第二十四話 地獄からの招待
顔の皮を、半分剥がれた男。爆弾を積んだ馬車を放った男は、そう言う印象だった。
「なんだアッ、あのつぎはぎ顔はよッ!」
さすがの弾正も顔を青くした。
「あれが使い切られた男でしょうかっ!?」
萌黄は誰にともなく尋ねたが、その場の誰も答える術を持っているはずがない。
「そーんなことより萌黄ちゃん、早く逃げないと、どっかん吹っ飛んじゃうよ?」
「おいてめえッ、さっきみたいにどうにかしろ邪神なンだろッ!?」
弾正が怒鳴りつけたが、ハスターは素知らぬ顔だ。
「あんた、あれが弾丸に見えるかい?風で馬車が吹っ飛ぶとこ、見たことあるわけ?」
「ねえよ馬鹿!何とか出来ねえなら、最初ッからそう言えよッ!」
取っ組み合いになりそうになった二人にレズリーが割って入る。
「話してる場合じゃないだろっ!爆発するッ!」
あれが突っ込んで来れば、全員がここで爆死だ。
(迷ってる暇ないです!)
萌黄は意を決した。
「皆さんッ、左右に逃げて下さいッ」
萌黄が、銃のホルスターに手をかけたまま、突進してくる馬車に立ちはだかる。
「馬鹿ッ!萌黄早く逃げやがれッ!」
「ハスターくんッ、あとお願いしますッ!」
導火線から火花をほとばしらせた馬車が、眼前に迫る。あと、残るは萌黄だけだ。
(今だ)
クイックドローで二発、萌黄は撃った。六文銭のリボルバーが火を噴き、弾丸は続けざま、火薬を載せた荷と馬を切り離した。切り離された荷は遠心力で投げ出され、勢いよく横転し、その次の瞬間、ダイナマイトが爆発した。
「ひゃははははッ、くたばれえいッ!くたばりやがれエイッ!」
瞬時に爆炎が湧き上がる。それを押しのけて、その倍以上の背丈の砂を孕んだ煤煙が、辺りを包んだ。だけではない。甲高い音を立てて放射状に広がった衝撃波が、瓦礫と木片を吹き飛ばしてくる。
「くそったれがあッ!萌黄ッ、こんなとこでくたばりやがってえッ!」
弾正が爆風から身を庇いながら、煙の向こうをうかがう。萌黄の立っていた位置も、濁流のように押し寄せた煙に、一気に飲み込まれてしまったからだ。
「おおい萌黄、迷わず成仏しがやれッ!」
「勝手に殺すなですッ!」
煤煙を掠めて、一直線に馬体が駆け過ぎる。手綱を切られて、爆風に煽られながら逃げる馬を捕まえたのは、萌黄の小さな身体だ。馬の平たい背に、ぽつんとハスターが立ち上がっている。
「ったく、無茶するねえ、萌黄姉ちゃん!」
「助かりました、ハスターくんッ」
棹立ちする馬を抑えながら、萌黄は微笑んだ。
まさに刹那のタイミングだ。だが萌黄の狙い通り、ダイナマイトを載せた荷が馬力に放り投げられて遠心力で軌道を逸れたため、辛うじて爆風をやり過ごすことが出来たのである。爆発の衝撃波は、外傷を与えずとも、まともに喰らえば内臓破裂を起こすほどの威力だ。ハスターが風のシールドで気流を変えなければ、逃げ馬を捕まえた萌黄といえども、危なかったところだ。
「先輩ッ!もたもたしないでドアーズを探してくださいですッ!」
暴れ馬を御した萌黄は、そのまま一直線に奔った。馬の首にぴたりと頬をつけて、弾丸のように駆ける。
「ちいいっ!さっさと吹き飛べクソ野郎」
一気に距離を潰されたステットソンハットの男は、迎え撃とうと二本目のダイナマイトを取り出したが、導火線に火を点ける合間に、萌黄の銃の射程距離に入った。
「そうはさせないですッ!」
馬上、萌黄の弾丸は男の手首を撃ち抜いた。男は爆薬を取り落したが、あわてて右手の乗馬鞭を振り上げる。
「喰らえいッ!」
だが革製の乗馬鞭は鎌首をもたげた瞬間、ふいのカマイタチとともに三つの破片になって消し飛んだ。
「そうもさせないよ!ってねえ」
乗馬鞭を細切れにしたのは、もちろんハスターだ。
「はっきり聞くよ。あんたが使い切られた男か?」
「黙れッ」
男は、持ち手ばかりになってしまった鞭をぶん投げた。
「てめえらが呼んでいい名前じゃねえッ」
「だったらちゃんと、紹介してもらいましょうか…」
暴れ馬を放して萌黄が、ゆっくりと近づいてくる。男は反射的に腰のホルスターに手をやった。
「二対一だぜ?」
二方向に注意を分散するように、ハスターも竜巻で威嚇する。
「へへッ、あわてるんじゃねえよ。こっちは片目が利かねえんだ」
これでは抜くに抜けない。銃に手をやったまま、男はじりじりと後退した。
「まずあんたの名前は?」
ハスターが触れれば切れそうな声音で、尋ねた。
「おれはコーネル。…けちな一兵卒だよ。ただの消耗品。とっくにお払い箱になったはずの死人。とっくに戦場の泥の中に埋まったはずの…」
「詭弁は通じません」
コーネルが歌うようにうそぶき続けるのを遮って、萌黄が言った。
「あなたは生きています。そして、将軍も生きてわたしたちを攻撃した」
「あんた、戦場で地獄を見たことがあるか?」
しかし、コーネルは聞く耳持たなかった。泥酔しているのか、それとも気が狂っているのか。萌黄の言葉が終わるや否や、何事もなかったかのように自分の話を続けてきたのだ。
「聞かれなくても戦場は、最初から地獄だって?…知った風な口を利くなよ。おれが言ってるのは、ただの地獄じゃねえ。泣こうが、祈ろうが…許しを受け入れられることのない。そうだ、生きたまま自分の身体がバラバラにされていくのがちゃあんと分かるような…終わりのない、救いのない…ただただ、そんな地獄のことさあ」
萌黄は見て、たじろいだ。コーネルの生き残ったはずの片眼の方が、一瞬、どろりと濁って白んだのが判ったからだ。実際の戦場を徘徊したが、萌黄は生きた人間がこんな目をしたのを見たことがなかった。あれは、死人の眼だ。野辺に放置され、救いを待たない、もはや動くはずのない、腐乱死体の眼差し。
(コーネルは、まさか、死人…?)
ありえないことは、ありえない。となれば、使い切られた将軍と言う男は、一体、どんな能力の持ち主なんだ?
「今だぜヒッグスッ!」
突然、陶酔していたコーネルが叫び出した。
(しまった)
気づくと、両脚が浮いていた。どこからか飛んできた投げ縄の輪が、萌黄を締め上げているのだ。どうにか反射的に頸部とロープの間に左手を挟んだが、粗いロープは物凄い力で、萌黄の身体を翻弄する。締めると言うよりは、身体ごと引っ張りあげられる感じだ。
「ううっ」
油断していた。この男の眼差しに戦場でのトラウマを刺激され、思わず注意を逸らしてしまったのだ。ロープは二階からおろされている。気が遠くなりそうになりながらも萌黄は、誰が投げ縄を放ってきたのか、確かめようとした。
コーネルが後ずさった、建物の三階には見張り台と、警報用の鐘楼がついている。そこでやたらと腕の逞しいネイティヴアメリカンの小男が、ロープをたぐっていた。男は鐘楼の梁に、ロープを引っかけては体重をかけてぐいぐいと萌黄の身体を引っ張っている。どうにかその男を撃ち落そうと萌黄は自由になる方の腕で、銃に手をやろうとしたが、てこの力でロープがひかれるごとに建物の壁に叩きつけられるので、目標が上手く見えない。
「はっ、ハスターくっ…うっ…!…はや、く…早くッロープをッ!」
ハスターが風の刃を抱いて、駆け寄ろうとする前にコーネルが立ちはだかる。
「何だよ、おっちゃん。サシでやったって無駄さ。人間のあんたにおれは倒せないぜ」
「ああ、そうだな。高望みはしねえよ。…あの世に道連れは、若いときから女だって決めてる。出来ればコーンブロンドの足の長い女が良かったがな。小便くせえアジア人の小娘で我慢してやるよ」
コーネルは誇示するように、ジャケットの前をはだけた。なんとコーネルのベルトには、さっきの爆薬が何本もぶちこまれていたのだ。
「どうだ。おれごと女を吹き飛ばすか?」
「こいつッ!まだ持ってやがったのか」
コーネルはいかにも嬉しそうに乾いた笑みをみせると、ブーツの底でマッチを擦って煙草に火を点ける。ダイナマイトを一本腰から取り出して、そこに近づけてみせた。
「下がれよ」
ハスターがいくら人智を超えた邪神とは言え、この状況で萌黄を救うことなど、出来るわけがない。だがその間にも首にはまったロープは締めつけが強くなり、萌黄は銃を抜く暇もない。
「ヒッグス!」
コーネルは、爆薬でハスターを脅しながら階上に向けて叫んだ。
「合図したら、ロープを担いで飛び降りろ!まず、一人めだッ!たまんねえッ」
人殺しの歓喜に震えるコーネルの言葉に萌黄は、死を覚悟した。あの男がロープを担いで飛び降りなんかしたら。自分はつるべ井戸みたいに天にほうり上げられて、一気に首吊り死体になるだろう。
「ふざけんなハッタリ野郎!」
(だめっ、ハスターくんッ)
火を点けられるはずもない。ハスターじゃなくとも誰もが、そう思ったはずだ。しかしハスターが動揺した瞬間、コーネルは煙草の先でダイナマイトに火を点けたのだ。
「いかれてやがる…」
「ありがとよ」
さすがのハスターの顔も蒼褪めた。コーネルはそれを満面の笑みで迎え、階上のヒッグスに向かって怒鳴った。
「さあ女をぶっ飛ばせッ!」




