第93話 助言
『異界迷宮内にいるのに何故スマホが繋がるんだい?』
蘇芳秋良の言葉が耳朶を打った。
「そ、それは……」
答えようが無かった。
それは現在の常識を覆す出来事で、魔王の特異性を示す事柄に他ならない。
すなわち、それを説明することは自分が魔王であることを証明することと同義だ。なので、ボクはただ沈黙するしか無かった。
正直言えば、朱音さんは父親からの着信を無視すれば良かったのだ。そうすれば、ここまで窮地に追い込まれることは無かっただろう。けれど、それを言うのは酷な話だ。
何しろ『魔王の憩所』は普通のシェアハウスにしか見えないし、着ている部屋着も普段自分の部屋で着ているものと変わらない。テレビ番組も散らばっているお菓子も現実世界のものなのだ。今いる場所を異界迷宮でなく現実世界と誤認することは誰でもあり得た。ボクだって時折忘れるくらいなのだから、朱音さんを責めることなど誰もできない。
『つくも君……』
蘇芳秋良が返答を促す。
ここは観念し、一応信頼のおけそうな蘇芳秋良に全てを打ち明けるしかなかった。
「……仰る通り、ボクが魔王あのんで間違いないです」
「つくも……」
朱音さんが責任を感じ悲痛な面持ちで声を洩らす。
『そうか……やはり君が魔王だったか』
「やはりと言うことは、気付いていたんですか?」
『まあ、先日の取材でね。一度でも戦えば何となく気配は感じ取れるものさ。もちろん、確信とまでは言えなかったけどね』
「そうですか」
何となく彼には見透かされているような気はしていた。
「それで、ボクが魔王であることが確定した今、迷宮協会としてはどうしたいんですか?」
恐らく『魔王』というクラスや魔王スキルを徹底的に調査したいだろう。人体実験まではいかなくても拘束されるのは間違いない。
さよなら、ボクの平穏な高校生活……。
『いや、迷宮協会は関係ない。今の私は蘇芳秋良個人として君と話をしてるだけだ……いや、友達の父親というべきかな』
「はい?」
言ってる意味がわかりませんが?
『迷宮協会が君と魔王の関係を躍起になって調べているのは事実だ。けれど、今の私は私人としての立場で話をしているつもりだ。なので、君に一つ提案したい』
「提案ですか?」
どうやら、今の彼は迷宮協会副支部長である『蘇芳秋良』ではないようだ。
と言っても、やっぱり意味不なのは変わらないのだけど。
『とある人物に会って欲しい。そして、彼女の話を聞いてもらいたいんだ』
彼女……会って欲しいのは女性らしい。
「やっぱり、よく意味がわからないんですけど。いったい、誰なんですか、その人?」
『すまない。これ以上は私の立場では言えないんだ。だが、今の君にとって悪い話にはならないと思う』
誰か言えない人物に会えだなんて、正直怪し過ぎる話だ。
けど、迷宮協会は信用ならないが、蘇芳秋良は信用できると思っている。だから、ボクは素直に答えた。
「別に会って話すぐらいなら良いですよ。まあ、上手く話せるかは確約できませんけど」
『それで構わない。先方にもそう連絡しよう』
蘇芳秋良の声は少し安堵したように聞こえた。たぶん、今の話を断ると迷宮協会副支部長の『蘇芳秋良』として会話しなくてはならなくなったのだろう。
「それで具体的な日程はどうなります?」
『先方は、もう始まりの間にすぐ入れる状況にある。差し支えなければ、君もすぐに始まりの間に向かって欲しい』
「い、今からですか?」
『そうだ』
「ずいぶんとせっかちさんみたいですね、お相手は」
『否定はしない。だが、状況を考えれば急いだ方が望ましいだろう』
彼の口調に苦笑が混じったので、相手はそういう人物のようだ。
「了解しました……えと、向かうのボクだけですか? 他のメンバーを連れて行っても?」
『その判断は君に任せる。先方も君だけとは言っていなかったからな』
「じゃあ、相談して決めます」
『他に聞きたいことは?』
「有り過ぎて困っちゃうほどですけど、どうせ答えられないでしょ?」
『君が賢くて助かる……朱音も君の半分ぐらいでも頭を使ってくれると良いのだがね』
「親父!」
横で聞いていた朱音さんが怒気を示す。
『冗談だ……では検討を祈る』
そう言うと蘇芳秋良の通話は切れた。
ボクが朱音さんにスマホを返すと蒼ちゃんと翠ちゃんに向き直る。
「勝手に決めちゃったけど、良かった?」
「つくも君がそう決めたなら、私はかまわないけど」
「わたくしも蒼さんと同じです」
「もちろん、あたしも同意だ」
三人が同意してくれたのでボクも頷き返してから尋ねる。
「今から、秋良さんの紹介してくれた相手に会いに行くけど、みんなはどうする?」
「一緒に行ってもいい?」
「お供したいです」
「まさか一人で行くなんて言わないよな」
思っていた通り三人も同行を希望してくれた。
「ありがとう、みんな」
正直、未知の相手に会うのに一人だけで行くことに躊躇いを感じていたので三人の申し出はとても嬉しかった。
「じゃあ、身支度を整えたら、すぐにプライベート・コールを終了しよう」
「それがいいと思う」
「でも、ずいぶんと長い休憩になりましたね」
「翠のせいだろうに」
「あ、それは言わないのがお約束だと思います」
朱音さんに揶揄われて翠ちゃんが口を尖らす。
そんないつもの風景に、まだ見ぬ相手への緊張が少しだけほぐれた。
第93話をお読みいただきありがとうございました。
今回も短めですみません。
しばらくはこのぐらいの文量になりそうです。
ご容赦願います。
いよいよ真の『魔王デビュー』になりそうですねw




