激情 4
「……ほら、尾張。もういいだろ? 行くぞ」
委員長が諭すように僕にそう言う。僕は言われるままにそのまま立ち上がった。
「邪魔……しないでくださいよ……」
と、背後から内田さんの声が聞こえてきた。俺は振り返る。内田さんはとても悔しそうな顔で僕のことを睨んでいる。
「尾張。気にするな。行こう」
「邪魔しないでって言っているでしょ!」
内田さんが叫んだ。その叫びは屋上を超えて、空の向こうまで聞こえるくらいの大きさだった。
僕も委員長も思わず驚いて内田さんを見ていた。内田さんはゆっくりと立ち上がって、僕のことを睨んでいる。
「……委員長。ありがとう」
僕の口から出たのは……そんな言葉だった。
「え?」
委員長はキョトンとした顔で僕を見ている。それとなく、僕は笑ってみせる。
「だから、先に行っててよ」
「え……でも、尾張……」
「もう、大丈夫だから。今日は、委員長と一緒に帰るから」
俺は今一度笑ってみせた。委員長はそれでも心配そうだった。
だけど、そのまま扉の方に進んでいってくれた。僕の気持ちが伝わったみたいだった。
委員長が扉を開け、そして、閉める音……その後、また、屋上は僕と内田さんだけの場所になった。
「……哀れだと……思っているんでしょう?」
内田さんはギリギリ聞こえる小さな声でそう言いながら、僕の方に近づいてくる。
「いや、思っていないよ」
僕は本心を言った。しかし、内田さんは薄笑いを浮かべながら首を横に振っている。
そして、僕の近くまで近寄ってくると、僕のシャツの胸の辺りを掴む。その行為はまるで何かに縋り付くような……立っているのも限界だということの表れのような行動だった。
「可愛そうな女だって……思っているんでしょう?」
「思っていない」
「思っているでしょう! 思ってくださいよ!」
内田さんはそう怒鳴って僕の方を見る。彼女の綺麗な瞳と僕の視線が交差する。
「思ってない」
僕ははっきりと、自身の気持ちを言った。すると、内田さんはうつむいてしまった。
「だったら……私を……一人にしないで下さい」
そう絞り出すような小さな声でそう言った後で、内田さんは身体をわずかに震わせて……泣いていた。
僕は……出来なかった。委員長みたいに僕は温かい人間ではないから。委員長のようには出来なかった。
ただ、眼の前で泣いている内田さんを見ていることしか出来なかった。
「……うん。一人になんてしないよ」
そして、そういうことしか出来なかった。
ただ、その言葉は本心からで、僕は彼女を一人にしないと約束したかった。
というより、彼女を一人にしてはいけないこと……そして、内田さんが傍から見るよりも限界だということを、僕はその時になってようやく理解したのだった。




