他傷 5
それから暫くの間僕もさすがに呆然としてしまった。内田さんもなぜか恥ずかしそうに僕から視線を反らしている。
「……では、帰りますね」
内田さんは立ち上がった。そして、そのまま振り返ることもなく、扉の方に向かっていく。
と思ったが、扉の前で立ち止まり、こちらに振り返った。
「では、また来週」
それだけ言うと、今度こそ内田さんは扉を開けて校舎の中に入っていってしまった。それからさらに数分経って、僕は我に返った。
「あ……ぼ、僕もそろそろ帰らなきゃ」
「ま、待て!」
と、ふいに隣から大きな声が聞こえてきた。見ると……委員長がなぜかカッターを手にしたままで僕の方を見ている。
「え……な、何やっているの? 委員長」
委員長がカッターを持った手は、フルフルと震えている。とても危険だ。いや、危険すぎる。
「委員長……危ないから、カッター、こっちに渡してよ」
「だ、駄目だ! いいか! わ、私だって……あ、あいつと同じことをしてもらうからな!」
「え……あいつと同じことって……委員長、まさか……」
すると、委員長はそのままカッターの刃先を、指先に押し当てる。震える手が今にも余計に手に傷をつけてしまいそうで、俺はとても怖かった。
「痛っ!」
と、委員長は指に傷をつけることができた……のだが、勢い余って少し深い傷を作ってしまってようだった。指先からは少しびっくりするくらい血がボタボタと落ちている。
「わっ! 委員長……何やっているの……」
「う、うぅ……痛い……尾張ぃ……」
泣きそうになりながら委員長は僕に指先を向けてくる。これは舐めてどうにかなるってものではないな……と思い、僕はポケットに手を入れる。
「ほら。ちょっとまって」
そういって、僕はポケットから絆創膏を取り出した。男子からのいじめを受けている以上、生傷が耐えないので、絆創膏は常に常備しているのだ。
「え……ば、絆創膏……」
「ほら、動かないで」
僕は委員長の指に絆創膏を巻きつける。委員長はなぜかマジマジと僕が絆創膏を貼るのを見つめていて、なんだか僕は気まずかった。
「……よし。これでいいよ」
絆創膏を貼り終わると、それでもまだ委員長は指先を見つめていた。
「あ、ああ……ありがとう」
「もう……委員長。危ないことはしないでよね」
僕がそう言うと委員長は少し済まなそうな顔をしていたが、すぐにまた嬉しそうに絆創膏を見ている。
委員長はそんなに絆創膏が気に入ったのだろうか……やはり、委員長のことはよくわからない。
「ほら。委員長。僕は帰るよ」
「え? ま、待ってくれ! 私も帰る!」
結局、僕たちはいつものように屋上を後にしたのだった。




