第97話 決心
「お待たせしてすみませんでした」
再びオリエさんを前にしたボクは頭を下げながら、オリエさんをこっそり観察する。
「いや、全然構わぬよ。それより結論は出たのかね」
オリエさんはポーカーフェイスで答える。焦った表情も見せず、上から目線でも下手に出るような雰囲気もなかった。先ほどまでの会話でボクらが望んでいるのが従属ではなく対等の関係であることに気付いたのだろう。
「ええ、結論は出ました……でも、その前にいろいろ確認させてもらってもいいですか?」
「もちろんだとも」
オリエさんは大きく頷いて見せる。
「まず、職員に採用されるってことは就職と同じと考えて良いですよね。なら、当然退職も可能なんですか?」
一度入ったら、二度と辞められないようなブラック企業はお断りだ。
「無論、本人の意向が優先じゃよ。嫌なら、すぐに辞めてもらっても構わない。まあ、ほとぼりが冷めるまでは所属したままの方が賢明であるがの。それに、そもそもが非正規職員なんで、1年単位の期限付き職員なんじゃよ、もちろん延長は可能じゃが」
「わかりました。では次ですが……ボクが職員になるメリットは先ほど伺いましたけど、デメリットは何ですか? それにそもそもの話ですが、ボクが『国際迷宮機関《I・L・O》』の職員になって何をさせられるんですか……あと、ボクの能力やスキル等の開示は強制されるんですか?」
「ふむ、たくさん聞きたいことがあるようじゃな。おお、そう言えばこれを渡すのを失念しておったわ」
そう言うと、また一枚の用紙をボクに差し出す。
「これは…………『勤務条件通知書』?」
見ると細かい条件が記されている通知書のようだ。ボクが確認しなかったら、これを見せずにそのまま採用するつもりだったのだろうか? ちょっと他意を感じてジト目でオリエさんを睨む。
「す、すまなんだ。決して騙そうと思うた訳ではないんよ。本当に忘れておっただけじゃから。それに読んでみればわかるが、大したことは書いてないんじゃ」
オリエさんは平謝りするが、ホントなのだろうか。まあ確かに、今までのやりとりからも、会長という肩書のわりにはいい加減なところがあるので、素はポンコツなのかもしれない。
「でも、気になるところもありますよ。例えば、【個人情報の共有は任意であるが、業務に関する場合は情報共有を求めることもある】とか【業務内容については双方が納得した上で決定するが、緊急の場合はその限りではない】とか……ほら、いろいろグレーじゃありませんか?」
ざっと見ただけでも気になる点はいくつもあったので、そこを指摘するとオリエさんは、あわあわする。
「いや、すまん。あんまり詳しく見ておらんのでな。君のように庇護する立場の人間もけっこう多くてのう。その際に使用している書式だったんで、あまり気にしておらなんだ……本当にすまん」
本気で内容について、詳しく知らなかったようだ。たぶん、普段は事務方に任せていて本人は承認するだけだったのだろう。
「まあ、【書面に書かれていない件で疑義が生じた場合は双方の協議によって解決する】って書かれていますから、問題ないと思いたいですが……」
法律のプロじゃない高校生にとって、こうした文書を読み解くのは無理な話なので、一応信用するしかない。
「……うん? ちょっと待ってください。オリエさん、ここに業務をこなした場合、一時間あたり$10(USD)を給するって書いてありますが、これってどんな時に支給されるものなんですか?」
「つくも君が異界迷宮を探宮した時間で支給されるものじゃな。『国際迷宮機関《I・L・O》』職員の立場としても探宮することになるから、当然業務と判断される。さらに探宮者は危険な職種なんで、特別手当も追加されるんじゃよ。それにあれだぞ、交通費も請求すれば、ちゃんと支給されるからの」
な、何ですと。高校生にとっては、かなり割りの良いバイトだ。
もちろん、今は配信の収益化による報酬の方が凄いことになってるけど、重複して別口でお金をいただけるのは嬉しい。
ん? 待てよ。公務員だと副業禁止って聞いたことがあるけど、配信の報酬とかもらっていいのだろうか?
「あの、ボク『奇跡の欠片』チャンネルで、けっこう収益上げて報酬もらってますけど大丈夫なんですか?」
「もちろん、問題ない。許可申請すれば副業もOKと聞いておるぞ。また、探宮でアイテム等を得た場合についても【探宮で得た利益等は個人に帰するところであり、『国際迷宮機関《I・L・O》』は権利を有さない】と書かれておる筈じゃ」
確かに……。ふむ、今回の話、思っていたより良い申し出なのかもしれない。
「オリエさん、最後にもう一つだけ」
「何じゃな」
「今回のお話、ボクにとっては良い話だと思いますが、他のみんなの……『奇跡の欠片』のメンバーの安全が担保されていない気がするんですけど」
オリエさんは危険が及ぶのは家族や友人もと言った。ボクだけ安全になるのは避けたいし、気分的に嫌だ。
「それも了解した。各国への非公式の通達に君の周辺にも配慮するよう追加しよう。それと……あくまで任意であるが、他の『奇跡の欠片』のメンバーにも同じ条件で『国際迷宮機関《I・L・O》』の職員になれるという提案があるのじゃが、どうであろう?」
「私たちもですか?」
蒼ちゃんが驚いた顔を見せる。
「うむ、つくも君だけを採用すると彼女の特別さが目立つからの。ここは『奇跡の欠片』というパーティー自体が『国際迷宮機関《I・L・O》』の傘下に入った方が自然に映ると思うのじゃ」
そんなものなのだろうか?
「ちなみにそれって公けになるんですか?」
蒼ちゃんが確認を求める。
「いや、公的に発表されない。各国、迷宮協会は認知するが一般には出回らない情報じゃな。事実、いくつかの個人系探宮者パーティーが『国際迷宮機関《I・L・O》』の傘下に入っているが君達は知らんじゃろう」
「ええ、全く知りません。そもそも、そういう枠があることさえ知りませんでした」
蒼ちゃんの返答に頷くと、オリエさんは一同を見回した後、ボクに改めて向き直った。
「さて、つくも君。そろそろ返事を聞かせてもらえるかの?」
オリエさんの顔を真っ直ぐ見ながらボクは考える。
話自体は悪くない。こちらにとってメリットしかない話と言ってもいい。逆に条件が良すぎて不安になるほどだ。無論、オリエさんが語っていることが全て正しいとすることが前提の話にはなるけれど……。
それにボクの個人情報も条件書によれば、ある程度は守れるように感じたし、何よりもオリエさんの言う外敵の存在が怖かった。それを防ぐことが出来るなら、多少の不利益も甘んじなければならないとも思えた。
なので、ボクは決心して答えた。
「わかりました、オリエさん。ボク、『国際迷宮機関《I・L・O》』に所属することにします」
第97話をお読みいただきありがとうございました。
話し合いばかりですみません。
次回で終わりますので、お許しください。
そろそろ迷宮探宮に戻りますので……(>_<)




