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第96話 動揺


「ありがとう。大いに助かる。何十年ぶりかに異界迷宮へと入った甲斐があるというものじゃ」


 ほっとした表情は幼い少女のそれで言動とのギャップで脳がバグりそうだ。


「『管理下』と言ったのが、いらぬ誤解を招いたようじゃの。なので言い直すが……つくも君、『国際迷宮機関《I・L・O》』に所属してもらえんか?」



「所属? 管理下と、どう違うんですか?」


「所属とは籍を置くことじゃな。つまり、つくも君は『国際迷宮機関《I・L・O》』の職員になると言うことかの。もちろん、今は学生の身分なので非正規職員にはなるがね」


 学生のボクが『国際迷宮機関《I・L・O》』の職員? 何だか現実離れしていてピンとこない。


「どうして、つくも君が『国際迷宮機関《I・L・O》』職員になる必要があるんですか?」


 ボクの代わりに蒼ちゃんが質問してくれる。


「決まっている。今のままでは危険だからじゃよ」


「危険……ですか?」


 意味がわからず、回答を求めるような表情の蒼ちゃん。

 それを見たオリエさんは、生徒達を前にした教師のように優しい口調で説明を始めた。


「いいかね。一連の報道で、全世界がつくも君に注目していると言っていい状況にあるのは君達も理解しているね。魔王というクラスは、それほどまでに魅力的なのじゃよ。まさに異界迷宮の謎を解き明かす鍵にもなりかねない存在とも言えよう。そうなるとだね、君を手に入れたいと望む者達が雲霞のごとく押し寄せることは必至だ」

 

 オリエさんは一呼吸おくと真剣な表情で続ける。


「それには当然、複数の外国勢力も含んでいる。彼らは日本の法律も意に介さない極めて乱暴な手段を取る可能性が高い。具体的には白昼堂々の拉致や国外誘拐じゃな。しかも、つくも君当人のみならず、家族や友人も標的となりうる……」


 オリエさんの言葉にボクは青褪める。


「言っておくが日本の警察に期待しても無駄じゃぞ。日本の警察は確かに優秀じゃが、外国の組織相手では分が悪い。もちろん、迷宮協会日本支部もあてにはならん」


「では、貴女なら……『国際迷宮機関《I・L・O》』なら、それらに対抗できると言うのですか?」


 幾分、顔色を白くした蒼ちゃんがかすれ声でオリエさんに問う。


「うむ、万全とは言えぬが抑止力としては効果があるじゃろう。彼らも全世界の探宮者を統べる『国際迷宮機関《I・L・O》』を敵には回したくないと考える筈じゃ。それに、公けには出来ぬが各国トップとはそれなりに繋がりはある。誰しも破滅の道に自ら進みたがる者はおらんじゃろうて……」


 そう言うオリエさんには、言い知れぬ凄みがあって容姿とのギャップも相俟って背筋が薄ら寒くなった。


「おや、散々脅して悪かったかの。皆、ホラー映画でも見たような顔になっておるぞ。しかし、これが現実じゃ。つくも君も、よく考えて結論を出して欲しい」


 正直、オリエさんの言い分には衝撃を受けた。魔王バレしたことで、平穏な高校生活が終わることや特定班やストーカーに身辺を脅かされることは想像していたけど、国家的な陰謀に巻き込まれるとは想定していなかった。

 すぐに飛びつくのは早計だけれど、『国際迷宮機関《I・L・O》』職員になるというのも悪くない選択のように思えた。


「あとじゃな……所属するともう一つメリットというか特典があるのじゃ」


「特典ですか?」


 何か通販番組のおまけみたいで胡散臭い。


「うむ。現在進行形で困っている君の魔王バレを解決できるという妙案がわしにはあるのじゃ」


「ホ、ホントですか!」


 自信満々に答えるオリエさんにボクは身を乗り出す。

 本当なら、現在の苦境を打破できる凄い特典だ。


「それ、本当なんですか?」


 隣りの蒼ちゃんも、さらにボクをぎゅっと抱きしめながら懐疑的な目をオリエさんに向ける。


「本当じゃとも」


 オリエさんは無い胸を張って得意げに答える。


「ぐ、具体的にはどうするんですか?」


「それは、さすがに今は言えんな。こちらの機密事項に当たる内容となるので……つくも君が、この書類にサインしてくれたなら教えて進ぜよう」


 そう言うと、どこからともなく用紙を取り出すとボクに差し出した。


「『採用志願書』……ですか」


 A4の用紙は『国際迷宮機関《I・L・O》』に採用を志願する書類だ。つまり、これに署名することは職員になることと同義と言えた。


「うむ。すでに、ここに『採用辞令』も発行済みじゃ。それにサインさえしてくれれば、晴れて『国際迷宮機関《I・L・O》』の職員となる訳じゃ」


「用意が良いですね……」


 何か、あまりに手際が良すぎて逆に疑心暗鬼になる。


 う~ん、どうしようか……。


「オリエさん、少し時間もらってもいいですか。さすがに即答はどうかと思うし、パーティーのみんなとも意見を交換したいんで……」


「もちろん、構わないさ。しかしじゃ、魔王バレの解決策は早ければ早いに越したことはないからの。すぐに手を打った方が、効果は大きいと言えるじゃろ。それと……」


 オリエさんは心配げに……そして不安を煽るように言った。


「今のこの時も、君達の家族の身に危険が迫っていることは、ゆめゆめ忘れてはいかんぞ……では、少し席を外すので、ゆっくり話し合ってくれたまえ」


 オリエさんは、そう言い残して会議ブースから出て行った。


 

「みんなはどう思う?」 


 オリエさんが退出したのを確認するとボクは蒼ちゃん、朱音さん、翠ちゃんに意見を求めた。


「私は賛成とは言えないかな。あまりに相手が信用できないし、結果を急ぎ過ぎるように感じたもの」


「あたしは、最終的にはつくもの判断に任せる。けど、外国勢力の件は一理あると思う。言ってることは嘘ではないだろ。まあ、煽り過ぎな点は認めるが」


「わたくしは、つくも様の身の安全が第一です。なので、オリエさんの言うように職員になるのも『有り』だと思いますけど」


「ありがとう……みんなの意見はわかった」


 疑い出したらキリがないし、時間も限られている。けど、正直迷っていた。


「それにしても、オリエさんの言う『魔王バレ』の解決策って、いったい何なんでしょう?」


 翠ちゃんが首を傾げる。


 確かにそうだ。これだけネットに流布しているのに起死回生の一手があるとはどう考えても思いつかない。

 もし、本当にそんな策があるのなら外国勢力対策の含めて『国際迷宮機関《I・L・O》』職員となるのも、やぶさかではないように思えた。


 その後、みんなでいろいろと意見を交わしたが、最初に出した意見以上のものは残念ながら出てこなかった。

 なので、ボクは決心を固め、オリエさんを再び招き入れた。 


第96話をお読みいただきありがとうございました。

オリエさんのペースで交渉は進められています(>_<)

はたして、つくも君の回答は……。

次回も無理せず頑張ります!

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― 新着の感想 ―
魔王ステータスは凄いですね♪ つくもクンはどういう判断を下すのかな? 所属して、妙案を教えてもらった方がいい様な気が……。
国外誘拐とかされたら下手したら[ピー]で[ピー]で[ピー]なこともされそう
魔王バレ対策とは何かを勿体ぶるけど。世界レベルの記憶改変だったら、魔王よりとんでもないスキルだな。
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