第44話 精霊への対処
王城から出発してから1刻程経った。
今、私達は森から少し離れた所に拠点を築いた。
拠点は1拠点につき約100人で、それが等間隔に離れて森との境目付近に横並びに配置された。
私が居るのは、その拠点群の後方に置かれた作戦本部だ。
作戦本部には私を含めて20人がいる。
現在、作戦本部では森の状況を把握する為に偵察隊を送り、その偵察隊からの情報を待っているところだ。
「ふぅ、それにしても信じられないですね」
作戦本部で少しばかりの休憩をしているときにデルク将軍が声を上げる。
「見た目は普通だからですか?」
「おっ、おぉ、そうなのですが。それにしても、そのような事までわかるのですか?」
「えぇ、覗き見る程度ですが」
今私がやっているのは、この森とその周辺の監視である。
そのついでと言っちゃなんだが、兵士達の気持ちに関しても視ている。
これにはちゃんとした理由があって、こういうような漠然とした事しか分かっていない場所は、人というものは不安という気持ちを募らせる。
不安が募れば、それだけ軍全体の士気にも関わってくる。
特に今回は、ちょっと士気が下がるだけで、戦線の維持が難しくなる可能性が高い。
そのためにも、こうしたチェックは欠かさないようにしている。
そういう事をしているので、デルクが何を思っているかも分かるわけだ。
「そうなのですか。それとネリア様に質問があるのですが」
「どうぞ」
「はい。今、森の魔物の数はどの程度になっているのでしょうか?」
「そうですね……、すでに1万以上に膨れ上がっています。そのうち対処困難な魔物もちらほら、かと」
「すでにそこまで膨らんでいるのですか……」
約1日程度であるが、この増え方は異常と言っていいほどである。
魔物が発生する場所として有名なところでも、多くて1日1000程度行けば、かなり凄い方である。
それが10倍となると、異常以外の言葉は見つからないだろう。
多分だが、このまま放置していれば、とんでもない厄災となるだろう。
まさか数年もしない内に、このようなことに巻き込まれるなんて、ついていないと言いたくなってくる。
それでもまだ、このような事は私がこれから対処しなければならない、魔王軍の侵攻という大規模な戦争に比べれば、序の口というところだろうか。
いつになるか分からないが、今からこのような状態では意味がないだろう。
いつ何があっても対処できるようにならなければ、これから訪れるであろう皆を守ることは出来ない。
誰一人も失うわけにはいかないのだ。
それが私の魂の一番奥底に刻まれた誓いなのだから。
「報告いたします!」
しばらくして伝令の1人が指揮所のテントに駆け込んできた。
今まで漂ってきた雰囲気ががらりと変わり、その場が緊張に包まれる。
代表としてデルク将軍が報告を促す。
「で、偵察隊からの報告は?」
「はっ!偵察隊からは約1万以上の魔物を確認、そして彼らの平均レベルとしては200前後とのことです!」
「2、200、だと!?」
「はい、そのようです」
「これは、なんというかまずいな」
平均レベル200ぐらいの魔物は、普通かなり高レベルのダンジョンのような、生存競争の無いような場所か、強力な力を持っているとされる魔物さえも、ほどんど寄り付かないような秘境の奥地などにしか居ない。
それもそういう所では、あまり魔物の数自体も少なく、1万もの数は色々な条件からしても、あり得ないことである。
これも、すべては魔物の最上位精霊のせいであろう。
あの精霊が、この魔物達に対して霊脈の魔力を供給することによって、強引に維持をしているのだろう。
レベル200なんていうものは、経験値取得が比較的容易といわれる魔物の間であっても、一朝一夕には成し遂げられないからだ。
という事は、逆に考えれば精霊自体を何とかすれば、この異常な高レベルの状態も、どうにかできるはずだ。
つまり私にしか出来ないという事だ。
「これはどうするべきか?」
「全面攻勢は、さすがに無理がありますぞ」
「ここは一旦引いた方がいいのでは?」
「しかしそれでは無駄に相手に力を付けさせるだけだぞ!」
「ならばいい案が有るのかね、貴殿には?」
「なっ!いや、今はそういう事では……」
場は完全に混乱状態になっている。
このままでは、ただ時間を浪費するだけになってしまう。
こういう場合は、手っ取り早い方法としては威圧をかけて強制的に黙らせる事だろう。
なので威圧スキルを全開にする。
するとその場は一瞬で物音ひとつない空間となった。
周りを見渡すと、皆こちらを驚いたように凝視して固まっている。
そして微かであるが、手足なんかの先が震えている様子もみえる。
少しばかり効きすぎたようだ。
急いでスキルを解除し、こちらを注目しているのも都合がいいので、そのまま話を始めることにする。
「えーっと、作戦についてですけど、いいですかね?」
「あ、あぁ……」
デルク将軍からの了承も取れたことであるし、早速作戦について話始める。
「作戦としては、私が精霊の下へ赴き、そこで精霊の性質を強制的に変質させます。そうする事によって魔物達のレベルは、本来の生まれたての低レベルな状態になるはずです。そうすれば魔物の軍団は、ただの烏合の衆となり果てます。なので皆さんには魔物達が森から出ることが無いように、けん制してもらいたいのと、レベルが低下した後の後片付けです」
「そ、それだけでいいのですか?」
「えぇ、それでも私が精霊の性質を変えるのに、どのぐらいかかるのかも分からないので、その間、高レベルの魔物たちの攻撃を受けることになるので、そこまで簡単な事ではないかと」
「そうであるな。わかった。ネリア様がそう言われるのでしたら、我々はそれに従うまでです」
それにしても、こんな私ごときに全幅の信頼を置いてよいのだろうか?
疑問に思い問いかけようとすると、先にデルク将軍が答える。
「ネリア様の疑問に思う事は分かります。でも、ご安心ください。これでも私は軍を預かる者です。あなたの先ほどの威圧からも、かなりの能力を持っていることは察することが出来ます。そのうえでの判断です、ネリア様はお気になさらずとも大丈夫です」
「そうか、分かった。出来る限り早めに決着をつけるようにしよう。では早速移動したいのだが、準備の方をお願いしたい。」
「かしこまりました」
それから事前に決めた、お付きの兵士1人と今回はこちらに付いて来たライセムで、精霊の下へと向かうことになった。
そして精霊の下へと行く前に、呼び出しておきたい者が居た。
「我が声に応じよ、結ばれし契約のもとに我が下に馳せ参じよ、ミセル。ファスタよ」
私は自分の能力で眷属召喚と言うものを試みる。
これは、どんな場所に居ようと強制的に眷属とした者を自分の前に呼び寄せることが出来るものだ。
私の前に召喚陣が広がり、一瞬強い光を放つと、そこにはミセルとファスタが居た。
「ネリア様、ミセル召喚に応じ、参上致しました」
「ところで我を呼び出すとはどんな案件なのだ?」
「ミセルよく来た。それとファスタ、来ていきなりがそれ?はぁ~、まぁいい。これから私のやることを補助してほしいのだ」
「わかりました」
「我も分かったぞ」
「そうか。詳しくは向こうについてだ。それでは今から飛ぶよ」
そう言って転移魔法を発動させる。
風景が一瞬で森の奥へと変わる。
転移魔法で飛んだ先は、ちょうど精霊が居る場所である。
昨日とは打って変わり、森全体が青黒い色に変わってしまっている。
そして精霊は全体がよりどす黒くなっていて、その周りはまるで毒沼なんじゃないかと思いたくなるような色のヘドロ状の何かが湧き出ている。
さらにそのヘドロ状のモノからは、次々と魔物が発生している。
「これは……、思っていた以上にひどいな」
「はい。ここまで汚染されているとは。それに未だに広がり続けています」
「そうなのか。それとライセム、鵜戸の方は大丈夫かい?」
「はい、今のところは。ただ感覚などはありませんが」
「わかった。力を使う方は問題ない?」
「はい。少し使いづらいですが、問題はありません」
「なら、私がやっている間は魔物の露払いを頼む」
「わかりました」
次にライセムからミセルとファスタの方を向く。
ミセルとファスタもこの現状を見て驚いている。
そんなミセルとファスタに指示を出す。
「ミセルは、そこの彼と私の護衛の補助をしてくれ。大まかな対処はライセムがやってくれるから。それとファスタは出来るだけ、この場に魔物を近づけさせるな。新たに生まれてくる奴は放置でいいからな。その対処はライセムもいるし、私は少しだが対処は出来るからな」
そうして最後に、お付きの兵士であるミロールに指示を出す。
こういう時に彼の能力が役に立つのだ。
その能力の名は、絶対護衛スキル。
このスキルは守りに特化したスキルで、通常の護衛スキルよりもかなり強力なスキルだ。
このスキルがあるからこそ、私が万全の状態で精霊に対処することが出来るのだ。
「私から言えることは、ただ1つだ。私を守り抜け、ミロール」
「はっ、必ずやすべてのモノから守り抜きましょう」
「期待している。それでは行動を開始する」
そう宣言し、私は精霊の下へと歩き始める。
するとそれを察知したらしく、近づく私の下へと近くにいる魔物たちが迫ってくる。
もちろん迫ってくる魔物は、ファスタが目にも止まらぬ速さで処理をしていく。
それを援護する形で、ライセムもかなり強力な魔弾で、迫ってくる魔物を狙撃していく。
私は目の前に迫る魔物を収納から取り出した大型の2振りのナイフで強引に薙ぎ払う。
そうして精霊までの道のりを確保する。
「……」
精霊の下にたどり着くと、精霊は私に対して憎悪や妬みなどの暗い感情をこちらに向けてくる。
これは、この精霊の性質である魔物自体が、元々人間の暗い感情などを元に作られるからだ。
更に魔物自体、はるか昔に起こった世界侵攻時の生物兵器であり、この世界の住人に対しては敵対しかしない。
そんな魔物の性質を持っている以上、対話は無意味。
ならば、倫理など考える必要性はない。
もとからあったものをすべて破壊し消し去るだけ。
ついに精霊の目の前へとたどり着く。
「多分、私のいう事は分からないだろうが、これは私自身の気持ちの問題だ」
多分、私はまだどこかに躊躇いがある。
前世から色々とやらかしてきて、そして今世も色々と自分勝手に生き、そして他人の人生をある意味、勝手に変えてきた。
それでもまだ、本当に正しかったのだろうかと思ってしまう。
あぁ、ままならないモノだ。
それでも自分を正しいと信じて進まなければ、やり遂げられない。
たとえそれが間違っているかもしれなくても、やらなくてはならない。
「ネリア様、ご随意に」
ミセルの声がする。
私の事を信じている、その声を聞いて。
そして私は決心する。
「ミセル、ライセム、ミロール後は任せた」
そして私は精霊に対して、最後の同意を求める。
それが無意味であっても、これだけは絶対に怠るわけにはいかない。
「私はお前を強制的に作り変える。いいな?」
そして、万理眼スキルを発動させていく。
その精霊の答えを聞き出すために。
精霊は私を襲うかのように、暗い靄を纏わりつかせて来る。
そしてそんな中、私は確かに精霊の声を聞いた気がした。
『たすけて』
そんな精霊の小さな求めを。
ただ存在するだけで、全てから拒絶される悲しみから逃れようと。
だから私は答えるのだ。
「わかった。今このときからお前は私のモノだ。これは何人たりとも侵すことの出来ない永遠の誓いだ。さぁ、全てを捧げよ。ならば私は全てを与えよう」
そして万理眼と上位者スキルで、精霊の全てを私のモノへと塗り替える。
どれぐらいの時が過ぎただろうか。
そして気づいたときにはすべてが終わっていた。
「ネリア様」
今まで聞いたことのない澄んだ声が聞こえる。
そちらを見やるとライセムに似た精霊が1柱、佇んでいた。
「ありがとうございました。私はネリア様の全て。どうか何時までも」
そう言って頭を下げる精霊。
見たところちゃんと成功したようだ。
その証拠に今まで青黒かった森が、徐々に本来の姿に戻りはじめている。
これで後は魔物達を殲滅すれば、今回の事件は解決だ。
ということで一旦、現状を確認するために拠点に戻る事にするのだった。
もう少しで2章も終わります。




