第31話 妖怪
店を出て、四人で街をブラブラと歩いた。
普段あまり大学から出ないので、買いたいものが溜まっていた。
どうせ街に来たのだから、色々と見て回りたいと言ったら、ちょうど皆も同じような事を考えていたらしい。
「授業に使う物、なんでも貸し出してくれるけれど、やっぱり長く使う物は、自分で使いやすい物を買っている生徒が多いみたいだね」
「そうだなー」
答えたのは梓翔だ。梓翔はそう言いながら、既にほとんどの道具を自分でそろえていた。
帛画の授業で使う画材も買い揃えたらしい。なんでも無償で先生の手伝いをしているうちに、興味が湧いてきたのだとか。
「仙具と同じで、武器や楽器なんかもできるだけ自分に馴染む物で鍛錬したほうがいいからな」
そう言ったのは俊華だ。彼は既に特別な自分用の武器を持っているけれど。
「そうだ俊華。良い武器屋って知っているか? お前武の名門の家系出身なんだろう? 都で評判の良い店とか知らないか」
梓翔が俊華に聞いた。
なんだかんだ言って、梓翔も徐々に俊華に対して、当たりが柔らかくなっていっている。
一緒に行動しているうちに、俊華の本当の人柄に触れて、警戒が解かれていっているのだろう。
もしもこれが俊華の演技で騙されているのだとしたら、とんでもない役者だ。
でもその可能性は少ない気がする。
そんな人を騙すようなことをしていたら、何十年、何百年かかっても、大学を卒業なんてできないってこと、俊華ももう分かっているようだから。
「街の外れにあるから少し歩くが、知る人ぞ知る武器屋があるな。行くか?」
「ああ!」
私も仙具の匕首があるけれど短刀なので、長い剣を見るだけ見てみたい。そう思って着いていくことにした。
俊華お勧めの武器屋には、一点一点が特徴のあるまるで芸術作品のような武器が整然と並んでいた。
「おや、俊華様ではないですか。姫家で最近お見掛けしないと思っておりましたが、ここにおられるということは、無事大学に入学されたのですね。今日はご友人と一緒に?」
「ああ。よく俺のことが分かったな。少し見せてもらってもいいか?」
「もちろんですとも」
俊華が店に入ると、店員さんの方から話しかけてきた。
その話からして、どうやら姫家に出入りしている武器屋のようだ。
「すっごいな。見た事のないような武器がいっぱいある。どうやって選んでいいのか全然分からん」
梓翔が武器屋を見渡しながら言った。
「今の梓翔だと、まだ剣を扱いなれていないから、このくらいの基本的な、軽い剣しか選べないな。もちろんこれも良い物だが……」
そう言いながら俊華が、剣を三本ほど抜き出して並べた。
俊華のほうが梓翔の剣の実力を分かっているせいか、店員さんは何も言わずにニコニコと見守っている。
「うー……そうか。もう少し修行してからだったら、もっと色々選択肢が増えるのか?」
「まあな。しばらくは大学で剣を借りて、実力に合わせて大きな剣に移行して鍛錬を積んで、自分にちょうどいい剣の大きさ、重さが分かってきてから買ったほうがいいかもな」
「ぐうの音も出ない……」
俊華の言葉に、「まだ剣を買うのはお預けかなー」と残念そうな梓翔。
「まあ買い替えるつもりで、練習用の剣として一本買っても……」
その時急に、体の奥から凍り付くような、ゾクリとする感覚が走り抜けた。
凶悪な「何か」、人間が本能的に恐怖を感じる「何か」が近くに急に現れた感覚。
梓翔、蒼蘭、俊華も同じことを感じたのか、真剣な表情で店の外を見た。
「……店主。できるだけ大勢に声を掛けながら、東の方へ全力で逃げろ。誰でも良いから仙人を呼べ!」
俊華が言った。
「え、逃げるって、何から逃げるんですか、俊華様」
「妖怪からだ。俺は昔、この気配を間近で感じたことがある」
――妖怪! まさかこんな街中で、発生するなんて!
エネルギーの流れが滞ったり、悪い気が溜まると自然発生してしまうこともある妖怪だが、それは大分珍しいことだ。
特に大きな街では妖怪が発生しないように、仙人たちが気の流れを常に整えているはずだ。
それがいくら街はずれとはいえ、これほど大きな街で妖怪が発生するなんて。
「俺は行く! 翠たちは街の住人を避難させて逃げろ」
「俊華! あなた仙具も持ってないのに!!」
普通の人間に比べて、「気」を少し扱えるようになった私たちは、少しは妖怪に傷を付けることができるかもしれない。
だけど仙具もなく妖怪と戦うのは、武器もなく熊や狼などの野獣と戦うに等しい行為だ。
俊華は言うだけ言って、既に返事を待たずに店を飛び出て行ってしまった。
仙人が来るまで、待とう! とは、到底言えない。
ここは国の中心の街だ。少し待てばすぐに仙人は来てくれるだろう。
だけどその少しの間に、どれだけの人間が被害に遭うだろう??
「梓翔、翠。住人の避難を頼む」
「あ! 蒼蘭」
「蒼蘭! お前こそ仙衣も仙具もないのに!」
「大丈夫だ」
続いて蒼蘭も飛び出していく。
「……どうする? 翠玲。俺、仙具持っているから、行くけど」
梓翔がそう言って腕輪をした腕を持ち上げて、笑おうと……したのだろうけれど、失敗して左側だけ口角が上がっていた。
「行くよ。私だって、仙具も持っているし、仙衣も着てるから!」
「よし。無理すんなよ? 俺たちは、仙人が来るまでの足止めだ」




