闇との遭遇 5
僕はしばらく呆然としたままで内田さんを見ていた。
内田さんは僕を鋭く睨んでいる。それから、ふと、僕の横で蹲っている大本の方を見る。
「……アナタ、何しに来ているんですか?」
ゾッとするほど、冷たい響きで内田さんは大本に話しかけた。
大本は怯えた様子で僕を見てから、内田さんの方を見る。
「な、何って……別に……ただ……一人になりたかったから……」
「一人になりたい? クラスで中心人物であるアナタが?」
馬鹿にしたようで嗤う内田さん。大本は驚いたような顔で内田さんを見ている。
「……で、なんで尾張君は大本さんを殺そうとしていたんですか?」
「こ、殺そうって……あ、いや、まぁ……ごめん……」
「謝らないでください。私は理由を聞いているんです」
「……その……内田さんをイジメているって聞いて……つい、カッとなって」
僕がそう言うと内田さんは少し僕のことをジッと見た。それから、小さくため息をつく。
「尾張君。まさかとは思いますが、そこにいる大本さんによって、私に対するイジメがすべて行われていると思っていますか?」
「え……それは……」
「私と同じ境遇にいる君なら分かると思いますが、違いますよね。あくまでその人は中心であって、その全てではない……言っている意味、わかりますよね?」
僕は小さく頷いた。というか、ついカッとなったからといって、とんでもないことをしてしまった。大本は相変わらず怯えた様子で僕を見ている。
「すいません。友田さん」
と、ふいに内田さんが、友田さんに呼びかける。
「え……私か?」
いきなりのことで驚いたようで友田さんが目を丸くする。
「ええ。悪いんですが、そこの人を連れて少し外に出ていてください。私、尾張君と話したいことがあるので」
内田さんの言葉には拒否できない圧力があった。友田さんは小さく頷くと、未だに地面に腰をついたままの大本を起き上がらせ、そのまま屋上から出ていった。
僕と内田さんが二人きりになった。それこそ、始めて会ったときのように。
「……ありがとうございます」
しばらく経ってから、内田さんは小さく笑いながら、そう言った。僕は思わず面食らってしまって返事ができなかった。
「え……な、なんて?」
「ありがとうと言ったのです。おかしいですか?」
「え……だって、さっき怒ってたし……」
「ええ。今も怒ってますよ。カッとなってあんなことをするなんて、馬鹿すぎます。でも、それはそれとして、私はあの人があんな惨めな表情をしているの、初めて見たので」
内田さんはやはり、少し嬉しそうだった。そして、また、いつものようにフェンス越しに、少し暗くなりつつある空の向こうを見る。
「……でも、尾張君も分かっているでしょう。あの人がいなくなったとしても……私や君のような人間の苦しみはなくならないってこと」
内田さんのその言葉は悲哀に満ちていた。しかし、その時の僕には……内田さんに対して何か言葉をかけてあげることが、できなかったのだった。




