嫌悪 1
「しかし……呼び出されるなんて一体何をしたんだ?」
翌週の金曜日。僕は友田さんと一緒に屋上に向かっていた。
すでに内田さんからは携帯で連絡があった。なんでも、内田さんは職員室から呼び出されて、今日は来られないかもしれないのだという。
個人的には……内田さんが呼び出される理由となると、一つしかないのは僕にはわかる。内田さんが悪くなくても、先生達はきっと、内田さんが大丈夫なのかどうかを知りたいはずだ。
無論、内田さんが大丈夫な訳がない。だけど、きっと内田さんは先生たちには大丈夫だと伝えるはずである。
「なぁ、尾張はあいつが呼び出された理由、わかるか?」
友田さんが不思議そうな顔で僕に訊ねてくる。実際友田さんには内田さんが呼び出された理由がわからないのだろう。
「……さぁ。でも、内田さんは悪いことをするタイプではないよね」
「そうか? あいつは……まぁ、尾張がそういうのならそうかもしれないな」
少し納得できなそうだったが、友田さんはそう言った。
僕たちは内田さんが来ないというのに屋上に向かっていた。呼び出しがあまりにも長かったら帰ってもいいと内田さんからは連絡をもらっている。
だから、僕は屋上で待つことにした。友田さんは悪いがさすがにすぐに帰る訳にはいかない。
そして、僕と友田さんは屋上へとつながる扉の前に立った。
「ん?」
と、友田さんが不意に声を出した。
「どうしたの?」
「あ……いや。扉、少し開けっ放しになっていないか?」
言われてみると、確か扉はなぜか完全に閉まっていなかった。誰かがここにきて開けっ放しで帰ってしまったのだろうか。
「……まぁ、とにかく行こうか」
そう行って僕はそのまま扉を開け、屋上に出る。
冷たくて、強い風が僕の頬を撫でる。と、フェンスの向こう側を眺めようとしたその時……僕の視界に人影が映った。
「……え?」
見ると、フェンス越しに誰かが立っている。黒い髪は長く、後ろ姿は完全に内田さんとそっくりだ。
だが、その人は制服じゃなかった。スーツ姿……先生だろうか? 何より内田さんより少し背が高い。
「お、おい……あれ。誰だ?」
友田さんが小声で僕に話しかける。しかし、僕も誰だかわからなかった。
その時、風が強かったせいか、それとも扉を開けっ放しにしていたせいか、扉がバタン!と大きな音を立てて閉まった。
僕と友田さんは思わずビクッと反応してしまったが、それと同時に……フェンス越しの人影もこちらに振り返った。
「アナタ達……なんでここにいるの?」
人影……その髪の長い女性は信じられないという顔で僕と友田さんを見た。
「え……あ……えっと……」
「ここは立入禁止のはずでしょ? 駄目じゃない。勝手に入っちゃ……」
そういって女性はこちらに近寄ってくる。メガネをかけた、理知的そうな女性……怒っていてもわかるくらい美人だった。
「あ……えっと……先生、ですよね?」
「そうよ。私は矢那響子。この学校の教師」
矢那先生……聞いたことない名前だ。少なくとも僕と友田さんのクラスの担任ではない。でも、先生だというのだから、先生なのだろう。
「あ……その屋上に入ったのはすいません……」
「謝るのなら……早く出ていきなさい」
大きくため息を付きながら矢那先生はそう言う。しかし……今まで屋上は僕たちのものだった。こんな知らない先生に勝手に占拠されるのは納得いかない。
それに何より――
「はい……でも……それも、不味いんじゃないですか?」
僕は矢那先生の手元を指差す。
矢那先生はそれで自分が……火のついたままのタバコを持っていることに気づいたようだった。




