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逃避と依存と変態性  作者: 松戸京
無意味
30/70

激情 4

「……ほら、尾張。もういいだろ? 行くぞ」


 委員長が諭すように僕にそう言う。僕は言われるままにそのまま立ち上がった。


「邪魔……しないでくださいよ……」


 と、背後から内田さんの声が聞こえてきた。俺は振り返る。内田さんはとても悔しそうな顔で僕のことを睨んでいる。


「尾張。気にするな。行こう」


「邪魔しないでって言っているでしょ!」


 内田さんが叫んだ。その叫びは屋上を超えて、空の向こうまで聞こえるくらいの大きさだった。


 僕も委員長も思わず驚いて内田さんを見ていた。内田さんはゆっくりと立ち上がって、僕のことを睨んでいる。


「……委員長。ありがとう」


 僕の口から出たのは……そんな言葉だった。


「え?」


 委員長はキョトンとした顔で僕を見ている。それとなく、僕は笑ってみせる。


「だから、先に行っててよ」


「え……でも、尾張……」


「もう、大丈夫だから。今日は、委員長と一緒に帰るから」


 俺は今一度笑ってみせた。委員長はそれでも心配そうだった。


 だけど、そのまま扉の方に進んでいってくれた。僕の気持ちが伝わったみたいだった。


 委員長が扉を開け、そして、閉める音……その後、また、屋上は僕と内田さんだけの場所になった。


「……哀れだと……思っているんでしょう?」


 内田さんはギリギリ聞こえる小さな声でそう言いながら、僕の方に近づいてくる。


「いや、思っていないよ」


 僕は本心を言った。しかし、内田さんは薄笑いを浮かべながら首を横に振っている。


 そして、僕の近くまで近寄ってくると、僕のシャツの胸の辺りを掴む。その行為はまるで何かに縋り付くような……立っているのも限界だということの表れのような行動だった。


「可愛そうな女だって……思っているんでしょう?」


「思っていない」


「思っているでしょう! 思ってくださいよ!」


 内田さんはそう怒鳴って僕の方を見る。彼女の綺麗な瞳と僕の視線が交差する。


「思ってない」


 僕ははっきりと、自身の気持ちを言った。すると、内田さんはうつむいてしまった。


「だったら……私を……一人にしないで下さい」


 そう絞り出すような小さな声でそう言った後で、内田さんは身体をわずかに震わせて……泣いていた。


 僕は……出来なかった。委員長みたいに僕は温かい人間ではないから。委員長のようには出来なかった。


 ただ、眼の前で泣いている内田さんを見ていることしか出来なかった。


「……うん。一人になんてしないよ」


 そして、そういうことしか出来なかった。


 ただ、その言葉は本心からで、僕は彼女を一人にしないと約束したかった。


 というより、彼女を一人にしてはいけないこと……そして、内田さんが傍から見るよりも限界だということを、僕はその時になってようやく理解したのだった。

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