第9話 『戦々恐々』
「うん、わかった。わかったから......あんまり寄って来ないで?」
「いや、全然分かってないよね!? ......ちょっと......ゆっくり距離取らないで欲しいんだけど......」
「フュフテもお年頃だものね! そういうのに興味があるのは分かるわ。
でもね、男同士っていうのは、その......あまり健全じゃないと思うの」
フュフテの懸命な釈明は、残念ながら思い込みの激しいニーナには届かず、少年は腫れもの扱いを受けていた。
何事にも積極的なニーナでも、そこは恥じらう十五の乙女だからか。
思春期特有の潔癖さによって、色濃い性癖は受け入れられないらしい。
性に奔放になるには、彼女の年齢はまだ幼な過ぎるのかもしれない。
「この件は師匠に報告しとくわね。ニュクス師匠に」
「母さんに!? やめて、 殺されるから!」
「おや、はやくもお母様にご紹介頂けるとは。ワタクシ昂ぶって参りました。さっそく手土産を用意せねば」
「黙れよ、変態」
妄言をのたまうアダムトをバッサリと斬り捨てた後、ニーナの言葉の意味を飲み込み、フュフテは頭を抱える。
彼女がニュクス師匠と呼ぶ人物は、自分の生みの親である。
と同時に、フュフテも含めた全員の師匠でもある。
無論、あやしげなものを教え伝える人物ではない。
ニュクスが教示するのは魔法についてである。
誰とは言わないが、アレなことをなにかと教え込もうとしてくる人物のことではない。
間違っても二人を同列に置こうものなら、ニュクスから指導という名の拷問が開始されるだろう。
(絶対怒られるよ......いや、全然ただの誤解なんだけど。あの人、話聞かないしなぁ......)
森の民がいくら魔法の素養に秀でた一族であるとはいえ、それはたゆまぬ鍛錬あってのものだ。
ゆえに、里に住む子供たちは物心がつくくらいの歳になると、優れた魔法士を師とし、魔法の使い方と戦い方を学び始めるのである。
フュフテの場合はそれが実の母親であり、たまたまニーナの師匠でもあった。
人にもよるが、大体平均して3〜4人の弟子を教えるので、仲良く共に育ってきたもの同士、兄弟弟子となるのは自然の流れだったのだろう。
「はぁ......」
「? どうしたの? ため息なんかついて?」
お前のせいなんだけど、と言いたいのをぐっとこらえて、怪訝そうに細い眉を顰めるニーナにじと目を送る。
ーーあれでうちの母親は厳しいのだ。
息子の自分が言うのもなんだが、ニュクスはとても大雑把な性格で、ぶっきら棒だし、口が悪い。すぐ手も出る。
危険人物だ。
しかし、魔法の腕は超一流。
聞いた話だと、昔どっかの国相手にたった一人で喧嘩を売り、都市に攻め込んで魔法一発で半壊させたらしい。
四歳の頃にその話を聞き興奮して、どんな魔法なのかと説明をねだると、
(「私以外、燃え滓も残らんが、見せてやろう」)と、
凄みのある笑顔で実演しようとし、彼女の常識のなさに恐怖したものだ。
慌てて止めたのだが、若干おしっこちびったのはご愛嬌というもの。
「いやそんなもん使おうとするなよ」とか「なんで巻き込む前提なんだ」と、後になって思ったりもしたのだが、基本深く考えてないがゆえの発言だったのだろう。
そのへんの大雑把さは、弟子のニーナがしっかりと受け継いでいる。困ったことに。
そんな師匠だが、指導に関しては繊細で厳格だ。
彼女に魔法を師事するにあたり、いくつか守らねばならないルールのひとつに、『一人前になるまでの間、色恋を禁ずる』というものがある。
恋愛に現を抜かしては修練がおろそかになる、と言うわけではない。
感情の揺れ幅が大きくなってしまう可能性が高いから、が理由とのことだ。
なんでも、魔法は未熟な者が使用する場合、使用時の精神状態によって魔力の制御が左右されてしまうらしい。
要は、一人前になるまでは危険だから我慢しなさい、ということだ。
やはり強大な力を扱うには色々と必要なことがあるのだろう。
だから、「そんな規則を破っています。しかも男相手に」となると、非常に困ったことになるのである。
最悪、破門になるかもしれない。
そんな危機的状況を呼び込んできた元凶である灰髪の聖職者を、フュフテは忌々しく睨め付ける。
「そんな視線で見つめられるとたまりません......濡れてしまいますな」
なにがーー、とは聞かない。
聞きたくもないし、想像するだにおぞましい。
いい年をしたおっさんが、目を潤わし頬を上気させ、くねくねと艶めかしく体を震わせる姿は、この上なく気色の悪いものだった。




