戦闘開始
ソフィーを探して、私はシャビーが指差した方角にあった森に来ていた。入ったことがない森を さまようのは危険が伴う。
自分の方が迷子にならないように、つんできた黄金色のスイセンを通る木の枝に次々とくくりつくながら進んだ。だが、それなりと進んでも、女の子の姿どころか、人が通った痕跡もまるで見つからない。
引き返す前に一応、私はソフィーを一度呼んでみることにした。遠方を見て、片手を添えて口を開いた。
────瞬間、何かを感じて口を閉じる。
誰かにとても……見られているような気がした。それとも、何かに…………?
息を殺して瞳を凝らす。森の静寂の中に
グルルルル…… と、確かに獣の息遣いがした!
私はゆっくりと後退りした。
頭の中で、以前ミスター・ロッドに言われたオオカミの集団の話を思い出す。まさかこの森に潜んでいたの?
スカートの奥のポケットを探って、拳銃を出した。
手が震える。
練習はしたことがあっても、実際に撃ったことは無い。
動いているものに、生き物に当てられる自信も無かった。
それでも、安全装置は外して、お守りのようにしっかりと握る。
そして、私は振り返って走り出した。
◇
スイセンの黄金色は見える高さに くくりつけて来ていたので、走りながらでも見つけることができた。
だけれど後方の茂みが、草木が、確かに揺れて何物かが自分を追って来ているのは分かった。
やがてその揺れと気配は後方だけでなく、横にも来ているのを感じた。
怖い!助けて!
パニックになりそうな中、必死に黄金色の目印を辿る。そして、恐怖に耐えられなくなって、銃を後方に向かって構えた。まだ何の姿も確認できない。それでも、威嚇にはなるかもしれない。
指をかけてトリガーを引く!
パン!パン!
と破裂音があたりに響いた。
走りながらの振動で、意図せず2発 発射されてしまった。
でもいくらかは ひるんだのか、追ってくる草むらの揺らぎが弱まった気はした。
私は正面を向けて全力疾走した。もうすぐ森を抜ける!
「あっ!」
その時、何気無い木の根に足を取られた!
夢中で走っていた身体は勢いを殺せず前につんのめった。
踏ん張ろうと出した足の方まで滑らせてしまい、私は思い切り地面に打ちつけられた。
「ぅうっ……!」
苦悶の声が漏れて、痛みに身を縮める。だけれども、すぐにハッとした。横になって地面スレスレになって、そしてしっかりと見えたものがある。
────灰色の四肢。それが、数えきれないほど。
絶望の中、立ち上がった。銃を握りしめて、滑らせて痛めた片足を引きずる。
必死の逃亡の中で思い出す。家族の顔、親友、ティナやミスター・ロイド、エリス、そして子供達。
それから……アレックス……!!!
◆◇◆
アレックスが斜面を駆け下りて来た時、銃声が2発した。
音は最も奥ばった方にある森から聞こえた。
(クソッ……!セシリア……!!)
馬を疾走させている時、遠方の森の入り口から、淡い紫色のスカートの女性が出てきたのは分かった。
姿をとらえて安心したのは一瞬で、動きがおかしいことに気づく。
(負傷したのか……?!)
湧き上がる不安とたぎる怒りは今は押し沈めた。
暗く冷静に、算段を巡らせなければ救えない。
これまでと同じく────戦場では。
彼女の周りに、森から飛び出した灰色の獣達が姿を現した。セシリアが銃を構えていることは分かったが、その構えから当たらないことは予測がついた。彼女は身体が固まっている。当然だ。
こちらも馬を一度止めた。失速させられた雄々しい黒馬の息を整えさせて、あとは停止させる。
パン!
と、また1発の銃声が響いたが、獣達は彼女を取り囲む包囲を広げもしなかった。セシリアの周囲にはオオカミが20匹ほども集まり出した。
アレックスは矢を3本出して弓に同時に番えた。
人差し指と中指だけではなく5本の指全てを使って、3本の矢を とらえながら弦を引く。
いつもの直進的な射法ではない。角度を上げて上空に遠射を狙う。
精神を極限まで澄み渡させる────
寸分の狂いも 許されはしない
ここだ!と本能が告げた瞬間に矢を放った。
放った矢の行方を確かめている暇はなく、また3本矢筒から取り出して繰り返す。
銃を構えていたセシリアは、何の前ぶれもなくシュッと音がして、自身の周りに 矢が降り注いできたのでとにかく驚いた。────3本の矢が来て。それから、また3本が来た。6本の矢は円状に、セシリアを守るように草原に突き刺さっている。
風上だったが、オオカミ達が流石に 遠方から凄い勢いで近づいてくる生き物に気づき出した。
セシリアも、獣達からやっと瞳を離してその姿を確認できた。
漆黒の馬にまたがり、弓矢を携えた戦士の姿を────
(アレックス…………!!!)
セシリアは心の中で叫んだ。緊張で声は出なかった。
戦闘が始まる────!




