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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第4章 飲み込む森と意気込む魔王
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第112話 少年魔王と幻樹王の森(上)

「でも、この街の守りはどうするの?」


 それまで虚ろな目で戦況を見下ろしていたネザクは、カグヤの提案を受けて不安そうな顔をした。


「心配しないで。あなたたちが帰ってくる場所なら、わたしたちがちゃんと守ってあげるから」


「だ、だけど……」


「あのねえ? あなた、さっきからここで、なんにもしていないでしょ? 気もそぞろで役に立たない戦力なんか、置いておく余裕はないのよ。だったら、さっさと行ってきちゃいなさいよ」


「う……」


 あまりに酷いカグヤの言葉に、ネザクは言葉を詰まらせる。何もしていないとは言うが、彼は災害級の『魔』を大量に召喚し、都市の防衛にかなりの貢献をしているはずだった。


「……それに、このままじゃいずれ、この都市は飲み込まれるわ。リリアさんの魔法が成功すれば、しばらくは耐えられるでしょうけど、それだって永遠というわけにはいかない。誰かが諸悪の根源を絶つ必要があるのよ」


「……うん」


「それに……好きな女の子を助けに行ってこそ、男の子でしょう?」


 カグヤの悪戯っぽい言葉に、ネザクの顔が真っ赤に染まる。しかし、彼は否定の言葉を口にしなかった。


「うん。そうだね。僕、エリザを助けてくる。……だから、ここはお願いするよ」


「ええ、お姉ちゃんに任せておきなさい!」


 胸を拳でドンと叩き、満面の笑みで請け負うカグヤ。


 やがて、アルフレッドとルーファスの二人が合流すると、ネザクが召喚した飛行型の『魔』(念を入れて幻界の『魔』の召喚は避けているため、リンドブルムではない)に乗って、ファンスヴァールを目指すこととなった。


 最後まで心配そうに自分を振り返るアルフレッドに、愛想良く手を振ってやりながら、カグヤは一人、小さくつぶやく。


「『白き月』に、星界が飲み込まれる……か。まるで数百年前と同じ状況ね。……それは多分、『貴女』の望みでもないはず。 わたしが貴女の『映し身』だというのなら……その力、ここで使わせてもらうわよ」




──暗愚王が護る東側の戦線には、最も多くの『白木の異形』が姿を現していた。


 第三階位の月の牙──『神霊幻木エルシャリア』の『漂白の力』により、この星界に顕現していく幻界の『魔』。限りなく本物に近いそれらの中には、災害級の『魔』が多数混じっている。


 銀翼竜王リンドブルム。幻界第四階位にして、災害級最強の『魔』。しかし、空を飛ぶ白銀の竜から吐き出された《経年烈火》は、暗く愚かな王の手によって黒い闇へと吸い込まれていく。


「発動、《永遠の停止》」


 外壁の上に立ちつくしたまま、掌を頭上に掲げる闇色の髪の少女。手の先から放たれた波動は、リンドブルムを含む数体の『魔』を飲み込み、彼らの動きを停止させて地に落とす。


〈クカカ! それでこそ暗愚王よ! だが、いつまでもつかな? 貴様にはかつてのような神の力もありはしない! わらわを罠にはめ、星界そのものにわらわを引き裂かせる策も通じぬ!〉


 勝ち誇ったように笑い続ける幻樹王。白い樹木で構成された肉体を揺らす彼女は、恐ろしく巨大だった。少女の姿をした暗愚王など、軽く一飲みにできてしまえそうな大きさだ。


〈何を狂ったか知らぬが、羽虫どもと仲良く戦う汝の姿は滑稽じゃ!〉


「醜いな、幻樹王。偽りの白は醜く、くすんだ色に過ぎない」


〈よく言うわ! クカカ! ……そうだ。いいことを教えてやろう。つい少し前に取り込んだわらわの愛娘、アリアノート。実はのう、あの娘には己の最愛の夫を殺させてやったのじゃ。クカカ! ああ、あの時のあの娘の泣き顔……今思い出しても快楽に身体が震えるわ!〉


「……アリアノート。アズラル。ネザクの仲間。……わたしの……仲間」


〈む?〉


「……発動、《暗く愚かな闇の果て》」


 再び放たれた黒い球は、地上に溢れる『白木の異形』を残らず飲み込み、幻樹王の身体を消し飛ばす。


〈クカカ! 無駄無駄! そんな大魔法を放てば、消耗が激しくなるばかりだぞえ? それとも、汝ともあろうものが怒っておるのか? これは面白い! ならば、こうしようか? 汝が必死に護るクズどもを、わらわが取り込み、同化してやる。その鉄面皮がどう歪むか、楽しみじゃのう!〉


 再生を繰り返す幻樹王の肉体は、そのたびごとに生身の人間に近い質感を帯び始めている。白過ぎる肌は石膏像を思わせるものの、地面から裸の上半身だけを突き出した彼女の姿は、既に艶めかしい色気さえ醸し出していた。


〈さあ! 汝が護るその都市も、わらわが一息に飲み込んでやろう〉


 この時、すでに『学園都市エッダ』の地下には、無数の根が張り巡らされている。これまで地下からそれが伸びてこなかったのは、単に暗愚王を前にした幻樹王が、遊び心を出していたからに過ぎない。


 しかし、その『遊び心』こそが、幻樹王の最大の隙だった。


 爆発的な勢いで成長を始め、学園都市の地面を突き破らんばかりに伸びる、白い樹木の根。地下において、それがある一定のラインに達した──その瞬間。


〈クカ? カ、カハ! ぐぎゃあああああああああ!〉


 身の毛もよだつ凄まじい叫び声をあげる幻樹王。白い裸身を苦悶にくねらせ、頭を抱えてのた打ち回る。学園都市の周囲を覆う『白木の異形』たちが一斉にその形を崩しはじめ、都市の周辺で辛うじて樹海の侵食を免れていたわずかな大地が、爆発的な勢いで元の色を取り戻していく。


〈何を、何をした!〉


 血走った巨大な瞳が、吹けば飛びそうな黒髪の少女を睨みつける。


「わたくしは、何もしていない。……わたくしの友は、汝がごとき偽りの星には負けぬ。なぜなら、彼女らこそが……真の意味での『星辰』なのだから」


 自己に自己を同化するという自己矛盾。それを幻樹王に叩きつけたのは、もちろん、リリアの発動させた魔法《水鏡法術:明鏡止水の夢幻楼閣》だった。


〈ぐぎ! グギギ! ならば! ならば! そんなものはわらわが飲み込む! 本物を飲み込み、わらわこそが本物の星となる! 愛しき『憧れ』そのものに、わらわこそがなってみせる!〉


 崩れていく『白』の中、唯一残ったのは、巨大な女性の姿だった。しかし、身体を苦しげに痙攣させた巨人の掌には、真っ白な光が集まっていく。


〈……発動、《弓月の白霊砲》!〉


 かつてクレセント王国の月召術師団を含む数万の軍勢を、ただの一撃で全滅させた星界最強の魔法。溢れんばかりの破壊の力が、幻樹王の手の中で輝いていた。


「……ここは、ネザクとエリザの帰るべき場所。わたくしは、命に代えてもこれを護ろう」


 星界最強の魔法を前にしては、絶大な力を持つ暗愚王でさえ、無傷では済まないだろう。それでも彼女は一歩も引かず、手を前に突き出すように構えをとった。


〈クカカ! 無駄じゃ! 誰がわらわの魔法だけだと言った? 言ったであろうが。わらわは『愛娘』を取り込んでおると!〉


 空にきらめく純白の輝き。それは遥か彼方──ファンスヴァールの森の奥深くから放たれた光だ。ハイエルフのアリアノートが『弓張り月の結界』の力を借りて、月に一度だけ発動できる凶悪な攻撃魔法。


〈さしもの貴様も、《白霊砲》の二重発動を防ぐ術などあるまいなあ? クカカ! 滅びよ!〉


「……く」


 自身の魔力を最大限に展開しながらも、リゼルは絶望に囚われる。極大の攻撃魔法が正面と頭上から襲いくる。それも頭上のそれは、リゼルではなく、都市の中心部を狙っていた。到底、彼女一人で防ぎ切れるものではない。


「……すみません。ネザク、カグヤ」


 闇色の髪の少女は、幻樹王に鉄面皮と称された秀麗な顔をわずかに歪め、悔しげに唇を噛む。




──ファンスヴァールの上空を、一羽の巨鳥が飛んでいる。眼下に広がる豊かな森は、かつての緑を残らず失い、偽物じみた白い樹木に覆われていた。動物の気配のない森には、鳴き声ひとつ響かない。


「……くそ! 俺の故郷の森が!」


 そんな静寂を打ち破るように、悔しげな少年の声が響く。


「……ルーファスさん」


 そんな彼に、ネザクはかけるべき言葉が見つからない。そもそも、ネザクはこの先輩のことを苦手としている。これまであまり接点を持ってこなかったのも、彼の独特の雰囲気に、ネザクが話しかけることをためらっていたからだ。


「ああ、すまない。ネザク。案内が先だったな。だが……こうも様変わりしてしまうとな。位置を特定するのに多少の時間が必要だ」


「う、うん」


 とにかく気まずい。ネザクは内心で嫌な汗をかいている。これまで彼が接してきた相手は、その多くが自分を猫可愛がりする女性たちか、そうでなくとも自分を『可愛い子供』と思って優しく接してきてくれる相手ばかりだった。


 それに比べ、ルーファスはとにかくは真面目だ。少なくとも、ネザクにはそう見える。いつでも無愛想かつ無表情。冗談なんて到底通じそうもなく、エドガーのように気安い関係が築けるとも考えにくい。何と言っても彼は、リリアに殺されかけている時でさえ、その表情を崩さないのだ。


「……俺は」


 ぽつりとつぶやくルーファス。


「え?」


 驚いて彼を見上げるネザク。


「俺は、アリアノート様を助けたい」


「う、うん」


「そしてお前は、……エリザを助けたい」


「うん」


 何が言いたいのかわからないが、ネザクはひたすら相槌を打ち続ける。


「無論、俺とてエリザもアズラル先生も助けたいがな」


「そうだね。……あ、いや、そうですね」


「だから、ネザク。──俺たちは、同志だ」


「え?」


「正直、俺一人では到底、この敵を倒せるとは思えない。だから……お前が俺を使え」


「ええ!?」


 突拍子もないルーファスの発言に、思わずネザクの声もが大きくなる。


「静かに。敵に気付かれては元も子もないよ」


 そこで初めて、それまで黙っていたアルフレッドが口を挟む。保護者役として巨鳥の背に同乗している彼もまた、眼下に広がる圧倒的な光景に言葉を失っていた。


「でも、ルーファス先輩。使えって言っても……」


「お前は単独行動は得意でも、仲間と連携して戦うことは苦手なのだろう? それは見ていればわかる。だが、今回ばかりは、そうも言ってはいられまい。だから、この戦いを左右する力を持つお前が、俺に必要な指示を出せ」


「指示を?」


「ああ。無論、俺は俺で自己判断の行動もする。だが、お前から指示があれば、それを最優先に行動しよう。……繰り返すが、俺たちは同志だ。同じ目的のために戦う仲間だ。ならば、息を合わせられないことなどない。そうだろう?」


「…………」


 ルーファスの顔は、あくまで真剣だ。

 ……いや、誠実だというべきだろう。


 このときネザクは、彼が無表情だというだけの理由で苦手意識を抱いてしまっていた自分を恥じた。そして同時に、この無愛想で不器用で、けれども決して情に薄いわけでもない優しい先輩のことを、初めて好きになれそうだと思った。


「うん。じゃあ、その時はお願いします!」


「ああ、任せておけ」


 頷きを交わし合う二人の少年。そんな彼らを見て、アルフレッドは感心する。ここに来るまでの間、見渡す限りの大地を覆う白い樹木の根を見たときは、アルフレッドでさえ『世界の終わり』に希望が萎える思いを禁じ得なかったというのに、彼らは未だ希望を捨ててはいない。


 若さゆえの──と言ってしまえばそれまでかも知れないが、そんな考えには、アルフレッド自身が内心で首を振る。


「若さじゃない。英雄として……俺も負けてはいられないな」


 決意も新たに、『星霊剣レーヴァ』の柄を握る。


「……ネザク。恐らくはあのあたりが『白霊樹』があったはずの場所だ」


 ルーファスが指差した先には、他の木よりわずかに背が高い、一本の樹木がある。それと示されなければ気付かないような違いだが、目を凝らしてみればわかる。その木だけは、この森の中で特別な存在だった。


「……この下には『弓張り月の結界』がある。エルフ族の俺なら素通りできるが、今の状況ではどうなっているか……」


「うーん。どうにかして壊しちゃう?」


「ファンスヴァール最強の結界だぞ? 簡単に言うな。もっとも、お前ならできてしまいそうで怖いが……」


 ルーファスは呆れながらも、眼下に広がる白い森に目を凝らす。


「む? どうやらその必要も無さそうだな。どういうわけか、『結界』の効力が落ちているようだ。……どうするネザク? 今のうちに行くか?」


「……うん。まずは降りてみるしかないよね。じゃあ……ルーファスさんは、周囲を設置型白霊術セット・イマジンの防御壁で囲ってもらえるかな? 僕が着地する地面を焼き払って『固めて』おくから」


「よし、俺も『星霊楯ラルヴァ』の広範囲展開を準備しておこう」


 三人の役割分担が固まってすぐ、ネザクが錫杖を振りかざす。


「……僕の『ルナティック・ドレイン』が弱まっていないということは……星界中の人々は、この樹海に飲み込まれた状態でも生きているってことだ。だから、僕はこいつを倒して皆を助ける! ……発動、《天魔法術:無月の溶解呪法》、発動、《天魔法術:無月の凝固呪法》」


 連続発動された魔法は、ネザク達が着地する予定の場所にあった『白木の異形』たちを焼き払いながら溶解し、凍りつかせながら凝固させる。


「よし、行くぞ!」


 固められた地面の上に、号令と共に飛び降りる三人。

 降り立った彼らの目の前には、巨大な白い樹木がある。一見して周囲を覆う他の樹木と同じようにも見えるが、それには決定的な違いがあった。


 ごつごつとした大木の幹に、見覚えのある顔がある。半ば身体を樹の中に埋めるようにしたまま、目を閉じたその人物は……


「アリアノート!」


「アリアノート様!」


 アルフレッドとルーファスがほとんど異口同音に叫ぶ。


 新緑の髪に深緑の瞳。一見すると小柄な少女にしか見えないハイエルフの女性。力無く気絶しているように見える彼女の目尻には、うっすらと涙の滲んだ痕があった。

次回「第113話 少年魔王と幻樹王の森(下)」

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