嫌悪 2
「……はぁ。悪かったわね。喫煙者で」
矢那先生は胸から取り出したポケット灰皿に、面倒くさそうにタバコを押し付けながら、僕達を睨んでいた。
「あ……いえ。その……すいません」
「……まぁ、いいわ。で、君、名前は?」
「尾張亘です。こっちが、友田さん」
「……友田知奈です」
友田さんは怪訝そうな表情で矢那先生に挨拶した。
「ふーん……ま。私のクラスの生徒じゃないってことは確定したわね」
矢那先生は僕達にあまり興味なさそうな視線でこちらを見ていた。
「……で、尾張君と友田さんは、どうして屋上なんかに来ているわけ?」
「え……それは……」
「別に、私だってこうやって隠れてタバコを吸っていたわけだし、もう咎めないわよ。で、なんで?」
矢那先生はそう言って、また懐からタバコの箱とライターを取り出した。そして、一本取り出して、それにライターで火をつける。
「えっと……なんというか、その……ここなら誰にも会わないので」
「……誰にも会わないって、君はその子と会っているじゃない」
不審そうな目で僕と友田さんを見る矢那先生。思わず僕は友田さんのことを見るが、友田さんもこの状況に困っているようだった。
「……大体ね。ここでタバコを吸っていた私も悪いけど、二人っきりで屋上にやってくる君達の方が学校としては大問題よ」
「え……いや、それは……」
「わかってんでしょ? 誰もいない屋上に、男女が二人で来てたら……不純異性交遊を疑われても仕方ないのよ?」
矢那先生は責めるような目つきでそう言う。そう言われても……まったく否定できない。言われてみれば確かにそうなのだから。
「……先生! 私は……尾張とはそんなことをしていない!」
と、僕が困っていると、急に友田さんがそう叫んだ。そんな友田さんを見て、矢那先生は目を丸くしている。
「尾張と私は……そんなことをするためにここに来ているんじゃないんだ……!」
友田さんは必死な様子でそう言う。僕も驚いてしまった。友田さんとしても……やはり、不純異性交遊と言われるのは嫌だったようだ。
「……え? 何? 君達……そういう関係じゃないの?」
ニヤニヤしながらそういう矢那先生。意外とこの先生……いい性格しているのかもしれない。
「そ、そういう関係じゃない……といえば、そうなんだが……」
「へぇ~。ま、やめときなさいよ。どうせ、学生時代の恋愛なんて長続きしないんだから」
友田さんはそれでも何か言いたそうだったが、矢那先生に何を言っても仕方ないと思ったのか、それ以上は何も言い返さなかった。
「あの……先生は、そもそも、どうしてここに?」
と、僕は今までずっと気になっていたことを聞いてみた。
「は? だから……こうやって隠れてタバコを吸うために、でしょ?」
「学校の中って全面禁煙なんですか?」
「そうよ……ったく、こっちはタバコでも吸わなきゃやってられないってのに……!」
苛立たしげにそう言って、先生はタバコの煙を吐き出す。それから、眼鏡の奥から鋭い視線を僕達に向ける。
「……アナタ達、誰かをいじめたりしてないわよね?」
「え? いじめ……ですか?」
「そう。あのね……あんなことやめなさい。そりゃ、やっている方は遊び感覚もしれないけど、いじめられる側だってかわいそうだし……何より、クラス担任の先生が大変だから」
「……先生のクラスではいじめがあるんですか?」
僕がそう言うと、先生は考えるのも嫌だという表情をしながらタバコの煙を吐き出す。
「……ええ。そうよ。今だって、その子は学年主任の先生に呼び出されているわ……私じゃ問題を収束できないからって……」
……呼び出されている? しかも、今日?
ふと、僕の頭にある予感が過る。いや、確かに偶然かもしれないけど、確率は高い。
もしかして、この矢那先生のクラスでいじめられている生徒って――
「すいません。遅れました。尾張君、待たせてすいませ……え?」
丁度その時だった。扉が開いて、ある人物が屋上にやってくる。
「え……う……内田さん……!?」
矢那先生は目を丸くして彼女を見る。
自身の担任するクラスでいじめられている生徒……内田志乃のことを。




