激情 5
しばらく泣いた後で、内田さんはようやく落ち着いたようだった。
しかし、ずっと下を向いたままである。気まずい沈黙が僕と内田さんの間に流れていた。
「……本当に、一人にしないでいてくれるんですか?」
蚊の鳴くような声で聞こえてきたのは、内田さんの声だった。
「ああ。しないよ」
僕がそう言うと内田さんはようやく顔を上げてくれた。泣きはらした目は赤く充血してしまっている。
「……私、そういう事言われると、依存しますよ」
「ああ、していいよ」
「……絶対後悔しますよ。本当に、面倒だと思いますよ」
「ああ。別にいいって。どうせ、僕だって暇だしね」
僕の返答に内田さんは目を丸くしていたが、少し安心したように微笑んだ。
「……ホントに、変な人ですね」
「まぁ、そうかもね」
実際、僕自身、どうしてこんな事を言っているのか理解できなかった。
きっと、内田さんは警告してくれているのだろう。そして、実際、今内田さんは精神的にギリギリだから、本当に僕に依存しまくってくるだろう。
でも……何故か僕はそれを了承してしまった。
むしろ、僕は依存されたかった。たとえそれが、後悔することになったとしても。
「これ、見て下さい」
そういって、内田さんはポケットから携帯を取り出した。
「え……携帯がどうかしたの?」
「奇跡的に濡れませんでした。これ、私のアドレスです」
内田さんは僕に画面を見せてくる。確かに内田さんのアドレスらしきメールアドレスが表示されていた。
「……僕に登録しろってこと?」
「ええ。だって、依存させてくれるんでしょう? 携帯の連絡先くらい覚えておいてくれないと」
少し元気を取り戻したように、得意げに微笑む内田さん。僕もなぜか安心してしまった。
その後、僕と内田さんは携帯の連絡先……電話番号やメールアドレス、メッセージアプリの連絡先まで交換した。
こんなふうに誰かと連絡先を交換する……というか、女の子と交換するのは初めてだったということは、交換し終わった後に気づいた。
「……はい。これでいいです」
内田さんはそう言ってまたフェンスの向こう側を見る。
「辛くなったら連絡します。メールでも、電話でも、なんでもいいですから……必ず返事を下さい」
「ああ。するよ」
すると、内田さんはなぜか少し恥ずかしそうに僕の方を見る。
「何? どうしたの?」
「その……なんでここまで私に構うんですか? さっきの子と一緒に帰っていても良かったのに」
内田さんは不思議そうな顔で僕を見ている。
なんで? ……言われてみれば確かにそうだ。でも、僕自身も本当はよくわかっていない……のかもしれない。
「まぁ、僕達、出会い方が出会い方だったから……じゃないかな? 最初に会ったとき、お互い死のうとしてたし」
「……理由がよくわからないんですが?」
「あー……簡単に言っちゃうと……僕の知らない間に、内田さんに死んでほしくない、ってことかな?」
自分でも本当にそれが自分の気持ちなのかわからなかったが、僕はそう言った。
内田さんはしばらく無表情で僕のことを見ていたが、フッと、なぜか優しげに微笑んだ。
「……本当に、変な人」
そう言って内田さんは僕の横を通って屋上から出ていってしまった。
残された僕は、とりあえず……何事もなくて良かったと、安心してしまったのだった。




