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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第2章 暴れまくりのお転婆英雄
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第87話 少年魔王と不良少女

 わずかに二日。それは、ネザクが『欲望の迷宮』に向かい、そこから帰還するまでの時間だ。だが、今の彼女たちには、それすら我慢できるものではなかったらしい。正確には、自分たちに無断で出かけたと言うのが気に入らない。


 エリザとリゼルが、お互いの『友情』を確かめ合っていた日の正午。


 ネザク、絶体絶命の危機。


「え、えっと……」


 ミリアナに連れられてネザクが向かった先には、どんよりとした目で落ち込んだ顔をしたイリナの姿があった。学院の一角に建った迎賓館の一室。ミリアナが滞在しているその部屋は、迎賓館とは名ばかりの、質素な造りの部屋だった。


 実際、学院予算の大半が貧しい家庭から学生寮に入った生徒たちの養育費に当てられており、予算の節約は必要だ。

 だが、エルムンドの反対を押し切ってアルフレッドが迎賓館をこのような造りにしたのには、質素な環境に耐えられない貴族に自分から宿泊を拒否させることで、面倒事を追い払いたいという思惑があった。


 とはいえ、今この時に限って言えば、この部屋には、ネザクにとっての『最大級の面倒事』が鎮座している。

 質素な造りの部屋の隅に、白髪の少女が幽鬼のような表情で膝を抱えて座りこむ姿は、かなり痛々しいものがある。


「もう、いいの。いいのよ。わたしなんて、いらない子なのよ……」


「何を言ってるんだ、イリナ。しっかりするんだ」


 彼女の傍で慰めるような声をかけているのは、キリナだった。ネザクが部屋に入ってきたことに気付くと、彼女は弾かれたように顔を上げ、きつい視線で睨みつけてくる。


「……ネザク。よくもわたしの妹を見捨ててくれたな? まさか君がそんなに薄情な子だとは思わなかった。……ここはひとつ、わたしの再教育が必要だな」


「ちょ、ちょっと待ってよ、見捨てたって……なんで?」


 驚いた顔でミリアナを見上げるネザク。彼はここに来るまで、二人がこの部屋にいることを知らなかった。ただ、ミリアナがもうじき国へ帰るということもあって、昼食に招かれただけなのだ。


「ごめんなさいね。この子たちがどうしても、ネザクとゆっくり話したいと言うものだから」


 申し訳なさそうに微笑を向けてくるミリアナに、ネザクは絶望的な表情を返す。するとミリアナは、何かを振り払うように首を振った。彼にこんな表情をされると、母としての庇護欲と同時に、嗜虐心のようなものに心を甘く刺激されてしまうのだ。


「ネザク。ほら、こっちに来なさい」


「う、うん……」


 有無を言わさないキリナの口調に、ネザクはびくびくしながら近づいていく。ぶつぶつとつぶやき続けるイリナからは、黒いオーラのようなものが醸し出されているし、待ち構えるキリナはと言えば、触れれば斬れてしまいそうな鋭い眼光を放ってきていた。


 はっきり言って死刑台に向かって歩くようなものだ。そうは思ったが、それでもネザクは逃げ出すことはしなかった。何となくではあったが、彼には『それ』が感じ取れていたからだ。


 そして、あと数歩で二人の手が届く距離まで近づいた、その時だった。


「ネザク!」


「ネザク!」


 月影の双子姫は、一斉にネザクの身体に飛びついた。


「うわわ!」


 二人の少女の抱擁を受け止め、どうにか転ばずに済んだものの、その後が大変だった。


「無事でよかった! 大丈夫? 怪我はないの? わたしたち、ずっと心配してたのよ。暗界第三階位の『魔』だなんて……そんな危険な場所にあなたが出かけたと聞いた時は……」


「心臓が止まるかと思ったぞ。君はわたしたちなんかより強いのかもしれないが、それでも、心配なものは心配なんだ。危険な場所に行くなとは言わないけれど……できれば一言、言ってから出かけて欲しい」


「イリナさん……キリナさん……」


 ネザクは自分の身体にすがりつく二人の少女の背中を、優しくさすってやる。彼女たちが自分をそこまで心配してくれていたことが、ネザクには酷く嬉しかった。


「ごめんなさい。黙って行ったりして。二人を巻き込みたくなかっただけなんだけど……」


「うふふ。二人ともネザクのために役に立てなかったことが悔しいのよ。気にすることは無いわ」


 いつの間にか、ネザクの後ろからしなだれかかり、その首筋に息を吹きかけてくる蒼髪の美女。ぞっとするような声音で語る彼女の力は、すでに全盛期に近い段階まで回復している。


「え? ア、アクティちゃん……あ、う……く、くっつきすぎだってば」


 背中に感じる豊満で柔らかい身体の感触に、ネザクは顔を赤らめてつぶやいている。


「あらら? 恩人であるわたくしに、そんなことを言っていいのかしらねえ? わたくしが霊賢王様を裏切って、リリアのことを教えてあげなければ、大変だったんでしょう?」


 アクティラージャは淡々とそんな言葉を口にする。


「う、それはそうだけど……」


「長年つかえてきた霊賢王様を裏切るだなんて、身も裂かれるような苦痛だったのよ?」


「う、うん。あ、ありがとう、アクティちゃん」


「どういたしまして。お礼はいらないから、そ・れ・よ・り……わたくしと、イイコトしましょう?」


 鳥肌が立つほどに蠱惑的な声でネザクの耳元に囁くアクティ。


「あ! 抜け駆けはダメよ、アクティ」


「そうだぞ。ネザクはわたしたち皆の共有財産なんだからな」

 

 しかし、彼女の言葉を聞き咎めた双子姫が激しく抗議を始め、ネザクの両腕を引っ張り始めた。


「ちょ、ちょっと痛いよ。っていうか、僕は財産じゃないのに……」


 半ばあきらめ顔でぼやきつつ、なされるがままのネザク。


「ほらほら、ネザクを可愛がるのも、その辺にしておきなさい」


 それからその攻防は、ミリアナが手を叩き、三人をたしなめるまで続いた。




「──授業参観? って、なにそれ?」


 ミリアナが用意してくれた昼食の席で、ネザクが尋ねる。


「聞いてなかったの? 実はこの学院、未成年の少年少女を集めているということもあって、親御さんたちに彼らの成長ぶりを見てもらうための機会を設けているのよ。日取りはもう明後日なんだけど……」


 イリナが説明してやるものの、ネザクはあまり興味なさげだ。


「へえ。そうなんだ」


 素っ気ない口調で生返事をするネザク。だが、いつもの彼ならもう少し愛想の良いところを見せてもおかしくはない。ミリアナは、そんな少年を微笑ましい気持ちで見つめた。


「心配しなくても、その日はわたしが『母親』として、参加するわ」


「え? べ、別に、心配なんか……」


 少年の目が、見事なまでに泳いでいる。


「うふふ、無理しちゃ駄目よ。ネザク。大体、いくら少し前まで出かけていたからって、学院生のあなたが授業参観の話を聞いてないわけないんじゃない?」


「そうだぞ、ネザク。水臭いことを考えるものじゃない。わたしたちのお母様は、ネザクのお母様でもあるのだ。滞在時間を引き延ばして、参観してくれるくらいは当然だろう?」


「うう、二人ともわかってたんだね……」


 恨めしそうに二人を睨むネザク。今日のこの日、わざわざネザクをこの場に招いた魂胆は、こんなところにあったらしい。


「キリナの言うとおりだわ。ネザク。母親に気を遣う必要なんてないでしょう? ……それとも、こんなわたくしでは貴方の母親には役者不足かしらね?」


「ううん! そんなことないよ! そ、その……でも、ほんとにいいの?」


「当たり前でしょう? 息子の成長ぶりは、是非、見せてもらいたいわ」


「……うん。ありがとう。お母さん」


 照れくさそうに頬を赤らめ、礼を言うネザク。そんな少年の可愛らしい姿に、その場に集まる四人の女性(うち一人は人外)は、蕩けるような目を向けていたのだった。




──昼食後、ネザクはミリアナに改めて礼を言い、迎賓館を後にした。


 より正確には、イリナとキリナが食後に『お着替え』を持ち出してきたのを見て、脱兎のごとく逃げ出したと言うべきだろう。


「……はあ。なんていうか、構ってくれるのは嬉しいんだけど、もう少しこう……僕を普通の男として扱ってもらえないかなあ」


 学院の本校舎とグラウンドがある一帯に向けて、敷地内に整備された道を歩くネザク。黒季に差し掛かったこの日は、午後のこの時間と言えども少し肌寒い。休日であることも影響してか、遠くに見えてきたグラウンドにも、生徒たちの姿はごくまばらだった。


「……うん。やっぱりここは、男同士で遊ぶに限るかな。エドガーのところに行こう」


 ぶつぶつと独り言を言いながら、ネザクは歩く。歓迎会のあの日、自分のことを『親友』だと言ってくれたエドガーは、ネザクにとって気安く話せる数少ない同年代の同性の一人だった。


 彼となら、『男らしい遊び』もできるかもしれない。そう考えていたネザクではあったが、『男らしい遊び』そのものには、この後すぐに遭遇することになる。


「……あれ? なんだろう」


 徐々にではあるが、グラウンドに何かが見えてくる。歩きながら、ネザクはよく目を凝らして見た。


 それから、ゆっくり歩みを進めていたはずの彼の足は、徐々に速足へと切り替わり、やがて駆け足となると、最後には《天魔法術:無月の強化呪法》まで駆使して全速力で駆け出していた。


 今や彼の顔面は、完全に蒼白だ。


 向かう先は、グラウンドだった。その中央には、二人の少女。距離を置いて相向かい気味に立ち、何かの構えをとっている。周囲には、野次馬のような生徒たちが数人。だが、今のネザクには、彼らは野次馬などではなく、命知らずの猛者たちにしか見えない。


「うああああ! 待て待て待ってえええ! 何やってんのさあああ!」


 ネザクの目には、二人の少女。

 一人は黄金の炎を纏う真紅の水晶剣を肩に担いで構えをとり、一人は闇色の暗黒球体を手に持って、振りかぶり……。


 ピッチャー、第一球投げました。

 バッター、渾身のフルスイング。

 バットは見事にボールを捉え……弾き返す前に、激しい閃光と共にボールそのものを消滅させた。


「どめだわってえええええ!!」


 焦りのあまり意味不明な言葉を叫んだネザクは、第二球目を振りかぶる『ピッチャー』に飛びつき、抱きかかえるように制止する。突然の乱入者に驚いた野次馬も、その正体がネザクだとわかった途端に歓声を上げはじめる。


「ネザク? どうしました?」


 小柄な少年に抱きつかれたくらいでは、びくともしないリゼルアドラ。闇色の髪の少女は、手にした暗黒球体を弄んでいた。運動着に着替えているわけでもなく、いつもどおりの制服姿だ。


「あれ? ネザクじゃん。お前も混じる?」


 草野球に興じていた少年が友達を誘うような言葉を口にしたのは、真っ赤な髪の可憐な少女。


「混じらない! ……っていうか! 何やってるの?」


 リゼルに抱きついたまま、ネザクは肩で息をしている。


「何って……知らないのか? この遊び。ボールとバットがあれば、どこでもできる遊びなんだけど……」


 きょとんとした顔で首を傾げるエリザ。どうしてネザクがこんなにも血相を変えているのか、彼女にはわかっていないらしい。


「その『ボールとバット』が問題なんだよ!!」


 いつも温厚な彼にしては珍しく、大きな声で叫ぶネザク。さすがにここにきて、尋常ではない彼の様子に周囲の野次馬たちも、ざわざわと騒ぎ始めている。

 もっとも、その多くはネザクが最近学内でも評判になっている正体不明の黒髪美少女に抱きついている、という事実に対するものだったが。


「ネザク? どこか身体の具合でも悪いのですか?」


 いつもと違う彼の様子に、リゼルも心配そうに問いかける。


「……リゼル、一個聞いていい?」


「はい」


 素直に頷くリゼル。


「リゼルがその手に持ってる球って、《暗く愚かな闇の果て》だよね?」


「はい」


 素直に頷くリゼルに、ネザクは盛大にため息をついた。


「なんで? どうして? 何が悲しくて、手持ちの魔法で最大最強の破壊力がある奴を、よりにもよってこんな『遊び』の球にしてるの!?」


「悲しくはありません」


「え? あ、ああ。……うん、わかってるよ。僕が悪かった。その言葉は無視して答えて」


「はい。……エリザに教えてもらいました。遊びと言えど、手は抜くことは相手に失礼なのだと」


「うん、なるほどね!」


 胸を張って堂々と答えるリゼルに、ネザクは清々しい笑みで叫ぶ。直後、ネザクはリゼルから飛び離れ、今度はエリザに駆け寄っていく。


「エリザ!」


「わわ! なんで、そんなに怒ってんの?」


「なんでじゃないよ……。ねえ、エリザ。リゼルのあの黒球。君が空振りしてたら、後ろの校舎が塵も残さず消し飛んでたんだけど……わかってる?」


「……は?」


 エリザの目が点になる。やはり、わかっていなかったようだ。だが、一足先にそれに気づいた生徒たちの方こそ大変な騒ぎだった。ネザクが魔王であることも、エリザが五英雄を凌駕する力を持つことも、すでに周知の事実だ。そのネザクが言うことなのだから、嘘であるはずがない。それは彼の必死の形相からも明らかだった。


「うわああああああ!」


「きゃああああああ!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく野次馬たち。


「え、えーっと、あはは……」


 乾いた笑いとともに、頬を指で掻くエリザ。その笑顔は若干引きつっており、その赤銅色の瞳は、目の前で仁王立ちを続けるネザクから、微妙に逸らされている。


「リゼル。……こっち来て」


「はい。ネザク」


 素直に近づいてくるリゼル。


「ところで、どうして二人でこんなことをしてたの?」


 口調は優しいが、声に込められた迫力は、有無を言わさぬものがある。


「え? えーっと、リゼルと友達になったんだよ。んで、暇だったから……ちょっと遊ぼうかなって……」


「……そう。二人が仲良くしてくれるのは僕も嬉しいけど……」


 ネザクは少し意外な気持ちで、リゼルを見る。だが、彼女はそんな彼の視線に、不思議そうに首を傾げるばかりだ。


「でしょ? あたしもリゼルが懐いてくれて嬉しくってさ!」


「でも、……遊びで学校吹き飛ばしちゃ、駄目だよね?」


 ジト目で睨むネザクに、エリザは身を縮こまらせる。


「そ、それは……。ほ、ほら! リゼルってすごくコントロールがいいから、大丈夫だよ!」


「……いい? エリザ。良く聞いてね」


 ネザクはエリザの顔を覗き込むようにしながら、彼女にしっかりと言って聞かせる。


「リゼルはね……ほら、その……いや、えっと、ほら、リゼルは『リゼル』なんだから、エリザがしっかりしてくれなくちゃ、駄目じゃないか」


「え? うん。……あ! なんか今のネザク、お母さんみたい」

 

 『お姉さんなんだから、しっかりしなさい』とでも言いたげなネザクの言葉に、面白そうな顔をするエリザ。


「笑い事じゃないよ。わかってる? 一歩間違えれば大惨事だったんだからね」


「い、いや、でもさ。実際、十球くらい投げてもらったけど、全部あたしが打ちかえしていたわけだし……」


「十球!? ……はあ、何回この学校を壊滅の危機に追いやれば済むのさ」


「だ、だって! ……そんなに威力があるものだなんて、思わなかったんだもん」


 エリザは子供のように頬を膨らませて言い訳をする。そんな彼女の可愛らしさに、思わず許してしまいたくなったネザクではあったが、ここは心を鬼にすることにした。


「うん。それじゃ、ちょっと反省しようか?」


「え?」


 目を丸くするエリザ。


「正座して」


「え? でも、ここグラウンド……」


「正座」


 ネザクは有無を言わさない。


「は、はい……」


 渋々座るエリザ。


「ほら、リゼルも」


「はい」


 素直に座るリゼル。

 けれどすぐに、エリザから不平不満が漏れる。


「ネザクー、足が痛いよー」


「黙って聞く」


「むー!」


 二人の不良少女に、少年魔王のお説教が始まる。

次回「第88話 少年少女と授業参観(上)」

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