お互いに 5
いきなりそう言われてしまって僕も戸惑ってしまった。口の中に残っていたジューズの残りを今一度喉の奥に押し込んでいく。
死ぬ気があるか……まぁ、なんとなくだが、聞かれてもおかしくないことだった。
眼の前の内田さんはとても真面目な顔で僕のことを見ている。本気で僕に死ぬ気があるかどうか聞いているのだ。
僕は自分自身の事を考えてみる。死ぬ気があるかどうか……答えは簡単に出る。
……今の僕は、死のうとしていない。死ぬという選択肢が頭の中に存在していなかった。
確かに、今日みたいに手酷くイジメられた時なんかは嫌になってしまう。でも、少し前まで僕の中にあった、あのどす黒い感情は今はもうない。
誰かに話せばそれが幾分安らぐし、話し相手がいるからだ。
それは友田さんであり、内田さんである。
「……あんまり、ないかな」
僕は正直にそう言った。嘘をついても仕方ないし、実際その通りだったからだ。
内田さんは僕の答えを聞いてからしばらく黙っていた。そして、小さくため息を付いてから、いきなり立ち上がる。
「え……内田さん?」
内田さんはそのまま部屋の窓の方に向かっていく、そして、窓を開いて外……ベランダに出てしまった。
「……内田さん?」
僕は内田さんの後を追ってベランダに出た。外は冷たい風が吹いている。既に季節が移り変わろうしていることが僕にも実感として分かった。
「……君と出会って私は少し心情に変化がありましたが……全体的には今も私は、死にたいですよ」
内田さんはベランダの向こう……地平線の彼方を見ながらそう言った。
その言葉に対して僕はなんと言っていいかわからず、黙っていることしかできなかった。
「……それは、やっぱり……現実が辛いから?」
僕がそう言うと内田さんは少し考え込んでから僕のことを見る。
「……それもありますね。というか、それが大部分という感じですが」
「その……悩みとかあるんだったらさ、僕や友田さんに話してよ。解決することはできないからもしれないけど、幾分かは楽になるだろうし……」
僕がそう言うと内田さんは少し悲しそうな顔をした後で、僕の方を見る。
「では、言ってもいいですか」
「え? あ、うん……」
「……尾張君。私と一緒に死んでください」
内田さんはさらっと、何事もなかったかのようにそう言った。言われた僕の方は正直内田さんが何を言ったのか……正確には理解できなかった。
「え……一緒に?」
「はい。言ったでしょう。心情に変化があった、って。最初に会った時は君より先に死のうと思っていました。でも、今は違います。私は一人で死にたくない」
そう言ってから、僕が絶句していると、内田さんは自嘲気味に薄っすらと笑みを浮かべる。儚げで悲しい笑みだった。
「……フフッ。例えば、こういうことですよ。依存するって」
「え……あ、ああ……確かにね。なんだ、例えばって話ね」
「いえ。本気でそう思っています」
そう言ってから内田さんは今一度僕のことを真っ直ぐに見てくる。その生気のない瞳は確実に僕のことを捉えていた。
「別に今すぐ返事がほしいわけじゃないです。ただ、できれば年度中に」
「……内田さんと一緒に死んでもいいかっていう、返事がほしいってこと?」
「はい。嫌だったらいいですよ。私、勝手に死ぬんで」
内田さんはさらっとそう言った。あまりにも内田さんの今までの発言がぶっ飛びすぎている。その時、僕はふと思った。
今日は僕が……僕だけが酷い目にあったと思っていた。でも……内田さんがひどい目に合っていないという証拠はどこにもない。
しかし……いまさら聞けなかった。僕は自分が今日酷い目にあったことばかりを強調していた。でも、今の僕は数日経てばそれを忘れられる、自分の中で上手く処理できる。なぜなら、それを話す相手がいるから。
でも、内田さんは違う。内田さんは僕に依存すると言っておきながら……全然、自分のことを僕に教えてくれていないのだ。
全然依存していないのはお互い様だ、ということだ。
かといって、それを教えてほしいなんてこと、言えるわけもない。言ったところで、このネジ曲がった思考の少女が教えてくれるわけもない。
「……わかった」
僕がその時言える言葉は、それだけだった。内田さんもそれで満足だったようだ。
それから、僕は内田さんに見送られてマンションのエントランスまでやってきた。内田さんは手を振って僕を見送っていた。
その姿が僕には酷く儚げに見えて……だんだん心配になってきた。
そうだ。内田さんが僕に依存できないのなら、僕は、もっと内田さんに依存させてあげなきゃいけないんじゃないか。
そんなことを思って僕は帰り道、携帯を取り出す。そして、しばらく迷った後「また学校で」とだけ、メッセージを送った。
すると。数秒後に携帯に着信があった。内田さんからの返信には「大丈夫です。まだ死にませんよ」というテキストとともに、笑顔マークの絵文字が入っていた。
「……『まだ』じゃなくて……いや、まぁこう言っているし、今日は安心……かな?」
僕はそんな独り言を呟きながら、家路を急いだのだった。




