始めたときにルーシーはまったく驚いていなかった。
つまりはウォルトルは最初から嵌められているということだ。
ウォルトルが悩んでいるうちに急な展開があった。
ノードハーゲン家の最後の取引先である商人が手を引いたのだ。
そのおかげで親交のあった貴族たちからもやんわりと手を引かれる。
さすがに財政は潤っているからすぐに借金をすることはないが、かつての栄華は失った。
「ルーシー」
「何でしょうか? お父様」
執務室に呼び出されたルーシーは実年齢よりさらに老け込んだ父親を見下ろした。
ようやく今まで自分がしてきたことがまずいことだと思い至ったらしい。
ノードハーゲン家を旗印に賛同していた貴族たちも罰が悪そうに離れた。
表向きはアンネワークを支持しながら裏では引きずり下ろすというくらいの暗躍はして欲しかったと思うルーシーだった。
そうすればアンネワークとも夜会だけではなくお茶会などでも会えた。
「我が家と取引のあった商人がすべて手を引いた」
「そうでございますか」
「かくなる上は領地に戻り・・・」
「戻り? 隠居でもなさいますか? ほとぼりが冷めるまで? いったい何年かかりますかしらね」
「お前、父親に向かってなんという」
「アンネワーク様になさったことが忘れられるころには・・・失礼、お父様はお亡くなりになっていますわね」
「も、元はと言えばお前がアンネワークに暴言を吐いたことが始まりだろう」
笑いを隠せないルーシーは扇で口元を隠した。
それは卒業祝いパーティのときにも持っていたものできちんと柄を見ればアンネワークのイニシャルが掘られている。
あまりにも小さいため模様の中に埋もれているが、敵対しているはずのルーシーが持っている品ではない。




